悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第23話「ガーゴイル」

「……なんだこれ」

「ふふふ、どうですかどうですか! とても素晴らしい出来でしょう!

 先輩が悪魔祓いを生業とすると決めたということで、僭越ながら私が友達と一緒に作らせていただきました、先輩のホームページです!」

「……」 

 

 本日は柊が見せたいものがあるとかで、俺の家で合流したのだが……。

 

 父親から借りたパソコンの画面。

 柊から指定されたURLを打ち込み、表示されたページに改めて目を通す。

 最初に目に入ったのは、『正義のエクソシスト荒木軍団』という大仰な文字列。

 背景は修学旅行先の土産屋で売っていそうなチープな十字架模様。

 フォントは男子中学生が好みそうな妙に凝った装飾文字。

 率直に言って、安っぽい。

 

 正直、言いたいことは山ほどある。

 だが、まだ学生が作ったものだ。

 それに可愛い後輩が時間と労力をかけて作ってくれたという贔屓目もある。

 ここまでは許容範囲だった。

 

……ここまでは。

 

 画面をスクロールする。

 すると、フェードインしてきた一枚の写真。

 写っていたのは、何にそこまで不満があるのか、目つきが悪く、ふてくされた顔をした、垢抜けない男。

 つまり俺だった。

 その写真に重なるように、更に数行の文章がポップアップしてくる。

 

『──怯えているのかい、子猫ちゃん?

 それも仕方がない。

 なにしろ彼は、世界一危険な男。

 惚れれば火傷だけでは済まされないのだから』

 

「……」

 

 さらに下へスクロールする。

 様々な角度から撮影された俺の写真。

 そして、それに添えられる無数のポエム。

 はっきり言って、地獄だった。

 ドッキリ番組の企画者に気に入られた若手のいじられ芸人でも、ここまでの責め苦は受けはしないだろう。

 

「ふふふ、そこに目をつけるとはお目が高い……!

 全体の設計は友達に頼みましたが、文言や写真は私が担当したんですよ!

 特に文言は気合を入れて考えました! 三徹ぐらいして!」

「寝ろ、そして作り直せ」

「ええ!?」

「これだと何のサイトか分かんねえんだよ。

 ただでさえ悪魔祓いなんて胡散臭い商売を仕事にしようとしているんだ。

 もっと硬派で信頼感のある雰囲気じゃねえと、せっかく見に来てくれた客も逃げちまう。

 誰かに見られる前に編集してくれ。

 必要なら経費も出すから」

「うう……先輩の魅力を余すことなく伝えたかったのに……」

 

 不満げに頬を膨らませながらも、柊はしぶしぶ友人へ電話をかけ始めた。

 たまに忘れそうになるが、お前って学校のアイドルだったよな……?

 勉強も運動もそつなくこなし、美術の成績も優れていると聞く。

 普段着ている私服だって、お洒落なモノばかりだった。

 にもかかわらず、どうしたこのサイトのデザイン。

 どうしてこいつは俺のことになると途端にIQが下がるのやら。

 

……まあいいか。

 改めてサイト内を見渡すと『メンバー表』『依頼応募フォーム』『関連サイト』のページが用意されていたことに気づく。

 

 試しに『メンバー表』をクリックする。

 そこには俺と柊、二人の名前と紹介文が掲載されていた。

 肩書は、俺が代表。

 柊が助手兼連絡係。

 これまでの悪魔事件でも、概ねその役割分担だったため、そこに異論はない。

 とはいえやはりと言うべきか、このページの俺の紹介文も過剰すぎる。

 後で柊の友人とやらに修正させよう。

 

 次に『依頼応募フォーム』を開く。

 当然ながら、問い合わせはゼロ。

 来訪者カウンターはほとんど回っていなかったので予想通りだ。

 しばらくこのページが活躍することはないだろう。

 

「──先輩、今いいですか?」

「ん?」

「先輩に調べてほしいと頼まれていた例の件、今ほど連絡が来まして、詳細を特定できました」

「……まだ頼んでから一週間も経ってないぞ」

「ふふっ、これでも『正義のエクソシスト荒木軍団』の連絡係ですからね」

 

 そのツッコミどころ満載の組織名はともかくとして……もしかしてお前の人脈があればホームページなんて作る必要はなかったのでは?

