悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第7話「インプ」

「当分の間、悪魔とは関わらずに済むと思ってたんだけどな……」

「? 何か言いましたか先輩?」

「……気にすんな」

 

 俺達は、まるで昔話の桃太郎にでも出てきそうな田舎道を歩いていた。

 日本にもまだこんな景色が残っていたとはな。

 

「今日はありがとう二人共。

 せっかくの夏休みだというのに、こんな田舎にまでついてきてくれて」

「いえいえ、困っている時はお互い様ですよ。

 といっても私は先輩を紹介しただけですけど」

「……俺も気にしないでください、バイト代ももらえますし。

 あんまり手に負えない内容ですと逃げる予定ですので」

「と言いつつも、困っている人は見捨てられず、どんな難事件も解決してみせるのが荒木先輩ですから」

「お前そういう適当な事言うのはマジでやめろって言ってるだろ。

 はぁ……それで佐竹さん、小人、でしたっけ」

「ええ」

 

 今回の依頼人は佐竹美鶴、柊が普段通っている美容院の美容師だ。

 依頼の内容は、田舎の実家に小人が現れたので、どういった種類のものか調べてほしいというもの。

 未だ俺達の地元では警察が目を光らせているので、当分の間は悪魔事件に首を突っ込まないよう柊に言い聞かせていたが、町の外なら話は別だと、頓智のようなことをのたまい助けを求めてきたので、仕方なく様子だけ伺いに行くことに。

 

「俺の専門は悪魔関係ですので、あまり珍しいのだと対処できませんが」

「でも先輩は悪魔以外の神話知識も豊富に蓄えているじゃないですか、キリスト教とか、ユダヤ教とか」

「ユダヤやキリスト教の神話は、悪魔と密接に関わっていたから多少齧っていただけだ。

 悪魔の登場しない神話や、神話すらない民話由来の小人だと、俺には分からん」

 

 まあ、この世界のもととなったのは「エクソシストTRPG」だ。

 悪魔や天使、霊や神以外でファンタジーな存在が早々現れるとは思えないが。

 とはいえもしもということもある。

 

「それに、小人伝承には色々な種類のものがあるからな」

「そうなんですか?」

「そうみたいね、私も色々調べてみたけど、結局分からなかったわ」

「しゃあないですよ、語り切るとなれば一日では足りないぐらいにはいますから。

 一応お聞きした情報から幾つか思い当たる節はありますが、ここで予想を語るよりも先に実物を見ておきたいところですね。

 佐竹さん、もう少しですか?」

「ええ、そろそろうちの畑が見えてくる筈だわ」

 

 そうして歩くこと数分、道の外れに小さな畑が見えてきた。

 

「……隠れてちょうだい」

 

 言われるがままに木陰に姿を隠し、彼女の指を差した方向を見ると……なんだあれ、畑の上に何かが立っている。 目算俺達の膝下ほどの身長すらない、あれは小人か……?

 小人は鍬を担いで額に浮かんだ汗を肩にかけたタオルで拭っている。 

 小人がいるとは聞いていたが、景色に馴染みすぎだろ。

 ここまで堂々と姿を現しているとは思っておらず、ぎょっと目を丸めてしまう。

 

「あれが、私の祖父の実家に突然現れた……謎の小人よ。

 一先ず見つからないよう裏口から家に入るわ、こっちよ、ついてきて」

 

 依頼人の祖父には、詳しく話を伺う必要があるな……。

 手招きする佐竹美鶴の後を追い、俺達は木々の生い茂る道を歩いた。

 

==

 

「お爺ちゃん、ただいま」

「美鶴か……後ろの者共はなんじゃ?」

「こちらの女の子は私の働く美容院によくやってくるお客さんで、こちらの男の子は彼女の先輩。

 神話や伝承に明るいそうで、私からお願いして来てもらったわ」

「柊小夜子です」

「荒木明です」

 

 美鶴の祖父はいかにも偏屈な田舎の爺といった風貌。

 対する美鶴はファッショナブルなシティーガール。

 似ても似つかない恰好だが、よく見れば目鼻立ちには近しいものを感じる。

 

