悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった 作:いかのしおから
「なあ柊、もしかしてなんだけどさ」
「はい?」
「すずって、俺のこと好きなのかな……?」
「は?」
柊の手のひらからシャーペンが零れ落ちる。
零れ落ちたシャーペンは、ノートの上を一度跳ね、ころころとこちらに転がってきた。
「……異性として?」
「ああ」
「どうしてそんな風に思ったんですか?」
「どうしてつうと、それはその」
脳裏に浮かぶ図書館の庭先でのあのシーン。
俺が恋人を作った時に困らないようにと、すずは手繋ぎの練習に付き合ってくれた。
あの時は親切心からの行動だと疑わなかったが、よくよく思い返してみるとおかしい。
惚れている、とまではいかないにせよ。
俺の恋愛方面の未熟さをからかわれてしまったような。
とはいえ、それを言葉にして説明する勇気はわかなかった。
なんだか、あの瞬間は、人に言えない、とても悪い事をした気がしてならなくて。
「はー……やれやれ、荒木先輩。
確かに先輩はかっこよくて、賢くて、優しくて、頼りになって、モテ要素の塊ともいえる方です。
もし先輩を生み出した造型師がいるのだとしたら、加減を知らないのかと小一時間問い詰めたいぐらい。
すれ違った異性を、いたずらに惚れさせてしまうこともあるでしょう」
……自己紹介かな?
「ですが、いくらモテモテの先輩でも、すずちゃんだけはありえないです。
見てくださいよ、これ」
そう言って柊がバッグから取り出したのは、小さな写真立てに入った一枚の絵。
色鉛筆で描かれた、色彩豊かで子供らしく可愛らしい絵だった。
そして絵の中には見覚えがある人物が登場していた。
おそらく、俺と柊とすずだ。
左右には俺と柊、真ん中にはすず。
三人は手を繋いでいる。
「すずちゃんに描いてもらったイラストです。
私と、先輩と、すずちゃん自身を描いたんですって。
とても可愛らしい絵だと思いませんか?」
「……そうだな」
「でしょう?
私も嬉しくなってつい持ち運び用の写真立てを買ってしまいました。
とはいえ、ここで注目してほしいのは絵の構図です。
私と先輩がすずちゃんを間に挟み、すずちゃんの両手を握っている。
まさしく親子の家族写真のようでしょう?」
言われてみれば、いいや、言われなくても、その通りだとしか言えない。
家庭環境が崩壊し、施設に移り住むことになった彼女だ。
……家族みたいなものに憧れてるのかもしれない。
……ん?
あれ……気のせいか?
俺とすずの握った手だけ、指が絡まってないか、これ……?
「なあこれ、どういうきっかけで描いてもらったんだ?」
「以前、すずちゃんから荒木先輩の話を聞かせてほしいとねだられまして。
知っていますか?
すずちゃんったら、私と先輩が恋人になって欲しがってるみたいなんですよ。
憧れのお兄さんとお姉さんが結ばれるのが一番いいって、むふふ。
少々気恥ずかしくはありましたが、せっかくなので先輩と私の仲良しエピソードを幾つか話させてもらいました。
するとすずちゃんはとても喜んでくれて、そのお礼にと描いてくれたんです。
ふふふ……ふははは! あーはっはっは!
いやはや! 困ったものですねぇー!!」
うるさ。
それはともかく……どうにもこの話題は、これ以上掘り下げない方がいい気がしてきた。
うん、多分俺の見当違いだ。
「ん? 電話……? 少々失礼します。
神父様ですか?
