悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第9話「ルサールカ」

 眼前に広がるのは、赤く色づいた落ち葉が流れる大きな川。

 俺達はそんな川を眺めながら、川の脇道を歩いてゆく。

 

「秋に入り少し寒くなってきましたが、今日は雲一つない絶好の旅行日和ですね! 先輩!」

「……そう、だな」

「どうしたんですか先輩、元気がないですね、温泉旅館、嫌いなんですか?」

「嫌いじゃないが……」

 

 好きか嫌いかで言えば、正直「どちらでもない」のが答えだ。

 ただ、自分に懐いてくれている可愛い女子と二人きりでの旅行となれば、思春期真っ盛りの男子高校生として喜ばしく思うのは当然で。

 とはいえ、ここ一年弱災難続きの俺に、こんな都合の良い展開が訪れるものなのかと、どこかに落とし穴が掘られているのではないかと疑ってしまう。

 

「ならもっと喜びましょうよ! せっかく倉田さん達がご厚意で温泉旅行のチケットをプレゼントしてくれたんですから。

 あ……! もしかしてあれ、パンフレットに乗ってた私達の乗る客船なのでは!?

 うわっ! もう人が並んでる!? 

 先輩行きましょう! 私達の座る席がなくなってしまいます!」

「走るな走るな……招待者枠だからなくならねえって」

 

 とはいえ、柊の言ってることは尤もだ。

 せっかく来たのだから楽しまなければ損である。

 余計なことは考えず今は楽しむことが先決だ。

 

「チケットを確認します……おや、これは?」

「倉田悟さんからお礼にといただきました、連絡が伝わっていると思うんですけど」

「ああ、あなた方が例の……! お話はお伺いしております。

 どうぞ船の旅をお楽しみください」

 

 すんなり通してもらえたな。

 倉田さんの名前が通じるのか不安だったが、流石は某量販品店の社長である。

 

「実は私、船に乗るのは初めてなんですよ、引っ繰り返ったりしないんでしょうか? なんだかちょっと怖くなってきました……」

「なら聖ニコラウスにでも祈っておけ、お前は目をかけてもらっているわけだし、聖ニコラウスは海運の守護聖人だ。

 漁に出た漁師が嵐に遭遇した時、聖ニコラウスに祈ると嵐が止み無事に港に帰れたという伝承もある。

 祈っておけば助けてくれるかもしれん」

「なるほど! ……ニコラウス様~、どうかこの一泊二日の温泉旅行、無事に旅館に辿り着き、先輩と楽しい思い出を作れますように~」

 

 そう言って柊は目を閉じ両手をこすり合わせて祈りをささげた。

 なんとも迷信深いというか、単純な奴だ。

 

「10時になりましたので、出港いたします。

 11時に到着しますので、それまで皆さんはご自由にお寛ぎください」

「先輩先輩、11時まで自由時間ですって!

 どうします? トランプを持ってきたので、一緒に遊びませんか?」

「やめとけ、船酔いするぞ──」

「──すいません」

 

 右側から囁くような声が聞こえた。

 声をかけてきたのは船員の一人。

 彼は周囲に目立たぬよう腰を曲げて、申し訳なさそうな表情でこう言った。

 

「──倉田様からチケットを譲られた荒木明さまと、柊小夜子さまですね?」

「ん?」

「は、はい、そうですけど……?」

「では荒木明さまが倉田様のご令嬢にとり憑いた悪魔を祓われたという噂も事実でしょうか?」

「当然ですとも!」

 

 はぁ……なんでお前がそんなに自信満々なんだ。

 

「船長室にお越しいただけないでしょうか。

 この川には妙な存在が現れるそうでして、是非とも荒木明さまの知恵をお借りしたいのです」

 

 俺は思わず、柊の方を見た。

 柊はぎょっと目を丸めて焦った様子で両手を上げ首を左右に振っている。

 とぼけているわけではないのだろうが、旅先でも柊の悪運は絶好調らしい。

 

……まあ、なんとなく、こうなることは分かっていたんだけれども。

 

==

 