「ふん……家を飛び出したお前が今更わしを気遣うとはな。

 立ち話もなんじゃ、茶ぐらいは出してやる、上がれ」

 

 そうして招かれたのは居間。

 俺達は美鶴の祖父から茶を貰い、一息ついた後話が始まる。

 

「自己紹介がまだじゃったな、儂は佐竹茂三、美鶴の祖父じゃ。

 それで美鶴、改めて聞くが、お前はいったいどんな用で帰ってきた」

「それは勿論、小人に害があるのか調べてもらうためよ」

「余計なお世話だと言っておるじゃろう、儂にはお前の助けなど必要はない」

「おじいちゃん……だから前にも言った通り──」

「話についていけないので、冒頭から説明してもらってもいいですか?」

「ええ……分かったわ」

 

 話が脱線しそうだったので口を挟ませてもらった。

……どうやら茂三と美鶴との間には、何やら溝があるようだが。

 

「電車でも話したけど、私はこの村の出身で、都会に憧れて村から飛び出したわ。

 だけど一人で暮らしているじいちゃんが心配だから、ちょくちょく様子を見に行っていたの。

 そんな風に実家に顔を出していたら、ある日あの小人が住み着いていて。

 害かあるか分からないから、荒木くんに調査をお願いしようと思ったんだけど」

「その必要はない、余計なお世話じゃ」

「おじいちゃんったら、ずっとこの調子なのよね……」

 

 今回の悪魔もアンチキリストと同じタイプか……?

 寂しく一人で暮らしている老人に取り入り、何かを騙し取ろうと企んでいるとか。

 いいや、まだ悪魔とは断定するには早い。

 本当に親切なだけのお手伝い妖精を祓っちまったら、流石に心が痛むし。

 

「私はおじいちゃんになんと言われようと、小人の正体を見極めさせてもらうから」

「はぁ……感謝はせんぞ、勝手にせい」

 

 老人は新聞を持って、二階へと上がっていった。

 

「ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに、おじいちゃんってばずっとあの調子で」

「いいえ、お気になさらず。

 なんとなくですが状況は把握しました」

 

 例えるなら田舎に住んでいる老人が、悪い営業マンに詐欺にかけられてないか、心配しているといった感じか。

 あれだけ矍鑠としていれば、詐欺にはかけられないと思うのだが。

 いいや、あの手の俺は詐欺にかからないぞと気を張っている者ほど詐欺にかかりやすいという説も聞く。

 心配する側の気持ちもわかる気がした。

 

「とはいえ夏休み中に小人の正体を見極められるかは怪しいところです」

「? 小人には色々な種類がいるとは仰っていましたが……先輩でも困難なんですか?」

「ああ、あの手のゴブリンタイプは判断に困る」

「ゴブリンタイプ?」

「詳しく聞かせてもらっても?」

 

 ええっと、どっから説明するべきかな。

 とりあえず、出身地からでいいか。

 

「まず小人伝説で有名なのはグレートブリテン島やアイルランド島──日本で言うイギリスとアイルランドの島々です。

 あそこには多くの小人妖精の伝説が残っており、美しい妖精をフェアリー、醜く小さな妖精をゴブリンと呼んでいました。

 襤褸切れを纏い、皺の寄った肌に、高い鉤鼻と眉骨、頭髪はなく腹が出ているとなれば、ゴブリンと判断しても構わないでしょう。

 ゴブリンには人間の子供のように気まぐれでいたずらを好む者もいれば、ブラウニーのような人の家に住み着き家事を手伝ってくれるお手伝い妖精もいます。

 あの小人は畑を踏み荒らすどころか自ら耕していました。

 なのでその手のお手伝い妖精の一種か、もしくはお手伝い妖精を演じている紛い物か。

 ひとまず情報を集め、確認する必要があるでしょう」

 

==

 

「小三郎くん、少しいいかしら?」

「おや、美鶴さま、いつの間にお帰りになられたので?」

「今さっきね」

「なるほど、気づきませんでした。

 してそちらのお二方は……?」

「私達の親戚よ、おじいちゃんと会いたいって言うから、今日は連れてきたの。

 せっかくだから小三郎くんにも紹介しておこうと思って」

「明です」

「小夜子です、よろしくお願いしますね小三郎さん」

「おお、美鶴さまだけなく遠方から遙々ご親戚の方たちまでお越しくださるとは。

 私めは茂三さまにお仕えする小三郎と申します、以後お見知りおきを」

 