あ、はい、ええ、荒木先輩も一緒にいます……はい、分かりました。
神父様から連絡が来まして……ひとまずスピーカーモードをONにしますね」
『急にごめんね二人とも、緊急で知らせたいことがあって』
「知らせたいこと?」
『教会の上層部から荒木君へ、緊急で悪魔祓いを依頼したいと連絡が届いたんだ。
場所は熊本、対象は炎の魔人イフリート。
現在は九州のエクソシスト組織、天草教会が対処に当たっている』
魔人イフリート。
そして天草教会か……どちらも懐かしい名前だ。
『天草教会の説明はいるかい?』
「いいえ、依頼内容について話を進めてください」
『分かった。
天草教会と協力してイフリートを祓ってほしいとのことなんだけど、難しいなら断っても構わないとも言っていた。
今イフリートはある廃墟に住み着いていて、天草教会が総出で対処に当たっているんだけど、まるで上手くいっていないらしくて。
こうなったらもうイフリートが自然にその場から離れるまで放っておこう、という意見も出てるらしい』
「……なるほど、とりあえず依頼は受けるとお伝えください」
『ありがとう、ちなみに現場にはどうやって行くつもりだい?』
「飛行機を利用しようかと」
『それじゃあ僕が空港まで車で連れていくよ。
上層部に頼んで急ぎチケットも取ってもらう、少し待っていてくれ』
その言葉を最後に電話が切られた。
ついに来たか……今回の物語の山場が。
「今、神父様からメールで天草教会の連絡先が送られてきました」
「よし、まずは天草教会との顔つなぎだ」
「はい、連絡してみます」
天草教会は既にイフリートへの対処に当たっている。
情報を得るという意味でもそうだが、これから協力する仲間なら顔繫ぎぐらいはしておきたい。
なにより天草教会は日本では数少ない本物のエクソシスト組織だ。
今後エクソシストとして活動する上で、確実に縁を結んでおきたいという下心もある。
「──あ、ええと、助力は必要ないと、断られてしまいました……」
……あー、そうなったか。
「もう一度連絡をかけてみます」
確かに天草教会の組織としての性格だと、この対応は予想して然るべきだろう。
「ダメです、どうやら着信拒否をされてしまったみたいで。
すいません、相手を怒らせることを言った覚えはないのですが……」
「気にするな、おそらくあちら側が抱えている事情に問題があるんだろう。
この分だと俺が連絡しても同じ展開になりそうだな。
直談判だ、九州に行って直接交渉する」
「できるのでしょうか……?
あの態度からして、とても聞く耳を持ってくれるような雰囲気ではありませんでした」
「俺達はこの日のためにできる限りの準備をしてきた。
きっと俺達はこの悪魔事件解決に必要な手段を確保している。
天草教会が求める交渉材料も、おそらく手元にある筈だ」
取り零してしまったものはあったかもしれない。
だがこれがGMの齎した試練だというのなら、逃亡は賢明ではない。
今まで培ってきた軌跡を信じて、前に進もう。
==
「お見送りありがとうございました戸塚神父。
ここから先は俺達で何とかします」
「絶対に生きて帰ってくるんだよ、二人とも」
飛行機に乗って熊本空港に降り立った俺達は、すぐさま目的地へ向かった。
目指すべき場所は天草教会。
天草市の街の中にある、小さなゴシック建築の教会だ。
タクシーに乗って辿り着いた俺達はすぐさまドアを叩き、現れた神父に事情を説明した。
しかし……。
「天草教会に助力は必要ありません。
おかえりください」
すげなく断られてしまった。
更にはこちらの返答を待つこともなく、すぐさまドアを閉められてしまう。
「……まるで聞く耳を持ってくれなかったな」
「困りましたね……こうなったらもう私達だけでイフリートの対処に当たりますか?」
「最悪、それも計画に組み込んでおくべきだろう。
とはいえ今の俺達には手元にある情報が少なすぎる。
土地勘も、悪魔事件の内容も、天草教会の内情も。
勝負に出る前に、もう少し情報を集めておきたいところだが……」
おそらく今回の悪魔事件は時間制限がある。
あまりゆっくりと構えていれば、解決できない状況に陥りかねない。
とはいえ無策に挑んでは死ぬだけだ。
イフリートに挑む前に、もう少しとっかかりが欲しい。
……そうだ。
こんな方法に頼るのは自分でも頭がおかしいと思うが、事実としてこの方法は何度も成果を出している。
何の手掛かりもないなら、試す価値はあるだろう。
「柊、お前って普段どうやって悪魔事件を見つけている?」
「え? それは友達に相談されたり、道を歩いていると偶然出会ったり、探していると見つかったり……ですかね」
