悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第29話「ガルグイユ」前編

──キリスト教の正典、『ヨハネの黙示録』第十二章には、このように記されている。

 

「その巨大な竜、すなわち、悪魔とかサタンとか呼ばれる、全人類を惑わす年を経た蛇は投げ落とされた」

 

 数多の悪魔を統べる王、地獄の支配者サタン。

 『ヨハネの黙示録』において、その姿は巨大な竜として描かれていた。

 

 竜。

 それはすなわち、神に仇なす絶対悪の象徴。

 人智を超えた災厄そのものだった。

 

 悪魔祓いを題材とした『エクソシストTRPG』においても、その扱いは変わらない。

 一部の亜竜種を除き、竜は例外なく脅威度5に分類されている。

 

 脅威度5。

 それは、一つの都市を滅ぼしうる天災と同列に置かれる怪物。

 火山噴火、巨大地震、津波。

 そうした自然災害と同じ尺度で語られる、生ける終末。

 人の身では決して抗えぬ、破壊の化身。

 まともな方法で対処しようとすれば、まず間違いなく数千、数万単位の犠牲が発生する。

 だからこそ、TRPGにおける竜とは単なる強敵ではない。

 シナリオそのものを破壊しかねない、敗北条件の象徴だった。

 

 それが今──この世界に解き放たれた。

 

 魔王顕現。

 そして──地獄が生まれる。

 

 炎翼の巨人イフリートへ──ガルグイユが襲いかかった。

 踏み潰される、蟻のように。

 翼を引きちぎられる、蝶のように。

 打ちのめされる、赤子の手をひねるように。

 

 次元が違った。

 侮っていたつもりはない。

 幾ら邪竜ガルグイユとはいえ、それでも相手は炎の悪魔イフリート5体。

 最低でも損傷は与えられる、あわよくば相討ちに持ち込める、そう考えていた。

 だが、現実は想定を遥かに超えていた。

 このままでは近いうちにイフリートは滅ぼされる。

 ガルグイユに何一つ爪痕を残せぬまま、一体残らず。

 

 ガルグイユの激流がイフリートを蹂躙する。

 荒波が廃墟区画を飲み込み、濁流が家々を砕き押し流していく。

 降り注ぐ豪雨は視界を白く染め上げる。

 暴風はビル群を軋ませ、街全体を悲鳴のように震わせていた。

 

 空も、大地も、水さえも。

 あらゆるものが、あの邪竜の咆哮に呼応して暴れ狂っている。

 一匹の怪物によって世界そのものが塗り替えられていく。

 俺達は戦場から離れた廃ビルの屋上へ避難し、その地獄を見下ろしていた。

 

 そんな地獄を……ただ見つめることしかできなかった。

 

「はあ、はあ、はあ……おい、荒木、あれはなんだ……?」

「生きてたか益田」

「……お陰様でな」

 

 廃ビルの屋上へ、益田が飛び上がってきた。

 疲労は色濃く、怪我も負っているようだが、命に別状はないようだ。

 

「それよりも」

「一から説明する。

 俺達はお前と別れた後、鬼塚たちと一緒に池島に向かった。

 鐘かけ松で雨ごいの儀式を行うためだ」

「……やはりこの雨はお前たちからの援護だったのか」

「ああ。

 益田、確認するがお前は池島の伝承について知っているか?」

「……当然知っている。

 古き時代、干ばつに苦しんでいた人々は、雨を降らせる方法を探していた。

 すると池島の者に、島にある『鐘かけ松』なる松で鐘を叩けば、何かが起こると教えられる。

 人々はそれらしき松を探し、鐘を叩いた。

 すると途端に雲が集まり、雨が降り出した。

 しかし、それは瞬く間に大嵐へ変わった。

 高波が発生し、鐘を載せていた船は転覆。

 後に、漂着した鐘だけが見つかったという。

 これが池島に語られる雨ごい伝説の内容だ」

「そうだな、伝承通り効果覿面の雨乞いだった」

 

 儀式の説明としては、それで十分だ。

 

「だが──目の前の光景を理解するには、それだけでは片手落ちだ。

 お前は一番重要な部分を見落としている。

 いいや、目を背けている」

「……池島には”雄竜穴”と”雌竜穴”という二つの穴がある。

 この穴には二対の竜が沈んだという逸話が残されていた。

 そして、この二対の竜には──天候を変える力があった」

「そうだ、雨を降らせ、大嵐と高波を生み出す、水竜としての権能を。

 池島の雨乞いとはすなわち、眠れる竜を呼び起こす儀式だ」

 

