悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

31 / 37
第26話「タキシム」

 柊の作ってくれた例のホームページに意外な進展があった。 

 なんとお便りフォームに一通の連絡が届いていたのだ。

 

『正義のエクソシスト荒木軍団様へ。

 どうか我々を助けてください──』

 

 まさかあのサイトがまともに機能するなんて。 

 今まで碌に機能せず、記憶の隅に追いやっていたものだから驚いた。

 とはいえ……この依頼にはいくつかの問題点があった。

 

「依頼者は匿名希望……。

 報酬交渉にも返答がありませんが、本当によろしかったのでしょうか先輩?」

「多少思うところはあるが、俺達の主題は人助けだ。

 金銭ばかりに目が眩んで、本質を見失うわけにはいかない。

 ここは初心に返るつもりで、助けを求める声に応えてやるとしよう」

「なんだか医療漫画の主人公みたいでかっこいいです!

 その台詞私も使ってもいいですか?」

「好きにしろ」

 

 フフフ。

 これは人生で一度は言ってみたい台詞の一つだった。

 いざという時のために用意しておいた甲斐があった。

 

「まあ、エクソシストとして経験を積んでおきたいって実利的な理由もあるが。

……なんにせよ、ここがゾンビが出没するという町か」

「日本なのにまるで外国みたいな景観ですね」

「街おこしのために外国の街並みを再現して、観光客や移住者を呼び込む自治体ってのは、日本だとよくあるらしい。

 どうやらこの町はヨーロッパ風のようだが」

 

 異国情緒あふれるお洒落な街並みだ。

 灰色の石造りの建物に、赤茶けた屋根、まるで東欧の古い町並みのよう。

 ちょっとした国外旅行気分が味わえた。

 

「調査を行う前に、もう一度おさらいしておくか。

 応募フォームに送られてきた情報は覚えているな?」

「はい。

 ゾンビと目される人物が亡くなられたのは、つい最近のことでした。 

 名前は小林政輝、元々は近所の高校に通う男子高校生。

 学生主体の催しで、裏山へと肝試しを行った際、夜間の暗さと足場の悪さに足を滑らせ、崖底に転落して亡くなられてしまいました。

 葬儀前日、彼の遺体は忽然と棺の中から姿が消します。

 以降は町中を練り歩くゾンビになってしまったのだと」

「付け加えて言うなら、自我があり対話が可能。

 町の住人は怯えているようだが、現時点では被害者はなし。

……だが、それがいつまで続くかは分からない──」

 

 そうこう話していると、鼻を刺す匂いが漂ってきた。

 防腐剤特有の甘く香ばしい匂い。

……到着早々お出ましか。

 

 赤茶げた屋根の街並みの中。

 石畳の道の先に真っ白な死装束の少年が立っていた。

 その肌は青白く、生き物としての温かみを感じさせない。

 

 これで何度目かという悪魔事件との邂逅だが、いつまで経ってもこの空気には慣れねえな……。

 それでも勇気を振り絞り声をかける。

 

「そこの君。

 もし対話が可能なら、事情を聞かせてもらえないか?」

「……なんだぁ? 兄ちゃんたち?」

「除霊を頼まれて来たエクソシストだ……多分」

「多分???」

 

==

 

「まだ自称に慣れていなくてな……。

 何か悩みを抱えているなら相談してくれ、俺達が協力しよう」

「悩みねえ……あんた、エクソシストって言ったな?

 エクソシストが何をどこまでできるのか分からねえが。

 それが本当なら、どうして俺を問答無用で祓いに来ねえんだ?」

「ゾンビになったとはいえ、元は人間だ。

 事情も聞かずに祓うのは、あまりに後味が悪い」

 

 とはいえ一番の理由は別にある。

 今回は調査が主目的だ。

 ガーゴイルのような大掛かりな装備は置いてきている。

 それに平和的に解決できる手段があるなら、それを選ぶに越したことはない。

 

「先輩は素晴らしい人格者ですからね!

