悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第28話「イフリート」後編

──それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。

 それはまさに鉄塊だった。

 

 刀身2m、厚み10cm。

 対して時史の身長は160cmにも満たない。

 にもかかわらず時史は、そんな怪物包丁を軽々と振るう。

 場所は天草教会の敷地内にある修行場。

 彼の振るった一撃は旋風を巻き起こし、遠く離れた俺達の髪を揺らした。

 

 柊は驚嘆のあまり目を見開き言葉を失っている。

 柊だけではない、伝聞や前世知識で知っていた筈の俺も声が出ない。

 時史が俺達と同じ人間の姿をしていることに、違和感を覚えずにはいられなかった。

 

『剛力の奇蹟』

 

 それこそが、年若き益田時史が天草教会の代表を務める、一番の理由だった。

 

「調子はどうだボス」

「問題はない、それどころか怪我を負う前より調子が良いような気がする」

 

 武者甲冑を身に纏った益田は、大刀を振るい、自らの身体の調子を確認する。

 無理をしている様子はない。

 言葉通り、悪魔との戦いで負った傷は『ラファエルの羽』によって完全に癒えているようだ。

 

「『ラファエルの羽』の奇蹟、確かに受け取らせてもらった。

 契約通りお前の指示に従おう、これから俺は何をすればいい?」 

「……ひとまずお前らが関わった悪魔事件について、冒頭から説明してくれ」

「分かった……話は一週間前にさかのぼる。

 地元で行方不明者が増え始めたと噂が立ち、天草教会は調査を行った。

 すると分かったのは、その大半が廃墟地域で消息を絶ったということ。

 そして廃墟にはある悪魔がいた、炎の魔人イフリートだ。

……ここまで聞いてお前はどう思う?」

「一週間か」

「ああ」

「……面倒だな」

「面倒か。

 イフリートは確かに凶悪だが、伝承の多い悪魔だ。

 伝承が多いということは、その分弱点や攻略の隙も多いということになる。

 お前のような技巧派にとっては対処しやすい手合いのようにも思えるが。

 どうしてそう思った?」

「それはイフリートが固有の名前ではなく、種族の名前だからだ」

「ふむ」

 

 益田はこちらを試すように視線を向けてきた。

 彼はエクソシストの家系に生まれた生粋のエクソシストだ。

 この程度の疑問など、態々聞くまでもなく自己解決しているだろう。

 だがそれでも聞いてきたのは、俺達の実力を推し量っているからに他ならない。

……指示に従うとは言ったが、実力を認めてくれるかどうかは別問題か。

 

「イフリートは広範囲の文化圏で語られる悪魔だ。

 イスラム圏、エジプト圏、地中海圏、アラブ圏など。

 各文化圏で描写のされ方は変わるが、共通する属性としては、炎を操る精霊(ジン)だということ。

 性格面では短気で騙されやすい傾向にあること」

 

 それ以外の部分は描写が異なってくる。

「エクソシストTRPG」においても脅威度は定まっていない。

 脅威度でいえば4(天敵)の場合もあれば、逆に0(無害及び有益)の場合もある。

 今回はおそらく前者のようだが。

 

「このイフリートには、人にとり憑き狂気に堕とす悪霊としての側面や、

 願いを叶えるランプの魔人としての側面、

 旅人の罪を裁こうとする鬼神としての側面、

 廃墟に住み着き民間人を誘い込んで恐怖で死に至らせる悪魔としての側面など、

 幾つもの性質が各地で描れている。

 さっきお前も言っていたが、伝承の数が多いということはすなわち、弱点もまた数多く語られていることになるのだが……。

 ここで問題になるのが、イフリートが種族名だという点。

 イフリートは各個体、それぞれ気質や弱点の傾向が異なる。

 すなわち、どの弱点を突けば攻略できるのか、識別が困難なんだ」

 

 それが「エクソシストTRPG」におけるイフリートの扱いだった。

 かつて俺はイフリートを凶暴ではあるが弱点が多い、そういった類の悪魔だと短絡的に決めつけて挑んだが、用意していた手札がまるで通じず、惨敗した覚えがある。

 

