悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第25話「■■■」前編

「──話には聞いておったが、随分と若いのう……。

 神父様から太鼓判を押されてはおるが……本当に本物のエクソシストなのか?」

「語らなければならないようですね……あなた達にも教えましょう。

 先輩の偉大さと、その理由を」

「え」

「そう……あれは私が高校一年生の頃、寒い冬の日のことでした──」

「彼女の発言は鶏鳴や時報とでも思って聞き流してください。

 報酬は後払いでも構わないので、とりあえず事情をお聞かせ願えますか?」

 

 相変わらず隙あらば俺への表敬を欠かさない出来た後輩だ。

 先輩冥利に尽きるあまり、今にも穴を掘って隠れたくなる。

 とはいえ、柊が一発かましてくれたお陰で会話の主導権を握れたのはありがたい。

 

 なにしろ、ここは隣町の公民館の一室。

 老若男女合わせて十五人もの被害者を同時に相手取らねばならないのだから。

 

「……始まりは、この町の丘の上にある洋館へ、羽振という男が越してきてからじゃ。

 奴が来て以来、どうにも町の様子がおかしくなり始めてのう」

「具体的には?」

「……物が盗まれるのじゃ。

 八百屋の野菜、肉屋の肉、コンビニの商品、夫婦の結婚指輪、若い娘の下着まで。

 これほど多岐にわたる盗みが起きておるというのに、犯人は一向に捕まらん。

 そのせいで町中が疑心暗鬼に陥ったが……完全に人間関係が壊れなかったのは、皆ある程度犯人の目星をつけておったからじゃ。

 それこそが洋館に住み着いた羽振という男。

 奴は働いておる様子もないのに、名前の通り妙に羽振りが良くてのう。

 あれほど大きな屋敷を買い取った上に、次々と高そうな調度品を家の中に運び込んで。

 調べた限り、遺産相続などの形跡もない。

 警察も疑って家宅捜索に入ったが……」

「上手く躱されてしまったと」

「うむ」

 

 ここまでなら、単なる金持ちへの僻みにも聞こえる。

 だが、これだけ多くの住民が集まっている以上、それなりの理由があるのだろう。

 

「しかも帰ってきた警察は、完全に懐柔されておった。

 鼻薬でもかがされたのかと思ったが……どうにも様子がおかしい。

……何か尋常ではない手口で操られているとしか思えんかった」

「他に怪しい点は?」

「そうさなぁ……」

「ガチョウだよガチョウ」

「あと墓参り」

「おお! その二つだ!」

 

 ガチョウ? 墓参り?

 

「羽振は越してきた当初、この町の墓地へ頻繁に通い詰めておった。

 だが最近来たばかりの移住者が、この土地で墓参りをする理由が分からん。

 知人が埋葬されている様子もなかった。

 そうした奇行が数日続いた後、ある日を境に墓参りはぴたりと止んだ。

 そしたら今度は──ガチョウを飼い始めたのじゃ」

「ガチョウを?」

「ああ、しかも家畜ではなく、ペットとしてな。

 金持ちの酔狂だとしても妙な話じゃろう?」

 

……使い魔か?

 魔術師が墓場で悪霊や悪魔を呼び出し使役する。

 そうした伝承は聞いたことがある。

 となれば今回は、悪魔か悪霊、それに魔術師が相手になるのか……厄介だな。

 

「それから町中で盗難が本格化してのう。

 皆羽振を疑ったが、証拠が掴めん。

 困り果てておったところ、家内が隣町で神父様に出会ってな。

 事情を話したところ悪魔絡みではないかと。

 それで、そなたらを紹介してもらった流れとなる」

「なるほど」

「この町の町長として、報酬は必ず用意しよう。

 そなたがエクソシストじゃというのなら、どうかわしらを助けてくれ」

「相手が悪魔か断定できないので確約はできません。

 しかしやれるだけのことはやらせてもらいます。

 とはいえ実行に移すにはまだまだ情報不足。

 しばらくの間は情報収集に専念させてください」

「道理じゃな。

 ならば、おあつらえ向きの条件が揃っておる」

 

 おあつらえ向き?

 

「嵐山、説明してやれ」

「あいよ町長」

 

 そう応えたのは、灰色の作業服を着た二十代半ばほどの男だった。

 

「俺は嵐山だ。

 普段は二町離れた町に住んでいて、東雲電機工業の整備屋として働いている」

「東雲電機工業?」

「聞いたことないか?

