悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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 新しく「灰燼世紀のエクソシスト」という物語の連載を始めました。
 よろしければぜひご覧ください。


第25話「トムテ」後編

──それから2週間後。

 情報収集を重ね、ついにガチョウの正体を突き止めた俺達は、再び隣町へ戻ってきた。

 

「っ! ようやく戻って来たかお前ら!

 あれから2週間も待たせやがって! もう帰ってこないのかと思ってたぞ!」

「すいません嵐山さん、判別に手古摺ってしまって。

 ですがこれでようやく相手の正体が分かりました」

「そうか! それなら……ん? そりゃなんだ?」

 

 嵐山が目を向けたのは、俺が押してきた一台の台車だった。

 その上には、ブルーシートで覆われたあるものが載っている。

 

「俺達の切り札です、中身は後のお楽しみということで。

 皆さんはもう?」

「ああ、頼まれた通り、公民館に集めておいた」

 

 公民館の会議室へ入ると、被害を受けた町民達が一堂に会していた。

 カーテンは閉め切られ、窓も扉も完全に封鎖されている。

 これなら情報が外に漏れる心配はない。

 

「皆さんお久しぶりです、此度の悪魔事件、その正体が分かりました。

 皆さんの財産を盗んだ手法、そして犯人、それはトムテです」

「トムテ……?」

「……あ、それ聞いたことあるかも」

 

 そう呟いたのは、小学校高学年ぐらいの女の子だ。

 

「確か、ロシアとかにいる妖精だよね?

 家に住み着いて家事を手伝ってくれて、お粥が好きな」

「よくご存じで」

「でもトムテは良い子だって聞いたよ? なのに泥棒なんてするの?」

「それこそが俺達が調査に手古摺った理由です」

 

 俺は一つ頷き、説明を続ける。

 

「トムテは北欧諸国で古くから伝わる妖精でして。

 それだけに伝承の数も非常に多く、描写される性格や権能も多岐にわたります。

 情報が膨大過ぎて正直整理しきれた自信はありませんが、一先ず俺達なりの見解を話させてもらいます。

 トムテは大別して『児童書』『北欧(スカンディナヴィア)の伝承』『スラヴの伝承』『キリスト教』の四つの方向性に分けて考えられます」

 

 ここまで属性が分岐する妖精は珍しい。

 我らが日本の誇るフリー素材織田信長もかくやの描かれ方であった。

 

「まず一つ目、『児童書のトムテ』。

 これはお嬢さんの認識通りです。

 人家にこっそり住み着き、家事を手伝い、家主がお礼として捧げた粥を人知れず食べる。

 ヨーロッパ圏では幾つも伝承が語られる、お手伝い妖精の一種ですね。

 ただし北欧独自の文化が反映されていて、サウナに住み着くサウナ・トムテや、

 子供の善行を見守り、サンタクロースへ報告するヨウル・トムテなど。

 地域色の強い派生も存在します。

 この『児童書のトムテ』は北欧圏の代表的なマスコットとして扱われており、北欧土産に描かれた赤いとんがり帽子を被った小人の姿を見たことがある人も多いでしょう。

 日本におけるトムテの描写や認識もこれが殆どで、そのせいで他の情報が埋もれてしまい、正体に辿り着くまで時間がかかりました」

 

 クリスマスのデパートで売られてるクッキー缶の表紙に描かれた小人や、スノードームの中に入っている小人、白雪姫に出てくる七人の小人の姿を思い浮かべてほしい。

 トムテの姿は、あんな感じだ。

 