 困っている人がいれば、なんだかんだと言いつつ、手を差し伸べずにはいられないのです!」

「へえ、お優しいこったな……そちらさんの事情は理解できた」

「なら」

「だが、お前らに俺の抱える問題を解決できる能力があるのか甚だ疑問だ」

「ひとまず事情を教えてくれないか?

 協力者が増えて困ることはないだろう」

「いいや困るね」

「足は引っ張らないと約束する」

「そういう話じゃない、これは俺の問題だ。

 誰かを頼って解決するなんてのは納得できない」

「そこを何とか頼む。

 近隣住民がお前に怯えてるんだよ」

「知るかよ。

 俺にも堪忍袋の緒に限界がある。

 放っておくなら見逃してやるが……これ以上邪魔するなら、殺すぜ?」

 

 指と首の骨を鳴らすゾンビ。

 凍てつくような殺意が吹きすさぶ。

……ここが引き時か?

 だが……俺の予想が当たっているなら、この窮地こそが突破口。

 それに俺には切り札がある。

 これがあれば一度は失敗しても許されるだろう。

 なら……賭けてみる価値はあるか。

 

「……おい、何をやっているんだ」

「え……先輩?」

 

 俺はタキシムの前で、両手を広げて立ち塞がる。

 

「お前に一発殴られたら大人しく引き下がる。

 そう言ってるんだよ」

「……は?」

「どうした、殴らないのか?」

「てめえ……」

「やってみろよ」

「……」

 

 ゾンビは動かない。

 

「やっぱりだ。

 感情的な理由か、悪霊としての性質なのかは分からなねえが。

 お前の行動には一定の方針、もしくは制約が存在する。

 俺や町の人間は傷つけられない」

「はぁ……参った参った。

 兄ちゃん、あんたの言う通りだ、俺は無関係の人間を傷つけられねえ。

 エクソシストなんて聞いた時は面食らったが。

 こんな風にあっさり見抜かれちまうと、大したもんだと称えざるをえねえなぁ」

 

 東欧風の街並み。

 そして、無関係の人間を傷つけられない悪霊。

 この二つでピンときた。

 具体的な名称は分からないが、おそらく系統や性質は俺の予想通りだろう。

 

「……荒木先輩、後で言いたいことがあります」

「……わ、悪い」

 

 背後から柊の視線が突き刺さる。

 確かに最近は、モチベーションが上がったせいか、ゲーム脳に寄りつつある。

 色々と手札が増えて調子に乗っていたのもあるかもしれない。

 足元を掬われないよう気を付けなければ。

 

「それでええと、小林だったな。

 お前の目的を教えてくれないか?」

「未練だよ……俺は復讐がしたいんだ」

 

==

 

「世間には俺の不注意で足を滑らせたのが死因だと伝わっているが、あれは事故じゃねえ……殺されたようなもんだ」

「……詳しく聞かせてくれ」

 

 復讐怨霊か。

 予想はしていたが……まいったな。

 今回の悪魔事件は、あまり救いのある結末にはならないかもしれない。

 

「突き飛ばされたんだよ、誰かに」

「誰か?」

「誰かは分かんねえ、性別も年齢も。

 だが背中を叩かれた感触と、耳元で大声で叫ばれたことだけは確かに覚えている。

 そのせいで俺はよろけて崖下に転落しちまった。

 更には事件の犯人が名乗り出るどころか事故死として処理されちまってよ。

 納得できない気持ちはあんたらにも分かるだろ?」

「それは……ままならないですね」

「……同情はする」

「俺は許せなかった。

 このまま恨みを晴らせず成仏するなんてのは、絶対に。

 必ず犯人を見つけ出して思い知らせてやる」

 

 そんな小林の感情に呼応するように、周囲の温度が急激に下がった。 

 喉が渇く。

 鳥肌が立つ。

 背中に冷たい汗が流れ、心拍数が加速する。

 先ほど向き合っていた時はまだ対処できる雰囲気だった。

 意識的か無意識的かは分からないが、おそらく手加減をしてくれていたのだろう。

 

……俺達に祓えるか?

