アメイジング・グレイス 作:にゅーとん
アリウスのカタコンベに侵入してからも、私はやはり自分が冷静でないことを自覚していた。
時折アリウスの生徒たちから銃撃されるのをそのままにして、ぼんやりと考え事をする。服は破れるけれど、私の身体には傷一つつかない。
私が間違っていたのは、もはやどうしようもない。
結果論だけれど、私という存在がいる以上生じてしまう変化を、私が動くことによって修正しなければならなかったのだ。
これからするべきことは、少しでも原作通りの流れにすることだろうか。
違う。
もう不可能だ。ポイントオブノーリターンは、どこだったのか分からない。ただ、党の昔に過ぎ去っていることだけは確かだ。
だからもう、私は憂さ晴らしをすることしかできない。
罪を償うとか、報いを受けさせるというよりかは、憂さ晴らしなんだろう。彼女たちにも原因はある。ただ、止められたはずなのに見逃した私が、やはり一番の悪だと思うから。理不尽だけれど、それでも結果としてナギちゃんと先生を殺した実行犯を赦すことはできない。必ず殺す。
それから、私は苦しんで死ぬのだ。
今度こそ生まれ変わらずに無に還ると信じて。今は興奮しているから死ぬのが怖くない。
もっと落ち着いてから、冷静に、狂いそうになるくらいの恐怖を感じながら、耐えがたい痛みの中で死ななければならない。
ナギちゃんとまたお茶会がしたかった。演奏を聴いてもらいたかった。
もしやり直せるのなら、いつに戻ればいいんだろう。
意味のない事だけれど、考えずにはいられない。
どこまでさかのぼっても考えても、私がいる以上は何かしらの変化が生じる気がする。そうなれば、私が存在している時点でもう詰んでいたのではないか。
「今更考えても、何の意味もないか」
☆
一気に距離を詰めて、拳銃を抜く。唖然とし、間抜けに口を開けていたアリウス生徒の口内に突っ込み全弾撃つ。
恐怖に硬直している他の生徒も殴りつけ叩きつけ、蹴り飛ばす。逃げた生徒も追いかけて、頭を掴んで壁や地面に力の限り叩きつける。
全員動けなくなってから、急に何をしているのだろうかと虚しくなってきた。
静かだ……あぁ、いや、音がする。
遠くの方から、悲しく激しい破砕音。
綺麗なステンドグラスには真新しい破壊の痕跡が残り、今もパラパラと細かくなった破片が外からの光を散らしながら舞っていた。
アーケードの柱がいくつか折れていて、アーチには罅が入っている。綺麗で細かな装飾が滅茶苦茶に抉れて、ミカちゃんがどれだけ暴れたのか、アリウスの生徒たちがどれだけ必死に抵抗したのかが分かった。
アリウスの利用していたカタコンベを進む。途中で壁や床がべったりと血で汚れていた。
血に塗れたミカちゃんのもとへたどり着く。
地面には生徒が転がっていて……ミカちゃんの足元に倒れ伏している生徒は確実に死んでいるのが分かるが、辺りに散乱しているアリウスの生徒たちも、ヘイローが破壊されていてもおかしくない。
遠く、頽れたベアトリーチェが見えた。ミカちゃんが倒したのだろうが、後で確実にとどめを刺しておく必要がある。
私が近づいてきたことに気が付いたミカちゃんは、ゆっくりとこちらを向いた。
狂気に満ちた表情。両の瞳からは、それでも涙がこぼれている。
「アリアちゃん……ごめんね」
「え?」
ミカちゃんは、傷だらけで汚れていた。腕から先は真っ赤に染まっている。血と泥の混じった、黒っぽいような独特の色合いの汚れが、白かったミカちゃんの服を台無しにしていた。私がミカちゃんの持っているもので、一番羨ましく思っていたふわふわの羽が、血と泥と、銃撃とでボロボロになっているのが、なんだかショックだった。
「全部、全部私が悪いの……」
「ミカちゃん……?」
ミカちゃんは子供みたいに顔をくしゃくしゃにして、涙を零しはじめた。
