悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

3 / 37
第3話「ドレカヴァク」

 またかよもう。

 

「柊、お前もしかして、何かに憑かれてるんじゃねえのか。

 三度目だぞ三度目」

「先輩にそれを言われると信憑性があって怖いですね。

 本当に何か憑いてるんでしょうか?

 あのお守りは肌身離さず身に着けているんですけど」

「……俺には分からん、少なくとも俺の眼には異常は見当たらない」

 

 冬休み明けの1月中旬、学校終わりの夕方、場所は近場のファミレス。

 またしても柊から邂逅者を紹介された。

 

「──改めて紹介させていただきます、こちらが正義のエクソシスト荒木明先輩です」

「正義がどうのはともかく……ご紹介に与った荒木明だ」

「そしてこちらは今回の相談者、中学二年生で、私の友達の妹の友達の、御子柴芽衣ちゃんです」

「……御子柴芽衣です」

 

 紹介されたのは、中学生の女の子。

 背は低く華奢で、髪は長く、目鼻立ちはかなり整っている。

 値の張りそうな青いワンピースに、これまた高そうな灰色のダッフルコート、白いバッグを肩にかけている。

 柊の隣に立てば姉妹だと勘違いされてもおかしくないぐらいには目を惹く外見だ。

 とはいえ俺のことを警戒しているのか、中々視線が合わず、愛想が悪い。

 

「……怖がられてるみたいだな」

「先輩って結構オーラがありますからね。

 私ぐらいの年齢になると魅力も分かってきますが、中学生には中々伝わりにくいのでしょう」

 

 暗くて不愛想という評価を、柊はオブラートで二重三重にも包み込んだ言葉で表現してくれた。

 自覚してるから慰めなんていらねえよ。

 

「それに芽衣ちゃん自体が男の人を避けがちというのもありますし」

「ふん?」

「芽衣ちゃんって、ほら、可愛いじゃないですか。

 先輩の昔のクラスメイトにも、可愛い女の子が気になって、ちょっかいかけちゃう男の子っていませんでしたか?」

「ああ……いたね、そういうやつ」

 

 明らかに男にビビっているのに、気丈に振る舞おうとしている彼女の態度は、余計にその手の人間の加虐心をそそるのだろう。

 見た目が良いと羨ましがられがちだが、だからその悩みもやはり存在するのかもしれない、俺には分からん悩みだが。

 

「それで、今回の邂逅者は彼女か?」

「邂逅者、というと、先輩の言葉で悪魔と出会ってしまった者のことでしたっけ。

 今回は違います、芽衣ちゃんは依頼人ではありますが、悪魔と直接の関わりはありません。

……芽衣ちゃん、私から説明しましょうか?」

「い、いいや、大丈夫、私、自分で説明できるから」

 

 そうして御子柴芽衣は、自らの緊張を落ち着けるため、何度か深呼吸を繰り返した後、今回俺に会いに来た理由を説明する。

 

「い、一月に入った頃、叔母の家の近くの墓地に、化け物が現れたと騒ぎになったんです」

「化け物」

「そ、その化け物はとても恐ろしいらしくて、遭遇した人たちは驚きのあまりすぐ目を背けてしまうので、姿を正確に描写できる人は誰もいませんでした。

 ただ一つ分かったのは、怪我を負った子供のような姿というぐらい。

 そんな正体不明の化け物なんですけど……私の叔母は、心当たりがあると言っていたのです」

「その心当たりってのは?」

「……な、内容が複雑なので、詳しい事情は叔母さんから聞いてもらえませんか……?」

 

 今回の依頼人は、この中学生の叔母ってことになるのか。

 

「……」

「先輩?」

 

 俺がどうして前回横山を助けたのか──それは柊を助けるためだ。

 あのまま置き去りにしていれば柊にまで不幸が降りかかりかねなかった、友達は見捨てないのが俺のルールだ、だから事件解決まで付き合った。

 だが……今回は友達の妹の友達の、叔母だったか?

