悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった 作:いかのしおから
「えー、さよっこは乗客員を守るために身を乗り出しました、ダイスロールです」
「お願いします……! 神様! 天使様! ニコラウス様! 荒木先輩!」
柊はまず一個目の00から90が描かれた10面ダイスを机の上に落とす。
結果は00。
続いて二個目の0から9で描かれた10面ダイスが落とされた。
結果は0。
そのまま見れば合計は00となるが、今回遊んでいるTRPGの計算式に乗っ取ると100──すなわちファンブル、致命的失敗だ。
「……乗客員を庇おうと立ちふさがったさよっこですが、手を滑らせ持っていた鍋の蓋を落としてしまい、乗客共々邪神の眷属の触手に貫かれて死亡しました。
バッドエンドです」
「そ、そんなー!」
「そりゃあこんだけ身体を張ればファンブルも引くわ。
人助けし過ぎてゲームの趣旨に反してるんだよ」
「うー……!」
柊は両手両ひざをフローリングにつきながら、恨めしそうにこちらを睨んでいる。
そんな顔をしたところで結末は変わらないぞ。
「はぁ……悲惨な結末ではありましたが、ドキドキの連続で面白かったです。
しかしなんで私、こんなことをやっているんでしょう」
「そりゃあ、お前が悪魔祓いのやり方を教えてほしいって言ったからだろ」
「言いましたが、どうして「冒涜的なTRPG」なんですか?
確かに雰囲気は似てましたが、これに出てくる邪神や怪物って、創作上の存在なんでしょう?」
「付け焼刃の知識で悪魔に立ち向かわれるより、まず逃げ方を学んでほしかったんだよ。
結果は御覧のありさまだがな」
「ぐぬぬぬ……もう一回です! 今度こそはちゃんと逃げ切って、先輩に悪魔祓いのやり方を教えてもらいます!
私も先輩みたいな正義のエクソシストになりたいですから!」
言ってることが矛盾してるっての。
悪魔と遭遇したうえで大切なのは、逃げる、無視する、立ち向かわないが正解なんだがなぁ。
「ん?」
「あ」
携帯電話の着信音が鳴り響いた。
これは柊の携帯電話の着信音だった筈。
「先輩、失礼します」
「おう」
「もしもし──あ、畑先生、こんばんは……はい、はい、ああ、なるほど、分かりました、任せてください! 今から向かいます!」
今から向かう?
「あの……先輩、今から一緒に来てくれませんか? 悪魔事件に巻き込まれた方から相談を受けまして……」
またかよ。
「──いいえ、こういう時こそ私の悪魔祓いとしての素養を証明するべきですね!
先輩は私の帰りと武勇伝をそこでお待ちしておいてください!」
「……俺も行く、連れて行け」
「! 先輩ありがとうございます!」
こいつを一人で行かせれば、人の原型を保って帰ってこれるとは思えない。
ほんと、こいつといると退屈しないわ。
==
俺の机にはビッグ〇ックと、ポテトとファ〇タグレープのセット、それに加えてチキンフィレオとエビフィレオが置かれている。
普段なら金を惜しんで安く済ませるが、TRPG漬けで夕食を取っておらず、依頼人がおごってくれるというので、遠慮なく選ばせてもらった。
柊は期間限定のテリヤキチキンとナゲットと〇ックシェイク、それに加えてチーズバーガーとリンゴパイを頼んでいた。
中々の健啖ぶりである、よくそれだけ食って細い身体を維持しているものだ。
多分贅肉は全て胸の方に行っているのだろう。
「いやぁすまないね、こんな夜間に呼び出して。
これはお詫びだ、好きに食べてくれ」
目の前に座るのはスーツを着て眼鏡をかけた人のよさそうな30代の男性。
顔はやつれ気味でスーツはくたびれており、普段から上司や同僚に顎でコキ使われていそうな印象を受ける。
「食べながら話をしよう、僕は畑卓司、近くの塾で講師をやっている」
「畑先生は私の中学生時代、塾に通っていた頃、数学の講師をしてもらっていたんです。
私は高校の受験が終わった後にはもうやめちゃいましたが、連絡先は交換していまして。
その繋がりから話を伺い、今回先輩を紹介させていただきました」
「懐かしいねえ、君は真面目な受講生だったからよく覚えていたよ。
