悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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閑話「初恋予行演習」

 本日の講義を終え、興味のあるテーマのゼミもなかったので、当初の予定通り図書館に足を運ぶ。

 図書館は大学のすぐ隣にあるので、通うのが楽で地味に助かっている。

 

「あ、明お兄さん」

「お疲れすず、悪いな、手伝ってもらって」

「いえいえ、私もエクソシストになるために勉強をしたかったので」

 

 図書館につくと先客が待っていた。

 彼女は読んでいた本を置き、こちらに笑顔を向けてくれる。

 佐久間すず。

 かつてデュラハンに襲われ、俺達が助けた少女。

 家庭に問題があり、柊の紹介する児童養護施設に移り住むことになった。

 かなり不幸な生い立ちだが、現在は割と楽しく過ごせているらしい。

 そんな彼女の最近の流行りは、エクソシストとしての知識を蓄えることだった。

 

「何度も言うが、エクソシストなんて名前ほど華やかな仕事じゃねえぞ。

 危険は多いし、格上に当たればペコペコ頭下げねえといけねえし。

 あんな派手な真似ができる悪魔事件は、百回挑んで一回でもあれば多い方だ」

「小夜子お姉さんからエクソシストの実態は聞いています。

 その上で、私も二人のようになりたいと思ったんです」

「あいつ妙にロマンチストだから、だいぶ誇張して話してると思うけど」

「ふふふ、お姉さん、お兄さんのことが大好きですもんね」

「……ここで話し込むのもあれだから、少し場所を変えるか」

「はい」

 

 図書館から出て庭先に向かう。

 

「最近どうだ、施設や新しい学校で上手くやれているか?」

「戸惑うこともありますけど、色んな人が支えてくれて。

 人間関係に関しては、小夜子お姉さんが人付き合いのノウハウを教えてくれたので、沢山の友達が出来ました。

 明お兄さんはどうですか?」

「……エクソシスト業は好調だ」

「あ……そ、そうですか、それは良かったです。

 ええと、そういえば今日は小夜子お姉さんはお休みだと聞きましたが」

「ああ、友達の誕生日会に参加するらしい。

 よく顔を合わせるもんだから忘れがちだが、あいつは学校一の人気者だ。

 どうやって学業や悪魔祓いと並行して、人間関係を維持できてるのか見当もつかない。

 一日48時間ぐらいあったりするんだろうか」

「ふふ、流石は小夜子お姉さんです」

 

 何故かすずはまるで我がことのように胸を張った。

 まあ、俺も似たような気持ちだ。

 自分は大学での友達作りは早々に諦め、学業と悪魔祓いに専念している。

 その学業も、学んでいるのは悪魔祓いに繋がる学問ばかり。

 大学の授業時間の短さもあって、高校にいた頃の方が忙しかったまである。

 にもかかわらず柊は高校生でありながら、それらすべてを完璧にこなしている。

 いったいどこからそんな体力が湧きだしているのやら。

 時折、本当に同じ人間なのかと疑わしくなる。

 

「それじゃあお前の調べたクランプスの情報を聞かせてくれるか?」

「わ、分かりました。

 えー……クランプスの存在は、アルプス地方でも語り継がれていました。

 アルプス地方というのは、ええと」

「オーストリアやドイツ南部、スロベニアあたりか」

「は、はい、そこら辺です。

 アルプス地方の昔の農村は、冬は長く暗い、暖炉の火が唯一の光、外は獣と未知の危険、睡眠中は無防備という場所でした。

 このため、「眠っている間に何かが来る」という恐怖が強く、夜に胸を押さえつける存在、夢の中に侵入する存在、子どもを攫う影など──」

 

 要約すると、アルプス地方のクランプスには夢魔としての属性もあるらしい。

 とはいえ彼は聖ニコラウスの縁深い存在。

 完全な悪ではなく、子供への道徳教育装置としても受け入れられている善の存在だ。

 ある本によると、もしクランプスを味方につけることができたなら、サキュバスなどの夢魔を退けてもらえるのでは? という考察もあったそうだ。

 面白い話だ。

 まあ、そんな美味しい展開を態々退ける男など、早々いるわけがないのだが……げふんげふん。

 

「ありがとよすず、お陰でいい勉強になった」

「ふふふ」

 

 彼女は笑みを零しつつ、僅かに頭をこちらに向けてきた。

 もしかして、頭を撫でろと言っているのか……?