 小三郎──茂三と同じく三の字が入っている、おそらく茂三が名付けたのだろう。

 

「私達は近隣住民に挨拶してくるから、またあとで」

「かしこまりました、では後程」

 

 ふう……一先ずこれで問題はないだろう。

 

「……今まで色々と奇妙な存在と遭遇してきましたけど、ここまで堂々と人間の生活圏で暮らしているのは初めて見ましたよ」

「俺もだ、悪魔ってのはだいたい世を潜むものだからな」

「なんにせよ、これで君達の正体は誤魔化せたわね。

 あの小人は家に住み着いたのは最近だから、君達が親戚だと言っても疑う余地はないでしょう」

 

 俺達を佐竹家の親戚という設定にしようと提案したのは、佐竹美鶴だった。

 この村に滞在する上で、俺達が姿を隠し続けるのは不可能だし、だからといって馬鹿正直にエクソシストだと明かし小三郎を調べに来たと語れば、小三郎は自らが何者であるのか隠すだろう。

 調査のために立場を偽るのは必要な対応だった。

 

「一旦私は家に戻っておじいちゃんと口裏合わせをしてくるわ、二人はこれからどうするの?」

「俺は近隣住民に話を伺いに。

 あんな妙な生き物が生息しているとなれば、気になって話を伺っても違和感は抱かれないでしょうから」

「では私は先輩についていきます!」

 

 その後、佐竹美鶴の提案もあり、俺達が向かったのは公民館。

 そこには何人かの老人が集まって、茶をしばいていた。

 ちなみにだが、聞くところによると、この村の住人比率は高齢者が9割を超えているらしい。

 幾ら年寄りの多い日本といっても、高齢者社会すぎるだろ。

 

「──ええ、小三郎ちゃんね、働き者のいい子だわ。

 一昨日も私の家の畑を耕すのを手伝ってくれて、本当に優しい子ね」

「この前、家でおはぎを作りすぎちゃって、年寄り臭いって嫌がれちゃうんじゃないかと心配してたけど、プレゼントしたらとっても喜んで食べてくれたの。

 茂三さんが羨ましい、私にもあんな孫が欲しかったわ」

 

 小三郎は随分老人たちから可愛がられているようだった。

 少なくともあの小人は人間社会に取り入る能力を備えているのだと、考えていいのだろう。

 

「……なんでしょうあれ、ベルトでしょうか? 紐?」

「尻尾だ、先端がかぎ状になっている……今まで隠していたみたいだな」

「あ、消えた」

「……変身魔術を使えるのか」

 

 続いて行ったのは張り込み調査。

 木陰で小三郎を観察していると、腹部に巻き付けた尻尾を確認できた。

 態々それを魔術で隠すということは、それ相応の理由があり、また先端がかぎ状となれば悪魔の特徴として有名な特徴だ。

 もしかすれば背中には蝙蝠の羽も隠し、頭に角を隠しているのかもしれない。

 こいつには何かしら周囲に隠している秘密があるのだろう。

 

「! 見ましたか先輩! 地面に突き刺した木の枝が一瞬で成長して、リンゴを実らせましたよ!」

「ああ……あれは植物を成長させる魔術だろう」

 

 地面に突き刺した木の枝に小三郎が手を翳すと、急激に成長してリンゴを実らせた。

 小三郎はそれを見て良しと頷き、一斉に実ったリンゴをざるの中へと入れている。

 ただの木の枝から果物を実らせたのもそうだが、今は夏の只中で、秋から冬にかけて実るリンゴは時期外れもいいところだ。

 魔術でも使わなければ説明がつかない光景だった。

 人間に取り入る性質、外見的特徴、果物を成長させる魔術。

 調査には夏休み丸々消費したが、これだけ情報が集まれば十分だろう。

 小三郎の正体はあれしかない。

 