 俺達の眼前で繰り広げられているのは、もはや神話の再演だった。

 イフリートへ絡みつき、喰い殺さんと牙を突き立てるガルグイユ。

 炎と荒波が衝突し、莫大な蒸気が立ち上る。

 あまりにも荒々しい戦い。

 当然、俺のような一般人が割って入れる余地など存在しない。

 

「俺達の手元にはガーゴイルがあった。

 聖霊が宿り、悪霊が近づけば自ら動き出して戦うガーゴイルが。

 そしてガーゴイルにはある起源があった。

 後付けの起源ではあるがな」

「……セーヌ川に住まい、勇敢な司祭によって討たれた邪竜ガルグイユ」

「そうだ。

 守護聖像ガーゴイルには、邪竜ガルグイユという二面性がある。

 これに池島の雨ごいの儀式を組み合わせられないかと考えた。

 眠りについた竜を呼び起こして雨と大嵐と荒波を起こす──。

 すなわち和魂を荒魂に変える儀式といってもいい」

 

 雨を降らせるために、態々静まっていた荒ぶる水竜を呼び起こす。

 効果だけでなく由来からしても、お行儀の良い儀式ではない。

 かなり荒々しい性質を帯びている。

 

「この儀式を少しいじれば、ガーゴイルからガルグイユを呼び起こせるのではないかと考えた。

 だが俺は、伝承や儀式の存在を知っているだけで、術者として扱えるわけじゃない。

 とはいえ、ここには都合のいい組織と、確実に押さえているだろう伝承があった」

「……我々天草教会と、天草四郎の竜召喚伝説か」

「ああ、一説によれば、池島に沈んだ竜は天草四郎が召喚したとされている。

 天草教会であれば、当然調べ、これに纏わる儀式も修めていると考えた」

「その結果が、これか」

 

 セーヌ川の邪竜ガルグイユが、熊本に降臨した。

 

「……分かった、そこまでは理解できた。

 正直心が追いつかないが、それでも飲み込んで話を進めよう。

 お前はガルグイユをどうやって制御しているんだ?

 あれは竜、最強の悪魔、サタンの象徴だ。

 幾ら元がお前の仲間だったとはいえ、易々と従うとは思えないのだが」

「そこに関してはもうお手上げだ。

 既にガルグイユは俺の制御下から離れている」

「は!?」

 

 結局のところ、これは単なる時間稼ぎに過ぎない。

 抜本的解決ではなく、対症治療。

 一つの病を抑えるために、別の病を解き放っている。

 しかもガルグイユは、イフリートを遥かに上回る怪物だ。

 事態はむしろ悪化している。

 

「……お、おい!

 このままでは周辺一帯がガルグイユに滅ぼされるぞ!?

 いいや、周辺どころじゃない!

 イフリートが倒され、結界が砕かれれば熊本が、九州が滅ぶかもしれない!

 と、当然、解決策はあるんだよな……?」

「……」

「おい! 荒木! 答えろ!」

「……やべえ、やらかしたかも」

「はあ!?!?」

 

 想定していなかったわけではない。

 ガーゴイルを依り代にガルグイユを招く。

 その手法は、「エクソシストTRPG」のセッションでも取り扱ったことがある。

 だが、TRPGとは言葉で紡ぐ物語だ。

 演技や文章として想像するのと、現実の災害として目の当たりにするのとでは、まるで違う。

 ここまでの大惨事が起こるとは思わず、正直ビビり散らかしている。

 

「お、お前……! 確かにイフリートを祓うために指示に従うとは言った!

 だが、そのためにこの地を犠牲にするなど認めて──ッ!?」

 

 ああ、ちくしょう……早すぎる。

 イフリートは全身を嚙み千切られ、苦悶の表情を浮かべ灰となっていく。

 これで全てのイフリートが倒された。

 当然これにて一件落着とはならない。

 ガルグイユは自らの力を誇示するように、空に向けて火を噴いた。

 近隣の川は荒れ狂い、今にも氾濫しかけている。

 暴風雨はさらに強まり、黒雲が空を覆い尽くす。

 雷鳴が轟き、稲妻が空を引き裂いた。

 イフリートの火災など可愛く見えるほどの大災害。

 結界が悲鳴を上げ、今にも壊されそうなのが伝わってくる。

 

「こんなもの、どうすればいいというのだ……」

「……!」

 

──来たか!

