アメイジング・グレイス 作:にゅーとん
第二次特別学力試験、結果――
ハナコ――試験用紙紛失、不合格。
アズサ――試験用紙紛失、不合格。
コハル――試験用紙紛失、不合格。
ヒフミ――試験用紙紛失、不合格。
アリア――満点。合格。
結局原作と同じ展開だった。いろいろあって美食研究会と絡んだり、ゲヘナへ試験に行ったり。
記憶違いで、私はゲヘナの試験会場にたどり着けなくて不合格になったのだと思っていたのだけれど、温泉開発部が襲来してきた時、ようやく思い出した。
これで全員試験用紙を紛失するのだったと。
とっさに体を丸めて私の試験用紙は守ったのだが、他の皆の試験用紙は吹き飛んで行ってしまった。
私の身体はマグマに飛び込んだって耐えられるはず。試したことないから、多分だけれど。それに、その場合は窒息で流石に死ぬだろうね。
とにかく、たとえ紙であっても、体を丸めたら爆発から守れるらしい。
返却された答案用紙はくしゃくしゃになって、隅が焦げてはいたが、きっちりと原型を保っていた。
☆
「トリニティの裏切り者は見つかりましたか?」
久々にナギちゃんとのお茶会。たまにモモトークでいつ会えるのかと聞いてはいたのだが、はぐらかされてばかりだった。
それなのに、二次試験が終わった途端に、ナギちゃんの方から直接会って話をしようと誘われた。どんな思惑があるのやら。
じっとナギちゃんの顔を見つめる。
鮮やかな柄のティーカップで口元を隠していた。何十秒もカップを唇にあてるようにして飲むのは不自然だ。少しでも私に本心を知られないようにしているのかもしれない。
具体的に何を隠そうとしているのかなんて分かるわけがない。でも、ナギちゃんは不安や恐怖を隠そうとしているんだろうなと感じた。
そしてそれ以上の何か。
死ぬかもしれないという、纏わりついて離れない恐怖のぬかるみに足を取られながらも、私やミカちゃんを守ろうとする意志に突き動かされている。
「……あの中にはいないと思いますよ。だれも、そんなことが出来るようには見えないからね」
「そんな筈はありません!」
ナギちゃんは、私が言い終わるや否や、即座に強い口調で言い返した。思わず叫んでしまった事にすぐに後悔した様子だったが、それでもその主張は譲れないらしい。
補習授業部の四人の中に、裏切り者がいるのだと。
ナギちゃんが本気で怪しんでいるのはアズサちゃんとハナコちゃんの二人だろう。
ハナコちゃんは、トリニティを裏切って上手く事を進めるだけの能力があるし、急に低い成績を取ったり、水着で徘徊したりと奇行が目立つ。目立ってるんだから悪いことしてないんじゃないのとは言いたくなるけどね。
アズサちゃんは、普通に怪しいから疑われるのはしょうがない。あながち間違いというわけでもないから。
コハルちゃんは正義実現委員会からの人質。
そして、危険な噂があったとは言え、友人のヒフミちゃんすら退学にしようとする。
それほどまでに、追い込まれている。
一度皆を疑ってしまって、その懐疑の渦から抜け出せなくなっている。
「……アリアさん。あなたを補習授業部から除名します。ティーパーティーへ戻ってきてください」
「……え?」
「二度の特別試験で満点だったのはアリアさんだけですから」
これを素直に受け入れてはならない気がした。
ストーリー通りの流れを守るのなら、私は今からでも補習授業部から抜けた方がいいだろう。
ごめんね。ナギちゃん。
私はこの第二の人生を本気で生きていなかった。
ナギちゃんやミカちゃんを、大事に思っていたつもりだ。でも、私はブルーアーカイブという前世のゲームと同一の世界を、本物だとは感じられなかった。今世は、いつあの冷たくて寂しい死の瞬間に戻るのか分からない、夢幻みたいなものとして過ごしていた。
その不安は今でもまだある。哲学的な命題と一緒で、その可能性は永遠に排除しきれないだろう。水槽の脳と一緒だ。
でも、補習授業部の皆と先生と、一つの目標に向かって全力で進み、決して折れない彼女たちを見て、私は今からでも真剣に生きようと思ったのだ。
だから、ナギちゃん――
「――――ナギちゃん。私、ナギちゃんとはケンカしたことないよね?」
ミカちゃんとは言い争いになった事はあるけれど、ナギちゃんとは一度もない。
仲がいい友人であっても、どうしてもミカちゃんとナギちゃんとで差があったのだ。ミカちゃんとは、遠慮なく本心で言い合えていた。けれど、ナギちゃんと仲がいいのは本当でも、そこには気遣いの様なものが常に残っていた。お互いに、遠慮があったように思う。
「だからさナギちゃん、ケンカしようよ」
「け、けんか……ですか……?」
少し怯えた様子のナギちゃんに、私は余裕たっぷりに笑って見せる。
「殴り合いや撃ちあいはしないですよ、もちろん。私は補習授業部の部員。補習授業部の皆で試験を合格して見せる。それに……ナギちゃんの不安も解決してあげるから」
☆
「っていうことがあってね!」
ドヤ顔でハナコちゃんにナギちゃんとのやり取りを聞かせた。
最後の学力試験が明日に迫った中で、私たち補習授業部はナギちゃんをアリウスの襲撃から守りに向かっていた。と言っても、直接向かうのは私とハナコちゃん、それからアズサちゃんだけだが。
「うふふ……その時のナギサさんの表情、見てみたかったですね」
と、ナギちゃんに対してやっぱり少し怒っているらしいハナコちゃんは言う。