塾を辞めてからは寂しく思っていた、とはいえ……今の状況から考えると、柊くんが塾をやめたのは正解だったんだろう」
やめて正解だった、ね。
「それで君が柊くんの言っていた……エクソシストの荒木くんであっているよね?」
「こいつ、結構俺に関して適当な事を吹きこんでまわっているみたいなんで、あんまり信用しないでほしいんですけど、多分その荒木明です」
「適当な事なんて吹きこんでいませんよ、先輩の活躍について余すところなく徹底的に、正確無比に説明しておきましたから」
自覚があるのかないのかは知らないが、その説明がかなり誇張されているんだよ。
こっちは悪魔事件なんてお断りだってのに、お前の紹介を受けた依頼人は、どいつもこいつも揃って熱の籠った視線を向けるものだから困る。
「はぁ……早速ですが畑さん、話を伺わせてもらっても?」
悪魔事件となんて関りたくない──その気持ちは当初から変わっていない。
だが今回の事件は妙にきな臭く、回り回ってこちらに被害が訪れそうだったので、せめて話ぐらいは聞いておくべきだとやってきた。
……なんだか最近はこんな言い訳を自分へ言い聞かせてばかりでいるような気がする。
「……僕の働いている塾に──救世主が現れたんだ」
救世主……。
「彼の名前は聖園隆俊、彼は元々塾の講師として入社したのだけど、彼は自らを救世主と自称しはじめた。
最初は呆れていた教師や生徒も、次第に彼を崇め拝むようになり、僕の働いていた塾は、瞬く間に啓発系セミナーと化してしまったんだ」
「瞬く間というのは」
「たった一週間でだ、異常な速度だった、あれほどの人心掌握能力を持った人間は、今まで僕は見たことがなかった……現実でも、テレビでも、まるで魔法でもかかったかのように」
魔法……フォルネウスと同じく精神干渉系の魔術が使えるのかもしれない。
「い、異議を申し立てた生徒や教師はいなかったんですか?」
「いた……塾は宗教ではなく勉強を行う場だからね。
だけど……そうした者達は聖園を慕う支持者によって塾から追い出されてしまったんだ」
……ふむ。
「どういった系統の救世主を自称していたのですか?」
「系統?」
「イスラム教のムハンマド、キリスト教のイエス・キリスト、仏教の弥勒菩薩。
救世主には宗教ごとに色々存在しますから」
「うーん、僕は宗教にはあまり知識がないから何とも言えないけど……ああ、よく受講生の前で許しについて語っていたっけ……」
赦し、となるとキリスト教系列か。
あの宗教の聖典である新約聖書の内容は、人が生まれながらに背負った原罪を、救世主であるキリストが背負い許しを与えるという物語だ。
内容に関しては西洋の道徳規準にもなったほどだが、日本だと悪徳新興宗教団体が人心を掌握する時、よくキリスト教の思想が引用されている。
弱さに寄り添い人々を助けようとするキリスト教の教義は、弱い人間を騙したがる詐欺の手法と、不幸にも相性が良かったのだろう。
今回登場した自称救世主は、はたして詐欺師か、それとも本物か。
「……僕には彼を何者かと判断する知識や洞察力は備わっていない。
異様な訴求力だって、彼に元来備わった人間的魅力だと言われてしまえば否定できなかった。
だけど……僕には彼が人ならざる何かのように思えてならなくて……。
……怖くなって何度も講師をやめようかと考えたけど、惰性的に辞めることができなくて、だからといって衝突を恐れて立ち向かうこともできなくて。
結局、目と耳を塞いで日々をやり過ごすしかなかった……ずるい大人だよ、僕は」
「そう自分を卑下しないでください畑先生。
こうして畑先生が講師として働き続けていたからこそ、荒木先輩に渡りをつけられたのです。
ご安心ください、これまで幾つもの難事件を解決してきた先輩なら、きっと塾を解放してくれますから」
柊は満面の笑みで自信満々に胸を叩く。
おい、まだ助けるとは一言も言ってないぞ。
今の話を聞いたところ、その自称救世主は悪魔ではなく、ただ頭がおかしいだけの変人かもしれねえし。
「頼む荒木くん、どうか塾を聖園の手から解放してくれ……!」
畑さんの握り締めた拳は真っ白に染まり、今にも唇から血が零れそうなほど強く噛みしめている。