「そして二つ目、『北欧(スカンディナヴィア)の伝承のトムテ』。

 これがトムテの原型に当たります。

 とはいえトムテには幾つか起源とされる伝承があり、地元の図書館だけでは判別できなかったので、説明に誤りがある可能性をご容赦ください。

 原型のトムテは各家庭や各農場に住み着く守護霊です。

 基本的な性質としては『児童書のトムテ』と変わりはなく、加えて夜間に畑を耕し、家畜の世話をすることで知られています。

 しかし、性格は特筆して苛烈でした。

 粥の味付けを少し間違えただけで怒り狂い、物を壊し、人を殴り、時には家畜や召使いを殺すことすらある。

 そんな彼らは変身能力を持ち、主な変身対象は、猫、小人、老人。

 珍しい例を挙げると、ヤギ、馬、そして――ガチョウへ姿を変えるとされています」

「……ガチョウ」

「続いて『スラヴ的性質が混入したトムテ』。

 皆さんにとって重要な話はここからでしょう。

 北欧とスラヴは近しい文化圏にあり、スラヴの家霊ドモヴォーイなどの性質が、トムテの伝承にも取り込まれたとされています。

 ある伝承によれば、トムテに最も良い部屋と、居間の最も良い席を与えると、金貨や本来の収穫量以上の穀物を家主に齎してくれる。

……ただし、それらは無から生まれるわけではない。

 他所から持ってきた――つまり、近隣から奪っていると解釈される場合もあります」

「っ!」

「羽振は皆さんの財産をトムテに盗ませることで成り上がった可能性が極めて高い。

 そして一部の伝承には、こうした存在を使役するため、墓地で悪魔や悪霊と契約を結ぶといった魔術的解釈もありまして。

 これはおそらく、スラヴの祖霊信仰に近い発想に由来するものと考えられます。

 このような悪質なトムテを『キリスト教圏』では『悪魔祓い』に近い形で対処されることもありました」

 

 これらの情報を揃えて、俺達は盗人の正体をトムテだと判断した。

 

「おそらく今回のトムテは、『スラヴ』や『キリスト教』の性質に寄ったもの。

『児童書』に描かれるような善良な妖精や、『原型北欧』の気難しくも頼もしい守護霊ではなく、害を持った悪魔です」

「……」

「当然、皆さんが気になるのは対処法でしょう。

 例えば、衣服を贈る、報酬を断つ、労働を否定する。

 こうした典型的な方法で妖精を去らせる伝承もあります。

 ですが、それらの大半は家の住民側しか行使できません。

 館の外部にいる我々には、そのままでは有効打になりません」

 

 つまり俺達の立場だと明確な対処法が存在しない悪魔だ。

 

「……俺達全員で館に乗り込んで数で押し切るってのはどうだ?

 これだけの人数がいれば……」

「難しいでしょう。

 トムテの持つ権能は変身能力だけではありません。

 トムテを嘲けりながら給仕をしていた少女にダンスを強要して爆散させたり。

 トムテと同一視される妖精ニッセなどは、小柄な体格とは思えないほどの怪力を備えていたり。

 さらに、背後には魔術師である羽振がいる。

 奴は警察すら退けた相手です。

 魔術的素養のない方が力押しで勝てる見込みは低いでしょう」

 

 それ以外にも幾つもの権能や職能を持つトムテ。

 この場で全てを羅列することは不可能なので説明は省略するが、もし全ての権能を備えたトムテなら脅威度3(有害)を超え、脅威度4(天敵)に行きつくかもしれない。

 まさかお手伝い妖精にこんなヤバイ奴がいたとは思わなかった。

 

 とはいえトムテと同一視されるニッセの語源は聖ニコラウス。

 彼に近しい存在だとする見解もある。

 つまりは俺達定番の切り札、見立ての儀式が通じるかもしれない、ということだ。

 

「悪魔祓いはエクソシストの仕事です、ひとまず俺達を信じて任せてください。

 とはいえやはり魔術師とトムテを同時に相手するのは避けたいところ。

 なので両者を分断するために、皆さんにお願いしたいことがあります」

「それは?」

「──今から全員で一緒に宝くじでも買いに行きません?」

 

==

 

 人々が寝静まった深い夜。

 突如、轟音と共に公民館の壁が破壊され、大きな穴が穿たれた。

 その破壊口から姿を現したのは――トムテ。

 近づくにつれ、その小さな体に似合わぬ、老人のような深い皺と白い髭が浮かび上がる。

 赤いとんがり帽子の下、歪んだ笑みだけが暗がりに滲んでいた。

……ちっ、どうやって罠に気づいた?

 

「……掃除が甘いな、チョークの粉が残っておったぞ?」

 

 なるほど、家事の職能か……噂にたがわぬ多芸ぶりだな、こいつ。

 

「貴様らには見覚えがある。

 少し前にうちの屋敷に来ていた整備屋じゃな?

 まさかエクソシストだったとは。

 となると町内会の連中が宝くじを当てて公民館に寄付したという噂も嘘か……舐めおって。

 おいエクソシスト。

 儂をそこらの妖精などと甘く見るでないぞ?