「……お前たちにイフリートとの交戦経歴はなかった筈だが」

「色々調べて分析したんだよ。

 話を戻すが伝承に語られる主なイフリートの攻略法は4つ。

 1、イフリートをかつて封じ込めていたツボの中に誘導し再び封じ込める。

 2、イフリートの興味を引く不思議な物語を聞かせ見逃してもらう。

 3、預言者ムハンマド様のようにガブリエル様からお祓いの祈祷を授かる。

 4、神の名を唱え、悪をなすジンを退散させる。

 このうち天草教会が試したものは何だ?」

「全てだ。

 しかしその多くが芳しくない結果に終わっている。

 ツボの捜索は行ったものの、未だ手がかりは一つとして見つかっていない。

 ガブリエル様の召喚も失敗した」

「神の名を唱えることや、不思議な物語の読み聞かせは?」

「近所に著名な小説家が住んでいてな、依頼して奇怪な物語を作ってもらった。

 イフリートは血の気が多く、話を聞かせるだけでも一苦労だったが……それでもどうにか、物語を語るところまでは漕ぎ着けた。

 だが最後まで語り終える前に妨害を受け、撤退を余儀なくされた。

 そして、その妨害のやり方こそが今回の悪魔事件解決を妨げる最たる理由だ」

「……それは?」

「──イフリートは五体いる」

 

 は……?

 

「それぞれに応じた対処法を試みる度、別の個体に妨害されるのだ。

 神の名を唱える方法は広く有効に働きはした。

 しかし一部には耐性を持つ個体がいて、そいつに何度も邪魔をされてしまい……。

 奴らは普段こそ単独で行動しているが、戦いとなれば寄り集まり、互いの弱点を補い合うように立ち回る。

 最初は一体だけだった。

 だが、何の脈絡もなく五体に増えて……」

 

……おいGM。

 お前、やりやがったな……?

 イフリートを一体から五体だと?

 難易度調整するにしてもヤケクソすぎるだろ……!

 

 道理でおかしいと思っていた。

 今まで散々報酬を出し渋っていたGMが、最近になって急に羽振りよくなりやがった。

 本当にバランス調整ができているのか疑わしく思っていたが、やっぱりだ。

 GMの野郎、想像以上に俺と柊が強くなったから、慌ててアッパー調整しやがった。

 

 難易度調整に失敗したなら大人しく諦めろよ!

 梃子を入れるにしても加減しやがれ!

 このばかたれが……!

 

「結果として連敗。

 何度挑んでも悉く敗れ、自軍に被害を出すだけに終わってしまった」

「げ、現在は?」

「奴らが潜む廃墟区画に大規模結界術式を多重展開して閉じ込めている。

 だが、突破されていないのは奴らが本気で脱出を試みていないからだ。

 結界が壊されるのは時間の問題だろう」

 

 ど、どうするこれ?

 このままだと熊本が、いいや、それどころか最悪の場合、九州全てが火に包まれるぞ……。

 

「……ツボに関しては今のところ見つかっていないが、存在しないと確定したわけではないんだよな?」

「ああ、今もまだ仲間を探索に当たらせている。

 しかし、見つかったところで……」

「……焼け石に水」

 

 どうする?

 どうすればいいんだ?

 俺はGMが攻略可能な難易度のシナリオを用意していると信じてここに来た。

 だが、このハチャメチャな調整具合からして、もう信じていいのか怪しくなっている。

 戸塚神父の言っていた通り、イフリートがどこかに消え去るのを待つべきなのか……?

 

「……ちなみに聞くが、あの『ラファエルの羽』の入手経路は」

「あー、ええと」

 

 益田は天使たちに繋がる縁を期待しているのだろう。

 

「俺達からもガブリエル様を呼びかけてみるが、あまり期待しないでくれ……。

 多分俺達、ガブリエル様からあまり良い目で見られてないから」

「……何をやったんだお前は」

 

 ラファエルならガブリエルよりは話が通りやすそうだが……彼も忙しいだろうからなぁ。

 

「──い、イフリートの監視員から報告がありました!」

「っ!」

「全イフリートが合流! 同時方向に移動! 移動方向は住宅街!

 廃墟街が燃え盛り、住宅街にも火が移りかけています!

 事前の計画通り消火活動や避難誘導は順調に進んでおりますが、火の勢いが凄まじく!

 多重展開された結界も損傷が激しく、いつ突破されてもおかしくありません!