 今の俺達にはガーゴイルがいる。

 情況さえ整えれば不可能ではない筈だ。

 だが戦闘を避けるに越したことはない。

 目指すべき方針は変わらない、平和的解決。

 ならばやるべきことは──軌道修正だ。

 

「復讐が終わったら成仏する気はあるのか?」

「ああ、死にたくて死んだわけじゃねえが。

……そこら辺についてはもう折り合いをつけてるからな」

「そうか……分かった、復讐相手の捜索は俺達も手伝う。

 ただし二つ条件がある。

 町の住民が怖がっているから、せめてまともな服に着替えろ。

 そしてもう一つは、罰を下すなら司法の手に委ねてくれ」

「……断ったら?」

「また同じように妨害する」

「……まあ、いいか。

 一人で探すにも限界を感じてたからな。

 本当は誰も巻き込まず、俺一人でどうにかしたかったが」

 

 しかし殺人犯の捜索か。

 こういうのは警察官や探偵の領分だが……。

 

「この町に教会はあるのか?」

「ない、少なくとも俺は知らない」

「となるとここら辺の警察はこの手のオカルトに理解はなさそうだな。

 協力は仰げない……案の定と言うべきだが」

 

 復讐と聞いて思い出すのは、以前遭遇したアリオーシュだ。

 復讐を代行する堕天使。

 被害者とアリオーシュがまだ付き合いがあるか柊に聞いてみるか?

 だけどアリオーシュを頼ると事態が余計に過激化しそうなんだよな……。

 

「あ……そうだ、丁度いい奴がいた」

「ん?」

 

==

 

「うーん、事件当日ねぇ」

「はい、山の向かい側にお住まいだと伺ったので」

「あの日の晩はずっと家の中にいたからねぇ。

 悪いけど思い当たる節はないよ」

「そうですか……ご協力ありがとうございました」

 

 柊と共にパートのおばちゃんに頭を下げて、スーパーの外に出る。

 その後、少し離れた街路樹の裏に向かった。

 そこには小林とクランプスが隠れている。

 

「クランプス、どうだった?」

 

 そう問いかけるとクランプスが手記を見せてくれた。

……手記には何も書かれていない。

 

「となると白か」

「マジやべえなこれ、こいつの前だと絶対嘘つけねえじゃん。

 三河谷のおっさんと八百屋のおばさんが浮気してるのまで分かっちまったし。

 兄ちゃん達ってエクソシストより探偵になった方が稼げるんじゃねえの?」

「……クランプスさんって、思っていた以上に便利な悪魔だったんですね」

「なんで姉ちゃんが驚いてんだ?

 こいつって姉ちゃんたちの手下なんだろ?」

「手下というと語弊がありますが、仲間になったのはつい最近で、その前に色々ありまして……」

 

 ここも白となれば……だいぶ絞り込めたな。

 あの後、俺はクランプスを召喚し、小林を殺した犯人の捜索を命じた。

 クランプスは罪を見抜き、罪に対して適切な罰を与える悪魔だ。

 肝試し当日に山にいた人間はだいたい絞れた。

 もう少しで犯人の正体を突き止められるだろう。

……とはいえ、この進捗の進み具合が望ましい展開なのかは別問題だが。

 

「しっかし、こうして探偵の真似事をしていると昔を思い出すぜ。

……あいつらともこんな風に遊んでたっけ」

「ほほう、政輝君のお友達ですか、いったいどんな方達だったんですか?」

「それは……あ」

「ん? どうした、何か思い当たる節でもあったのか」

「……そういえば俺、スーパーに売られているハーゲ〇ダッツを全種類食べるのが夢だったんだ」

「は?」

「やべぇ……今さら未練が増えてきた……。

 どこかにゾンビにアイスを奢ってくれる気前の良い人がいたらなぁ……ちらちら」

「はぁ……しょうがないですねぇ。

 今日は一日中歩き続けですし、休憩も兼ねておやつタイムとしましょうか」

「ひゃっほう! 流石は小夜子姉ちゃん! 話が分かるー!」

 