「お前の勘とトラブル体質で、天草教会と合流する手がかりを見つけることはできないか?」
「ま、まぁあ……? やれと言うならやらせていただきますが」
そう答える柊は、表面上は、他に手がないなら仕方なし。
という態度を装っているが、隠しきれない自信が滲み出ていた。
流石は柊だ。
おそらく世界中を探しても、こんな自信を抱けるのはお前ぐらいだろう。
「それでは柊レーダー探知機、発進せよ」
「むむむ、こちらが怪しいような気がします……!」
なるほど。
柊が選んだのは大型書店。
悪魔事件への対処に必要な武器の一つと言えば、やはり伝承の知識だ。
もしかすれば天草教会の関係者が、悪魔への対処知識を求めて本屋に足を運んでいるのかもしれない。
小説が並ぶ1階、漫画や学問書が並ぶ2階を越え、3階へとやってきた。
「ここら辺が気になりますね。
ちなみにですが、先輩はどういった本がお好みですか?」
「そうだな……ん?」
偶然目に入った本の表紙には水着姿の女性が写っている。
周囲に置いてある本も妙に肌色が多い。
後ろを振り向けば暖簾がかかっており、暖簾には18禁の注意記号が──
「! 先輩、世間でロリコン嗜好はとても厳しい目を向けられています。
もちろん先輩にそのような趣味がないことは存じています。
しかし興味本位で触れれば性癖が歪み、今後一生後を引く枷になりかねません。
ここは無難に巨乳ものにしておきましょう。
これなんてどうですかね? ……うおっ、でっっっか!」
「エロ本コーナーじゃねえか」
こんな場所で手がかりなんて見つかるわけねえだろ。
「ほほーん、彼女にエロ本を選ばせるなんて、中々趣味の良い兄ちゃんだな。
そしてジャンルの趣味も良い」
彼女でもねえし、選ばせてもねえよ。
ていうかなんなんだこいつ、こんな場所で馴れ馴れしく話しかけてきて。
プリン頭の金髪にスカジャンとショートデニムを着たヤンキー女。
女にしては背が高く、170cmはあるだろうか。
それと柊ほどではないが乳もでかい。
「一応言っておくが、この籠に入れている商品はオレ用の物じゃないからな。
うちの同僚が最近仕事に失敗して、怪我して落ち込んじまってさ。
見舞い品として見繕ってやろうと思って」
別に聞いてねえよお前の事情なんか。
ん……首元にかけているのは十字架か?
見た感じお洒落のためのアクセサリーではなく、本物のロザリオに見える。
こいつ、もしかして天草教会の副リーダー鬼塚千夏か……?
「って、お前ら!
『正義のエクソシスト荒木軍団』の荒木明と柊小夜子じゃねえか!」
「もしかして、現地のエクソシストさんですか?」
「そうだよ! 来てくれたのか!」
……そうはならんやろ。
==
「ほら、好きなものを選べ、どれがタイプだ?」
「お! いいんですか姉さん? じゃあこのパッキンボインなやつを」
「いいわけあるか、俺達はクリスチャンだぞ。
そもそもここは病院だから置き場がないわ。
今すぐ袋に仕舞え千夏、そして必ず持って帰れ」
「そんなー」
「せっかく姉さんが買ってきてくれたのに」
「ちぇーつまんねーなぁ」
「お前ら本当に適当な奴ばかりだな……」
おちゃらけた会話の内容に相反し、病室はまるで野戦病院のような死屍累累の状況だった。
火傷を負い包帯が巻かれた者や、骨折したのか腕を吊るされた者など。
そんな中で蟀谷を指で揉み解すのは、中学生ほどの年齢の少年。
中性的で整った顔立ちに、鎖骨まで伸びた濡鴉色のおかっぱ頭。
一見女性のようにも見えるが、所作や目つきの鋭さから男だと分かる。
名を益田時史。
……まさかここまでイメージしていた通りの姿をお出しされるとはな。
とはいえ……あの時史がイフリート相手にここまでしてやられるのか?
状況は思っていたより悪いのかもしれない。
だからこそ交渉の余地はあるだろう。
「おっと忘れてた、土産の話はこのぐらいにして紹介するぜ。
この二人が教皇庁から送られてきた援軍、荒木明と柊小夜子だ」
「こちら、お土産に持ってきたお菓子です」
「そしてこっちが益田時史。
こんなちっこいなりだが、頼りになるオレ達のリーダーだ」
「ちっこいは余計だ。
すまない、見苦しいものを見せてしまったな。
態々お土産まで持ってきてくれてありがとう。
俺は益田時史、この天草教会の代表を務めている。
荒木明と柊小夜子だったな。
せっかくご足労してもらった手前悪いが協力は必要ない。
今すぐこの地から避難してくれ」
天草教会の長は、そう言ってばっさりと切り捨てた。
「ど、どうしてですか益田くん……?