自らの無力感に苛まれ、一回り年下の学生に頼るしかない羞恥心。
それでも尚、自分の居場所を守りたいと、恥を忍んで頭を下げている。
……しょうがない。
新興宗教というのは危険だ、既存の宗教と衝突するのはよく聞く話だし、放っておいたら後々身内に害が及ぶ案件かもしれない。
そう、これは正義感ではなく自己保身だ。
「……とりあえず、調査ぐらいはしてみます」
決して彼を憐れんで絆されたわけではない。
==
「……結構な人数がいますね」
「……ざっと50人ぐらいか、まあ潜り込むには都合がいい」
後日、俺達は畑さんの手引きによって新しい塾生として潜り込んだ。
どうにも自称救世主こと聖園隆俊は頻繁に演説を行っているそうなので、今回はその様子を拝見させてもらうことに。
幸い俺達は高校生、塾に通っても違和感はない年齢だろう。
ちなみにだが、俺と柊は身元を隠すために変装している。
着ている制服は普段とは違う別の学校のもので、柊はメガネをかけて三つ編みのウィックをつけており、俺はマスクとパーマのかかったカツラをつけさせてもらった。
まあ、柊は無駄に見目が良いので、こんな地味な恰好でも微妙に注目を集めているのだが。
「……どんな方なんでしょう、聖園さんって」
「……さてな」
俺の予想が当たっていれば、おそらく外見は人間と変わりない。
角が生えてたり尾が生えてたりはしないだろう。
そうして待つこと数分、時計の秒針と分針が12を示した時、教室のドアが開かれ、そいつは現れた。
「こんばんは 私こそが君達の救世主である聖園隆俊だ」
「救世主様!」
「おお、救世主様万歳!」
受講生からの歓声が上がった。
ふざけた台詞だが……想像していたより嫌味のないイケメンだな聖園は。
ビシッとスーツを着こなし、背が高く髪は黒の短髪、顔立ちは愛嬌があり爽やかで、目尻に寄った皺から、よく目を細めて笑う男なのだと分かる。
アイドルといったタイプではないが、異性に好感を持たれるには十分で、男性からは僻まれにくく、子供や老人からは警戒心を抱かれにくそうな絶妙な塩梅だ。
だからこそ、違和感を抱く。
これほど人の心に取り入るのに都合の良い外見の男が、こんな片町の塾を乗っ取って啓発セミナーを開いている状況に。
「今日は改めて罪と許しの話をしよう」
罪と許し、畑から聞いていた通りの内容。
さて、聖園はいったいどんな話をするのだろう。
「人は時に魔が差すこともあるだろう。
人は時に間違ってしまうこともあるだろう。
人間とは完璧ではない、生きていれば間違ってしまう生き物だ。
それは神話においても変わらない」
「……」
「アダムが蛇に囃し立てられ知恵の実を食べてしまった時、神はお怒りになられた。
カインが弟のアベルを殺し、人類最初の殺人を犯した時にも、神はお怒りになられた。
人類はそれ以外にも数々の罪を犯してきた。
聖書にも記されてるが、神は人間が罪を犯すその都度、厳しく叱り天罰を与えてきた」
自らを救世主と呼称し、塾で宗教について語っていること以外、今のところそれほどおかしな内容は語っていない。
どれもこれもキリスト教に伝わる神話の内容だ。
「君達の中にも、かつて過ちを犯し苦い思い出を抱えている者もいるだろう。
思い出して、暗澹たる気持ちに苛まれる者もいるかもしれない。
いずれ罰が下るのではないかと不安を覚える者もいるかもしれない。
我が父たる神が何故人間を完璧に作らなかったのかと疑問に思う者もいるだろう」
神を我が父呼ばわりか、こいつは本当に神の子キリストを気取っているんだな。
そしてそれを誰も茶々を入れることはない。
「それは神が──人間に期待しているからだ。
初めから完璧であるのではなく、自らの歩みによって善性を獲得することを、そして神への真の愛を手に入れることを。
正しく生き正しく神を愛する者は、神から寵愛を受け、天の国に招待されるだろう。
──しかし悪性を好み、天に唾を吐く罪深き者には罰は下される。
死後地獄に落とされるだけではない、この地上に生きる罪人にも逃れられない裁きが下される。
何故ならこの私聖園隆俊ことキリストが、地上に復活したことがなによりの証明なのだから」