……ただの食い意地かよ。

 事件に繋がるヒントが見つかったのではと期待していたが。

 まあいい、こうして問題を先送りにできるのは好都合だ。

 なにしろ小林の目的は復讐、展開次第では人死にが出かねない。

 柊は持ち前の社交性を駆使して小林と急速に仲を深めている。

 このまま時間をかけて仲良くなれば、小林が最悪の選択をしかけた時、柊との絆がブレーキになるかもしれない。

 

「それじゃあまた明日。

 騒ぎを起こさないようにちゃんと隠れていろよ」

「分かってる分かってる、じゃあな。

……あー、未練だなー、成仏する前にでっかいおっぱい触れたらなー」

「ぶっ殺すぞクソガキ」

「がはは! もう死んでるよーん!」

 

 小林と別れた後、俺達が向かったのは図書館。

 犯人調査と並行して、悪霊と化した小林の状態の調査も進めていた。

 

「──『東欧の伝承に登場する悪霊タキシム。

 強い怨みを残して死んだ人間が自らの意思で甦り、復讐のために地上を徘徊する』

 そして『無関係な人間には危害を加えない』か……大体一致しているな。

 おそらくこいつと見做して問題ないだろう。

……そして弱点がこれか」

「『神の名の下に復讐を約束すれば、再び死体に戻る』……ですか」

「柊、いざという時は」

「はい……分かっています。

 私も正義のエクソシスト荒木軍団の一員ですから」

「そのダサすぎる組織名はいずれ必ず変更するとして……悪いな」

 

==

 

「なんで……なんでお前ら何だよ!!!」

「……っ」

 

 山の奥地、小林の悲痛な慟哭が耳を劈く。

 目の前には鎖で縛られ土下座をする二人の男子高校生の姿があった。

 おそらくクランプスにやられたのだろう、煤だらけになっている。

 

「どうしてだよ! 光也! 和人! どうして俺を殺したんだ!」

「ごめん……! 本当にごめん……!」

「ごめんじゃなくて、どうしてかって聞いているんだ!!」

「っ」

 

──武藤光也、尾沢和人。

 彼らは小林政輝の友達だった。

 生前に通っていた高校の同級生であり、特に交流の深かった親友だとも。

 自らを殺した復讐相手が、まさかの二人だった事実に、小林は動揺を隠せずにいる。

 

「……釈明があるなら今のうちにしておいた方がいい。

 こいつを止められるかどうかは、お前らの言葉次第だ。

 ちなみに嘘はつくなよ、こちらには嘘を見抜く手段がある」

「わ、わざとじゃなかったんだ……!

 あの時の俺達はただ、肝試しを盛り上げようとして」

「盛り上げる? どういう意味だ」

「ま、政輝から聞いていないのか?

 ……肝試しを主催したのは俺と和人の二人なんだよ。

 山から下りてきた皆が、どいつもこいつも拍子抜けだって顔をしていて。

 だ、だから俺達は盛り上げるために、お化け役を演じようとして……」

「でも、政輝は想像していた以上に驚いて、暗くて気づかなかったけど予想以上に崖も近くて……も、もしやっちまったことが世間にバレたらと思うと、名乗り出るに名乗り出れなくなっちまって……」

「そのあと政輝が町中を徘徊するようになったって聞いて俺達は確信したんだ……政輝は復讐のために俺達を探しているんだって……。

 こ、怖くて怖くて仕方がなくて、色々調べるとあんたたちのサイトを見つけて、藁にもすがる思いで依頼したんだ」

「と、匿名で、だけど」

 

……こいつらだったのか、依頼人は。

 

「わ、わざとじゃなかったんだよ……! ちょっとした冗談だった!」

「死んだお前からすればたまったもんじゃないってのは分かってるが、今はもう反省している! 後悔もしている!