 うちは主に家電製造をしてる会社なんだが、電気配線工事や空調の取り付け、故障した家具の修理なんかも請け負っていてな。

 それで一昨日、羽振の屋敷から配線工事の依頼が入ったんだ。

 本来は別の同僚が担当する予定だったんだが、今しかないと思って頼み込んで仕事を譲ってもらってよ」

「……上司にバレたら危なくないですか?」

「ああ、よくて大目玉、悪けりゃクビだろうよ。

 とはいえ俺もあいつには頭にきているんだ。

 ここは俺の故郷で、妹夫妻が住んでいてな。

 金だけじゃない、結婚指輪まで盗まれたんだ。

 このまま泣き寝入りなんざ、させてたまるか。

 絶対に取り返して、羽振の野郎の鼻を明かしてやる」

「妹思いなんですね」

「……あんまり懐かれちゃいねえがな。

 ともかく、整備員用の制服をお前らの分も持ってきた。

 これを着れば自然に屋敷へ潜り込める。

 やってくれるか?」

 

……今回は潜入シーンのあるシナリオか。

 潜入先は推定魔術師の拠点。

 悪魔や悪霊の使い魔が潜んでいる可能性も高い。

 もし正体が割れれば、命はないだろう。

 仕事を引き受けた時点で危険は覚悟しているし、柊もそれは同じだろうが。

……気が引けるなぁ。

 

「先輩、私も行きますからね」

「……分かってるよ」

 

==

 

「見えてきた、あそこが羽振の屋敷だ」

「あれが……」

 

 丘を登るとレンガ造りの洋館が見えてきた。

 広大な敷地を囲う鉄柵に、正面には美しい紋様が施された門。

 建物自体は古びており、ところどころツタが絡まっているが、それすらも趣として調和している。

 一目で、建築家の優れた美意識が感じ取れる屋敷だった。

 

 しかしながら、装飾は酷い有様。

 荒れ果てているわけではない、むしろ相当な手間をかけて整備されているのだと分かる。

 だが、どれもこれも派手すぎる、調和がなく、無駄に大きい。

 俺のような一般人ですら分かるほど、品性を欠いた成金趣味だ。

 特に何だ、あの庭にあるオッサンの馬鹿でかい胸像は。

 金属製の癖に、3メートルぐらいあるぞ。

 

「……ちっ、クソみてえな面を恥ずかしげもなく晒しやがって」

「まさかあの胸像……」

「ああ、嫌になるぐらいそっくりだ。

 俺達からくすねた財産で、あんなしょうもねえもんを作りやがって。

 腹が立って仕方がねえよ……くそっ!

……っと、すまねえ、どこに目や耳があるのか分からねえんだったな。

 ふー……気を取り直して潜入するぞ……」

 

 嵐山は震える指で、門に備え付けられたインターホンを押した。

 すると、ほどなくして応答が返ってくる。

 

『誰だ?』

「おはようございます、配線工事を頼まれて来ました、東雲電機工業です」

『時間通りだな、既に門のカギは開けている。

 そこから真っすぐ進んで館の正面口から入りなさい──ガチャ』

 

……随分とせっかちで愛想のないオッサンだな。

 疑ってかかっているせいもあってか、あまりいい印象ではない。

 

「……行くぞ」

「うす」「はい」

 

 嵐山の後を追い、門を抜けて館の正面口へ向かう。

 細心の注意を払いながら、その警戒心を悟られぬように。

 

……しかし、近くで見ても、やはりダサい。

 人は急に大金を手にすると、ここまで成金趣味に染まってしまうものなのか。

 俺も最近はエクソシスト業が好調で、少しずつ羽振りが良くなってきている。

 こうはならないよう、気をつけておこう。

 

「私のイメージだと、こういうお屋敷って、メイドさんや執事さんが出迎えてくれると思ってたんですけど……人影一つ見えませんね」

「聞いたところによると、こちらのご主人は住み込みで人を雇うより、外部企業を利用する方がお好みらしい。

 お陰様で俺達は今日も飯のタネにありつけられるってわけだ、ありがたいことだな」

 

 嵐山は心にもない感謝を口にしつつ、屋敷の事情を説明した。

 これだけ大きな屋敷を一人で管理しているのか。

 人を雇う金がないわけではないだろう。

 となれば、この屋敷には人目に触れさせたくない何かがある。

 魔術関連かどうかはまだ不明だが、厄介事が待ち受けているのは間違いなさそうだ。

 