 そうしてやってきたのは、二階の奥にある一室。

 どうやらそこは操縦室のようで、髭を蓄えた中高年が立っていた。

 彼は俺達と目が合うと笑顔を浮かべて近づいてくる。

 

「おお、来てくれたか、儂はこの客船の船長を勤める碇元司だ。

 荒木明君、君の噂は伺っているぞ。

 なんでも倉田家のご令嬢にとり憑いた悪魔を祓ったエクソシストなのだとか。

 そんな君に折り入って相談したいことがあるのだが」

「……内容によりますが、とりあえず話してみてください」

 

 まあ、どの道、首を突っ込むことになるんだろうが。

 船上という隔離された環境では、どこにも逃げ場なんて存在しないからな。

 先んじて話を聞いて先手を打っておいた方がいいだろう。

 

「感謝する、これは最近噂で聞いた話なのだが……どうやらこの川には、人魚が出るらしい」

 

──人魚。

 人魚ときたか。

 

「このことはあまり世間には知られていない。

 とはいえ人魚の噂を聞きつけて、この川へと訪れた者もいたという。

 中には無断でボートを持ち込み侵入する者までも」

「……人魚は見目麗しく、捕まえれば良き妻になるとされ、その肉を食えば不老不死になるなんて言われていますからね。

 どんな手を使っても、手に入れたいと願う者もいるのでしょう」

「うむ……困った話だが、それ以上に困った話があってだな。

 そうして川に乗り出した多くが、行方不明になっておるのだ」

「……行方不明?」

「ああ……水上に船だけ残してな、それも一隻だけではなく二隻三隻、不気味な話だろう……?」

「……」

 

……それは、おかしな話だな。

 

「儂はこの事件が人魚の仕業ではないのかと疑っておるのだが……君の見解は?」

「……人魚の仕業ではないと思います」

「何故そう思う?」

「基本的に、人魚は船乗りの味方だからです。

 溺れた船乗りを助けてくれる伝承は数多く存在し、その気質も温厚で、こちら側から余程のことでもしない限り、あちら側から人間を害することはまずありません」

「余程のことをした、という説はないのか?」

「まあ、それもなくはないと思いますが、船員が一人残らず失踪したという話が気になりますね、争うとなっても、人魚ならそこまで狂暴な対応は取らないでしょう。

 現代の人間がどういった文明を築いているのかも知っているでしょうし、態々虎の尾を踏んで対立するぐらいなら逃げるのではないかと」

 

 元々人魚は海に生息する存在だ。

 人間は船や潜水艦を開発して海へと乗り出したが、深海には分からない領域が多い。

 いざとなったら海に逃げればいい、そうすれば人間の追っ手も振り切れた筈だ。

 

「なので、この川には、人魚とは別に、何かが潜んでいる。

 もしくは人魚と呼ばれている者達が、人魚ではない別の何かか。

……答えはもう少し調査を続けなければ分かりませんね」

「それは、我々を助けてくれると判断しても?」

「──いいえ、水生の神話生物は危険なものばかりです。

 俺は今すぐ桟橋に戻ることを提案します」

「……」

 

 そりゃ当然だろう、確かに旅行は楽しみにしていたが、命あっての物種だ。

 自分から化け物のいる場所に首を突っ込む必要はない。

 

「……できれば、このまま運航を続けたい」

「どうしてですか? 失踪事件が多発しているんでしょう?」

「……この船には食料を含む物資を多く積んでいる。

 川を越えた先の僻地には集落があり、そこに送り届けなければ……」

 

……飢えて死んでしまう、か。

 

「そんな理由があるなら断れませんね。

 ご安心ください、先輩はお優しい方ですから」

「お前はまたそういう勝手なことを言って」

「でも先輩だって集落の方々が心配でしょう?」

「別にそんなことはない、所詮は赤の他人だ」

 

 俺は身内とそうじゃない人間を明確に線引きしている。

 だから顔も知らない誰かが飢えて死のうが、どうでもいいのだ。

 

「とはいえ……こんなところまで遠出して、旅館料理の一つも食えずに帰るのは癪に障る」

「お、出ましたね、いつものツンデレ節」

「ツンデレじゃねえよ。

……船長さん、微力ではありますが力になります。

 とはいえ報酬はいただきますが」

「ああ勿論だ! ありがとう荒木君!」

 