 このままでは……!」

 

……ちっ、見計らったようなタイミングで話を動かしやがって。

 

「……どうする荒木?」

「……今、天草教会が動員できる戦力は?」

「……裏方の非戦闘員を除けば、戦闘員は俺だけだ」

「酷い質問をするぞ……お前一人で五体のイフリートを倒せるか?」

「……俺は主より奇蹟を賜っている、不可能はない。

 と言いたいところだが……それは流石に無理だ。

 情けない話だが、命がけで戦っても時間稼ぎが精々だろう」

 

 どこが情けないだ、イフリート五体を足止めできるなんて。

 だが、こんな奇跡者を凌駕する試練が俺達の前に立ち塞がっている。

 

 ここで俺達に用意された選択肢は二つ。

 

 俺達も益田と一緒にイフリートと戦うか。

 とはいえ俺たちは益田たちのように戦闘は熟せない。

 

 となれば益田一人に足止めを任せ、その間俺達は別方向の対策に当たるべきだが……。

 だがそれはつまり、益田一人を死地に送り出すということだ。

 俺はこいつに、死ねと言う覚悟があるのか……?

 そもそもイフリートが動き出した今、悠長に弱点探しをする余裕なんて。

 

──そうじゃない。

 

 一つだけ、方法がある。

 ずっと頭の中に浮かんでいて、だけど危険すぎると思考の片隅に追いやっていた手段。

 だが、納得のいく結末を求めるにはそれしかない。

 

 俺は、自分の力の及ぶ範囲なら、できる限り人を助けたい。

 傲慢だとは分かっている。

 手を広げた分だけリスクを負うことも。

 だけどあの日、思い描いたんだ。

 全ての試練を乗り越えて、欲しいもの全てを勝ち取る未来を。

 

「益田、お前一人でイフリートの足止めをしてくれ、頼む」

「……分かった。

 安心しろ、逃げはしない……とうの昔に死ぬ覚悟はできている」

「いいや違う、俺達を信じてくれ」

「……信じる?」

「ああ、俺はお前を死なせない。

 必ず生き残らせて、最後は共に勝利を喜び合う……そう決めたんだ。

 だからお前も最後まで諦めるなよ」

「ははは、そうなるといいな……行ってくる」

 

 益田は大刀を肩に乗せ、空高くへと跳躍した。

 

「先輩、私たちはどうします?

 ガブリエル様の呼びかけ、それとも壺の捜索ですか?」

「いいや、どちらも違う……鬼塚」

「ん? オレか?」

「あんたを含め、非戦闘員の面々に教えてほしいことがある。

──この九州の地に根差した雨ごいの儀式を」

 

==

 

 九州西部の海上。

 俺はガーゴイルの背に乗って空を飛んでいた。

 目の前にはルドルフのソリに乗った柊と鬼塚が先導している。

 そうして空を進んでいくと、ある島が見えてきた。

 

「! あそこだ! あそこが池島だ!」

 

 池島。

 九州地方熊本県に存在する天草諸島の一つだ。

 

「あの島にあるんですね……伝説に語られる雨乞いの儀式が」

「ああ、行くぞ」

「はい!」

 

 池島に降り立つ。

 人影はない、今ここにいるのは俺達だけか。

 儀式に必要な松はどこにある?

 

「あれが鐘かけ松だ! ついてこい!」

 

……あれか。

 鬼塚の後を追い松に近づく。

 一見して普通の松だが、近づくとなんとなく分かった。

 この松は伝承に語られるに相応しい神秘が宿っている。

 持ってきていた鐘を松にかけ、雨乞いの儀式を行う。

 

 そうして儀式を行っていると船がやってきた。

 天草教会の非戦闘員だ。

 

「──姉さんたち、儀式はどうなりました!?」

「! 遅いぞお前ら! もう儀式は完成した! 空を見ろ!」

 

 空を見上げると黒々とした雲が浮かび、ぽつりぽつりと雨が降る。

 その雨は一瞬にして島中を包み込み、益田達がイフリートと戦う廃墟のある方角へと広がっていく。

 

「……これで代表たちの助けになるといいんですが」

「そこについてはもう祈るしかないな。

 荒木、これからどうすんだ?」

「……廃墟区画にいる監視班からの連絡は?」

「今ほどあちらも雨が降ってきたようです!」

 

 そう語ったのは、パソコンとインカムを装備した青年。

 彼のパソコンからはこのような音声が流れる。

 

『ダメです……!

 雨はイフリートの炎の翼に触れる前に蒸発しています……!