……ああ、やっぱりこいつ、あの話に繋げるつもりか。
悪徳宗教団体お得意のあの手法に。
「七つの封印は解かれ、第一の騎士は支配を始め、第二の騎士は戦争を起こし、第三の騎士が飢餓を招き、第四の騎士が死を与える。
最後の審判によって君達は、善と悪に仕分けられ裁かれるだろう。
悪人は地獄に落とされる、逃れられない地獄の裁きによって、永遠の苦痛を味わい続ける」
聖園が引用したのはキリスト教の外典にあたる『ヨハネの黙示録』に記された終末論だった。
この手の終末論はよく悪徳宗教団体が引用している。
世界が滅ぶぞーと終末論で人を怯えさせ、それを助けてやると手を差し伸ばして信者にした後、助けるには金が必要だと金を巻き上げるのが悪徳宗教の十八番である。
「だから、私の信者となり、謝りましょう」
……おお、と、感嘆の声が上がる。
「信者となり謝れば許します、どのような罪であっても。
私から父たる神に地獄へ堕とさないようにお願いしておきますので」
「救世主様……本日セミナーに参加するため近道に路地裏を通ったら、よその家の鉢植えを壊してしまったのですが」
「謝れば許します、例え家の持ち主が許さなくても、私があなたを許し、天国に連れていきます」
「ごめんなさい! 救世主様!」
「許しましょう、そして貴方の救済を約束しましょう」
うーん……なんというか。
確かに宗教にはメンタルケアの一面もある。
キリスト教の教えとは微妙に違う内容だが、こうして宗教思想を曲解しつつ利用することで、罪悪感に苦しむ人々の心を救えるのなら、それほど悪いことではないのかもしれない。
あんまり納得できてはいないし、十中八九悪徳宗教だと思っているが。
「救世主様、これはもしもの話なんですけど、魔が差して親の財布から金をくすねても、謝れば許してくれるんですか?」
「ええ許します、入信して謝れば」
「また何度も繰り返して、その度に謝りに来ても」
「入信して謝れば許しますよ、何度でも」
「実は内心では反省してなくて、それでも謝りに来たら」
「許しましょう、なにしろこの私に信仰を捧げ謝ったのですから」
浄土宗かよ。
……いいや、確かにあの宗教は「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも浄土に行ける緩めの宗教だが、それでも人間社会での生き方に関しては結構真面目な考え方をしていた筈だ。
こんなツッコミどころの多すぎる宗教モドキと一緒くたにするのは失礼にあたる。
なにはともあれ理解できた。
こいつは救世主ではない、偽物だ。
==
ジュースを一口飲んで舌を湿らせ、先の講義への見解を述べる。
「聖園を悪魔だと断定する証拠は得られませんでしたが、もし悪魔だとすれば一つ思い当たる節があります。
それはアンチキリストです」
「アンチキリスト……?」
「キリストの敵という意味ですか?」
まあ、名前だけ聞くとそう思うのも仕方がないよな。
「そういう意味でも使われることがありますが、今回は違います。
アンチキリスト、これは悪魔の名称です。
救世主を騙り偽りの繁栄を齎すが、その繁栄は一時的なものであり、最後には破滅を齎すという。
またこういった救世主を偽る悪魔の伝承はキリスト教だけではなく他の宗教でも語られており、イスラム教にはダッジャールという偽救世主の悪魔が存在します。
ダッジャールの特徴は、右目が潰れ、肌は赤く、髪は黒く、額にクフルもしくはカーフィルと書かれてるそうです。
聖園にはその特徴がなく、神を父と呼んでいたことから、聖園は神の子イエスキリストを偽る悪魔、アンチキリストだと判断しました」
畑さんから話を聞いて、薄々正体には勘づいていたが、直接見てその予想は確信に近づいた。
悪魔だとすれば十中八九アンチキリストしかないだろう。
「アンチキリストは他の悪魔と比べて厄介な性質があります。
それは人間の支持者がいることです。
彼自身はそれほど強力な戦闘技能を持った悪魔ではありませんが、もし祓おうとすれば取り巻きの支持者たちに妨害されてしまうでしょう。
とはいえ放っておけば雪だるま式に大きくなり、いずれ手に負えないほど巨大な勢力を築くことになります。
できるだけ早く対処したいところです」