 

==

 

「──つづら折り、滑りやすい、落石のおそれあり、上り急こう配、横風注意……。

 先ほどから凄い数の注意標識が並んでいますね。

 噂に聞いた通り霧も出てきましたし、肝が冷えてしまいます……ん?

 あの黄色にビックリマークの標識はなんでしょう?

 初めて見ました……下には『あらゆることに注意』と書いてありますが……?」

「……黄色にビックリマークは『その他の危険』を示す標識だ。

 具体的な内容を表現しづらい危険を警告するためのものらしい。

 一説によると、心霊現象が頻発する地域によく設置されるなんて話もあるが……。

 真偽はともかく、この先に悪魔事件が待ち構えていることに変わりはない。

 戸塚神父、無理を言って申し訳ありませんが……急ぎつつも慎重に、目的地までお願いします」

「う、うん、分かったよ」

 

 現在、戸塚神父の運転する車で山道を進んでいた。

 今回の同行者は、俺と柊、そして戸塚神父。

 彼には単なる運転手役だけでなく、もう一つ重要な役割を担ってもらう予定だった。

 

「着いたよ、ここが目的地だ」

「この先に例の廃村落があるんですね……聖像が存在するとされる」

「既にその性質は、とても聖像とは言えないほど呪われているようだがな……」

「濃霧で通行人を廃村に迷い込ませ、更に嵐や洪水を引き起こして川を氾濫させ、閉じ込める……。

 既に行方不明者や死傷者まで出ているとか……。

 本当に恐ろしい話ですね」

「危険は承知の上だ、悪いが付き合ってもらうぞ柊」

「それについては最初から覚悟の上ですよ」

「戸塚神父まで巻き込んでしまったのは心苦しいですが……」

「いいや、これでも僕は正式な聖職者だ。

 神父としてできることがあるのに、君たち二人に押し付けて逃げるわけにはいかないよ」

 

 道路脇に車を停め。外へ出る。

 

 山側へ視線を向けると、広葉樹の立ち並ぶ木々の隙間に、一筋の獣道が伸びていた。

 まだ日中だというのに、濃霧と枝葉が光を遮り、その先には濃密な影が沈殿している。

 それはまるで踏み越えてはならない境界を画いているようだった。

 既に遭難者や死傷者も出ているとされる悪魔事件。

 この先に危険が待ち受けているのは間違いないだろう。

 だが……俺はこの悪魔事件を被害なく解決できる自信があった。

 

 何故ならこれは──公式シナリオ。

 

『エクソシストTRPG』のサプリメントに収録され、かつて俺自身もGMを務めたことのある、『神父の悲願』そのものだったのだから。

 

「それでは行きましょうか、悪魔を祓いに」

 

==

 

『神父の悲願』は時間との勝負だ。 

 日が経つにつれて川が荒れ、山は浸水し、最後は箱舟を求めるノアが如く、事件の元凶へ挑まざるを得なくなるシナリオ。

 とはいえ現在、周囲には霧こそ立ち込めているものの、まだ嵐も洪水も起きてはいない。

 おそらく奴はまだ本格的に覚醒してはいないのだろう。 

 今回は竜が関わる悪魔事件ということで、以前連絡先を交換したジョル爺から、事前に注意点や対策も教わっている。

 装備も整え対策は万全。

 奴が寝ぼけている間に、速攻で決着をつけてやる。

 

「急いでください! 周囲と足元に警戒しつつ、速足で!」

「はい!」

「う、うん!」

 

 今回は人数分の登山靴を用意していた。

 山を走るのは危険だとは分かっているが、それでも急がなければならない。

 登山靴が身を守ってくれると信じて駆け登っていく。

 

「せ、先輩! あちらの崖沿いに住宅地が見えました! 山頂にも小屋が!」

「一旦無視! 目標はあそこにはいない!」 

「ど、どうしてそう言い切れるんだい?

 いなかったとしても、何か重要な手掛かりがあるかもしれないのに……」

「そうですよ先輩! 何か根拠はあるんですか!?」

「……俺の勘だ!」

「流石は先輩です……! ただの勘でそこまで分かるなんて!」

「え、えぇ……?」

 

 柊の妄信ぶりは心配になるが、お陰様でチャートの変更は避けられた。 

 本来なら情報を持たず迷い込んだ邂逅者が、数日かけて山の謎を解き、必要な道具を集め、諸悪の根源に挑む。

 それが『神父の悲願』のシナリオの流れだった。

 しかし今の俺の手元には必要な情報も道具も揃っている。

 ならば余計な過程は全て無視して、最短距離でゴールへ向かうのみ。

 

「よし! 二体目見つけた! 立ち去れサタン!」

「ぐえええ!?」

「こちらのインプも祓い終えました!」

「ま、まるで事前に悪魔がどこに潜んでいたのか知っていたかのような洞察力……!