 こうでも言っておかないと、ただ働きをすると思われて、厄介事がごろごろやってくるからな……。

 

「それでは手始めに……船長さんから乗船者の皆さんに、一つお願いしてもらってもいいですか?」

 

==

 

 耳栓越しに歌声が聞こえた。

 女性の美しい声だ。

 

「先輩!」

「……この声は」

 

 俺達は船室から甲板に出て、声の聞こえる方へと船内を歩いた。

 すると海に見えたのは──女性の集団。

 水に沈んでいるため下半身がどんな形をしているのかは分からないが、確かに言えるのは、どの女性も緑の髪を持つ美しい女性ばかりだということだ。

 彼女達は肌着一つ着ていない身体を揺らし、乗船者を誘惑するように蠱惑的な踊りを披露している。

 男性の乗船者の多くは食い入るように彼女を見ていた、中には乗り出そうとしている者まで。

 それも仕方がないだろう、なにしろ海を泳ぐ彼女達はスタイル抜群の美人揃い、彼らを責める気にはなれない。

 かくいう俺もその一人、人魚の一人が俺に視線を合わせ手招きしている。

 据え膳食わぬは男の恥、せっかくこうして逆ナンされたのだから──

 

「先輩! 正気に戻ってください!」

「!!!」

 

 思わず俺は正気を取り戻した。

 なにしろ柊の方がでかかったのだ。

 確かに水辺の彼女達は美人揃いで、胸も大きい。

 顔立ちだけで言えば、柊に匹敵する者もいた。

 しかし 柊の胸は圧倒的に大きかった。

 見比べてしまえば、どちらを選ぶべきかは自明の理。

 流石はサキュバスと見間違われるほどの女といえよう。

 

「皆さん聞いてください!

 あれは人魚ではありません! ルサールカという悪霊です!」

 

 拡声器を構え、声を上げる。

 キーンとハウリングしたが、乗客乗員全員には事前に耳栓やヘッドホン、水で湿らせた布の切れ端で耳を塞がせている、このぐらい大きな声を出さなければ伝わらないだろう。

……しかし、まさかルサールカとはな。

 当てが外れたが、これはむしろ不幸中の幸いだ。

 

「ルサールカは一見人魚に見えますが、その正体は若くして死んだ女性の悪霊であり、生者を強く妬んでいます!

 捕まれば川底に引きずり込まれ殺されてしまうでしょう!」

「!?」

 

 本来ロシアに生息するルサールカが、何故日本に現れているのかはさっぱりわからんが、川に住まう人魚に見間違えられる緑の髪の美女といえばルサールカしかいないだろう。

 それに証拠はもう一つある。

 

「特徴として、ルサールカには、ヴィジャノーイという主がいます!

 ヴィジャノーイは魚の尾を持ち、泥が絡まった髭を持つ老人の姿であり、眷属であるルサールカを従え、人々を水底へと沈めようとします!

 あちらをご覧ください! あれこそがヴィジャノーイです!」

 

 指を差した方向には、老人が水草の生い茂る水辺から頭を出していた。

 老人は慌てて水底に潜り込み姿を隠したが、彼のいた場所には水の波紋が立ち、何者かがいたことが分かる痕跡を残している。 

乗客員は彼女達こそが失踪事件の犯人だと分かり、慌てて身体を引っ込めた。

 

「ルサールカへの対策は、誘惑を振り切り運航を続けることですが、今回は俺が祈祷を唱えて追い払います! ルサールカが見えなくなるまで皆さんは耳栓をつけたまま目を瞑っておいてください!」

「わ、分かった!」

「『正義の道には命がある、しかし誤りの道は死に至る──』」

 

 十字架を構えて祈祷を唱える。

 祈祷の文章はいつもの悪魔祓いの聖句だ。

 ルサールカの身体には続々と火が灯り、彼女達は慌てて水の中に潜り消火を試みる。

 

「船長! 速度を上げてください!」

「あいよ!」

 

 こうして俺達はルサールカを退け、無事旅館へと辿り着いた。

 