 流石に柊とは縁が遠すぎるし、現在進行形で巻き込まれているわけでもない、避けようと思えば避けられる状況だ。 

 とはいえ、止めても柊は被害者を見捨てないだろう。

 自分から首を突っ込んで、そのまま帰ってこれなくなるかもしれない。

 そうなるぐらいなら俺が近くで一緒に行動して助けた方がいい、だが……。

 

「まさか先輩──芽衣ちゃんのような小さな女の子がタイプだったんですか?」

「は?」

 

 どうしてそうなる。

 

「さっきからずっと芽衣ちゃん見つめて……わ、私が芽衣ちゃんの身代わりになります!

 安心してください芽衣ちゃん! 先輩は時折私の胸に視線を送っていたので興味がないわけではない筈です!

ほら! 先輩の大好きな大きいおっぱいですよ!」

「ど、どういうことだよ!?」

 言うや否や、柊は両手を開いて御子柴芽衣の前に立ちはだかった。

 ここは夕方のファミレス、当然他にも客は入っており、柊の声を聞いた彼らはぎょっとした目でこちらを見つめている。

 誤解だ、頼むからやめてくれ柊。

 

「あ、あの……一応、お金を持ってきました」

「はぁ? ……ああ」

 

 御子柴芽衣がバックから取り出したのは黄色い封筒。

 受け取り中身を確認すると──万札が5枚。

 高校生の俺ですら手に入れる機会など中々ない、5万円もの大金が入っていた。

 

「……お年玉とか、お小遣いとか、色々かき集めまして……足りますか?」

「……」

 

……5万円か。

 先ほどは驚いてみせたが、これが「エクソシストTRPG」のシナリオ報酬として得られるゲーム内通貨であれば、悪魔と対峙するのに一桁万円は少ないと言わざるを得ない。

 何しろキャラロストが懸かっているからだ。

 更にこれが現実となれば命の危機だ。

 

「……」

 

 だがおそらくこれは御子柴芽衣の全財産だ。

 俺の考えとしては物の価値とは主観で決まると思っている。

 大人達からすれば一カ月の給料の数割でも、彼女にとっては全財産、大切にしていた物を売ってかき集めた彼女の全て、この瞬間に注ぎ込もうとしている。 

 対して俺はどうだ、悪魔との邂逅は命に関わると考えているが、正直いって余裕はある。

 前世の知識もあるし、今まで出会ってきた悪魔もそれほど恐ろしいものではなかった。 十万だの百万だの大金が今すぐ必要なわけでもない。

 

「……」

 

 御子柴芽衣は相変わらず目を合わせないが、柊は縋るように俺を見上げている。

 

「あの先輩、足りないようでしたら、私からも──」

「いらない、これで十分だ、この仕事を受けよう」

「! あ、ありがとうございます……あ、荒木さん」

 

 決して絆されたわけではない。

 俺は単に御子柴芽衣の金が欲しかっただけだ。

 

==

 

 翌日の土曜日、俺達は御子柴芽衣の叔母、丑三誠子の家を訪ねに向かった。

 道案内を買って出たのは御子柴芽衣、彼女は頻繁に叔母の家に遊びに行っていたらしく、その経験から道順は覚えているという。

 丑三誠子の家は幸いなことに、俺達の街からそう離れてはおらず、徒歩で行ける距離だった。

 俺達は雑談をしながら、街の外れにある坂道を登っていく。

 

「この町には生まれた時から住んでいますけど、こっち側に来たのは初めてですね、先輩は来たことがありますか?」

「一度だけある、この町にあるセーフエリア──悪魔や悪霊が立ち寄ることのできない場所を探していてな、確かこの上に教会があった筈だ」

「? 教会に悪魔は入れないんですか?」

「ああ、あの手の教会、仏寺や神社なんかは、悪いものが入れない力が宿っている。

 それに、もしかすれば神父の中には悪魔祓いがいるかもしれない。

 いざとなったら駆け込むのが吉だ」

「はえー、なるほど」

「わ、私はここら辺には何度か叔母さんに会いに来たことがあります。

 この道をまっすぐ進めば、叔母さんの住んでいる家がある住宅地があって、横道に逸れると化け物が出たという墓地がある筈です」

 

 ふむ、すると少し足を運べば辿り着ける場所に墓地があるわけだ。

 