悪魔と関わるなんてまっぴらごめんだが、放っておけば俺の活動範囲にまでアンチキリストの魔の手が浸食しかねない。
だから今回もまた、俺は悪魔と対峙することになるのだろう。
しかし柊の運命力もそうだが、この町はいったいどうなっているんだ。
次から次に悪魔が出て、俺はもうこの非日常の続く生活に慣れつつあるぞ。
「幸い、奴の信仰の源が何なのかは分かりました。
それはキリスト教の教えを曲解した罪悪感の容認。
悪いことをしたら地獄に堕ちるぞーと脅しつつ、信者になれば神の子である俺から神様に天国に行けるよう口添えしておいてやると助け舟を出す、というもの。
古典的なやり方ではありますが、耐性のない人や、強い罪悪感を抱えている人、現状に苦心している人には刺さる宗教の勧誘方法です」
「……多感な時期にああいった人間が近づいてきたら、熱中する気持ちも分かる気がしますね……」
「キリスト教の教会には告解室や懺悔室といった場所が存在し、そこでは人々の悩みを聞いて、励ましたり慰めたりするメンタルケアが行われております。
このように聖園の活動が受講生へのメンタルケアとしての意図だけであれば問題はなかったのでしょうが、他の授業を妨害して啓蒙活動を行っているともなれば、そう問屋は卸さないでしょう。
聖園は既に次なる段階に向かっている筈です。
「アンチゴッドは人々に偽りの繁栄を齎す」──つまりは宗教に基づいた信仰心だけではなく、社会に基づいた人間の欲望を満たし支持者を繋ぎ止めようとします。
もしかすれば既にこの段階に進んでいるのかもしれません。
なのでもう少し調査を続けたいと思います」
==
「それで先輩、調査を続けるとは仰っていましたが、次はいったいどんな方法で?」
「受講生への事情聴取をしてみよう。
とりあえず、俺から声をかけてみるから、柊はそこで見ていてくれ」
「かしこまりました」
さて、誰に話しかけるか。
うん、あそこのメガネ男子でいいか、昨日聖園の演説会にも参加してたし。
「なあ、君、少し話をしないか?」
とりあえず心がけることとして、話を伺う時は、あからさまに疑いの目を向けるのではなく、聖園の教えに興味があると好奇心を示す形を取ろう。
そうすれば相手も心を開きやすい筈だ。
「……」
「あの」
「……」
「……」
ガン無視された。
俺はすごすごと柊の元に戻る。
「先輩、気にすることはないですよ。
彼は先輩のかっこよさに嫉妬してしまっただけです」
「……」
いいや、絶対違う。
多分無視されたのは柊と一緒にいるせいだ。
こんなかわいい女子と隣の席に座り仲良くお喋りしている俺の姿は、傍目に見ても腹が立って面白くなかったのだろう。
「次は私が話しかけてきます」
そういって柊は席を立ち、メガネ男子のところへ向かった。
「少しよろしいでしょうか?」
「ん? あ……き、君は新しくセミナーに入った」
「初めまして、聖園さんの話に感銘を受け、もっと詳しい話を知りたくなりまして。
あなたは先日の講演会に参加していましたね?
おそらく私以上に聖園さんについて詳しく知っていることでしょう。
もしよろしければ授業が始まるまでの間、話を聞かせていたけないでしょうか?」
「も、もちろんだよ、同好の士は大歓迎だ!」
俺のことはハブった癖にな。
眼鏡の男は顔を赤らめ鼻の下を伸ばして、あからさまにデレデレしている。
気持ちはわかるが腹立つな。
「それで、聞きたいことというのは?」
「講義の内容に関しては、聖園さんの口から直接お聞きしたいので、他に何か別の活動をしていないかを知りたくて」
「あ、それなら一つ知っていることがあるよ。
聖園さんが選んだ特別な生徒のみを集めて行われる、会員制の講義があってね」
「へー、会員制の講義ですか」
会員制の講義ね……。
「あなたもその講義に参加しているんですか?」
「ふふふ、その通り、僕も聖園さんから招待を受けて会員にしてもらったんだ。
会員になるには5万円の水洗浄機を買わなくちゃならなくて、貯めていたお年玉を全て払うことになってしまったけど」
「……え? 五万円ですか? 水洗浄機を?」
こいつ、5万円以上かけて水洗浄機を買ったってことか?