 おそるおそる手を伸ばす──

 

 いいや待て、早まるな。

 髪は女の命だという。

 俺が超絶イケメンの色男ならまだしも、付き合ってもいない男に気安く触られて喜ぶ女はいないだろう。

 あぶないあぶない、危うく社会的な死を迎えるところだった。

 

「……明お兄さんって、まだ小夜子お姉さんと付き合っていないんですか?」

「……随分と急な話題転換だな。

 しかもまるで俺があいつのことを好きみたいに」

「お姉さんのこと、好きですよね?」

「……敢えて否定はせんが」

 

 そう返すと、すずは目を伏せた。

 なんだか胸の奥がざわつく。

……もしかしてすずって、俺に気があったのか?

 確かに惚れられる要素はあるっちゃある。

 俺は悪魔の呪いからすずを助けたのだから。

 もしかして小学生の女の子の初恋、奪っちゃった系か。

 くっ、柊に引き続きすずまで惚れさせてしまうなんて……。

 

……なんてな。

 助けたから惚れてもらえるなんてのは自惚れた考えだ。

 実際の俺は教室に友達一人いない魅力の欠けた大学生。

 その事実にはすずだって当の昔に気づいている。

 

「私としては、二人に幸せになってほしいです。

 明お兄さんは頼もしい方ですし、小夜子お姉さんは優しい方です。

 そんな二人が結ばれるのは素敵なことですし、きっと付き合えば今よりもっと幸せになれると思うんです」

「そ、そうか」

 

 すずはそんな風に自分の立場を表明する。

 自分は横恋慕などする気はない、二人の恋の行方を応援していると。

 よかった、どうやら俺の不安は完全に杞憂だったらしい。

 

「……でも、初恋ってあまり上手くいかないらしいんですよね」

「え」

「初めて異性と付き合った男女も、よく破局しがちだと」

 

 お、おい。

 

「これは経験不足が原因だと思います。

 恋愛経験が足りず、引き下がるべき場所で引き下がれず、逆に踏み入るべきところで踏み入れない、そうしたわだかまりが積もりに積もり、恋心も冷めてしまう。

 先ほどお兄さんは、私の頭を撫でようとして、手を引っ込めましたよね?

 まさにああいうところです」

「そ、それは紳士として」

「ちなみに明お兄さんは、女性とどこまで関係を進めたことがありますか?

 私は例外として、手ぐらいは繋いで……」

「……」

 

 悪魔事件の最中、危険に迫られて柊の手を掴んだことはあったかもしれないが、そこに色気があったかと問われれば、否と言わざるを得ない。

 

「あんなに男らしく私のファーストキスを奪ったのに?」

「それは本当ごめんて……」

「別に責めたいわけではないんです。

 とにかくこのままだとお兄さんの恋は失敗します。

 もし付き合えたとしても、いずれ破局してしまうでしょう」

「そう思うか……?」

「はい、なので──私で練習しませんか?」

 

 練習……?

 

「れ、練習ってどういう意味だ?」

「お兄さんが恋人を作る前の予行演習です。

 私が恋人役になるので、恋のお勉強のお手伝いをさせてください」

「え、いや、でも」

「物事には順序というものがあります。

 お兄さんはいきなりお姉さんと手を繋いで平常心を保てると思いますか?

 子供の頭すら撫でられない明お兄さんが、あんなに魅力的な小夜子お姉さんの手を。

 ですから、私が練習相手になりましょう。

 小学生の私ならお兄さんの緊張も少ない筈です」

「だからって、お前を利用するのは気が引けるっていうか……」

「あれ? もしかして知らないんですか?