「失礼します」

 

 洋館の正面扉を叩き、中へ足を踏み入れる。

 そこに広がっていたのは、豪華絢爛なエントランス。

 もちろん「成金趣味の」という枕詞が付くが。

 

「来たか」

 

 エントランスのソファには、ふくよかな中年男性がふんぞり返っていた。

 庭先にあった悪趣味な胸像そのままの見事なまでの二重顎。

 ゆったりとしたバスローブのような服をまとい、片手でワイングラスを揺らしている。

 なんという絵に描いたような金持ち仕草。

 漫画やアニメですら、ここまで露骨な成金描写は最近ではそうお目にかかれない。

 嵐山が激昂した理由が、少し理解できた気がした。

 

「私が依頼人の羽振吉雄だ。

 知っての通り三階への配線工事をしてもらいたい、できるか?」

「もちろんです、と言いたいところですが。

 工事を行う前に、一度館の全体を見て回らせていただけないでしょうか?」

「……何故だ?」

「最適な配線ルートを決めるためです。

 立派なお屋敷ですし、杜撰な工事で景観を損ねるのは、あまりにも勿体ないので」

 

 初手から踏み込んだな。

 とはいえ悪くない手だ。

 時間をかけて顔色を窺うより、最初から切り込んだ方が、かえって疑われにくい場合もある。

……もっとも、それが通用すればの話だが。

 羽振はどう返す……?

 

「……ふふ、中々見る目があるようだな、いいだろう」

 

 よし……!

 

「ただし幾つか条件がある。

 調度品は動かさないこと。

 鍵のかかった場所には入らないこと。

 この館で見聞きしたことは外部に漏らさないこと。

 そして判断に迷った時は必ず私に確認することだ、いいな?」

「分かりました……可能であれば、見取り図を拝見したいのですが」

「……見せるつもりはない、自分の足で確かめろ」

 

 羽振はそれだけ言い残し、奥へ去っていった。

 見取り図こそ得られなかったが、十分すぎる成果だ。

 いい仕事ぶりだ、嵐山さん。

 

「よし、それじゃあ仕事を始めるぞ。

……屋敷のご主人の気分を損ねないようにな」

 

 そうして俺達は館内の探索を始めた。

 

 まずは一階から。

 部屋の大半は人が使った形跡はなく、どこも殺風景な内装ばかりだった。

 いくつか客室らしき部屋も存在したが、それすらベッドが一つ置かれている程度の簡素なもの。

 外観こそ派手だが、その実態は張りぼて同然なのかもしれない。

 そしてやはり使用人の姿は一人として見当たらなかった。

 

「……この部屋、鍵がかかってるな」

 

 二階にある一室。

 扉には鍵がかかっており、開けることはできない。

 ここに羽振が隠したい何かがある――そう考えるのが自然だ。

 一応、手元には工具がある、使えば解錠も可能だろう。

 だが、館内で不自然な行動を取っているところを住人に見られれば、疑われるのは確実だ。

 羽振はまだ一階にいるだろうが、例のガチョウがどこにいるのかは分かっていない。

 嵐山は俺に視線を向けて判断を委ねてきた。

 どうしたもんか。

 

「……次に行きましょう」

 

 後ろ髪を引かれる思いを押し殺し、別の場所へ向かう。

 大切なのは、生きて情報を持ち帰ること。

 危険を冒すのは、戦う準備が整ってからでいい。

 そう判断し、俺達は三階へと向かった。

 相変わらず、ガチョウの姿は見えない。

 

「ん?」

「どうしました嵐山さん」

「ああ、いや……この部屋も鍵がかかっていて……あれ?」

「……何か気になることでも?」

「いや、その……うまく言えねえんだけどよ。

 屋敷の間取りとか、部屋の広さを見ていくと……多分ここが一番広い」

「……ということは、ご主人の自室ということですか?」

「まぁ、普通はそう考えるよな。

 俺の知ってる限りでも、金持ちの家の主人ってのは一番上の階の一番いい部屋を使うもんだし。

 だけどよ……気づかねえか?

 この階、やたらと脚立とか踏み台が多いんだよ」

「……」

 

 視線を巡らせる。

 目の前のドアの脇にも、小さな踏み台がひとつ置かれていた。

 

 羽振に妻子はいない。

 まさか、使い魔のガチョウの部屋なのか?