 火事の鎮火には役立っているようですが……』

 

……効き目は薄いか。

 多少なり時間稼ぎに繋がればと期待していたが。

 

「──ガブリエル召喚班から連絡がありました! 召喚陣に反応があったと!」

「!」

「おおっ!? 間に合ったか! 助かったぜガブリエル様!」

 

 え? そっち……?

……まあいいか。

 他に作戦を用意していたが、イフリートを祓えれば手段は何でもいい。

 ガブリエルから祈祷さえ授かれば戦況は一気に覆せる筈だ。

……いいや待て。

 連絡班の表情は、決して事態の好転を知らせに来たものではない。

 

「いいえ、それが……『これはそなたらの試練である』と」

 

 予感は当たった。

 今回はガブリエルの協力抜きで対処に当たらなくてはならない。

 

「……ツボの捜索班は?」

「それらしき情報は未だ一つも得られていないと……」

『ボスの体力も限界に近づいています……このままでは』

 

……時間はない、か。

 ここから先はもう真っ当な手段では対処できない領域に差し掛かっている。

 

「……」

 

……やるしかないのか。

 一つ、この状況を好転させる手段がある。

 だがその手段には大きな危険が伴う。

 一手誤れば被害を大きく広げる危険が。

 だが……それでも俺は、全てが欲しい。

 

「──毒を以て毒を制す」

「! ……やるのか?」

「やる、事前の計画通りに頼む」

 

 後ろを振り向く。

 するとガーゴイルと眼があった気がした。

 彼は言葉を発さない。

 その身体も無機質な石造りで血は通わない。

 けれどその視線からは言葉以上に雄弁で、血の通った信念が感じ取れた。

 バッグから取り出したストラをガーゴイルの首に結ぶ。

 

「鬼塚、こいつを頼んだ」

「……おう」

「ガーゴイル……少しの間お別れだ、また後でな」

「先輩、こちらに」

「ああ」

 

 ガーゴイルを鬼塚に預け、柊と共にルドルフに乗り、池島を飛び立った。

 向かう先は廃墟区画。

 時史と五体のイフリートが戦う戦場だ。

 

==

 

 柊の操るルドルフのソリに乗り、廃墟区画に辿り着いた。

 空から見下ろす廃墟区画は、そこら中から煙が上がっている。

 しかし雨のおかげで殆どの火は消火されていた。

 

 とはいえ、そんな廃墟区画の中で、未だ赤々と燃え盛る場所があった。

 益田がイフリートと戦い続けている戦闘区域だ。

 待っていろ益田……必ず助ける、もう少し耐えていてくれ。

 

「あそこだ! あのビルの屋上に降りるぞ柊!」

「はい! 向かってくださいルドルフさん!」

 

 俺達は戦闘区域から少し離れた廃ビルの屋上に降り立った。

 

「こっちだ! ついてこい!」

 

 屋上に降り立った俺達は、雨を避けるために、すぐさま屋上から下の階に移動する。

 壁や扉が取り払われ、武骨な柱だけが立ち並ぶ灰色の廃墟の中。

 益田の戦闘が見える窓際の近くで、俺達は準備を始めた。

 

「これを頼む!」

「分かりました!」

 

 バッグから道具を取り出し、柊と二人で適切な場所に配置していく。

 魔法円と三角陣が描かれたマットを敷く。

 香炉に香料を入れて火を灯す。

 煙が周囲に充満していく。

 俺の手には一本の杖。

 よし……これで準備はできた。

 

「鬼塚さん、そちらの準備は?」

『っ、早くしてくれ! もう持たない!』

「分かりました、急ぎます。

 これより──悪魔召喚儀式を執り行う」

 

 本来行うべき事前準備。

 シジルの用意、儀式場の清掃、『浴場での礼拝』『衣服着用の礼拝』

『五芒星小儀式』『六芒星小儀式』『生まれざるものの召喚』

 それらの手順を全て省き、『霊を呼び出す呪文(コンジュレネーション)』を唱える。

 これほど簡略化しているのだ、儀式の性質も捻じ曲げている。

 何が起こるのかは分からない。

 その上で、起こりうる可能性全てを飲み込んで儀式を行う。

 