「幸い今は日中だ、幽霊だとか悪魔だとかが活動する時間帯じゃない。

 邂逅者の家を訪ねる前に墓地の下見に行きたい、頼めるか御子柴」

「わ、分かりました」

 

 すると御子柴芽衣は、今まで歩いていた道を逸れ、山に巻き付くように作られた一本道に歩を進めた。

 山側から突き出る草木は鬱蒼と影を作っており、こんな日差しの強い時間帯だというのに少々肝が冷える。

 

「私、お墓って苦手なんですよね、なんだか怖くて薄気味悪くて。

 芽衣ちゃんはどう思います?」

「わ、私も苦手です、夏場とか、暑いはずなのに、妙に冷たい感じがして」

「……墓場自体はそれほど悪い場所じゃない。

 世に出る悪霊ってのは基本的に埋葬に失敗した存在で、ちゃんと葬儀された霊が悪霊になることはまずない。

 もし霊が悪霊に堕ちかけても、ちゃんとお墓参りをすれば鎮まってくれるし、もしかすれば守護霊となって他の悪霊を撥ね退けてくれるかもしれない。

 墓場を恐れる気持ちはわからんでもないが、定期的にお墓参りはやっておけ。

 特に柊、お前に関しては、三回も悪魔事件に関わることになっちまったんだから」

「え、えへへ」

 

──そんな時だった、そいつは現れた。

 

「え──」

 

 そいつは、不釣り合いに大きな頭を持ち、身体からは臓器がはみ出して、血管をあらわにしたひどく恐ろしい姿だった。

 誰一人悲鳴を上げることもできない、その恐ろしい容貌に声を失い、更には呼吸までも止まりそうになる。

 なによりも発せられるおぞましいオーラ、背中に氷柱でも突き刺されたかのような悪寒が全身に駆け巡った。

 今は日中、しかもまだ墓地に辿り着いていないというのに、こんな道端で出会うなんて。

 それだけこの化け物に宿る力が強大なことが示されていた。

 

「──あ」

 

 風が舞った、木の葉が擦れざわめく音が鳴った。

 たった一瞬のまばたき、それだけで俺は化け物の姿を見失ってしまう。

 

「ど、どこに行った!?」

「あ、あっちに」

 

 あっち?

 

「お、叔母さんの、家の方に……」

「っ! ──追いかけるぞ! 案内してくれ御子柴芽衣!」

「……は、はい!」

 

 俺達は走った、化け物を追って。

 あんな化け物と御子柴の叔母が相対して、碌なことになるとは思えない。

 

 あの化け物を次見つけたら、速攻で悪魔祓いを行おう。

 分からないことは多いが、考えるのは後だ。

 考え抜いた最善策よりも、今は迅速な次善策を。

 

 俺達は休むことなく走り続け、御子柴芽衣の叔母、丑三誠子の家に辿り着く。

 するとその家の玄関には、先程の化け物と、腰を抜かして怯える中年女性の姿があった。

 あれが丑三誠子か。

 状況は拙いが、ぎりぎりのところで間に合ったのかもしれない。

 俺は用意していた十字架と、ノートを構える。

 

「──ごめんなさい! 駄目なお母さんでごめんなさい!」

『……』

 

 駄目なお母さんで、ごめんなさい……?

 

「……」

「……せ、先輩?」

 

 何故丑三誠子はそんなことを言った、あの化け物があたかも自分の子供のように。

……御子柴芽衣は、叔母が墓地の化け物に思い当たる節があると言っていた。

 まさか、そういうことなのか?

 この化け物は、丑三誠子の子供の霊なのか。

 ならこの化け物は──

 

「聞け!

 お前は気づいていないかもしれないが、ドレカヴァクという悪霊になっている!

 その姿は見る者が直視できないほど恐ろしく心を削る!

 これ以上母親を傷つけたくないなら離れろ!

 拒むなら俺がお前を祓う!」

 

 依頼人は御子柴芽衣、依頼の内容は化け物退治。

 だがその依頼は叔母である丑三誠子を助けるため。

 丑三誠子の心の準備ができぬまま、息子の霊を祓ってもいいのかと、俺の心には迷いが生まれた。

 

『……』

 

 どうする、やはり祓うべきだったか?