 もしあの日に戻れるなら、あの日の自分をぶん殴ってでも止めてやりたいと思っている!」

「俺もだ政輝! 許してくれ……! 頼む……!」

「……クランプス、これは事実か?」

「……」

 

 クランプスは黒いノートに目を通した後、無言で頷いた。

 説明や罪悪感に嘘はないと……どうやら彼らにも反省の色はあるようだ。

 とはいえ……それで被害者が許せるかどうかは別問題だろう。

 明かされた真実を前に、小林はわなわなと怒りに打ち震えている。

 

「……わりい、荒木兄ちゃん、小夜子姉ちゃん。

 約束守れそうにねえ」

「……おい」

「返せるものはなにもないが、せめて共犯者扱いはさせたくはない。

 今すぐここから去ってくれ」

 

 ああ……こうなっちまったか。

 袖を捲り、拳を掲げる小林。

 その殺意に呼応するように、拳から腕、肩から首、顎にかけて血管が走り、筋肉が隆起する。

 振り抜かれれば人の頭蓋骨など一瞬で粉砕しかねない。

 それほどのイメージを抱かせる殺意が小林の拳には籠っていた。

 

「ま、政輝くん、どうかその怒りを抑えてもらうことは──」

「……姉ちゃんさ、俺って、こいつらに殺されてるんだぜ?」

「っ」

「一度は憧れのバンドのライブに行きたかった、県外で有名なラーメン屋にも行きたかった、外国旅行をしてみたかった、オーロラとか見たかった、彼女も作ってみたかった。

 やりたいことがいっぱい……それをこいつらに奪われたんだよ。

 復讐したいと願うのは、そんなにも間違ったことなのか?」

「その……せめて私に復讐を代行させてもらえませんか……?

 か、必ず復讐を果たすと神様に誓います。

 この二人は政輝君の友達なんでしょう? 何も政輝君が手を汚すことは」

「……二人ってさ、神様の存在は信じているみたいだけど、別に信仰はしてないだろ?」

「それは……」

「それに兄ちゃんも姉ちゃんも人が良すぎる。

 とてもじゃないが、俺の納得する形で復讐を果たせるとは思えねえよ」

「で、でも……それでも! 彼らは友達じゃないですか!?

 確かに取り返しのつかないことをしましたが! それでも──」

「友達だから許せねえんだよ!!!」

「っ」

「俺をこんな目に合わせておきながら! エクソシストを差し向けやがった! 手を汚さず逃げおおせるために!

 信じてたのに、こんな奴じゃないって信じたかったのに、それを裏切りやがったんだ!

 相応の目に合わせてやらねえと納得できねえ……!」

「相応って」

「目には目を、歯には歯を……死には死を」

 

 復讐代行の誓い。

……それが通じなかった今、もう平和的な解決手段は選べない。

 俺は両手を広げて小林の前に立ち塞がった。

 

「止まってくれ、小林」

「兄ちゃん、あんたには一つ思い違いがある」

「思い違い……?」

「確かに俺は復讐と無関係の人間を傷つけられない。

 感情的にも、ゾンビとしての制約にも縛られていた。

 だけどな、これには例外がある。

 俺の主題は復讐なんだよ」

「……あ」

「復讐こそが何よりも優先されるルールだ。

 二番手のルールが、一番手のルールを妨げることはできない。

 これはゾンビとしての制約だけじゃなく、感情も同じ。

 復讐相手が目の前にいて、止まることなんてできるわけがねえ」

 

……納得してしまった。

 タキシムは”復讐”のために蘇った、復讐怨霊だ。

 「復讐と関係のない人間を傷つけられない」なんていうのは、タキシム側の気遣いや矜持から生まれた制約だろう。

 となれば何よりも優先されるべき「復讐対象」が目の前にいて、それを妨害する奴が現れたら。

 言葉が通じるから忘れていた、こいつは悪霊なんだ。

 

「兄ちゃんたちが木の裏に何か隠しているのは気づいている。

 何かする素振りを見せたら速攻でぶち抜く。

 どいてくれ……俺もこれ以上耐えるのは限界なんだよ」

「……」

 

 ガーゴイルを隠していることも見抜かれている。

 もう、諦めるしかないのか……。

 

「すまん柊、ここまでだ。

 帰るぞ……もう俺達にできることは何もない」

「で、ですが!」

「悪いな」

 

 ちくしょう、失敗した。

 柊の脇に腕を回して後ろに引きずっていく。

 手札を出し尽くしても尚どうにもならなかった今、暴走した小林はもう止められない。

 力づくでなどもっての外だ。

 もう俺にできることと言えば、せめてこれから起こる惨状を、できる限り柊の目に触れさせないように遠ざけることぐらい。

 

「離してくださいよ先輩!