碌に飲める水がない土地ならともかく、水資源に溢れたこの町で。
「水洗浄機は聖園さん曰く聖水を作ることができる特別な物と言っていたけど……僕の考えとして、重要なのは会員としての権利だと思っている。
僕は会員になったことで多くの収入を得ることができたんだ。
方法は簡単、新たに会員を勧誘して聖園さんから渡された水洗浄機を売る、それだけだ」
「……? それで稼げるんですか?」
妙な話だが……何かしら手品の種があるのだろう。
「もちろん裏はある、僕が会員に勧誘した人が聖園さんの水洗浄機を買ってくれた場合、その売り上げの何割かは僕の手元に入る仕組みになっているんだ。
もう半分のお金は胴元である聖園さんに渡さなければならないけど、一度会員になれば4人は新たに勧誘することが許されている。 つまりは元手の倍は得られるってわけ。
これだけでも十分に稼げるけど、僕が勧誘した会員が、新たに会員を勧誘して水洗浄機を売った場合、それで得た代金の何割かは僕の方へと振り込まれる仕組みになっている。
そうして得たお金の半分も同じように胴元の聖園さんに渡さなければならないけど……この意味が分かるかい?
そう、無限にお金が得られるんだ。
あとは経過を待ち会員が増えていくのを待つだけでいい。
たった5万円の元手で不労所得が得られる素晴らしい方法だよ」
「……そう、なんですかね?」
なんかそれ……大丈夫なのか?
「勧誘の仕方にはコツがいるけど、それに関しては会員になれば教えてもらえることだ。
君もこの輪の中に加わりたいというのなら、僕から聖園さんにお願いしても……いいや、君ならシスターになったほうが手早いだろう」
「……シスターですか?」
「……シスターは神様のお嫁さんなんだ。
聖園さんは救世主だけど神様でもあるから、つまり聖園さんのお嫁さんってこと。
古来より容姿の優れた者には神様からの祝福が授けられているとされている。
君の容姿は美しい、今までシスターとなった女の子達の傾向からしても、きっと聖園さんも気に入ってくれる筈だ」
ハーレム作ってんのかよ、つくづく怪しい新興宗教らしいことしやがって。
「──あれ、どうして君はシスターじゃないんだい?」
「え?」
「だって、このセミナーに参加するには聖園さんの許可が必要な筈だろう?
君ほど整った容姿なら、受講生になる前に聖園さんから声をかけられてもおかしくないだろうに……」
「え、ええっと」
まずい、畑に頼んで無理矢理受講生として入り込んだのが祟った。
柊は戸惑い言葉に詰まっている、とてもアドリブで切り抜けられそうには見えない。
俺は席を立ち、柊とメガネ男子のいる場所に向かう。
「おい」
「な、なんだい……今、二人で話中なんだけど」
「……詮索するのはやめておけ。
シスターとして迎え入れられてもおかしくない彼女が、態々一般受講生として参加しているんだ。
考えればその意味は分かるだろう」
「……!」
メガネ男子は何かに気づいたように目を見開き、口を手で覆った。
ちなみにだが、俺には何もわからん。
詳しい事情が分からない状態で、話を誤魔化す時は、「お前にも分かるだろう?」と言っておけば、勝手に理由を想像してくれると思ったので言ってみただけだ。
効果は覿面だったようだが。
「み、聖園さんには言わないでください」
「……今後は気をつけろよ、俺にも目こぼしできる回数には限りがある」
柊の背を叩いて、席に戻るように促す。
ふぅ……なんとか切り抜けられたな。
潜入調査をするとなった時点で綱渡りになるのは分かっていたが、肝が冷えた。
==
金を集めて自分の仲間に振り分ける、それ自体は悪いことではない。
しかし聖園がアンチキリストだとしたら、確実に裏がある。
あいにく俺は悪魔に関する知識はそれなりに持っているが、それ以外の分野は高校生相応。
柊も同上で、商売のことなどまるで分らない。
講師である畑さんも、この手の知識は疎いという。
どうしたものかと悩んでいたら、ここで役に立ったのが柊の人脈だった。
『──それはマルチ商法ですね』
彼女の名前は国枝美香
大学で経済学を学んでいる柊の友達の姉だった。
『マルチ商法は元となったシステムが存在します、ねずみ講をご存知でしょうか?