「─確信した、あれはインプ、人を騙す小悪魔だ」

 

==

 

 小三郎の正体は分かった。

 とはいえここからが本番だ。

 

「茂三さん、美鶴さん、小三郎の正体が分かりました。

 あれはインプという悪魔です」

 

 場所は鶴見宅の居間。

 インプは現在畑で農作業をしている。

 丸机を囲んで座っているのは俺と柊と茂三と美鶴の四人だけ。

 美鶴は驚嘆しつつもやはりかと納得した表情を浮かべている。

 茂三はいぶかしげに眉を顰め腕を組んでいるが、とりあえず話は聞いてくれるらしい。 

 

「インプ、この名前は「差し木」を意味する「インペット」が由来とされています。

 インプは魔術を使って地面に刺した木枝を成長させ果実を実らせる魔術が使えます。

 こうした由来を持って、インプはインプと呼ばれていました。

 実際私達も、小三郎くんが植物魔術を使って果実の成る木を作り出していた光景を直接見たので、間違いではないと思います」

「小三郎が植物を成長させられるのはわしも知っておる。

 なにしろそうして作った果物を儂にもくれたからな。

 して、それの何が問題だというのじゃ」

「これだけであれば、ブラウニーのような人間にとって有益な妖精の一種と見なすこともできたでしょう。

 しかしインプにはある性質があります、それは人間を騙し裏切ることです」

「……騙し、裏切る?」

 

 ああ、これがインプを妖精ではなく悪魔と見なされるようになった要因だ。

 

「まず前提として、小三郎は姿を偽っています。

 現在は変身魔術で正体を隠しているようですが、魔術を解けば、先端がカギ状の尻尾を見つけることができるでしょう、あれはインプの悪魔の特徴です。

 実際にこの目で確認しましたので、間違いはない筈です」

 

 尻尾に関しては既に確認しているので、魔術を使って姿を変えているのは確かだろう。

 インプには角や蝙蝠の羽がついているとされるが、それらはインプが悪魔と分類された後世から付け加えられた要素のため、小三郎には存在しないかもしれない。

 とはいえ先端がカギ状の尻尾を持つというだけでも、インプの特徴としては十分だ。

 

「続いてインプの性格について説明しましょう。

 インプの性格はいたずら好きであり、ここまでであれば従来の妖精とそう変わりありません。

 しかしそのいたずら好きの性格が鳴りを潜める時があります、それは人助けをする時です。

 人助けをして信用を得たインプは、必ず裏切りの算段を立てています。

 小三郎君も、貴方を騙し裏切るために、裏で何かを企んでいる筈です」

「……」

「元々は妖精に分類されていたインプですが、こういった特徴や性質から悪魔と分類されるようになり、インプを使役する者には魔術的な素養が必要とされ、以降の伝承では魔女や錬金術師の使い魔として描かれることが多くなりました」

 

 茂三さん、あんたには魔術を扱う技能はないだろう。

 つまりあんたがインプを飼うのは不可能だ。

 

「とはいえインプはそれほど強力な悪魔ではありません。

 使える魔術も無害なもので、植物魔術の他には変身魔術程度。

 その変身魔術で変身できる生物も、自分の悪魔的特徴を隠したり、猫やヒキガエルといった、インプの体長を超える大きさには変身できません。

 またその身体能力も体格相応、大人なら力ずくで追い払うことができるでしょう。

 おそらくですが、茂三さんか美鶴さんのどちらか片方だけでも、インプを退治することは可能かと」

「!」

 

 インプの脅威度は1(一般人でも対処可能)。

 前世のエクソシストTRPGのセッションではまずボスとはなりえない、雑魚モブとして登場するのが関の山の小悪魔だった。

 

「それなら私が追い払ってやるわ」

 

 箒を担いでインプを退治しに行こうとする佐竹美鶴。

 先程にも言った通りインプを倒すなら彼女の力だけでも十分。

 止める必要はないだろう。

 しかし、そんな彼女を咎めた者がいた。

 佐竹茂三、佐竹美鶴の祖父だ。

 