==

 

 ルサールカを退けた俺は、同乗者達からお褒めの言葉を貰った。

 そして旅館に辿り着きお昼ごろになると、彼らはこんなサプライズを送ってくれた。

 

「──こちらが井波様からの贈り物であり、こちらが金田様からの贈り物でございます。

 それでは食事をお楽しみくださいませ」

 

 旅館の従業員はそう言って、一礼した後、去っていった。

 

「うわー……凄い光景ですね、机がいっぱいですよ先輩。

 お刺身に天ぷら、茶碗蒸しにウナギのかば焼き、それ以外にも美味しそうな料理が沢山。

 これなら私達が料理を頼む必要はなかったのかもしれませんね……。

 しかし先輩、これは先輩の功績によって得られた物です、本当に私も食べてもよろしいのでしょうか?」

「ああ……まあ、一人じゃ食いきれないからな」

 

 誠に遺憾ながら、柊がいなければ、俺は今頃ルサールカに魅了されて溺れ死んでいたことだろう。

 どうして自分が魅了から脱せたのか、理由を明かすのは流石に恥ずかしいので言えないが、恩には恩で報いなければならない。

 礼は言えずとも、貰った料理を分けるぐらいはしておくべきだ。

 

「先輩、食べながらでいいので聞かせてほしいんですけど、ルサールカってどういう悪霊だったんですか?」

「ドレカヴァクと同じタイプだな」

「というと?」

「現世に未練を残して死んだ霊ってこと。

 スラブの伝承に登場するってところも同じだな」

 

 相変わらずなんで日本に現れるのかはさっぱりだが、そこはやはり、この世界の元になっているのが「エクソシストTRPG」だからだろう。

 

「人魚に間違われる悪魔や悪霊、怪物は、各地の伝承でそれなりの数存在する。

 俺が船で乗船者たちに耳栓などをつけて耳を塞ぐよう周知したのも、歌声に強力な魅了効果があるとされる人魚によく似たギリシャ神話の怪物セイレーンを警戒したからだ。 

 といってもルサールカの魅了はセイレーンには比べて遠く及ばないので、今思えば耳を塞ぐ意味はあまりなかったかもしれない」

「でも、先輩ちょっと惹かれてましたよね?」

「そんなことはない」

「本当ですか?」

「本当だ」

 

 勘づかれてはいるようだが、黙っていれば誰にも真実は分からない。

 この秘密は墓場まで持っていく。

 

「話を戻すが、そんなルサールカはヴィジャノーイという主人を持ち、踊りや歌で魅了して水難事故を引き起こすが、5月後期から6月初頭の聖霊降臨祭(ペンテコステ)と呼ばれる期間になると、川から地上に上がり、豊穣の女神としての性質が強くなる」

「女神? 悪霊ではないのですか?」

「元々はロシアの女神だったんだが、キリスト教がロシアに渡るとルサールカ信仰が咎められるようになってな。

 とはいえ現地では人気のあった女神だから、聖霊降臨祭というキリスト教にとって目出たい期間だけ、豊穣神としての側面が現れることになったという。

 多分当時信仰していた人たちは、悪霊のルサールカが人々に恵を齎すのは聖霊降臨祭のお陰であるとか、そんな風に言って誤魔化していたんじゃないかな」

 

 悲しい話だが、歴史上キリスト教が他宗教を弾圧するのはよくある話だ。

 カナン人の信仰する神、高き館の主(バアル・ゼブル)が悪魔の蠅の王(ベルゼブブ)に貶められたのは有名な話だろう。

 言ってしまえばルサールカもそういったキリスト教による迫害の被害者といえよう。

 

「そんな女神ルサールカの権能は豊穣。

 川から陸に上がると畑ではしゃぎまわり、その肌についた水が農作物にかかると、その畑は豊作になるとスラブの伝承では言い伝えられていた。

 このように豊穣神としての側面、悪霊としての側面、両方の性質を併せ持つルサールカだが……まあ、あの様子からして、今日出くわしたルサールカは悪霊としての性質が強く表れていたんだろうよ、聖霊降臨祭ももう過ぎちまったし」