 だが既にドレカヴァクには俺達が追いかけて来たことに気づいている。

 やるなら不意打ちの一撃で終わらせるのが最善だった。

 くそ、自分の優柔不断さが憎い。

 ドレカヴァク、お前はどう出る……?

 

「ぁ……」

 

──はたして、俺の警告を恐れたのか。

 それとも他に理由があったのかは分からない。

 ドレカヴァクは煙のように去っていった。

 

==

 

 俺達は怯えて震える丑三誠子をなだめた後、彼女の家のリビングで話を聞かせてもらうことになった。

 

「──改めまして自己紹介をさせていただきます。

 俺は荒木明、御子柴芽衣さんに頼まれ、あなたの相談に乗りに来ました」

「さ、先ほどは助けていただきありがとうございました。

 私は丑三誠子、芽衣ちゃんの叔母にあたります」

「早速ですが丑三さん、私は御子柴芽衣さんに頼まれここに来ましたが、込み入った事情があるため、詳しい事情はあなたに直接伺ってほしいと言われました。

 あなたはあの悪霊について思い当たる節があるようですが、お伺いしても?」

「え、ええっと」

 

 丑三誠子は俺を信用できるのかと問うように、御子柴芽衣に視線を向けた。

 その御子柴芽衣は俺のことを良く知らず、よく知っているだろう柊に視線を向ける。

 視線を受けた柊は力強く頷き、それを受けた御子柴芽衣も頷き、丑三誠子は口を開いた。

 

「あれは……かつて亡くなった私の息子だと、考えております」

 

 亡くなった息子か。

 それは先ほど聞いた情報から想定していた通りの返答だ。

 

「……あれは、息子が6歳の、夏の日の出来事でした。

 息子は昆虫採集を趣味にしており、よく林に行ってカブトムシやクワガタムシを集めていましたが、川の近くを歩いていたところ、石の斜面に足を滑らせて頭を打ち……私はその時近くにいましたが、間に合わず助けることができませんでした」

「……その息子さんが、化けて出たと」

「はい、数日前から息子は、朝夜問わず、私の前に現れ、恐ろしい姿をさらし……。

 きっとあの子は私を恨んでいるのです。

 助けられなかった私を恨んで、今も尚……」

 

「エクソシストTRPG」のシナリオであれば、よくある展開だ。

 だが、一つこの家の構造を見て、気になるところがあった。

 きっとこのまま話を続ければ丑三誠子は新たに心に傷を負うだろうが、指摘しなければ話が進まない。

 痛む心を無視して質問を続ける。

 

「丑三さん。

 この家には仏壇がありませんね」

「は、はい……。

 息子の葬儀は無宗教葬儀で済ませたので……」

「ということは息子さんは無宗教なのですね。

……やはり俺の予想は当たっていたようです」

「予想……?」

 

 ああ、思い当たる節といえばあれしかない。

 

「悪霊には種類があります。

 地縛霊だったり。

 浮遊霊だったり。

 俺が予想するに息子さんの悪霊の種類は、ドレカヴァクでしょう」

「ど、ドレカヴァクとは……」

「ドレカヴァクとはスラブ人の民話に登場する悪魔であり、洗礼を受けず死んだ子供の童霊です。

 その姿は非常に恐ろしく、人によって描写は異なりますが、とはいえ共通点はあり、怪我を負った子供の姿で、洗礼を受ける墓地を通る人々を求めているとか。

 黄昏時や夜間ならともかく昼間に現れるということは、相当に強い執念を抱えているのでしょう」

 

 俺の話を聞いた丑三誠子は、またしてもしくしくと涙を流しはじめた。

 

「私が息子に洗礼を受けさせなかったばかりに……ごめんなさい春人……!」

「どうして息子さん──春人くんに洗礼を受けさせなかったのか、事情を説明していただけますか?」

「……わ、分かりました。

 私は今、独り身ですが、昔は結婚しており、旦那がいたのですが、旦那の母に当たる人物がある宗教に熱中し、私と旦那は勧誘を受け同じ宗教に入信することになりました。

 ですが指導者が金にがめつく、私も旦那も旦那の母も心を病み、そのせいで一家離散……。

 当時お腹に抱えていた息子には、決して宗教に関わらせないようにしていたのですが……そのせいでこんなことになってしまったなんて……」

 