ねずみ講とは詐欺の一種であり、手口としましては、まず「儲かるビジネスがある」と言って他者を勧誘し、会員に引き入れた後、得られた会員費の半分を自らの懐に、もう半分を胴元や上位の会員へと分配します。
このやり方で逆樹形図式に会員を増やしてゆき、収益を得るのがねずみ講の仕組みです。
ねずみが増えるかの如く会員が増えるので、ねずみ講と呼ばれました。
一見誰しもが不労所得を得られる方法に見えますが、人口は有限、新規加入者が現れなくなれば破綻してしまうシステムです。
広がれば社会が混乱してしまうので、ねずみ講は無限連鎖防止法に抵触する犯罪となりました。
……この方法によく似たシステムを皆さんはご存知の筈です、それがマルチ商法です』
似てるというか全く同じような内容に聞こえる。
いいや……そういえば水洗浄機がどうとか言ってたな。
『ねずみ講とマルチ商法の違いは、金銭のみのやりとりをするか、現物を用いるかの違いがあります。
なぜこのような違いがあるのか、それは法律の抜け道を通るためです。
今回の場合は水洗浄機でしたか? そうした商品を扱うことで、法律の穴をつくことができました。
現物を製造するなどして経済を回しているので、マルチ商法はねずみ講とは別物として扱われており、つまり、ねずみ講とは違いマルチ商法は一応は合法となっています。
とはいえマルチ商法には厳しい規制がかけられており、小夜子ちゃんの話を聞かせてもらった感覚としては、おそらく何らかの犯罪に抵触しているかと』
──その後、畑に周辺の調査をしてもらったところ、このマルチ商法を用いて聖園はかなりの数の信奉者を集めており、それはセミナーの受講生だけではなく、その親や、その友人にまで手を伸ばしているようだと分かった。
「先輩どうします……? 塾の外に引きずり出したとしても、町の中にまで支持者がいるようですし、こんなに沢山の人を味方につけていては、直接対決することもままなりません」
「困ったね……そもそも塾で寝泊まりしている上に、信者に夜番をさせてるみたいだから……」
柊の言う通り、俺達一般人にどうにかできる範疇を超えた勢力を聖園は築き上げている。
聖園が単なる悪魔であれば俺達だけで対処できたかもしれないが、聖園は組合犯罪の長としても一流だった。
だが、俺には考えがあった。
「俺に考えがある」
「! それはいったい!?」
「──警察に助けてもらおう」
「「……え?」」
目には目を、歯には歯を。
悪魔なら悪魔祓い、詐欺師なら警察官。
至極真っ当な解決策を提示した。
==
「……そろそろだ」
「……なんだか映画のエキストラにでもなったみたいでドキドキしますね」
映画の撮影どころか余程緊張感のある場面に遭遇しているんだけどな。
俺と柊は聖園の講演会に参加していた。
そこに来客が訪れた。
俺達が密告して呼び出した、警察官の集団だ。
「失礼する」
「……何か御用ですか? 申し訳ありませんが今は授業中で」
「この塾で詐欺を行っている者がいると通報を受けてな。
悪いが今から事情聴取をさせてもらっても?」
「……いいでしょう」
「ではこっちだ、ついてきてくれ」
どよめき聖園を心配する受講生の信者たちだが、警察官という公権力を前に立ち上がることができずにいる。
しかし聖園は持ち前の弁舌で警察官たちを説き伏せるつもりなのか、それとも別の秘策があるのかは分からないが、余裕の笑みを浮かべて警察官の誘導に従う。
だがそうはさせない。
「……柊」
「はい」
柊は机の下に隠していた携帯電話を操り、合図を送る。
すると教室のスピーカーからその音声は流れ出した。
変声機を使って俺の声を録音したテープの音声だ。
『正義の道には命がある、しかし誤りの道は死に至る』
「!?」
聖園の顔色が変わった。
目を見開き脂汗を垂らし、しかしその正体を悟られないよう、歯を食いしばり痛みを抑え込んでいる。
「なんだこの放送は……おい、どうした? 大丈夫か?」
「え、ええ、問題ありませ──」
『──悪をたくらむ者の心には欺きがあり、善をはかる人には喜びがある』
「ぐうっ!?」
『正しい人にはなんの害悪も生じない、しかし悪しき者は災をもって満たされる』
「があっ!?」
「せ、先生……!?」