「『──至高なる威光により授かりし力を持って我は強く命ず。

 ベララネンシス、バルダギエンシス、バウマキア、アポロギア、セデスによって、最も強力な王子たち、霊たち、リカキダイたち、そしてタルタロスの住処の大臣たちによって、さらに第九軍団のアポロギアの首座の王子によって、我は汝を招き、かつこの召喚をもって汝を縛る』」

 

 胸が張り裂けそうなほど心臓が高鳴っている。

 本当にこんなことをしていいのか。

 どこかで引き返すべきだったのではないかと後悔が反芻される。

 だが進むことでしか手に入れられないものがある。

 なら……続けるしかない。

 

「『至高の威光より授けられた力に身を委ね、汝に強く命じる。

 語り、成就し、全ての被造物が従う御方によりて、我は神の似姿に造られ、神から力を授かり、神の最も強大で力強い御名エルによって、汝を清めん』」

 

 詠唱を唱え続ける。

 

「『──我は汝に命ず。

 言葉によってすべてを成し遂げられた御方によって、神のすべての御名によって、またアドナイ、エル、エロヒム、エロヒ、エヘイエ・アシェル・エヘイエ、ツァバオト、エリオン、イアー、テトグラマトン、シャダイ、いと高き主の御名において、我は汝を清め、力強く命ず──』」

 

「『そして、この言い表せない御名、テトグラマトン・イエホヴァによって、我は汝に命ず、この言葉に言及されるやいなや、諸元素は崩れ、空気は震え、海は逆流し、火は消え、地は揺らぎ、天のもの、地のもの、冥府のもの全てが震え、動揺し、混乱する』」

 

「『──さらば来たれ──』」

 

 そしてその名を呼ぶ。

 

「『__”ガーゴイル”よ、今すぐに』」

 

──室内に充満した煙が一か所へと集まった。

 窓際に配置していた三角陣へと。

 そして集まった煙は、石像へと姿を変える。

 その石像は俺達にも馴染み深い存在、ガーゴイルだった。

 

 だが、違った。

 

 理屈じゃない。

 こいつには今、途轍もない何かが宿っている。

 もし目が合ってしまえば、それだけで魂を抜き取られてしまいそうな何かが。

 重力が何十倍にも増大したような、濃厚な気配が空間を圧迫している。

 それは、いつの日か感じた感覚によく似ていた。

 魔女の家から、空を見上げて見えた、逆光を纏った──あの存在に。

 

「はぁ……はぁ……っ」

「せ、先輩……こ、ここからは私が」

「いいや……俺がやる。

 お前はルドルフがいつでも飛び立てるよう準備をしていてくれ……」

「……わ、分かりましたっ」

 

 自分の太ももに爪を立てる。

 痛みで強引に恐怖を抑え込み、ガーゴイルに近づく。

 ガーゴイルの石の身体には、赤黒く光る血管のようなものが浮き出ていた。

 変化はそこだけではない、全身の筋肉が膨張し蠢いている。

 それはまるで、大雨の日の後のダムのような雰囲気で。

 今にも閂が決壊し、内側から何かが飛び出してきそうな。

 それをガーゴイルが必死に堰き止めているのが分かる。

 

「……悪いな、お前にこんな役目を任せちまって」

「……」

「……行くぞ」

 

 ガーゴイルの視線は五体のイフリートへと向かっていた。

 自我を奪われたとしても、決して目的だけは見失わないように。

……お前の覚悟、受け取った。

 

「目覚めろ──”ガルグイユ”」

 

 ガーゴイルからストラを引き抜く。

 すると、ぐるるるる、と、低く深いうなり声を響かせた。 

 石の身体はみるみると、生々しく、はち切れんばかりに膨張していく。

 

「先輩! 逃げましょう!」

「ああ!」

 

 すぐさま俺は駆け出した、柊とルドルフのいる方向へ。

 ルドルフの引くソリに乗り、柊と一緒に廃ビルから脱出する。

 

「益田っ!! 聞こえるか!! 巻き込まれる前に脱出しろっ!!

 今からここに──地獄が生まれる!!!」

「なに!? ──っ!?」

 

 益田に警告をすると同時に、廃ビル最上階の窓際が崩壊した。

 モクモクと巻き上がる土煙の中から見えてきたのは黒く巨大な影。

 咆哮を轟かせると同時に、煙を払い姿を現した。

 

 そこにいたのは──破壊の権化。

 尋常ならざる邪気を纏った、巨大な水竜──ガルグイユだった。

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