 災難な……。 

 善意が裏目裏目に出て、今の状況に陥った感じか。

 

「その宗教については、何か覚えていることはありますか」

「あまり覚えては……昔は教典のようなものを持っていましたが、既に捨てており、記憶もあいまいで……やはり私は息子に恨まれているのでしょうね」

 

 俺の説明は全て丑三誠子が想定する、息子が丑三誠子を恨んでいるという考えを補足するものばかりだった。

 彼女は自分の諸々の判断が息子を苦しめていたのだと確信を深める。

 

「それでも……それでもあれがやはり私の息子だというのなら。

──荒木明さん、ここまでご足労いただいておきながら、こんなことを言うのは失礼であると理解しています。

 ですが、どうか、息子を祓わずにいてはいただけないでしょうか?

 例え息子に恨まれていても、私はあの子との繋がりを保つことができるなら、それで──」

「それはできません」

「な、なぜ」

「……ドレカヴァクを12月のクリスマス期間中に目撃すれば、誰かが死ぬ予兆になるとされています。

 幸い今は1月で12月は過ぎており、今はただひたすら恐ろしい悪霊というだけですが、これから11カ月後、クリスマスになれば確実に実害が出るでしょう」

 

 あなたの母親としての息子への愛情は痛いほど伝わってくる。

 だが悪霊を放置するのは拙い。

 悪霊とは周囲に害を与える存在だからこそ悪霊と呼ばれているのだ。

 俺の家族や友達である柊はこの町に住んでいる、もし身内が不幸にもドレカヴァクの呪いを受けてしまえば……それを避けるためなら誰に止められたとしても、俺は一人で悪魔祓いを行うつもりだ。

 

「な、ならばせめて、クリスマスまで息子と一緒に──いいえ、貴方達にも生活がありますものね。

 愚かなことを言ってしまい申し訳ありませんでした。

 ですがせめて一つだけお願いがあります……息子を祓う瞬間を、私にも見届けさせていただけませんか?」

「……」

 

 どうする。

 悪魔祓いの途中で、彼女に邪魔をされる可能性はないとは言えない。

 だが目を離した場所で何か良からぬことを企まれるぐらいなら、俺達がすぐにでも取り押さえられる場所で監視していた方がいいかもしれない。

 仕方ない、受け入れるか。

 

「こちらの注意事項に全て従うのが条件です。

 それを受け入れてくださるのなら、同行してくださって構いません」

「ありがとうございます……!

 どうか、悪霊となってしまった息子をお救いください」

「はい」

 

 こうして俺達の行動方針は、悪魔ドレカヴァクを祓うことで一致した。

 

「……」

 

 だが……俺にはまだ丑三家のことで何か大切なことを見落としているような、そんな気がしてならなかった。

 どちらにせよ悪魔は祓わねば周囲に危害が加わる、俺がやるべきことは目の前の問題にどう対処するか、それだけだ。

 

==

 

 俺達は一度丑三誠子の家に泊めてもらい、その日に備えた。

 時刻は早朝、丁度朝日が昇り、最も悪魔が弱体化する時間帯だ。

 ドレカヴァクを祓う前に、一旦彼の行動範囲を制限する必要があると考え、結界を張ることにした。

 道具は近場のホームセンターで買った袋入りの食塩と、学校のグラウンドなどで使われる白線を引くためのラインカー。

 費用は丑三誠子が出そうという話になったが、今後俺が使う可能性を考え断った。

……柊の悪魔との遭遇頻度からして、次がないとは確信できなかったからな。

 