 

「ははは……!」

「何を笑っているんだ、狂ったのか……?」

「いいや。

 益田、お前に一つ良いことを教えてやる。

 この業界で一番重要な武器は、知恵でも武力でもねえ──コネなんだよ」

「こ、コネ?」

 

==

 

「──よくもまあ池島の雨乞いの儀式なんて知ってたな、お前、他県の人間だろ?」

「天草教会とお近づきになりたくてな、色々調べていた時期があったんだ。

 その過程で偶然この儀式を知った。

 といっても技術として修めたわけじゃない。

 儀式の実行はそちら任せになるが」

「こっちにも儀式の経験者はいないが、死んだ爺さん婆さんが書き残した文献が残っている。

 おそらく儀式は成功する。

 少なくとも、イフリートの火災は鎮火できるだろうよ」

 

 場面は戻って天草教会。

 イフリートを抑えに向かった時史を見送った後、俺達は鬼塚と話し合った。

 議題はこれから行われる雨乞いの儀式について。

 

「だが儀式が成功したところで、イフリートを止め切れるかどうか……」

「火に纏わる権能を持つ悪魔なら、多かれ少なかれ影響は受ける筈だ。

 とはいえ、もしこの策が通用しなければ。もう一つ手がある」

「もう一つの手?」

「俺は聖霊を宿したガーゴイルを所有している」

「ガーゴイル? 聖堂の屋根に取り付ける樋嘴像か、それがどうした?」

「このガーゴイルは既に浄化されているが、かつては悪魔に冒されていた。

 その悪魔の名はガルグイユ」

「ガルグイユ……? ああ、セーヌ川の水竜か。

 確かガーゴイルとも繋がりがあるとかで──待て、まさかお前。

 天草四郎の竜召喚伝説と組み合わせて、ガルグイユを呼び起こすつもりか!?」

 

 ご明察だ。

 時史達のような武闘派エクソシストでこそないが、彼女もプロのエクソシスト。

 このぐらいの想定はすぐに辿り着く。

 

「た、確かにガルグイユならイフリートを抑えられるだろう……。

 それどころか倒すことだって……!

 だがガルグイユつったらドラゴンだぞ。

 悪魔の王、サタンと同一視される化け物だ。 

 制御なんてできるのか?」

「初動でイフリートにぶつけるぐらいはできると思う。

 とはいえその後も従わせ続けるのは難しいだろう。

 伝承を再現すれば封印はできると思うが、そこに行き着くまでの武力がない。

 完全復活したガルグイユを抑えながら儀式を施すなんて、俺にはできない」

「じゃあどうすんだよ!?

 放っておいたらイフリートの火災どころじゃない、あそこ一帯がガルグイユの起こした洪水で沈んじまう!

 うちの戦闘員に期待しているならそれは無理だ!

 悔しい話だが、イフリートにすら手古摺っていたんだから……!」

「そこに関しても考えがある、人を頼りたい」

「人? 人って誰だよ」

 

 俺は鬼塚と柊に打ち明ける。

 計画の核心を、とっておきの切り札を。

 

「──いやいや、確かに最近は、奇跡者の護衛も兼ねて日本にいるとは聞いている。

 だがあいにくとオレ達は教皇庁と縁の薄い地方組織だ。

 取次いだとしても返事が来るのはいつになるやら」

「そこは問題ない、俺達は既に直接の連絡経路を確保している」

 

 今はどこにいるのかは分からないが、日本にいることは間違いない。

 国内であればそう移動に時間がかからない筈だ。

 禁じ手を使ったとしても、彼が来るまで時間を稼げれば、全てを守り切れる。

 

「だ、だとしても机上の空論が過ぎる!

 一つでも狂えば全てが終わるんだぞ!?

 そんな綱渡りみたいな真似をするぐらいなら……!」

「損切りはしねえ」

「!」

「廃墟区画に関しては、悪いが犠牲になってもらう。

 だが熊本に住まう人々、天草教会の皆、人命は全て守る。

──指揮権は俺にある、何を言おうが従ってもらう」

 

 全てを救う手段があるのなら、それを選ぶと決めたのだ。

 逃げはしない、妥協はしない。

 あらゆるリスクを飲み込んで、あらゆる賭けに勝ってやる。

 

「まあ、実際にやるかどうかは、向こうの反応次第だが。

 ガルグイユを呼び出す前に決着がつくなら、それが一番いいんだけどな」

「……なあ柊、こいつって彼女っていんの?」

「え? まだいない筈ですが──ってええっ!? ま、ま、まさかっ!?」

「冗談だよ冗談、だが胸に響いたぜ、こいつの言葉は。

 分かった荒木。

 他の面子にもいざとなったらお前の計画通り動くよう伝えておく。

……頼む、ボスを助けてくれ」

「おう」

 