 こんな結末あんまりじゃないですか!?」

「……」

「さあ……一緒に地獄へ落ちようぜ」

 

 小林の拳が強く、深く、弓のように、横脇に引き絞られる。

 まるで空間が軋みを上げるかのような殺意が渦巻いている。

 あと数秒もすれば、間違いなく二人の頭ははじけ飛ぶだろう。

 

「良いんですか先輩は……!?」

「……」

「こんな終わり方でいいんですか!?」

 

……いいわけがない。

 

「え──」

 

 間に合え──

 全力で駆け出し、突き出された小林の拳と、加害者二人の間に割って入る。

 小林の拳は俺の鳩尾を抉り込んだ。

 衝突した拳は、俺の腹の肉を断裂させ、内臓を圧迫し破裂させる。

 

「ごひゅっ……おえええ!」

 

 口と鼻から血が噴き出す。

 『ラファエルの羽』で怪我は一瞬にして治ったが、その治癒の奇跡は充電式。

 これほどの大怪我を治したのだ。

 今日はもう二度と使えないと直感的に理解できた。

 

「ガ、ガーゴイルウウウ!!!」

「っ」

 

 血まみれの喉で張り上げる。

 飛び出したガーゴイルが、小林と戦い始めた。

 

……なんで、俺は飛び出しちまったんだ。

 作戦はない、突発的な行動だった。

 感情面でも小林寄り。

 武藤と尾沢にも同情の余地はあると思うが、命がけで守りたいほどではない。 

 ならばどうしてこんなことをしたのだろう。

 

「せ、先輩っ」

 

 柊のため?

……多分、それもある。

 俺はこいつの前では見栄を張らずにはいられない。

 それはこいつと友達になってから、一度も変わらない俺の気質だ。

 だけど走り出した理由はきっと、それだけじゃない。

 

「……ごふっ」

 

 傷こそ治ったが、未だに痛みが残っている。

 激痛のあまり視界が霞む、今にも意識を手放しそう。

 だが倒れるわけにはいかない。

 俺にはやらなければならないことが残っているのだから。

 さあ、気張れよ荒木明。

 そして思考を練り上げろ。

 この問題を解決するための正解を探し出せ。

 

「聞け! 小林!

 本当はずっと前から気づいていたんだろう、この二人が犯人だって……!」

「っ」

 

 小林の殺気が僅かに揺らいだ。

 推理が当たっているのかは分からない。

 しかし小林が耳を傾けてくれたのは確かだった。

 

「さっきそいつらはこう言った。

『政輝から聞いていないのか?

……肝試しを主催したのは俺と和人の二人なんだよ』って。

 つまりお前は肝試しの主催者が誰か知っておきながら、俺達に黙っていた。

 こいつらが容疑者候補として最有力に上がる情報を、意図的に伏せていやがった」

「……」

「一緒に犯人探しをしている時もそうだった。

 お前は犯人の正体に辿り着かれないように誤魔化し続けていた。

 当時はお調子者が馬鹿をやっていると思って見過ごしていたが……。

 今思えば時間稼ぎのためだったのだろう。

 お前は二人を殺したくなんてなかったんだよ」

「……ならこの拳は何なんだよ!

 俺は確かにこいつらを殺そうとしたんだぞ……!」

「人間ってのはな、自分に課した常識やルールのせいで、時折本心を見失うことがあるんだ。

 お前は決めていたんだ、自分を殺した相手に必ず報いを受けさせると。

 相手が何者であるか確かめる前から。

 そのせいで、自分の本心と向き合うよりも早く拳が出ちまった」

「……知ったようなことを」

「分かるんだよ。

 自分のキャラクターを決めつけて。

 できないことを決めつけて。

 俺自身が、そういう奴だったから」

 

 悪魔とは関わらない。

 そう決めたルールを正解だと信じるがあまり、俺は長い間、自分の本心と向き合えなかった。

 本当はずっと前から誰かを助けるヒーローになりたかったのに。

 下手くそな言い訳を吐き続けて。

 自分を引っ張り上げてくれた柊一人に、責任を押し付けて。

 

「断言する、このまま進めば後悔する。

 お前が今胸の中で渦巻いている怒り以上の苦痛を抱えることになる」

「……だけど、俺はこいつらに殺されたんだぞ」

「殺されたなら殺し返す、確かに道理だ。

 だけど復讐なんてのは納得を突き詰めるためにやるものだ。

 お前が一番納得できる結末はなんだ?