 そうして俺はドレカヴァクが墓場の中にいることを確認した後、墓場の管理人に許可を取り、ラインカーの中に食塩を入れて、墓場全体を囲うように三角形を描いた。

「エクソシストTRPG」におけるドレカヴァクの脅威度は3(有害)。

 本来であればこんな素人作りの雑な結界は早々に突破されてしまうが、白線の上に置いた柊から借りた『ニコラウスの金貨』が凄まじい聖なる力を発しており、ドレカヴァクは白線の外から一歩たりとも出られなくなってしまった。

 つまり、ドレカヴァクを祓う準備が整ったということだ。

 

「これより悪魔祓いを行います。

 柊、いざとなったら金貨を取って二人を守ってくれ。

 無理だと思ったら、すぐに皆を連れて教会まで逃げ込むんだ」

「はい! お任せください!」

「御子柴と丑三さん。

 二人はこちらが許可をするまで、決して白線の内側には入らないでください」

「……分かりました」

「う、うん」

 

 俺は胸元から取り出した十字架を右手に持つ。

 キリストの彫像があしらわれた金属製の十字架だ、少し高かったが今日の日のために事前に準備していた。

 そして左手には一冊の国語ノート。

 ノート自体は何の取り留めのない百円ノートだが、その紙には幾つかのキリスト教聖書から引用した、使い勝手のいい聖句を記していた。

 俺自身はキリスト教徒ではないが、「エクソシストTRPG」においては通用していた手法だ、この状況でもおそらく通用する筈だろう。

 俺はノートの一ページ目に記していた聖句を音読する。

 

「『わが魂よ、勇ましく進め』」

 

 ドレカヴァクは驚いたように、そのいびつに歪む身体を震わせた。

 うん、これで合ってるよな。

 

「『わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない』

『信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう』」

 

 これらの聖句は自分の心の弱さを打ち払い勇気を手に入れるための聖句だ。

 いわば悪魔と対峙する前の準備運動。

 ここから悪魔を打ち祓うための聖句、つまりは本番だ。

 

「『正義の道には命がある、しかし誤りの道は死に至る』」

 

 ぼう、と。

 ドレカヴァクの頭に火がついた。

 

「『悪をたくらむ者の心には欺きがあり、善をはかる人には喜びがある』

『正しい人にはなんの害悪も生じない、しかし悪しき者は災をもって満たされる』

『神よ。立ち上がってください。神の敵は、散りうせよ。神を憎む者どもは御前から逃げ去れ。煙が追い払われるように彼らを追い払ってください。悪者どもは火の前で溶け去るろうのように、神の御前から滅びうせよ』

『主イエスのみ名によって命じる、サタンよ退け』」

 

 火は段々と燃え広がり、ドレカヴァクの全身を包み込んだ。

 ドレカヴァクは苦しみを訴えるように悲鳴を上げ、のたうち回る。

 これがよくあるセッションであれば、ドレカヴァクは逃げるなり反撃するなりしていただろうが、『ニコラウスの金貨』を使って作った結界はそう簡単には砕かれない。

このまま聖句を唱え続ければドレカヴァクは祓われる。

 

「『正義の道には命がある、しかし誤りの道は死に至る』」

「『悪をたくらむ者の心には欺きがあり、善をはかる人には喜びがある』

『正しい人にはなんの害悪も生じない、しかし悪しき者は災をもって満たされる』

『神よ。立ち上がってください。神の敵は、散りうせよ。神を憎む者どもは御前から逃げ去れ。煙が追い払われるように彼らを追い払ってください。悪者どもは火の前で溶け去るろうのように、神の御前から滅びうせよ』──」

「ウ……ア……」

 

 だが、妙だ。

 ドレカヴァクの様子がおかしい。

 準備は確かに万全だった。

 ドレカヴァクが何をしたところで俺には抑えきる自信があった。

 しかし、こうも無抵抗なのは想定にない。

 ドレカヴァクは暴れることなく聖句の火から逃れようとするだけで、一発ぐらいは結界越しに攻撃をしてきてもいいだろうに、こちらに対して何ら攻撃を行ってこない。

 何故だ、ドレカヴァクは脅威度3(有害)の危険な悪魔の筈だ。

 どうして碌に抵抗しない。

……そういえば、この悪魔が誰かを攻撃したという話はなかった。

 それは御子柴芽衣や丑三誠子といった関係者だけの話ではなく、周辺に住んでいる住民からも聞いた話だ。

 