「勝手なことをするでない美鶴」

「おじいちゃん、今の荒木君の話を聞いていたでしょう?」

「聞いておった」

「ならあの悪魔を追い払わなきゃいけないのは分かったでしょう! おじいちゃんは騙されていたのよ!」

「いいや、騙されてなどおらんし、追い払うつもりはない」

「なんでよ! なんで分かってくれないのよ!」

 

……やっぱりこういう展開になったか。

 小人の調査、インプの悪魔祓い、どちらも苦労した問題だったが、小三郎などと名前までつけて家に住まわせている茂三の説得こそが、今回のシナリオの最たる難所になるのだろう。

 さて、どう説得したものか。

 

「分かっておらんのはお前の方じゃ。

 儂は初めから小三郎が儂を騙すために取り入ってきたことに気づいておった」

「え」

 

……は?

 

「ちょ、ちょっと待ってください茂三さん。

 ならどうして家に住まわせていたんですか?

 得体のしれない悪魔と正面から戦うのが怖かった、というのなら分かりますが……」

「孫娘を矢面に立たせるのが不安だというなら、俺がなんとかしますよ」

「ふん、わしが小三郎に怯えていると考えておるのか? まったくどいつもこいつも情緒が分かっとらん。

 わしが何故小三郎を家から追い出さなかったのか。

 それは腹の探り合いを楽しんでおったからじゃ」

 

 腹の探り合い……?

 

「妻には先立たれ、娘は孫を置いて都会に働きに行き、可愛がっていた孫ですら田舎を嫌って都会に飛び出しおった。

 そんな退屈な隠居生活に、小三郎は現れた。

 小三郎は巧妙にわしに取り入り、周囲の信用を勝ち取った。

 勿論裏があることには気づいておった。

 とはいえわしにはもう守るものもないし、財産とてわしを捨てて家を出た娘夫婦や孫に譲り渡すつもりはない。

 どの道老い先短い人生じゃ、何を奪われて破滅しようが、既に死ぬ準備はできておる。

 ならば楽しんだ者勝ちじゃろうて。

 死ぬ間際の暇つぶしとして、小三郎との腹の探り合いは、いい刺激になったのじゃよ」 

 

……なんじゃそりゃ。

 これは覚悟とは違う、全てを諦めたからこそ成立した無敵の人の死生観。

 そりゃあ奪われて困るものがないのなら、騙そうと取り入ってくる悪魔も、観察キットに入れた蟻でも眺めるように観察を楽しむことができるだろう。

 この爺さん、えげつねえ……。

 というか、今回の悪魔事件、俺達の調査は完全に無駄足だったってことか?

 

「お、おじいちゃん……でも私はおじいちゃんが心配で」

「はっ、今さら遺産目当ての同情か?

 碌に財産など残していないのは知っておるじゃろうに」

「そんな言い方しなくたって……」

「ふん」

「……はぁ、本当にうちのおじいちゃんって偏屈者なんだから……」

 

 依頼人の佐竹美鶴は、頭痛でも堪えるように額を押さえた後、息を吸い、もう一度大きくため息をついた。

 

==

 

「ご主人様、路頭に迷ったわたくしめを拾いこの家に住まわせてくれた御恩は一生忘れませぬ。

 この従僕小三郎、改めてご主人様に永久の忠誠を」

「従僕などと寂しいことを言わんでくれ小三郎。

 儂はお前のことを本当の息子のように思っておる。

 なにせお前がいなければ寂しく天の迎えを待つだけじゃったからな」

 

 傍から見れば孤独な老人と小人妖精の暖かなファミリードラマのような光景だが、事情を知っている俺達から見れば、仮面を張り付けたような笑みを浮かべながら、背中にナイフを隠し持っているようにしか見えなかった。

 

「帰りますか」

「ああ、帰ろう」

「……本当にごめんなさいね、こんなことに巻き込んじゃって。

 はぁ……なんで私のおじいちゃんってこんな人なんだろう」

 

 老人とインプの歯の浮くような言葉の応酬を横目に、佐竹美鶴は呆れた顔で今日何度目になるか分からない溜息を吐き、帰路を歩んだ。

 

 こうして、俺達の夏休みは終わった。




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