皆さん怪我をしていますし、悪魔への対処も上手くいっていないと聞いています。
荒木先輩は頼りになる方です、必ずや皆さんの助けになれると思うのですが」
「……君は天草四郎を知っているか?」
「天草四郎というと、確か江戸時代のキリシタンで、島原の乱の一揆軍を率い、幕府に敗れた方ですよね……?」
「ああ、我々天草教会は、天草四郎の流れを汲む組織なんだ」
彼はこう語る。
「エクソシストTRPG」の世界で、天草のキリシタンがどういった道を歩んだのかを。
「島原の乱で一揆軍が敗れた後、我々のご先祖様は幕府から厳しい追及を受けたという。
幕府への復讐を願った者もいたが、体制に反逆したところで我々の名誉は取り戻せない。
そう考え、我々は悪魔への対処に舵を切った。
最初は邪険にされていたが、努力が実り段々と受け入れられ、今では九州一のエクソシスト組織に成長した。
……天草教会にとって悪魔祓いとは誇りなのだ。
責任であり、義務であり、権利を保障するための職務。
我々は他県の勢力の力を借りず、九州を守り続けていた歴史がある。
この誇りと伝統を他所者に軽々しく譲り渡すわけにはいかない」
これこそが天草教会の成り立ちであり、彼らが援軍を拒んだ理由だという。
おおよそ予想していた通りの事情だ。
「つってもボス。
それって俺達に頼れる相手が碌にいなかったから、仕方なく独力で頑張ってたって話だろ?
悪魔祓いを始めたばかりのご先祖様なら、諸手を上げて喜んでいた筈だが」
「最初が必要に迫られた行動でも、積み重ねていけば誇りになる場合もある」
「だけどよぉ、現実問題、戦闘員の大半はこの有様じゃねえか。
残っているのは私みたいな非戦闘要員ばかり。
荒木明は相当の実力者だってんのはボスだって知ってんだろ?
悪いことは言わないから頼れるうちに頼っておいた方がいいと思うぜ?」
「……実績は大したものだと認めるが、一般家庭の出身なのだろう。
知識においても、戦闘においても、我々が彼に劣っているとは思えない。
その実績もまた幸運と偶然によるものが大きいと考えている」
「それじゃあどうすんだよ。
そんなボロボロの身体で、イフリートを祓えるってのか?」
「……たとえ刃が届かずとも、信仰を貫くことはできる。
命懸けで信仰を貫いた殉教者達のように。
そして、天草四郎のように」
「お前さぁ……」
随分と頑迷な考えだな。
なんにせよ彼らが俺達の合流を断った事情はだいたい把握できた。
深呼吸して気持ちを整え、言葉を発する。
「人を守るより、名誉を守る方が大切なのか?」
「……なに?」
殺気にも似た視線が突き刺さる。
……おそろしい。
俺はこいつの小さな体に宿る力を知っている。
喧嘩になれば勝ち目はない。
赤子の手を捻るように叩きのめされてしまうだろう。
だがビビるな。
ここで引けば貴重な戦力を取り零すことになる。
懐から羽を取り出し見せつける。
「それは……」
「『ラファエルの羽』だ。
これを使えば一日一人、ここにいる怪我人を完治できる。
そっちが望むなら当分の間、これを貸してやってもいい」
「っ」
「だが条件がある。
一つ目は、最初に傷を治すのはそちらの最高戦力であること。
二つ目は、天草教会の全組織員は事件解決までこちらの指示に従うこと。
返答を聞かせてくれ」
さあどうする。
お前は死んで名誉を求めるのか。
それとも生きて皆を助けるのか。
「だ、だが……」
理屈では納得している。
だが感情が追い付かない、といった感じか。
益田を頷かせるまで、あと一押しだと思うが……。
一つ思いついた、突拍子のない策。
あまり頼りたくはない手段だが、他に方法が思いつかない。
「ちょっと作戦会議」
柊の背を叩き、少し離れた場所で内緒話をする。
「柊」
「はい?」
「どうにかしてくんない?」
「どうにかというと、具体的には」
「……色仕掛けとか?」
「え、ええ……?
……まあ、やれと言うならやらせていただきますが」
言葉だけなら本屋に行く前と変わらない。
しかし私の魅力が通じるのか? とでも言うような、不安げな表情を浮かべていた。
なんだそのトンチキな自己評価。
「ねえぼく」
「な、なんだ……っ!?」
「お姉さんたちのお願い、聞いてほしいなって──」
「!?!?」
──時史は10秒も経たず沈没した。
「……わ、わかった! そちらの指示に従おう!
い、一応言っておくが、これはお前たちの主張に論理的な正しさを認めたからだ。
決して女の色香に屈したわけではない……!」
「お、そうだな。
それじゃあヨロシク頼むぜ益田!」
すいません、間違って編集中に公開しました、消すのもあれなので公開したまま今すぐ推敲してきます。
20時20分
誤字脱字はあるかもしれませんが、一応推敲終わりました。