「ドレカヴァク……いいや、春人くん、君は何を求めている?」

『……』

 

 俺は聖句を読むことを止め、春人くんに問いかけた。

 

『──母──同じ──死を』

 

 彼はいびつに歪んだ口で、掠れた声で、そう述べた。

 背後からは丑三誠子が金きり音のような悲鳴を上げており、息子の恨みの強さを知り恐怖して震え上がっている。

 死んで尚、悪霊になり母を死の世界に引き込まんとする怨念深い悪霊の言葉だと考えたのだろう。

 だが俺には、彼の言葉が、母親を恨んでいる子供の声には聞こえなかった。

 それは何故だ、何故違和感を抱く。

 

「──君は確か、洗礼を受けていなかったよね」

『……』

「……これは俺の予想なんだが。

 君はお母さんを今すぐ死後の世界に引き込みたい、わけではない。

 ただ、同じ宗教の洗礼を受け、彼女にお迎えが来るその日、同じ冥府で再会したいと願っている。

 恨みや殺意はなく、ただ生を全うした後、母と共に暮らす当たり前の冥福を──そうだね?」

『──』

 

 一呼吸おいて、丑三春人は静かにうなずいた。 

 彼に恨みや殺意はない、ただ母親が恋しかっただけなのだ。

 今まで自分に付き纏っていた息子の真意を知り、丑三誠子は泣き崩れる。

 

「……ぁ……ぁぁぁぁああ……!

 春人……! 春人……! ごめんね……ごめんね……!

 分かってあげられなくて……!」

「お、叔母さん!?」

「いいや、いい……行かせてやってくれ」

 

 丑三誠子は結界の白線を超え、怪物のように恐ろしい姿になった息子を抱きしめようと手を回した。

 幽霊である丑三春人に、丑三誠子は触れることはできない。

 しかしそれでも、この一家にとっては意味がある、意味がないとは言わせたくない、そう思わずにはいられない何かが、そこにはあった。

 だが……。

 

「……先輩?」

「……俺には、ドレカヴァクを助ける方法が分からない」

「え……そ、そうなんですか……?」

 

 まず前提として、悪魔祓いには二通りのやり方がある。

 浄化と追放だ。

 浄化とは悪魔を消滅させるやり方であり、追放とは悪魔をその場から追い出すやり方だ。

 今回選んだのは浄化であり、何故浄化を選んだのかというと、ドレカヴァクが危険な悪魔で、追放すれば別の場所で被害が生まれると考えたからだ。

 つまり当初の俺は丑三春人の魂を消滅させるつもりでいた。

 とはいえ悪性のみを浄化して、悪霊から普通の霊に脱せられる可能性もあったが……例えそれが成功しても丑三春人を救うことはできない。

 悪霊であることを止めても、現世に魂だけが彷徨い続けるだけ。

 ドレカヴァクという力を持った悪霊でいるからこそ俺達の前に姿を見せることができたのだ、何の力も持たない浮遊霊が霊視を持たない丑三誠子と関わり続けることはできない。

 丑三誠子が死んだとしても、彼女の魂は件の悪徳宗教の冥府へと送られるだろう。

 死後、二人が共にあり続けられる冥福は、決して訪れない。

 

「あ、荒木さん……お願いします、二人を助けてあげてください」

「……」

 

 考えろ、考えるんだ。

 救世主でもない限り、死んだ人間は生き返らない、彼を生き返らせるなんて完全無欠のハッピーエンドは俺には無理だ。

 だからせめて次善の手を、丑三一家にとって納得のできる、トゥルーエンドを導き出す方法を。

 このシナリオの正解を解き明かすんだ。

 

「……ぁ」

 

 そうだ、何で気づかなかったんだ、こんな簡単な方法を。

 

「丑三誠子さん、丑三春人くんに提案があります。

 ここに神父を呼んで、二人で洗礼をうけませんか?」

「……え?」

 

 丑三誠子は、きょとんと眼を丸める。

 