 貴様の仕掛けた罠は既に食い破った。

 新しく陣を敷く時間も、儀式を行う時間も与えてやらん。  

 まさか、まともに戦って儂と張り合えるなどと思っておらぬよな?」

「そのまさかだ」

「……力の差を理解できていないようじゃな、この愚か者め。

 いいじゃろう……儂をコケにしたこと、後悔させてやる……!」

 

 トムテは斧を一振りし、その刃先から火花を散らせた。

 木こりの職能に加えて、踊りを強要して少女を爆散させたという奇妙な権能か。

 もしかすればニッセ由来の怪力も備えているのかもしれない。

 俺や柊が正面から戦ったところで、挽肉になるのが関の山だ。

 とはいえ、今回はとっておきの切り札を用意している。

 

「ふー……」

 

 深く息を吐く。

 本当に通用するかは分からない。

 数値上は問題ない。

 だが、この世界での実戦投入は初めてだ。

 失敗への不安が脳裏をよぎる。

 

……いいや、主人の俺が、ここであいつを信じてやらなくてどうする。

 

「死ねぃ!」

「──ガーゴイルマシン!! 発進!!」

「がっ!?」

 

 草陰から飛び出したガーゴイルは、勢いのままトムテを殴り飛ばした。

 

「さあ、今日はお前の晴れ舞台だ、お前の力を存分に見せてくれ、ガーゴイル!」

 

 ガーゴイルは声帯を持たない。

 しかし俺の祈りに応えるように、大きく嘴を開き、声なき咆哮を轟かせた。

 

「先輩! どれから行きます?」

「とりあえず作っておいた粥が先だ!

 おーいトムテ! 俺達の側につくなら粥を分けてやるぞー!

 早く食わねえと冷めちまうぜー!」

 

 持ってきた鍋を開くと、湯気と香りが立ち上った。

 米、牛乳、砂糖、バター、シナモンで煮込んだ甘いミルク粥。

 リースグリーンスグロート、トムテの大好物だ。

 

「む……! ……い、いいや、馬鹿にするでないぞ貴様!」

 

 トムテは一瞬こちらに目を向けたが、それだけだった。

 すぐにガーゴイルとの戦いへ意識を戻す。

 この手の家付き妖精に贈る賄賂としては、いささか渡し方が露骨過ぎたか。

 とはいえ、戦力差は見えてきた。

 ガーゴイルはやや押されているが、時間稼ぎには十分のようだ。

 これなら、余裕をもって次の儀式に移れる。

 

「冗談はこのぐらいにして、見立ての儀式だ!

 悪魔トムテを祓い、ヨウル・トムテと見立てる!」

「分かりました!」

 

 選んだのは北欧の民謡。

 クリスマスの支度をする働き者のトムテを称えた唄だ。

 時期はクリスマスと外れているが、祭具には『ニコラウスの金貨』を用いる。

 これで成立すればいいが……。

 

「……反応はなし、失敗か」

「どうします?」

「計画に変更はない! 次は聖ニコラウスだ! これで決めるぞ!」

「はい!」

 

 当然ながらこちらも祭具には『ニコラウスの金貨』を用いる。

 演じるのは身売りしかけていた商人の娘が、靴下の中に入っていた金貨によって救われ、感謝した父親が送り主であるニコラウスに会いに行く伝承の再現。

 俺が父親役で、柊が娘役。

 そしてトムテにニコラウス役を当て嵌める。

 とはいえ見立ての対象はあの大聖人ニコラウス。

 難易度は高いだろう。

 それでも俺達にはニコラウスと縁深い柊がいる。

 さあ頼むぞ聖ニコラウス……いつものように俺達を助けてくれ。

 

「こやつを砕いた後は、貴様ら全員八つ裂きにしてやるからな──」

「お?」

「消えた……?」

 

 ガーゴイルとの激戦を繰り広げていたトムテは、儀式が終わると同時に、忽然と姿を消した……どこへ行ったあいつ?