「へー」

 

 そうして話をしながら食事を摂り終え、温泉にでも入ろうかと話し合っていたその時、襖絵の先から声が聞こえた。

 

「失礼、ここが荒木明くんの泊まっている客室だと伺ったのだが」

「はい、合ってますよ、今伺います」

 

 そうして襖を開けた先には、船に乗っていた乗客員の一人がいた。

 凛々しく顔立ちの整った、20代後半の浴衣を着た男性だった。

 

「あなたは、船に乗っていた」

「改めてお礼を言いたくてな、僕は春日博人、君のお陰で死を免れた、ありがとう」

「春日さん……先輩、この人、ウナギのかば焼きを奢ってくれた人ですよ」

「ああ、あの」

 

 厚くてやわらかくて脂が乗っていて、スーパーで買うようなウナギとは一線を画す旨さだった。

 今思い出しただけでも、よだれが零れそうになる。

 

「どうやら気にいって頂けたみたいだね、あれは僕のお気に入りでもあるんだ」

「お気に入り、というと、春日さんはこの旅館によくやってくるので?」

「ああ、一年に一度、な。

 荒木明くん、今は時間が空いていないだろうか? 

 ルサールカについて教えてほしいことがあるんだ」

「任せてください、私の先輩はとても物知りですから」

「おい、なんでお前が答えているんだよ……」

 

 本当にこいつときたら。

 まあいい、今から温泉に入るつもりだったが、時間なら有り余っている。

 せっかく部屋まで来てくれたのだから、今日遭遇した悪魔の話ぐらいはしてやろう。

 

「では聞かせてもらおう。

 君はルサールカの正体を、若くして死んだ女性の悪霊であると言っていた、それは本当かい?」

「ええ、そうですよ」

「……そうか、ありがとう教えてくれて」

「? どういたしまして」

 

 春日博人はそれだけ聞いて去っていった。

 なんだ? 聞きたかったのはそれだけか?

 

「まあいいか。

 それじゃあ温泉に──」

「待ってください先輩」

「ん? どうした」

 

 柊の方を見ると、彼女はいつになく真剣な表情で俺を見つめてきた。

 

「……その、今、『金貨』が反応したんです」

「金貨が反応した? ──『ニコラウスの金貨』がか?」

「はい、そして、これは感覚的な話になるのですが……運命を覆せませんでした」

「運命を覆せなかった」

 

『ニコラウスの金貨』は致命的失敗(ファンブル)を引いた時、一度だけダイスを振り直せるというもの。

 運命を覆せなかったということは、連続でファンブルを引いてしまったということになる。

 『ニコラウスの金貨』の効果が阻害されたのか、それも単純に二連続でファンブルになってしまったのか、もしくは別の理由か。

 なんにしろ俺達は致命的な失敗をした。

 何に失敗した?

 

「『金貨』が反応した対象が何か分かるか?」

「……多分、春日さんとの会話だと思います」

「会話のどの部分に」

「それは……分かりません」

「……」

 

……妙な展開になった。

 今回のシナリオの敵役はルサールカだけだと思っていたが、悪魔だけではなく人間が敵対するタイプのシナリオなのかもしれない。

 春日博人が悪魔信奉者だった、とか。

 実はヴィジャノーイやルサールカを召喚した真の黒幕だった、とか。

 春日博人は主犯ではないが、対処を間違えれば間接的に問題を引き起こすシナリオのキーマンだった、とか。

 

「今回の悪魔事件は一筋縄ではいかないのかもしれない。

 虎の尾を踏むかもしれないが……何も分からず無抵抗に殺されるよりかはずっといい。

 今から聞き込み調査をして春日博人の詳細を調べよう。

 柊、お前も手伝え」

「わ、分かりました!」

 

……頼むから、大事にはならないでくれよ。

 

==

 

「春日さまですか……申し訳ありませんが、お客様の個人情報を明かすことはできません」

「そこをなんとかお願いします、とても不吉な事が起こる気がしてならないんです」

「そ、そう言われましても……」

 

 旅館の従業員は口が堅く、中々口を割らなかった。

 流石は高級旅館の従業員といったところか。

 その仕事に対する真摯さは尊敬に値するが、差し迫った状況にいる今、その融通の利かなさがもどかしい。

 

「──彼は悪霊を追い払い、私達を救ってくれた悪魔祓いよ。

 あなたから話せないというなら、私から話させてもらうわ」

「み、美咲さん」

「あなたは……船に乗っていた」

「ええ、あの時はありがとうね。 

……それで、春日くんについてだったわね。

 私も彼と同じくこの旅館には毎年招待されているから知っているわ。

……彼の恋人の末路もね」

 

 恋人の末路……?