 最近は、そういう人も珍しくないみたいですよ。

 本命の前に、別の相手と付き合って経験を積むって。

 ちなみに、これは世界的に有名なハリー・ポッ〇ーの主人公の彼女も行っていました。

 そのぐらい世界ではあり触れています、いわゆるグローバルスタンダードです」

 

 そういうもんなのか……? 

 確かに今まで人との交流を避けていたため、自分が社会の流行から離れていた自覚はある。

……最近の子は進んでいるな。

 だが、それが事実だとすれば、気になることがある。

 

「すずって実は、恋愛経験豊富なのか……?」

「……いいえ?

 男性とそうした経験をしたのは、お兄さんとのキス以外ありません。

 手を繋いだことも、腕を組んだことも、デートをしたことも、まだ一度も」

 

 ほっと胸を撫でおろす。

……いや待て、別にいいだろ、すずに恋愛経験があっても。

 お前はすずの父親か何かか。

 

「こんな提案をしておきながら申し訳ありませんが、私に恋愛経験はありません。

 きっと未熟な私では沢山の失敗をしてしまいます。

 お兄さんにもお見苦しい姿をお見せするでしょう。

 そこはとても心苦しく思います」

「いいや、別に心苦しくなんて思わなくていいぞ、全然」

「ふふ……ありがとうございます。

 お兄さんのそういう優しいところ、大好きです」

「お、おう」

「とはいえ、この提案には利点もありまして。

 お互い初めて同士なら、練習相手としてハードルが低い。

 片方に寄りかかる心配はなく、お互いを支え合うことができる。

 貸し借りはない、それは精神的にとても楽だと思うんです。

 これは人気者で、おそらく恋愛経験豊富な小夜子お姉さんにはない、私だけの利点。

……お兄さんもそう思いますよね」

「そう、だな」

 

……そうなの?

 

「では、またあの時のように……お互いの初めてを交換しませんか?」

「……」

 

 すずから差し出された手のひら。

 子供にしては細い指。

 肌は白く、指先だけが桃色に色づいている。

 

……確かに、俺の経験不足が原因で、柊と縁が切れるなんて展開は避けたい。

 そのために事前に練習しておくべきだという考えは実に合理的だ。

 更にはすず自ら練習相手になってくれると名乗り出てくれたのだ。

 こうした親切心は、素直に受け取っておくべきだろう。

 

……やるか。

 

 妙な緊張を感じながら、そっと触れる。

 

「なんだかドキドキしますね」

 

 すずの囁きが、鼓膜をくすぐる。

 子供特有の体温の高さ。

 成熟した女性ではない、未成熟な少女の温度。

 それが余計にいけないことをしている気分にさせる。

 自分の体温が、すこしづつ上昇しているのが分かる。

 

「お兄さんの手、温かいです……」

 

 すずは手のひらを動かし、俺の手のひらとこすり合わせる。

 すべすべで、しっとりとした、柔らかい手のひら。

 感触を共有する。

 体温を分かち合う。

 

「それじゃあ、握りますよ」

 

 そう言ってすずは、指を絡めてきた。

 一本づつ、ゆっくりと、小指から薬指。

 薬指から中指、人差し指、親指と。

 そして完全に密着させる。

 指と指の隙間がなくなるまで。

 

 すずと眼が合う。

 僅かに赤く上気した頬。

 俺の目を見つめ、優しく微笑みかける。

 妙な魔性を感じる、魅惑的な笑みだった。

 このままその瞳を見つめ続ければ、吸い込まれてしまいそうな。

 

──これは、まずい。

 

「──やべえ、このままだと大悪魔が召喚されて世界が滅ぶのを忘れてた!」

「え?」

「今すぐ家に帰らねえと!」

 

 俺は反射的に手を離した。

 そのまま逃げるように図書館を飛び出す。

 

 後ろを振り向く勇気は、最後まで湧かなかった。




 この話のクランプスについては、読者様から頂いた情報や考察を参考にさせていただきました。
 ありがとうございます!
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