ふと、ハナコちゃんの手を握った。
「あら?」
ハナコちゃんは意外そうにしていたけれど、そのまましばらく会話もなしに歩く。
「あのね、ハナコちゃん」
「はい、なんでしょう」
「ハナコちゃんは、補習授業部での日々が本心から楽しかったと思うんだ……」
「……そうですねぇ。また水着パーティをしたいです――」
「お、思い出させないでください! あれ、先生に見られて……結構……と、とにかくね! 私も本当に楽しかったんだ。心から。ハナコちゃんなら気づいていたかもだけれど、心から楽しめる事、私はあまり無かったから」
言いながらもまだ感じている不安。私は、本当にこの場にいてもいいのだろうか。
ハナコちゃんは、私の手を強く握ってくれた。
☆
ハナコちゃんはナギちゃんのセーフハウスの数と場所、その使用パターンまで把握していた。いや、普通に怖いんだけど。
外にいたナギちゃんの護衛を音もなく締め落とす。
「……流石ですね」
「まあ、例えミカちゃんと戦っても勝てるから、私は」
小声でそんなやり取りをして、ドアをノックする。
「……紅茶でしたらもう結構です」
木製の背の高いドアの奥から、くぐもった声。不安を抱えてはいても、警戒はしていない。堂々とドアを開ける。
「……可哀そうに、眠れないのですね」
「っ!?」
「それもそうですよね、正義実現委員会がほとんど傍にいない状態……不安にもなりますよね、ナギサさん?」
「う、浦和ハナコさん……!? あなたがどうして、ここに……!?」
私はドアの陰に隠れてタイミングを待っているのだけれど……ハナコちゃんに、呼ばれたら入るようにと言われたのだ……なんだか申し訳なさでいっぱいだ。
もちろん補習授業部のみんなに友情を感じているし、みんなに対してナギちゃんはひどい事をしたとも思う。けれど、ナギちゃんの気持ちを知っていて、私はその不安をやろうと思えば拭える立場だっただけに、罪悪感がパない。
「……どうしよっかなぁ………………」
本気で生きると決めたし、補習授業部の皆と距離を取ったりしないとも決めた。
ただ、本気で生きると決めたのに――いや、今までと違ってちゃんと考えたからこそ、このまま原作の展開が変わるようなことがあってもいいのかと不安になった。
前までは、もしも私の知っている「エデン条約編」のストーリーから大きく変わったら、それはそれで嬉しいとまで思っていた。
ただ、ストーリー通りの展開になれば、ミカちゃんもナギちゃんも苦しい思いをする代わりに間違いなく救われる。
余計なことをしない方が良いのではないか。皆とちゃんと向き合って生きると決めたからと言って、滅茶苦茶にしないといけないわけじゃない。
大人しくした方が良い。
そう思う一方で、自分の行動でもっといい方へ導けるのではないかと……
いや、実際の所、何もしない勇気もないのだ。
私が何もしないということは、先生が撃たれることを見過ごして、ナギちゃんたちが巡航ミサイルの攻撃に会うことを放置しなければならないから。
だからと言って、何か行動する勇気もないし、そもそも具体的に何が出来るかも分からない。
「今度、それとなく先生に、相談してみようかなぁ……」
誤魔化しながらになるか、あるいは思い切って全部話してみるか。
そんな事を考えていたから、ハナコちゃんとナギちゃんとの会話をほとんど聞き流していたのだが、
「あ、アリアさんは!? アリアさんには、何もしていませんよね……!?」
ふと、ナギちゃんは私の事を心配した。私の強さを知っていながら、そんな風に心配してくれるのが嬉しい反面、またもや罪悪感に――
「ふふ、アリアちゃん。ナギサさんにお顔を見せて差し上げてください」
えぇ…………ハナコ鬼じゃん。
しぶしぶ部屋の中に入ると、ナギちゃんは固まってしまった。トリニティの裏切り者として現れたハナコちゃんたちと行動を共にしているという事は、つまりそういう事になる。
「そ……そんな……嘘ですよね、アリアさん……あなたが――」
「ふふっ、では改めて私たちの指揮官からナギサさんへ、メッセージをお伝えしますね」
え。そこまでする……? 私がヒフミちゃんの代わりに指揮官として扱われると思ってたのだけれど。
「あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ…………とのことです♡」
「……っ!? ま、まさか、ということは……!?」
確かにナギちゃんのしたことは良くなかったけれど、そこまでする? といった目でハナコちゃんを見ると、少しだけ困ったように笑った。ハナコちゃんの心情も理解している以上、強く咎められない。
「ま、まあ、ナギちゃんはこれくらい強烈にやった方が分かりやすいからいいよ」
事実としてやり過ぎだとは思うけれど、ハナコちゃんも自覚があるみたいだし、フォローすることにした。親友と呼べる存在を補習授業部で得て、そのうえでナギちゃんの行いを考えると、やり過ぎてしまう事もあるだろう。私も誰かを避難できる立場にいない。
「私も、今ナギちゃんと喧嘩中ですからね! これと同じくらいインパクトのある事をやり返してくれると、その次からも本音で言い合えるようになると思いますし」
素直に謝ればナギちゃんは許してくれるだろう。
「さて、では……」
「アリウス生を蹴散らしに行きましょう!」
と言っても、先生もいて、ここまで原作通りで、あとは消化試合だ。