 

「ええと、儀式成功でよろしいのでしょうか」

「……今回行ったのは見立ての儀式だ。

 入れ替わるならともかく、完全消滅はおかしい」

 

 聖ニコラウスはサンタクロースの起源とされる高名な聖人だ。

 有名人というものは、どこの業界でも忙しく、中々呼びかけには応じてもらえない。

 それでも彼らは聖人、キリスト教世界におけるヒーローだ。

 当人が向かうのは無理でも、せめて分霊か、クランプスのような眷属が代理として現れてくれる筈だと想定していた。

 

「! 先輩! き、『金貨』が教えてくれました──大成功です!」

「……まさか」

 

 夜空を見上げる。

 すると彗星のような光が、一直線に空を駆け抜けている。

 その軌跡を追うと、ある場所に向かっていることが分かった。

 魔術師羽振が住む館だ。

 

 そして、その光の先端には。

 

 ソリを引く九頭のトナカイ。

 そして赤い祭服と長く白い髭を靡かせる、お爺さんの姿が見えた気がした。

 

==

 

 聖ニコラウス。

 実を言うと俺が一番好きな聖人だったりする。

 これは柊に『ニコラウスの金貨』が贈られてきた以前からの話だ。

 

 日本における聖ニコラウスのイメージといえば、やはりサンタクロースだろう。

 白い毛皮で縁取りされた赤い帽子と服を身にまとい、豊かな白髭を蓄えた、優しい笑顔が印象的な気前の良いお爺さん。

 12月24日、クリスマスの夜に子供たちへ贈り物を届ける存在。

 子供にとっては、キリスト教の中心的人物たるキリスト本人すら凌ぐ勢いで崇拝されている人物だ。

 例に漏れず、未成年の俺も毎年その恩恵にあずかっている。

 これが聖ニコラウスを好きになった理由かと言えば、確かにそうだが、あいにくと最大の理由はそこではない。

 

 キリスト教的な側面から見れば、聖ニコラウスは数々の奇蹟を起こした聖人であり、勤勉かつ厳格な大主教として語られる。

 裕福な商人の家に生まれながら私財に執着せず、無私の心で貧しい者へ施し続けた、理想的なキリスト教思想の実践者。

 東方正教会圏では、模範的な信徒生活の体現者とまで称されていた。

 これが聖ニコラウスを好きになった理由かと言えば、確かに尊敬すべき人格者だとは思う。

 しかし、俺にとってはそこまでだ。

 

 俺が聖ニコラウスを好きになった最大の理由。

 それは賞賛される美徳ではなく、彼の失敗を描いた逸話にあった。

 

 当時、大主教ニコラウスが不在の折。

 悪漢と結託した市長によって、三人の善良な市民が不当に処刑されかけた。

 市民たちは、このような暴挙を大主教が見過ごすはずがないと信じ、助けを求めた。

 

 求めに応じたニコラウスは、直ちに三人の従者を伴い処刑場へ向かう。

 そして処刑寸前、現場へ駆けつけた彼は、処刑人から剣を奪い取り、罪なき市民を救い出した。

 

 しかし、その制止の際には荒々しい手段に及び、怪我を負わせてしまったとも伝えられる。

 

 これが、俺が最初に知った聖ニコラウスの物語だった。

 後に調べた文献によると、彼の激情を示す逸話としては、第1回ニカイア公会議で異端論争に激昂し、相手を殴打したという説の方が有名らしい。

 なんにせよ彼の人物像を知るには十分だった。

 

 キリスト教の教義において、暴力は罪だ。

 まして聖職者であればなおさらである。

 当のニコラウス本人も、自らの行いを深く悔い、反省したという。

 

 だけどそんな風に感情の制御に苦心する彼の人となりが、俺は嫌いじゃなかった。

 

 無実の罪に苦しむ人の守護聖人。

 困っている人を見過ごせず、頭よりも先に体が動いてしまう義憤の男。

 完璧無比な救世主として描かれがちなキリストとは違う。

 もっと泥臭く、熱血で、真正面から悪を殴り飛ばす。

 いわば勧善懲悪の英雄譚における熱血漢の主人公。

 それが、俺の抱く聖ニコラウス像だった。

 

「ねえ、あれって私の家の長時計よね?」

「わしの飾り皿もあるぞ!」

「妹の結婚指輪だ……! やっぱり盗んでいやがったのか羽振!」

「おお! 遂にエクソシストがやってくれたのか!」

 

 決着をつけたのは俺達じゃないけどな。

 ともあれ俺達の仕事はここまでらしい。

 坂を登り洋館の前まで辿り着くと、そこには既に沢山の町民が集まっていた。

 庭先を覗き込むと、気絶した羽振が全裸のまま簀巻きにされ、木の枝に吊るされている。

 その傍らには、これまで盗まれてきた財産と思しき品々が山のように積み上げられていた。

 

 後日、羽振は拘置所から逃げ出したが、最終的には教会に捕捉され、教会牢へと投獄された。

 