 もしそうだとすれば、使い魔が主人よりも立派な部屋を与えられていることになる。

 魔術師が自分以上の待遇を与える相手。

 つまり、ガチョウは単なる使い魔ではなく、羽振よりも上位に位置する存在……?

 そう考えるなら、相当に高位の悪魔、あるいは悪霊と見るべきだろう。

 

 ……厄介な話になってきた。

 

「屋上か。

……ここからなら降りられそうだな。

 よし、壁面の計測をするぞ、ハーネスをつけろ荒木」

「え」

「命綱だよ、何事も勉強だ、手伝ってやっからさっさと出せ」

「う、うっす」

 

 そう言って嵐山は、手際よく俺に命綱を装着し、その反対側を手すりに固定した。

……この位置もしかして。

 見下ろすとやっぱりそうだった。

 ここから降れば、鍵がかかっていた3階と2階の部屋の窓際に近づける。

 考えたな嵐山。

 これで中の様子を伺えってわけか。

 だが、ここから降りないといけないのか……?

 

「おい、どうした荒木」

「す、すいません」

 

 分かってる、この中で一番悪魔知識があるのは俺だ。

 となれば部屋の中を覗き込んで、最も多くの情報を持ち帰れるのも俺だろう。

 普段なら危険な場面で「自分も行く」と騒ぐ柊も、今回は不満げな表情こそ浮かべているが、文句は言わず黙っている。

 

 仕方がない、意を決して手すりを跨いだ。

 だけどやっぱり怖い。

 もし命綱が千切れれば、結び目が甘ければ、手すりが壊れれば。

 嫌なイメージばかり湧く。

 ええい、覚悟を決めろ──

 

──その時だった。

 

 ペタペタと、静かな足音が響いた。

 

 音のした方角――屋上の出入り口へ視線を向ける。

 

 そこに立っていたのは、一羽のガチョウだった。

 間の抜けた見た目だ。

 だが、油断は許されない。

 奴こそが、高位の悪魔か悪霊と疑われている存在。

 このシナリオにおける、最大の脅威候補なのだから。

 

 くそ……最悪なタイミングだ。

 

==

 

 ここから先は、一瞬の逡巡が命取りになる。

 瞬時に脳裏を駆け巡るのは、現在の状況。

 

 場所は洋館の屋上。

 俺はハーネスを装着し、手すりを跨いでいる。

 降下地点は、ちょうど鍵のかかった秘密の部屋二つの窓際に近づける位置だ。

 

 こちらの意図を見抜かれれば、その時点で即デッドエンド。

 

 対してガチョウは、まだこちらの目的には気づいていない様子だった。

 少なくとも今の段階では、この下に秘密の部屋があることも、俺達がそこを探ろうとしていることも知らない。

 つまり――近づかれさえしなければ、まだ誤魔化せる。

 衝突は避けられる。

 

「……どこから迷い込んできたんだ、この鳥」

 

 最初に口を開いたのは嵐山だった。

 俺達の表向きの設定は、あくまで隣町から来た修理業者。

 この洋館でガチョウが飼われていることも、

 ましてやそれが高位の悪魔や悪霊の可能性があることも知らない。

 極めて自然な反応だった。

 

 だが、その言葉は所詮その場しのぎに過ぎない。

 ガチョウは、一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。

 

 脂汗が浮かぶ。

 ここまで接近を許せば、こちらの狙いに気づかれる可能性が高い。

 そうなれば、町の人間が送り込んだ間者ではないかと疑われるだろう。

 何しろ羽振とこいつは、相当な恨みを買っており、それを当人も自覚している筈だから。

 そうなれば衝突は避けられない。

 ここは足場が限られ逃げ場の少ない屋上だ。

 攻撃を受けて転落死──そんなイメージが脳裏に浮かぶ。

 恐怖が心臓を強く締め付ける。

 

「……」

 

 誰も行動を起こさない。

 いいや、起こせないのだ。

 迂闊な行動一つで、ガチョウに疑念を抱かせることを恐れていた。

 

「……っ」

 

 どうする。

 ガチョウはどんどんと近づいてきている。

 せめていつでも逃げられるよう命綱だけでも外しておくか?