 どうすれば一番気持ちよくこの問題を片づけられる?」

「……なんで、なんであんたはそこまで俺の気持ちに寄り添うんだよ。

 エクソシストなんだろ、問答無用で祓っちまえばいいだろうが……!」

 

 それは……どうしてだ?

 こいつの元が人間だからか?

 未練を残したまま現世から消えるのは可哀そうだと。

 最初の頃は、そういう気持ちもあったかもしれない。

 だけどそうじゃない。

 俺は他人のために、ここまで身を張れるほどヒーローじゃない。

 なら、理由は一つだ。

 

「……友達だからだ!」

「っ」

 

 小林が息を呑む。

 

「俺は、俺たちはここ数日、お前と一緒にいた。

 日数で言えば一週間にも満たない。

 社交的な柊や、ちゃんと友達のいるお前にとっては、よくある平凡な日常だったのかもしれない。

 だけど、俺は楽しかったんだ。

 たった数日で、お前を友達だと思えるほどに。

 小林──いいや政輝、お前のダチとして願う。

 こいつらのためじゃない、俺たちのためでもない、お前自身のために。

 お前の本心を教えてくれ、お前がお前を救う方法を」

「……」

「お前は誰だ? ゾンビか? 復讐の悪霊タキシムか? 

 いいや違う、小林政輝だ。

 格好つけてくれよ、ふざけてくれよ……いつものように!

 いつものお前が本当のお前だって!」

 

 正解がどうかは分からない。

 おそらくは決めつけに近いものだ。

 そうであってほしいという願望から捻り出した推測。

 冴えた解決策を見つけ出すには、あまりにも時間が足りなかった。

 けれど、それでも──

 

「ぐ、ぐがああああああ!!!」

「!」

 

 政輝は頭を抱えてもだえ苦しみ始めた。

 これは……届いたのか、俺の言葉が……?

 

「があああああああああああああああ!!!」

 

 だが、様子がおかしい。

 政輝は未だに苦しみ続けている。

 これは……タキシムか?

 そうか、あいつの中で、せめぎ合っているのか。

 

 復讐か、許しか。

 タキシムか、小林政輝か。 

 

「お、俺はああっっ!!!」

 

 ダイスが転がされる光景が頭に浮かんだ。

 出された出目で結果が決まる。

 この物語がどんな形で結末を迎えるのか。

 

 祈る。

 祈りをささげる。

 タキシムの制約に打ち勝ち、政輝が己の意志を貫けるよう。

 友人たちと和解できるよう。

 いつものように、おちゃらけた態度で、後悔なく天に召されるよう。

 聖者に、天使に、神に──そして、俺達をどこかで見守っているGMに。

 

 そして小林政輝は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──悪霊タキシムのルールから、逸脱できなかった。

 

 敵意が滲む。

 悪意が渦巻く。

 殺意が溢れる。

 

「……柊、祓うぞ──悪霊タキシムを」

「分かり、ました」

 

==

 

 チクタク、チクタクと、秒針が静寂を刻む。

 机の上にはエクソシスト業の忙しさから溜め込んでいた課題のレポートが置いてある。

 当然まだ書きかけの未完成。

 早く完成させなければいけないのに、手がつかない。

 

「……はあ」

 

 悔しさばかり募る。

 俺はどうすればよかったのだろう。

 完璧とは言えないまでも、できる限りのことはやれたと思う。

 同じ失敗でも過程だけ見れば、ルサールカの時とは大違いだ。

 にもかかわらず、結果は変わらずビターエンド。

 小林政輝は理性を取り戻すことなく、復讐の悪霊タキシムとして祓われた。

 何を反省して次に活かせばいいのか分からなかった。

 