 これが教皇庁も認めたエクソシスト代行の手腕ですか……!」

「ふふん! 流石は荒木先輩です!」

 

 まるでもなにもその通りである。

 今ほど聖水鉄砲で祓った三体のインプは、『神父の悲願』において山に迷い込んだ邂逅者の前で怪奇現象を起こし、妨害しながら山の危険性と異常性を伝える役割を担っていた。

 このインプが最初に隠れている場所は決まって吊り橋の手前なので、その想定が的中した形となる。

 これでもう本命との戦いに横槍を入れられる心配はない。

 

「橋に負担をかけないよう一人ずつ渡りましょう」

 

 吊り橋を渡る際の注意点として、負荷をかけすぎると橋が耐えきれず壊れてしまうので、一人ずつ渡らなくてはならない。

 重い道具を所有している場合は事前に手放しておくことも忘れずに。

 まあ、ここまで来ておきながらそんな凡ミスを犯すなどありえないが。

 

「あれが例の教会……」

 

 辿り着いたのは朽ち果てた廃教会。

 割れた窓から中を覗き込む……どうやら間に合ったようだ。

 想定通り廃教会の中には石像があった。

 鋭い爪と牙、蝙蝠の翼、恐ろしい顔をした、まるで竜や悪魔のようにも見える姿。

 

「……やはり教会に目標はいましたね。

 本来あれは雨樋に利用され屋根に設置されるもの。

 それが屋内にいる時点で異常です、自ら移動したのでしょう。

 奴こそが、一連の被害をもたらした元凶に違いありません

 作戦に変更はなし。

 交戦する前に教会手前の物置で焚火をします、手伝ってください」

「はい!」

「う、うん」

 

 教会手前の物置に向かい、そこで焚火を行う。

 室内で焚火をするのは危険だと分かっているが、それでも決行したのは雨を警戒したからだ。

 奴が本気を出せばそのぐらいはできる、対策はしておくべきだろう。

 

「──最後に儀式の手順をおさらいしましょう。

 目標の名前はガーゴイル。

 これは雨樋に取り付けられている装飾であり、日本では樋嘴像とも呼ばれています。

 ゴシック建築の聖堂によく見られ、悪霊が聖堂に近づけば動き出して追い祓う守護聖像とされています。

 では、なぜその姿は竜や悪魔のように禍々しいのか──柊、覚えているか?」

「はい。

 一つは、異教文化の魔除け像をキリスト教が取り込んだという説。

 そしてもう一つは後付けの起源になりますが、フランス・セーヌ川に棲んでいた邪竜ガルグイユを、ロマヌス司祭が討伐し、その首をルーアン市壁に晒したという伝承です」

「その通り。

 ガルグイユは、火を吐き、水を吐き、洪水や嵐、竜巻を引き起こし、生贄を求める凶悪な水竜として語られています。

 霧を起こすという記述はありませんが、水竜であるガルグイユなら扱えてもおかしくないでしょう。

 とはいえ現在はまだ完全には覚醒していません。

 教会にいたのは竜ではなく石像、つまりガルグイユではなくガーゴイルでした。

 奴が完全に覚醒を果たす前に勝負を決めたいところです」

 

 バッグから幾つかの道具を取り出す。

 今回の儀式において重要な要素は五つ。

 司祭。

 十字架。

 聖職者が礼拝の際に首から掛ける、ストラという帯。

 今用意した焚火。

 そしてもう一つ。

 

「ロマヌス司祭はこのようにしてガルグイユを祓いました。

 ①二人の罪人を囮に使う。

 ②背後に回りガルグイユの首裏に十字架を突き立てる。

 ③ガルグイユの首をストラで縛り付けて身動きを封じる。

 ④焚火の上まで運び燃やす。

 今回はこの伝承を再現して悪魔祓いを行います。

 すなわち見立ての儀式となりますね。

 伝承の再現のために、司祭の戸塚神父にはロマヌス司祭を演じてもらうことになります。

 危険な役ですが、よろしいですか?」

「……ああ構わない、ここに来た時点でもう覚悟はできている。

 それで……その札が例の」

 