 いや、それは駄目だ。

 そんな行動こそ、「なぜ外した?」という疑念を抱かせる。

 くそ、ガチョウが近い。

 嵐山の奴は緊張で顔が引きつっている。

 唇をきつく結び、眉に皺を寄せている。

 ガチョウの視線に疑念の色が混ざった。

 まずい、このままでは──

 

「──よしよし、可愛いガチョウさんですね」

 

──は!?

 な、何やってんだ柊っ!?

 お前だって知っているだろう! そいつが悪魔や悪霊かもしれないって!?

 そんな化け物を抱き上げるなんて……いいや、この対応が正解なのか……?

 

「嵐山さんも一緒に撫でませんか? この子とっても毛並みが綺麗ですよ」

「……え、いいや、俺は……」

「はぁ……相変わらずですね。

 動物好きの癖に、動物相手にまで人見知りを発揮するなんて、本当に照れ屋さんなんですね嵐山さんは」

「! ……ほっとけ」

 

 いいぞ柊、上手い話題の振り方だ。

 これで嵐山の不自然な緊張にも理由付けができた。

 

「しかしこれだけ毛並みが良いとなると、もしかしてペットなのでしょうか?

 ガチョウを部屋飼いしてるなんて珍しいですね」

「そうだな、基本的にガチョウは農家で家畜として飼われることが多い。

 フォアグラ、羽毛、食肉……用途は色々ある。

 日本じゃ飼育数は少ないが、西洋じゃ比較的馴染み深い鳥らしい。

 警戒心が強いから、番犬代わりに飼われることもあるそうだが」

「お、出ましたね。いつもの蘊蓄キャラ。

 じゃあ、この子は番犬代わりですか?」

「この警戒心のなさで番犬は無理だろ。

 普通にペットとして可愛がられてるんじゃないか?」

 

 ガチョウは完全に警戒を解き、柊の胸元に顔を埋めて、実に幸せそうな顔をしていた。

 正体は分からんが性別がオスなのは分かった。

……おい、さっさと離れろ。

 

「そんなことよりお前ら!

 ここが人の家で、今が仕事中だってことを忘れてないだろうな!?

 家主を待たせてるんだぞ! さっさと次の仕事に取り掛かれ!」

「あ、すいません!」

「今行きます!

……ということで、ごめんなさいガチョウさん。

 お姉さん達、お仕事しなきゃいけないので、今だけ向こうに行っててくれませんか?」

「クエ」

 

 何がクエだ。

 柊がガチョウを地面に下ろすと、奴はそのまま屋上の出入り口から去っていった。

 ふう……助かった、ありがとよ柊。

 なにはともあれ、これでようやく調査を再開できる。

 

「……どうする?」

「行きます」

 

 腹は決まった。

 助手の柊に尻を拭われて、代表の俺が怯えて逃げ出すわけにはいかない。

 命綱を信じて手摺から身を離す。

 

……ちっ、3階のカーテンは閉められている。

 2階も同様だ。

 とはいえこちらは閉め方が甘い、僅かに隙間が開いている。

 

「もう少しおろしてください」

「分かった」

 

 慎重に調整され、ちょうど隙間を覗ける位置で停止する。

 室内の様子を伺う……誰もいないな。

 それを確認した後、ライトで室内を照らす。

……お香に、蝋燭、杖など、どれもこれも魔術に通じる道具ばかり。

 しかし広く共通する魔術道具ばかりで、これだけでは流派が特定できない。

 

 壁に貼り付けられた数枚の絵画のポスターはなんだ?

 明らかに神話や民話風のデザインだ、あそこから何か読み取れれば……ん?

 机の上にポストカードが飾られている。

 どこかで見たことある画風だ。

 絵画のポスターとタッチは違うが、根底の技術は似通っている。

 あれは確か……アルフォンス・ミュシャか?

 

「……あ」

 

 点と点が線で繋がった気がした。

 ミュシャはフランスのパリで成功した画家として有名だ。

 しかし晩年は故郷のチェコに戻り、祖国の民族史や神話・宗教を題材にして巨大連作絵画を描き残したという。

 

 その作品群の名は「スラヴ叙事詩」

 

 そこに思考が着地した瞬間、室内の配置や意匠が別の意味を帯びて見えてきた。

 散らばっていた記号が、ひとつの系統に収束していく。

 ガチョウの正体までは断定できない。

 だがおそらく、スラヴ圏の伝承に関係する存在と見ていいだろう。




 長くなりすぎたので半分に分割。
 後編に続きます。

 あと、私事ですがカクコン11の中間発表を突破できました、やったぜ。
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