『神よ。立ち上がってください。神の敵は、散りうせよ。神を憎む者どもは御前から逃げ去れ。煙が追い払われるように彼らを追い払ってください。悪者どもは火の前で溶け去るろうのように、神の御前から滅びうせよ』
「ぐ!?」
『主イエスのみ名によって命じる、サタンよ退け』
「っ──」
「おい! 逃げるな!」
聖園──アンチキリストは逃げ出した、聖句の火に焼き尽くされてしまわぬように。
だがそれはいけない、詐欺を疑い事情聴取にやってきた警察の前で逃げ出すなど、自分にやましいところがあるのだと喧伝するようなものである。
アンチキリストは逃げ出したが、出入り口は警察に押さえられており塾から出られない。
追いついた警察に捕まり抑え込まれてしまう。
「ま、待て、今は──」
『正義の道には命がある、しかし誤りの道は死に至る』
「──ぐああああ!?」
「!?」
しぶとく耐えていたが、ようやく燃えたか。
スピーカーから繰り返し再生される聖句に耐え兼ね、アンチキリストは発火した。
今まで耐えてきた反動もあってか、その勢いはすさまじくすぐさま炎は全身を覆い尽くした。
アンチキリストを取り押さえていた警察官は、突然に発火した彼の姿に驚きつつも、その炎に物理的な熱を一切感じないことに気づき、二重の意味で驚愕している。
『──悪をたくらむ者の心には欺きがあり、善をはかる人には喜びがある』
『正しい人にはなんの害悪も生じない、しかし悪しき者は災をもって満たされる』
『神よ。立ち上がってください。神の敵は、散りうせよ。神を憎む者どもは御前から逃げ去れ。煙が追い払われるように彼らを追い払ってください。悪者どもは火の前で溶け去るろうのように、神の御前から滅びうせよ』
『主イエスのみ名によって命じる、サタンよ退け』
「──」
アンチキリストは灰すら残さず、煙となり消えていった。
==
平日のお昼時、セミの鳴き声が聞こえる校舎外のベンチで食事を摂る。
会話の内容はもちろん、アンチキリスト事件に関する後日談だ。
「今回は肝が冷えましたね……色々と綱渡りでしたし、まさかあそこまで人間社会に食い込めるしたたかな悪魔が存在するなんて」
「人間社会に溶け込む悪魔は総じて厄介だ。
事態が深刻化する前に対処できたのは幸いだった」
「そのようですね……本当、先輩がいなければ今頃どうなっていたことやら。
危うく悪魔のお嫁さんにさせられるところでしたよ」
これで懲りてくれればいいんだが……柊のことだ、また悪魔に困らされている人を見つければ手を差し伸べるのだろう。
「ちなみにですが畑先生は、塾が元に戻ったことをとても喜ばれていましたよ。
先輩にも感謝していました」
そりゃよかった、依頼の内容は悪魔祓いだけとはいえ、アンチキリストを祓った後、塾が離散しては流石に可哀そうだったからな。
「ですが──警察の方々は上を下への大騒ぎのようです」
「なんとなく、予想はできていたことだが」
「公衆電話からの匿名の通報というただでさえ不可解な情報源に、調査に向かうと放送室から謎の聖句が聞こえだし、容疑者が塵すら残さず燃え尽きてしまう異常事態。
受講生や講師に事情聴取を行っても、事件に繋がるものは何も分からず、更に、これは先日畑先生から聞いたのですが、聖園隆俊と名乗っていたアンチキリストは戸籍を持っていなかったようです」
俺達は聖園の正体を悪魔だと知っているが……何も知らない者達からすれば気味の悪い話だろう。
「警察の方々はこの怪事件を重く見て、必ず事件の真実を暴いてやると躍起になっているようでして」
「正直に聖園が悪魔だったなんて説明しても理解は得られないだろうからな……」
「当分の間は、悪魔事件には首を突っ込まず大人しくしておくべきなんでしょうか」
「まあ、そうするしかないだろ」
「……これからせっかくの夏休みなのに」
「夏休みだからこそだろ」
柊は露骨に不満そうな表情を浮かべる。
俺としては、当分の間は静かに暮らせそうで万々歳だ。
バイト代も出たことだし、夏休みの間は新しいTRPGブックでも買って家で大人しく過ごすとしよう。
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=追記=
誤字報告ありがとうございます!