 戸塚神父が指を刺したのは、二つのお札。

 教皇庁から購入した──免罪符だ。

 

「これが噂に聞く免罪符ですか」

「ああ、といっても既に使い終わった中古品だがな」

「歴史の授業でちょくちょく耳にしますが、詳しくは知らないんですよね。

 神学的な視点だと、どういうものなんでしょう?」

「……私のようなカトリック教会の神父からすると、少し言葉を選びたくなる議題だけど、ここは正確に話すべきだろう。

 免罪符とは、教会が信徒の罪に伴う罰の軽減を認める制度として発展させたものだ。

 十字軍時代には、聖地奪還戦争に参加する兵士へ特別な免償が与えられることもあった。

 これにより、罪への不安を抱える多くの信徒に精神的救済がもたらされたという」

「戦争はよくないと思いますけど……免罪符そのものは、聞く限りではそこまで悪いものには思えませんが」

「ここまではね……」

 

 キリスト教は伝統ある宗教だ。

 長い歴史の中で光もあれば影もある。

 

「時代が下るにつれ、教会はこの免罪符を寄付や金銭と結びつけて扱うようになった。

 その結果、『神の赦しを教会が金で売ってもいいのか』という強い批判を招いたんだ。

 これが宗教改革の大きな火種の一つとなり、信仰の分裂を招いてね。

 現代では中世当時のような販売制度は廃止されている」

 

 この問題は後のプロテスタント派の発足にも、大きな影響を及ぼした。

 プロテスタントは日本語で抗議を意味する。

 当時の教会制度へ抗議し、改革を求めた信徒たちの潮流にも大きな影響を与えたのだとか。

 

「話は戻すけど、この免罪符が囮の代わりになるのかい?」

「ええ、使い終わったともなれば、その機能や神秘性にはもう期待できません。

 しかし呪術的視点になると、話は変わってきます。

 罪が移された呪具として、罪人の役目を演じてくれることでしょう」

 

 この世界のシステムが俺の遊んでいたTRPGと変わっていないのであれば。

 

「これで準備は完了です。

 本来ガーゴイルとは魔除けの守護聖像です。

 ならばこの異常状態こそ不本意な筈。

 正常な状態に戻れるよう、呪いを解いてさしあげましょう」

 

『神父の悲願』において、完全覚醒したガルグイユは、邂逅者が山に迷い込んだ四日目には、山のほぼ全てを飲み込む大洪水を引き起こしていた。

 こんな化け物、まともに戦えば俺達は手も足も出せず殺されるだけだろう。

 だが今なら間に合う、俺達にも対処のしようがある。

 

「……俺と柊が正面から気を引きます。

 戸塚神父は裏手に回ってください」

「う、うん……!」

 

 事前の打ち合わせ通り、柊と俺は免罪符をもって正面。

 戸塚神父は十字架とストラを持って、裏手に回ってもらった。

 ここが正念場だ……覚悟を決めろ。

 

「う、動き出しました……!」 

「っ!」

 

 ガーゴイルはゆっくりと首を動かし、こちらを向く。

 まだ目覚めたばかりでガルグイユとしての権能は万全には振るえないだろう。

 とはいえガーゴイルには聖堂の守護聖像に相応しいだけの力が備わっている。

 それだけでも俺達にとって十分な脅威だった、真面に戦えば敗北は免れない。

 だが、真面に戦うことなんて頭から考えちゃいない。

 

「やることは変わらん! これを見ろガーゴイル!」

 

 二つの使い終わった免罪符を放り投げる。

 これらは確かに罪人の役割を演じ、囮としてガーゴイルの注意を引く。

 

「さ、サタンよ! 立ち去れ!」

 

 裏手から廃教会に侵入した戸塚”司祭”。

 彼はロマヌス”司祭”に倣い、十字架をガルグイユの首裏に突き付ける。

 その後、その首にストラを巻き付けた。

 よし……ガーゴイルの動きが止まった……!

 

「て、手伝います!」

「行くぞ!」

 

 戸塚神父と柊と一緒にガーゴイルを引っ張り、焚火の上まで運び込む。

 これで見立ての儀式が成立し、ガーゴイルは浄化される筈だが……。

 

「おっ!」

「これは……!」

 

 しばらくして、ガーゴイルは自らの足で火の中から出てきた。

 今まであった邪悪な気配は欠片も感じられない。

 それどころか清浄な気配を身にまとっている。

……これは、いけたのか?