私が困惑していると、ミカちゃんは少しずつこれまでのことを話し始める。
ミカちゃんがアリウスと仲良くできたらと思っていたこと。ちょっとした嫌がらせのつもりだったのに、セイアさんを殺してしまって、それ以降どうしたらいいか分からなくなったことや、セイアさんが生きていると知って心の底から安心したこと。
エデン条約調印式が襲撃された際、トリニティの生徒に「ナギサ様のヘイローが壊れたのはお前のせいだ」と言われてたまらずに脱獄してきたこと。
私の言葉から、それが本当なのだと知ったこと。
それら全て、ミカちゃんに原因があるのだということ。
ミカちゃんは途中で何度も吐きそうになりながら、空気に滲むような掠れた小さな声で、少しずつ話す。
私は気が付いた時にはミカちゃんを抱きしめていて、ミカちゃんと似たような声でずっと謝り続けていた。
「私は……私は……ごめんね、ミカちゃん。私は、前世の記憶があるの……もっと早く話せばよかった……」
「アリアちゃん?」
「私は、ミカちゃんがトリニティの裏切り者だっていうことも知っていたし、調印式が襲撃されることも知っていた。そこで先生が撃たれちゃうことも……でも、私が知っている、私のいないこの世界のお話では、先生がみんなを助けて……ミカちゃんも救われて……私はずっと、ほとんど観光気分で生きていたんだ…………ゲームの世界に入れたって。死ぬのが怖いけれど、それまでは都合のいい延長戦を楽しめるんだって……そんな適当に生きて……でもみんなのことが本当に大好きだって思って、きっかけは補習授業部だけれど、ミカちゃんやナギちゃんのことも、もちろんセイアさんだってとっても好きで、大切で…………でもそう思ったから、何もしない方がいいんだって……ミカちゃんは、何も悪くないんだよ。私の存在が、私が存在したから、こんなことに……」
途中から何を言っているのか分からなくなって、最後には泣くことしかできなくなった。
そんな私をどう思ったのか、ミカちゃんは私の手を握る。それからミカちゃんは私を抱きしめて、また謝った。
☆
しばらくして、気が付いた時には離れていた。
私はなんとなく、すぐ横の躯を見た。私の視線に気が付いたミカちゃんは、自ら手にかけたアリウスの生徒の、頬に張り付いた髪を払う。血が固まっていて、ミカちゃんが手で拭っても頬にべったりとこびりついていたから、数本の髪がまだ頬と頭皮を繋いでいた。
「ごめんね。私はもう、トリニティには戻らない」
「ミカちゃん……? なんで、ミカちゃんまでいなくなったらわたし」
「アリアちゃんの言っていた、ゲヘナの。万魔殿のマコトが裏で手を引いていたというのは本当なの?」
「……うん。本当」
何と答えるべきか悩んだ。悩んで、正直に答えることにした。ミカちゃんに嫌われたくなかったからだ。そんな理由で、私はまたこの世界を混沌の方向へと導いた。
「ゲヘナとの戦争は、そもそも避けられないでしょ?」
私の考えていることがミカちゃんに伝わったらしい。困ったように微笑みながら、「アリアちゃんは悪くないよ」と付け加えた。
「先生が無事だったら、可能性があった……ミレニアムが介入してくれればあるいは……」
「ミレニアム?」
「三つ巴にすれば、ゲヘナとトリニティの全面戦争は避けられるかもしれない……漁夫の利を狙われるから……下手したらミレニアムを巻き込んだ大戦に発展するかもしれないけれど……いや、そこまではならないか……でも、ミレニアムにはそんなうまみが」
「えっと……アリアちゃんはゲヘナと戦争をしたいの?」
ミカちゃんに言われて思考を止めた。第三者に介入してもらえば止められるんじゃないかという考えに潜り込んでいて、それから引きずり出されると、途端に問題点も見えて来た。そもそも、今戦争になろうとしているのは攻撃されたと思っているから。それにこれまでに溜まった不満やら……感情的なものだ。