 

「彼はとある大企業の社長の後継者でね。

 大学生の頃は恋人がいたのだけど、親の意向で別れるように強要されてしまったの。

 それで最後の思い出作りにと、ご家族へと送られた旅館への招待状を盗んでここに泊まりに来たのだけど……彼女さんは春日くんと結ばれない世を儚み、旅館近くの川で命を絶ってしまったわ」

「──」

「それから毎年春日くんは恋人の死を偲んで、この旅館に泊まりに来ているのよ」

 

 点と点が線で繋がった。

 どうして彼が、ルサールカが死者の悪霊かどうか、それだけを聞きに来たのか、理由が分かった。

 

「……いたんだ」

「いたって、なにが」

「ルサールカは死んだ女性の悪霊だ。

 いたんだよ……ルサールカの中に、春日博人の恋人の面影を色濃く残した存在が」

「!?」

「今、春日さんは何処に!?」

「さ、先程、旅館の外に出られ──」

 

 歌が聞こえた。

 ルサールカの歌が。

 

「この歌は──ルサールカの!」

 

 くそっ、行くしかねえ。

 

「ま、待ってください先輩!」

 

 俺達は旅館を出て川辺に向かった。

 春日の姿は見えないが、桟橋には俺達が利用した客船が停まっており、船長や船員の姿が見えた。

 

「船長! 春日さんを見ませんでしたか!?」

「ん? 春日くんなら、手漕ぎボートを借りて川を散策しに行きおったな。

 件の悪魔が現れるので危険だと忠告したんだが、言っても聞かなくてなぁ。

 まあ自分からあの付近に近づくようなことは──」

「っ、船長、今すぐ船を出して春日さんを追ってください!

 先程も説明しましたがルサールカは若くして死んだ女の悪霊です!

 春日博人は、かつてこの川で死んだ恋人の面影をルサールカに見出し、会いに行こうとしているんです!

 もしかすれば後追い自殺をするかもしれません!」

「! な、なんだと!? 分かった! 今すぐエンジンをかける!」

 

 船長はすぐさま船員に指示を送り、客船を動かした。

 俺と柊は客船に乗り、目を凝らして春日博人の乗るボートを探す。

 すると見えてきたのは──ルサールカの群れと、ボートの上で直立する春日博人。

 春日博人はボートの縁に片足をかけ、今にも着水しようとしている。

 

「待て! 早まるな!」

「──亜紀、これからはずっと一緒だ」

 

 春日博人はボートから飛び降りた。

 俺は彼を助けるべく手を伸ばし、船から飛び降りようとした──しかし阻まれた。

 柊が俺の腰に抱き着き、動きを止めたからだ。

 

「柊! お前なにを──」

「──早まっているのは先輩です!

 先輩も春日さんの後を追って殺されるつもりですか!?」

「っ」

「お願いですから止まってください……! 死なないでください……!」

 

 着水した春日博人は既にルサールカに捕らえられ、深く深く水底へと沈められている。

 もう助かることはない、春日博人の死は確定した。

……そんな、救い難い結末の筈なのに、ルサールカに抱かれ沈みゆく春日博人の顔は、酷く穏やかなものだった。

 

==

 

 後日談を話そう。

 結局、春日博人は救えなかった。

 後に警察がやってきたが、今回の事件は春日博人が個人で行った自殺という形で処理された。

 自殺を教唆したルサールカの存在を証明したかったが、あれから雲隠れし、また春日博人の死体も川から浮かんでこなかったため、警察にとっては不可思議な要素は数多く残す結末になってしまったが。