 

「ガーゴイルよ! 悪魔を退ける魔除けの守護聖像よ!

 エクソシストとして願う!

 どうか俺達の仲間として、悪魔祓いの助けになってほしい!」

 

 そう願うと、ガーゴイルは恭しく傅いた。

……認められたんだ、ガーゴイルの主人として。

 祓えたんだ、本格的に覚醒していなかったとはいえ、脅威度5(天災)にもなりえたガーゴイルを、真っ当な方法で。

 ああ……それが理解できた途端、一気に気が抜けて足がふらつく。 

 

「これにて目的達成です。

 ご助力いただきありがとうございました戸塚神父」

「うん、二人の力になれたならよかったよ」

「柊もありがとな……さて、それじゃあ帰るか」

「え……も、もうですか?」

「そりゃあ、ガーゴイルを浄化して、仲間に加えるっていう当初の目的も果たせたんだ。

 これ以上長居する理由もないだろう」

「こ、今回の騒動の裏に、何か潜んでいたり……」

「多分これ自然発生だぞ」

「で、でも……あ、インプがいましたよね? まだ仲間が潜んでいるかも」

「インプにできることなんてたかが知れてるだろ、放っておけ」

「でもでも……。

……うー、呆気なく終わりすぎて釈然としませんよ先輩……!

 せっかくの休日を全て費やして来たっていうのに!」

「ぶっちゃけすぎだろ」

 

……お前って本当に悪魔事件好きだなぁ。

 

「……まあ、とりあえず探索ぐらいはしてみるか。

 戸塚神父はどうします?」

「い、一緒に行くよ。

 なんというか、本来踏むべき過程を飛ばして正解に辿り着いてしまった気がして。

 何がどうなってこうなったのか事情が気になるからね」

 

……仕方ない、気は引けるが答え合わせに向かうとするか。

 

==

 

「──なっ!? あ、あれは……」

「どうされました神父様──ひっ!!」

「……」

 

 山頂にぽつりと佇む物置小屋。

 その手前に横たわるあるものに二人は気づいた。

 それはカソックを着た白骨死体。

 両手にはなおも力強く十字架が握られている。

 白骨標本などではない。

 一目で人間の亡骸だと分かる、生々しい現実味がそこにはあった。

 覚悟はしていたが、実物を見ると中々に衝撃的だな……。

 

「……机の引き出しにジッパー付きのビニール袋に入った手記がありました。

 おそらく入り口にいた神父が生前に書き残したものなのでしょう……読み上げます」

 

 手記の内容は、前世で読んだ設定資料と変わりない。

 冒頭には、山の中腹にあった廃村落の成り立ちが記されていた。

 

「『村の伝承によれば、我々の先祖は西洋に住んでいたキリスト教一派だったという。

 しかし、特殊な信仰形態ゆえに異端視され、当時の魔女狩りの被害から逃がれるため、本国から離れ、遠い日本へと拠点を移した。

 とはいえ、西洋人のみで構成されていた先祖たちが、日本人ばかりの生活圏に溶け込むことは難しかった。

 そのため、やむなく山地に住居を構え、時折訪れる旅人と交流しながら血を薄め、慎ましく暮らしていたそうだ』」

 

……わざわざこの辺境の地に、あれほど立派なガーゴイル像を設置していたのだ。

 もしかすると彼らは、ガーゴイル信仰の源流となった異教からキリスト教へ転じた集団だったのかもしれない。

 

 そして次に記されていたのは、彼らが村を捨てた理由。

 

「『しかしある日、村に政府の役人が訪れた。

 村の近くにダムを建設したいそうで、周辺住民である我々に許可を求めに来たのだ。

 工事計画によれば、生活圏への悪影響はなく、むしろ村にも恩恵があるという。

 村は政府に対し、ダム開発を受け入れると返答した。

 だが──ダム開発は失敗した。

 いくつもの道や家が水底へ沈み、交通はさらに不便となり、ただでさえ少なかった人口は激減。

 それでも故郷を離れない村人はいた。

 しかし、ある夜、何故か教会の屋根に設置されていたガーゴイルが飛び立ってしまった。

 それ以降、洪水や嵐、さらには怪奇現象まで頻発するようになった。

 遂に村人たちは、故郷を捨てることを余儀なくされた』」

「……治水工事の失敗による住民避難……時折耳にする話ではあるね……」

 