漁夫の利を与えたくないと、急に冷静になれる程理性的ではない。
単に互いが憎くて、今まで抑えてきたものが膨れ上がって、行き場がただ一つにしかなくて、そうして起こる戦争だ。
もしも止められるのならば、止めた方がいい。
でも――
「私は、焚きつけたから……」
「アリアちゃん。今ここには私とアリアちゃんしかいないよ。確かにアリアちゃんはあの時、ゲヘナと戦争するように誘導した。それでも、今ここには私しかいないから、アリアちゃんが今考えていることを話してみて」
「私は……今更そんな、都合のいい事を」
「許してくれない人はいるかも。でも、私は許すよ。アリアちゃんは、私の大切な人だから」
それなら、私は。
☆
トリニティに戻る途中で、既にトリニティとゲヘナの衝突が発生していることをクロノススクールの報道部が報じていた。
「遅かったわけじゃない。まだいける」
ただ自分の中で選択肢が大量に現れていて、どうするべきか悩む。
一つは、トリニティに加勢してゲヘナを蹴散らす。私がいれば確実に勝てるだろうし、それで向こうが尻込みしてくれればその後停戦まで時間稼ぎになる。
問題点は、そこでさらに憎しみあうことになるかもしれないこと。また、トリニティが快勝して調子に乗るかもしれない。
「うん、却下だ。まずはハナコちゃんに合流して、謝って……協力してもらおう」
それをするくらいの時間はあるはずだ。自信はないけれど。
ゲヘナが内戦状態だという報道があったことや、私の知っているゲヘナ像からしても、現時点で発生しているという衝突は、トリニティの暴走した派閥と、偶然そこに居合わせたゲヘナ生徒の諍いだと思う。ゲヘナに学校を挙げてトリニティと戦おうとするほどの纏まりは無い筈。
それに、私の指示通りにやっているのなら、万魔殿と向こうの風紀委員会は対立する。
戦争になれば確実に勝てる。だからこそ、今気にするべきはトリニティだ。
「今更私が働きかけても……」
別に私の為に戦っているわけではない。誰かの責任で開戦する必要がある中で、一番それに適しているのが私だっただけ。もしもここで私が今更戦うなと言ったところで、もう形成された空気は崩せない。また別の責任者を擁立して、その人の号令で戦争をする。
いや、ひとまずそれをやって、私自身の権威を貶めよう。私の首に価値があるままじゃだめだ。邪魔者になる必要がある。そうすれば――
「マコトを始末できるし、落としどころも作れる」
私の首とマコトの首をトレードする。
トリニティはティーパーティーのホストが殺害される原因を作ったマコトを処断できる。
ただ、ゲヘナとしては、トリニティの一人勝ちは許さないだろう。
そこで、既にトリニティにとって邪魔ものであっても、他の学校の立場から見れば大物に見える存在――私の首を差し出すのだ。
これで混乱をもたらしたゴミを世界から一掃してしまえる。
「問題がいくつかあるけれど……」
補習授業部の皆は、そんな状況になっても私の助命の為に行動するだろうこと。
もしかしたら、コユキちゃんが私を助けようとするかも。そうなれば、ミレニアムが動いてしまうかもしれない。
圧倒的な第三者の介入による停戦を望むのなら、ミレニアムが動いてくれるのはありがたいが、もしこの状況で動けば拗れる。
「諦めるか。欲張るな……全部一気に片付けようとするな……私はいつでも死ねるから。マコトも、恐らくもう失脚は確実だし、特に風紀委員会から受ける恨みは尋常じゃない……わざわざ取りに行かなくてもいい……」
私程度で思いつくことに意味はない、か。
「かっこ悪いとか、言っている場合じゃないしなぁ」
ハナコちゃんに土下座しよう。