 

「……」

 

 胸にぽっかりと穴が開いたような気分だ。

 助けられなかった。

 今まで何度か悪魔事件に関わってきたが、俺達が遭遇した場面で死者が出たことは一度もなかった。

 だから軽く考えていたのかもしれない、この世界が「エクソシストTRPG」だとしても、最後は全てが救われ報われる、そんなご都合主義に塗れた恒常アニメのように、俺達が不幸になることはないのだと。

 

「……」

 

 そして、あの一件以来、柊とはぎくしゃくした関係が続いている。 

 休み時間になると毎度毎度俺の教室に訪れていた柊だが、最近は全く来なくなった。

 あいつもまた、俺をご都合主義の権化か何かだと、勘違いしている節があった。

 失望させてしまったのかもしれない。

 妥当な評価を得られたのは望み通りなので、喜ぶべきなのだろうが……。

 

「……ん?」

 

 校舎の道角に何かが隠れていた。

 それはこちらの様子をこそこそと伺っている。

……柊か。

 手招きして、こちらに来るよう促す。

 

「せ、先輩、こんにちは」

「おう」

「……い、いい天気ですね」

「曇り空だけどな」

「……え、ええっと」

 

 柊は喋らなくなった。

 気まずい沈黙が続く。

 

「……なあ、柊、どうして最近、俺のことを避けていたんだ?」

「その……先輩は引き返すように言ったのに、私がしゃしゃり出て運航を続けるように言ったではありませんか。

 そのせいで、先輩があんな危険な行動をする羽目に……」

「俺が勝手にやったことだろ、お前は俺を助けてくれただけだ」

「ですが、根本はやはり、私が運航を続けるように言ったのが遠因で……」

「……はぁ、落ち込んでるのか」

 

 柊は、こくりと頷いた。

 

「はい……今まで私は先輩の優しさや正義感に甘え過ぎていたんです。

 悪魔は危険だと、何度も何度も忠告してくれたのに、私は自分から悪魔事件に首を突っ込んで、先輩に頼って……。

 あんな結末になるなんて予想すらしていませんでした」

「……」

「私は、心のどこかで荒木先輩に頼れば、どんな難事件でもハッピーエンドで終わるのだと、そんな風に思い込んでいたんです……」

 

 柊の考えは、俺が予想していた通りのものだった。

 柊は俺に過剰な期待を注いでいた。

 だからいずれ期待を裏切る時が来るのも必然だった。

 今後柊は、俺に対して過剰な期待をかけることはなくなるだろう。

 そうなれば悪魔事件と関わることも減り、平和に過ごすことができる。

 今回関わった悪魔事件は酷い結末だったが、それに釣り合うだけの対価は得られたと言っていいだろう。

 だから、これは全て、俺の望み通りの展開だ。

 

「改めてお礼を言わせていただきます。

 今まで生きていられたのは先輩のおかげです。

 今後悪魔事件には、あまり関わらないように気を付けたいと思います」

 

 だけど──

 

「──俺がどうするかは、俺が決めることだ」

「……え?」

「柊、俺はお前より悪魔に詳しい。

 俺はお前より一年年上で人生経験がある。

 つまりお前よりも正しい答えを導き出すことができる。

 そうだろう?」

「そ、そう、でしょうか……?」

 

 ああそうだ、なんなら人生二週目だぞこっちは。

 前世の人生は高校二年生で終わったし、精神年齢は前世からまるで成長しちゃいないがな。

 

「なら、お前が何をしたところで、俺の判断は揺らぐことはない。

 受けるかどうかは俺が情報を吟味して判断する、今後も何かあれば頼ればいい」

「……やっぱり先輩は私の尊敬する正義のエクソシストです」

 

 柊は笑みを浮かべた。

 どうやら立ち直ってくれたらしい。

 

「なにはともあれ、生きて帰れたな」

「そうですね、怪我一つなく帰れて良かったです」

 

 不幸にばかり目を向けてもしょうがない。

 悪魔事件と関わっておきながら、身内が死ぬという最悪は避けられたのだ。

 俺達は無事生き残れた幸福を喜び合った。




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