 携帯電話を取り出し、連絡先一覧を開く。

 そこに記された数少ない名前の一つへカーソルを合わせて発信する。

 呼び出し音が数回鳴ると、やがて電話は繋がった。

 

「もしもし、お久しぶりです──」

 

==

 

──プロペラが風を切り裂く音が響いた。

 俺達は空を見上げる。

 暴風雨の空を、一機のヘリコプターが突っ切っていた。

 

 ヘリはこのビルの屋上にあるヘリポートに着陸する。

 開け放たれたドアから、一人の老騎士が姿を現した。

 西洋鎧に赤いマント。

 その手には、十字の槍。

 ヘルムの隙間から覗く顔は、深々と皴が刻まれている。

 歴戦を思わせるその佇まいは、ただそこに立つだけで場の空気を圧倒していた。

 

「ま、まさか……あなたは──”竜祓いジョルジョ”……!」

 

 竜祓いジョルジョ。

 彼こそが、この悪魔事件を終わらせる最後のピースだった。

 

「お待たせしました荒木様、柊様。

 お二人から救援要請を受けた時点で覚悟はしていましたが……これはまた、随分と中々骨が折れそうな相手ですね」

「ですが、竜殺しはお得意でしょう?」

「昔の話ですよ、この歳になってからは身体が思うようには動かず。

 相手があのような邪竜とあっては、勝率は五分が精々です」

 

 十分すぎる勝率だ。

 流石はこの歳までエクソシストを続けて生き残っているだけはある。

 

「竜祓いの伝手があったのか……!?

 お前……事態の悪化すらここまで見越して……」

「──私もお忘れなく」

「!? ……竜祓いのお連れということは──まさか!」

 

 続いてヘリのドアから現れたのは、金髪の修道女。

 

「癒しのルチア……!」

 

 奇跡者は、それだけで特別な価値を持つ存在だ。

 単なる戦力ではない。

 宗教的にも象徴的にも、あまりにも重要すぎる。

 たとえ本人に戦う意思があっても、周囲が許さない場合もあるだろう。

 様々な柵に引き留められ、辿り着けない可能性も考えていたが……。

 

「遅れてしまい申し訳ありません。

 少々用事がありまして。

 ですが、待たせてしまった分に見合う働きはできたと思います」

「──おーいボスー! 加勢に来たぜー!」

「っ! お、お前ら……!」

 

 声が響いたのは地上からだった。

 道路を見れば数台の自動車とバイクがこちらに向かっている。

 乗員は天草教会の面々。

 しかも非戦闘員だけではない。

 武闘派エクソシストも含まれている。

 病室で怪我に苦しんでいた筈の彼らは、今や完全な復活を果たしていた。

 

……勝った。

 いや、まだ油断はできない。

 勝って兜の緒を締めよ、だ。

 それでも、考え得る限り最高の布陣が整った。

 

「益田。

 俺にやれることは全部やった。

 もうここから先、俺にできることは何もねえ。

 だから──”助けてくれ”。

 ガルグイユの魔の手から、この土地の人々を、そして──俺達を」

「……」

 

 俺の言葉を、益田はどう受け取ったのだろうか。

 散々事態をかき乱しておきながら、よくもまあいけしゃあしゃあと。

 俺の無責任さに腹を立てているのかもしれない。

 そのうえ縄張り意識の強い天草教会だ。

 許可を取らず部外者を引き入れたことにも思うところがあるだろう。

 とはいえ、ここ数時間関わってこいつの人となりを、より深く理解できた。

 頑固で融通も利かないが、その善性と正義感は本物だった。

 だからこそ──伝わる筈だ。

 

「──竜祓いジョルジョよ!

 自分は天草教会の代表を務める益田時史という!

 どうか俺もその戦いに同行させてほしい!」

「……死兵は求めていませんよ?」

「否! 求めるのは殉教ではない!

 苦難を乗り越え、生き残り、勝利を掴むためだ!

 あなた方と、そして──荒木達と共に!」

「……噂とは当てにならないようですね。

 それとも、これはお二人の影響でしょうか。

 いいでしょう、ルチア、彼の傷を治してさしあげなさい」

「はい!」

 

 ルチアの奇蹟が輝きを放つ。

 瞬く間に、益田の傷が癒えていく。

 

 ここから先、俺にできることは何もない。

 やれることは全てやった。

 だから、後は任せたぞ、皆。




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