==

 

「……ああ、もう朝か」

 

 休日とはいえ、少し夜更かししすぎたな……。

 先日、教会から依頼報酬が届いた。

『ゴエティア』の日本語翻訳写本と、三種類の悪魔召喚書だ。

 

『ゴエティア』――正式には『ソロモンの小さな鍵』第一部。

 ソロモン七十二柱の悪魔、その詳細と召喚法が記された有名な魔導書(グリモワール)である。

 

 とはいえ、『エクソシストTRPG』世界において『ゴエティア』本体に記された召喚術は、心理学的アプローチを用いた自己催眠術の一種に過ぎず、これ単体で実際に悪魔を召喚することはできない。

 真に召喚を成立させるには、個別の悪魔に対応した専用の魔導書が必要となる。

 

 つまり、今回の報酬で本当に重要なのは三種類の召喚書の方だ。

 

 しかもその三冊はいずれも『ゴエティア』に名を連ねるソロモン七十二柱の悪魔。

 おそらく補助資料として『ゴエティア』も同封してくれたのだろう。

 単独では召喚不可能とはいえ、悪魔図鑑としての価値や、対処知識という観点から見れば極めて有用だ。

 

 七十二柱の悪魔は、一説によれば古代イスラエルの王ソロモンに仕えていたとされる存在。

 その力を求めるのは、蛇の道を進むサタニストばかりではない。

 悪魔祓いを本懐とするエクソシストの中にも、あえて召喚を試みる者は存在する。

 

 本来なら、仲間にするなら天使や聖人、あるいは聖霊を宿したガーゴイルのような善なる霊が理想だ。

 だが、やはり人気者というのはどこの世界でも忙しい。

 高位存在ほど中々呼びかけには応じてくれない。

 

 その点、悪魔は危険こそ伴うが、比較的契約条件が明確で、経歴も確か。

 俺のような実力不足のエクソシストにとっては、むしろ現実的な戦力候補でもあった。

 もちろん危険性は理解している。

 だが、恐れてばかりではいつまで経っても前には進めない。

 上を目指すなら、たとえ悪魔召喚術であろうと、利用できる力は学ぶべきだろう。

 

「……そういや、母さんから洗濯物を取り込むよう頼まれてたっけ」

 

 頼みごとを思い出し、ベランダに向かう。

 魔導書の続きを読み進めるのは、この用事を済ませてからでも遅くないだろう。

 カーテンを開き、ベランダの扉を開ける。

 

「……は?」

「……」

「ぎゃあああああああ!?!?」

 

 な、なんだ、なんだあいつ!?

 黒い服を纏った人型の何かが、頭に靴下を引っかけたまま、無言で佇んでいた。

 転がるように部屋へ逃げ戻る。

 心臓が痛いほど脈打ち、慌てた拍子に身体を何度もぶつけた。

 いてて……! なんなんだよ、ほんと……!

 ん……? 着信音?

 机の上の携帯を手に取り開く、件名は柊だ。

 

『せ、先輩! うちのベランダにトナカイが! トナカイがいました!

 角に私の靴下を引っかけて!』

「と、トナカイ……?」

『はい! シカではなくトナカイでした!

 角の幅も大きいですし! お鼻が真っ赤で!

 それで、そのトナカイさんが手紙を持ってきまして……』

 

 赤鼻のトナカイというと、ルドルフのことか?

 それはそれとして手紙……?

 おそるおそるベランダに近づいて、化け物の様子を観察する。

 するとそいつはかつて柊を追い回していた傍迷惑な悪魔、クランプスだと分かった。

 なんでお前がこんなところにいるんだよ……。

 とりあえず頭に引っかかった靴下を外してやる。

 当然ながらゴムは伸びきり、角が刺さった箇所には穴まで空いていた。

 親にどう説明すればいいんだこれ。

 

「お前いったい何しに来たんだ?」

「……」

「……これって」

 

 クランプスは何も言わず、手紙を差し出してきた。

 おそるおそる受け取る。

 差出人は……聖ニコラウスだ。

 

 封を切ると、中には二枚の紙が入っていた。

 

 一枚は、トムテの件に関する謝罪と感謝の文面。

 そして、その末尾にはこう記されている。

『遅ればせながらクリスマスプレゼントとして』

 

 そしてもう一枚は──クランプスを自由に召喚できる権利書だった。

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