 いいや、分かっている。

 エクソシストTRPGなんて、本来こんなものなんだ。

 必要なのは割り切ること。

 全てを救うことはできないと、諦める覚悟だ。

 だけど、理屈に感情が追い付かない。

 

 柊は今、どんな気持ちなんだろう。

 あいつは俺よりずっと政輝と仲良くなっていた。

 俺がそう差し向けたのもあるが、妙に馬が合っていた。

 その上で俺は、柊に政輝を祓う覚悟を持たせた。

 そして、僅かな希望をチラつかせて、その期待を裏切った。

 ルサールカへの対処の失敗で、あれほど落ち込んでいた柊だ。

 俺と同じように、いいやそれ以上に堪えているのかもしれない。

 

 そもそも、あいつは高校生だ。

 俺のような時間に余裕のある大学生とは違う。

 学業だけじゃない、友達付き合いだって大忙しだろう。

 心を休めるために、もっと時間が必要な筈だ。

 

 携帯に手を伸ばす。

 当分の間、エクソシスト業は休んでもいいと伝えよう。

 休み続けた結果……もしあいつがエクソシストを辞めたいと言い出したなら。

 引き留めはしない。

 半端な覚悟で続けられるような仕事ではないのだから。

 

『こんばんは、荒木先輩ですか?』

「ああ、お前に一つ伝えたいことがあってな」 

『伝えたいこと?』

「もしお前が望むなら、しばらくの間、エクソシスト業を休んでも──」

『逃げませんから』

「!」

『確かに後悔が募る結末でした。

 ですが先輩を支えると決めた時点で、いつかはこういう展開に遭遇することは分かっていたんです。

 私は逃げません、今回のことも、ちゃんと抱えて前に進みます。

 だから先輩も前を向いて進んでください』

 

 ああ……そうか。

 そうだったのか。

 柊は、俺が思っていた以上に成長していたのか。

 今になって、ようやくそのことに気づいた。

 

『それに、気づいていますか?

 ホームページのお便りホームに新しく連絡が来ていたことを』

「ん? そうなのか?」

『はい、これは明日にでも先輩に伝えようと思っていたのですが、送り主は武藤くんと尾沢くんでした。

 彼らは私達への感謝を綴っていました。

 助けてくれたこと。

 そして──政輝くんの怒りと、自分の罪に向き合う機会を与えてくれたこと。

 あのまま誰にも言えない罪悪感を抱えたまま生きていくのは辛かった。

 罰を恐れて逃げ回っていたが、同時に誰かに裁いてほしいとも思っていた。

 そう綴り、自らの罪を告白するために警察署に出頭すると仰っていました』

「……そうか」

『そして私が調べたところによると、この話には続きがありまして。

 二人は故意犯ではなく自首したことも併せて情状酌量の余地ありと判断されました。

 しかし……当然ながら遺族の方々はとても怒っていたそうです。

 ですがある日を境にその怒りは和らぎました。

 どうにも遺族の方々の夢枕に政輝くんが立たれたそうで』

「夢枕」

『はい、就寝中に夢の中で政輝くんが現れ、遺族の方々を説得したそうです。

 それから遺族の方々も二人を許す方向に態度を和らげてくださいました』

 

 間接的にではある。

 だけどそれでも、政輝の奴は、あいつらに許しを与えることができたのか。

 

「ごめん柊、どうやら弱気になっていたのは俺の方らしい。

 お陰で励まされたよ」

『先輩のお力になれてなによりです。

──それでは先輩が元気を取り戻したということで、満を持して話したいことがあります』

「ん?」

 

 どうした急に、そんな風に改まって。

 

『ままならないですよ……。

 私だって二人を庇おうとしたのに。

 それを押し留めた荒木先輩が、身を張りに行って、怪我をするなんて。

 私を危険から遠ざけるために、先輩が身代わりになったのは、これで何度目でしょうね』

「おっと、夜更かしは美容の天敵だ、そろそろ寝ないとな」

『待ってください、まだ話は終わって──』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。