「まず春人くんが悪霊となったのは、洗礼を受けなかったからです。

 洗礼を受ければ、悪霊を脱し、天の国に行ける可能性があります」

「!」

「そして誠子さんがキリスト教に改宗すれば、自ずと向かう冥府も息子さんと同じ場所になるでしょう。

 とはいえキリスト教には死者に洗礼を施す手段があるかは分かりません。

 失敗の可能性は大いにありますし、散々宗教に苦しめられたあなたに、今更宗教と関われと言うのは少々酷な提案かもしれませんが……」

「──いいえ」

 

 丑三誠子は首を横に振り、真っすぐと俺の眼に視線を見据え、こう答えた。

 

「何から何までご配慮いただきありがとうございます。

 荒木明さん、あなたを信じ、私達はあなたの提案を受けたいと思います」

 

==

 

──そうして。

 丑三春人の洗礼は、その日のうちに行われた。

 墓場の管理者が教会の神父であり、距離も近く、神父さんがとても話の分かる人だったので手早く済んだ。

 洗礼を受けたドレカヴァクは、悪霊の姿を脱し、生前と変わらない子供の霊へと姿を変えた。

 とはいえ息子と母の感動の再会の時間は長くは続かず、その時が来た。

 丑三春人の霊体は、少しずつ天へと昇っていく。

 

──お母さん、たくさん生きて、たくさん素敵な思い出を聞かせてね。

 

 それが丑三春人が残した、丑三誠子への最後の言葉だった。

 

==

 

「──先輩は、丑三さんのあの後についてご存知ですか?」

「いいや、聞いてないな」

 

 丑三誠子とも御子柴芽衣とも、連絡先を交換していなかったからな。

 

「なんでも丑三さん、息子に励まされたのだからこのまま塞ぎこんだままではいられないと、一念発起して街に働きに出たそうですよ」

 

 そうか、よかった。

 丑三誠子は過去を乗り越えられつつあるらしい。

 

「丑三さんも芽衣ちゃんも、先輩にとっても感謝していましたよ。

 私も感謝されました、頼りになる人を紹介してくれたと。

 やっぱり私の見込み通り、先輩は正義のエクソシストでしたね」

「またその話かよ、中学生の持ってた金目当てで働いてた、俺のどこに正義があるってんだ」

「だって先輩、悪霊を祓ってそれでおしまいでも良かったでしょうに、態々丑三さんや春人くん、芽衣ちゃんや私が納得できる結末を迎えられるよう頭を悩ませていたではありませんか。

 それに芽衣ちゃんからだけでなく、丑三さんからもお金を請求できたでしょうに、何も要求しませんでしたし。

 お金だけを目当てにしてるなら、ここまで親切にする必要はありませんよ」

「……」

「嫌々と言いつつも、最後には結局助けてくれる優しい人。

 私はずっと前から先輩がそういう方だとは分かっていましたがね」

 

 なんだその、古典的なツンデレキャラみたいな評価は。

 この俺がツンデレ? 自己保身を第一にするこの俺とは程遠い評価だ。

 だが……自分の行動を振り返れば、確かに今回は邂逅者の事情に感情移入しすぎてしまい、リスクを軽視した立ち回りをとっていたと認めざるをえない。

 TRPGのセッションを楽しむうえで必要な素質なのかもしれないが、これは現実。

 もっと冷静に、現実的に物事を考えて動くべきだった。

 

「……」

 

……とはいえ、もしかすると最近の自分は、柊と送るこの危険で非日常的な冒険を、心のどこかで楽しみにしていたのかもしれない。

 

「「人助けなんて俺の趣味じゃないんだがな、ふぅ、やれやれだぜ」」

「……なあおい柊、それはなんだ、俺の真似か?」

「ええ、結構似てると思うんですけど、どうですか?」

「似てねえよ」

 

 うん、やっぱり気のせいだな。

 今後柊が助けを求めても、俺はもう悪魔事件に関わらない、そう決めた。

 




 お読みいただきありがとうございました!
「悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった」は、だいたいこんな流れの話になっていきます!
 もしよければコメントや高評価お願いします!

=追記=
 誤字報告ありがとうございます!

=追記2=
 墓地が仏教式という誤描写を修正しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。