 そしてここからが著者の物語だ。

 

「『私には負い目があった。

 村に唯一残された聖職者一族でありながら、老いと病を言い訳に教会の整備を怠り、ガーゴイルを暴走させてしまった負い目が。

 私は村に残り、文化資料をかき集め、暴走したガーゴイルの研究を始めた。

 答えはすぐに分かった。

 聖像ガーゴイルは、邪竜ガルグイユへと変貌してしまったのだ。

 対処法も判明した。

 悪魔祓いに必要な道具も揃えた。

 しかし、衰えた肉体ではどうにもならなかった。

 動き回るガーゴイルには追いつけず、洪水によって村の外へ逃れることすら叶わない。

 私は最後の力を振り絞り、洪水の届かぬ山頂に物置小屋を建て、村に残された全ての文化資料と、悪魔祓いに必要な道具を運び込んだ』」

「……」

「『これを読んでいる者がいるということは、既に私は事切れているのだろう。

 もし、そなたが勇敢なる心の持ち主であるならば、どうか私の代わりにガルグイユを祓ってほしい。

 それこそが、聖職者一族に生まれながら、全力を尽くしても悪魔を祓えなかった無力な私が望む、唯一の願いだ』……以上です」

「……荒木君、この方のお墓を作りたいと思うんだけど……いいかな?」

「教会の物置にスコップがあったので、それを使わせてもらいましょうか」

 

 木の板で簡易的に作られた墓標。

 そこには戸塚神父の手で、こう刻まれた。

 

『献身なる聖職者、使命を果たしここに眠る』

 

==

 

「うおー! ガーゴイルマシン! 発進!」

「行け行けー!」

 

 ガーゴイルはひとまず教会の庭先に置かせてもらった。

 現在は、遊具か何かと勘違いした近所の子供たちが、背中に乗ってはしゃいでいる。

 

「あれ、放っておいてもいいんでしょうか……?」

「まあ、誰もいない山の奥で呪われたままでいるよりかは、子供の玩具にされていた方が何倍もマシだろう」

 

 ガーゴイルには悪霊を退ける権能に加えて、災いを退ける力がある。

 災い、つまりは災害だ。

 さらに、雨水の排出口として用いられる存在であることから、『エクソシストTRPG』では水に強い性質も設定されていた。

 

 川が多く、海に囲まれた日本は、その土地柄、水害が多い。

 同時に、水生系の悪魔も発生しやすい。

 日本でエクソシストを生業にするなら、確実に確保しておきたい存在だった。

 しかも戦闘能力を備え、人を背に乗せて空を飛ぶことまでできる。

 今後の悪魔事件においても、多大な活躍が期待できるだろう。

 

「戸塚さん、先ほどからずっと浮かない顔を浮かべていますけど、どうしたんですか?」

「ん? ああ……少し思うことがあってね。

 二人はあの小屋の手前で眠られていた神父について、どう思った?」

「最初は悲鳴を上げちゃいましたけど、手記を読んで、立派な方だと思いました」

「ええ、簡単には真似できる生き方ではないかと」

「そっか……」

「神父様はどう思ったんですか?」

「……」

 

 そう問いかけると、戸塚神父はしばらく口を閉ざした。

 そして少し間を置いて、静かに語り始める。

 

「村人たちが去り、たった一人になってもなお、ガーゴイルを追い続けた。

 最後まで聖職者としての責務を果たそうとした。

 それでも使命を果たせなかった悔しさ。

 後の時代を生きる誰かに託すため、必死に書き残した手記。

 僕は同じ聖職者として……彼の人生に、深く心を打たれたよ。

 彼の遺志を継ぐ、とまでは言えない。

 この町の教会を預かる身として、軽々しくそんなことは口にできないけれど。

 せめて、彼が辿った軌跡だけは忘れずに胸へ刻もうと思う。

 もし自分が同じ状況に立たされた時……彼と同じ勇気を持てるように」

 

……あなたがそう言ってくれるのなら、あの神父が歩んだ人生は、決して無意味ではなかったのだろう。

 誰かにとっては何気ない出来事でも、別の誰かにとっては生涯忘れ得ぬ宝物になることがある。

 どうやら今回の物語は、俺たち以上に、戸塚神父の心へ深く刻まれたらしい。

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