アメイジング・グレイス 作:にゅーとん
状況は最悪だ。
浦和ハナコは、様々な報告が飛び交う中、流石に焦りの表情を隠せなくなった。
先ほどから続けざまに指示を出し、シスターフッドの生徒たちからは信頼を得た。表現を変えると、もともとの評判が悪かったハナコがその評価を反転させられるほどには、非常事態が立て続き起きている。
何とかトリニティとゲヘナの間で大きな衝突が起きていないのは、何も浦和ハナコ能力だけによるものではない。
あまりにも混乱が大きいと、最早満足に混乱することすらできなくなる。
「ユスティナ聖生徒会による被害が尋常ではありません!」
「安全を優先しつつ、救援を急いでください。古聖堂周辺にはまだ、大勢の生徒がいるはずです。トリニティもゲヘナも、分け隔てなく助けるようにお願いします」
「……伝えます」
アリウスが原因だと分かっていてもなお、ゲヘナを助けることに少し抵抗があるらしい。
とはいえ、抵抗がある程度なら問題ない。現地で、ゲヘナ生に対する攻撃が行われたら――いや、既に衝突は起きているだろう。それでもまだ、諦めない。ヒフミちゃんのように。アズサちゃんのように。二人は、無事だろうか。
コハルちゃんはどうしているだろうか。正義実現委員会として行動しているはずだが、危険な目にあっていないと良いが。
「アリアちゃんは……」
やっぱり聖園ミカを追いかけると言って出て行ってしまった。前々から不安症に近いものは感じていたが、やはりこういった非常事態には弱いのだろう。アリアは肉体的には強いが、精神面では弱い方だ。それを必死に隠していた。
「アリアちゃんが、扇動しなくても……いえ、結果論ですが扇動したおかげでしょうか」
漫然としたゲヘナとの開戦を望む雰囲気に、方向を与えたのだ。
それまでは憎しみが霧のように全体を包み込み、なんとなく戦争に向かおうとしていた。しかしそこにアリアがリーダーシップを取ったことで、政治的な意味合いが追加されて、朧げなトリニティの連帯は崩壊した。
今もそれぞれの派閥で政治的な駆け引きがありつつ、せいぜい勇み足を踏んだ何人かがゲヘナへ攻撃を仕掛けているだけで済んでいる。
宣戦布告しようと言う動きはあっても、まだ実行には映っていない。
パテル分派の強硬策は、聖園ミカの暴走により空回り。新石アリアの指示通りに行動したい層と、慎重に行動しようとする勢力でフィリウス分派もなかなか動けず。そもそもサンクトゥスはゲヘナとの開戦に反対だ。
ただ、ホストどころか生徒会長が全員いない状況で、ほぼ確実に次のホストになるであろうアリアちゃんの言葉は大きい。そもそも、フィリウス分派だって、アリアに従いたくないと言う理由から腰が重いだけで、ゲヘナとの開戦に反対はしていない。サンクトゥス以外はやる気なのだ。
それでも。
今のこの時間が稼げた。この間に、出来得る限りのことをするしかない。
「ハナコさん! ミレニアムのセミナーから、正式にアリアさんの安否を報告してほしいと……!」
「ミレニアムから……?」
一瞬ハナコの脳に、ミレニアムに介入してもらうことで、戦争を防ぐ寳保が浮かぶ。しかしそれをするメリットがミレニアムにはない。
下手をすればミレニアムの生徒を危険に晒しかねないことには協力しないだろう。
ただ、今こうしてアリアの安否確認が正式に届くということは、向こうの生徒会……セミナーだったか……とはかなり良好な関係らしい。もしかしたら誰かが勝手に聞いたなんてこともあるか。
アリアを上手く使うことで、ゲヘナもトリニティも、両方の動きを封じられるかもしれない。
「……アリアちゃん……新石アリアの捜索を急いでください!」
☆
「アズサちゃん?」
戦うように仕向けた私が、トリニティの生徒たちの前に出るのは危険だ。神輿として担がれるリスクもあるから。
前に戻ってきた時と同じように、なるべく人目につかない場所を通っていたのだが、蹲っているアズサちゃんを見つけた。
そう、確か、えっと……なんでだったか、アズサちゃんは落ち込む展開があったはずだ。あれは……ヘイロー破壊爆弾とか、そんなので――――
「アズサちゃん……もしかして」
うつろな目をしていたアズサちゃんだったが、私がそういったとたんに、一気に瞳孔が開いて、ただでさえ青かった顔色が真っ白になった。唇は紫色で、カタカタと全身が震えて。
「…………ひと、呼んでくるね。ヒフミちゃんとか――」
「呼ばないで!!」
「っわ……っと」
後ろから服を掴まれてバランスを崩した。
私のそのちょっとした悲鳴にも、過剰に反応して、アズサちゃんはしばらく謝罪を繰り返す。
「私はもう……人殺しになった私はもう、友達では……」
「私もいっぱい殺したよ」
私が言っても、アズサちゃんは反応を示さなかった。
「今日襲撃があることを知っていたから、見殺しにした人が何人もいる。ナギちゃんが死んだのも、先生が死んだのも、全部私のせい」
「でも……」
「さっきアリウスの生徒を片っ端から殺してきた。しっかりととどめを刺したわけじゃないから、何人か生き残っているかもしれない――逆に、何人かは殺せているだけかもしれない……感情的になって、私は馬鹿な事ばかりした。これ以上、何の罪もない人は死なせない。代わりに――――」
私だけは確実に殺す。
情けないよね。
皆まだ子供だもの。
大人なのは、私と先生だけ。
正直今でも、マコトもアリウスの生徒も憎んでいる。それでも、彼女たちはまだ子供で、未熟なのだ。
私も子供だった。ただ、みんなと違って、成長できなかった結果まだ子供なだけ。
「こんなのが実際は三十三年生きている人間だなんて、信じられる? 大人は間違えない、失敗しないと言うのは子供の幻想だけれど、責任だけは絶対に大人が負うべきなの」
☆
そんな風なことを言っておきながら、結局ハナコちゃんに頼ろうとしているのだから情けないよね。
私にはこの状況をどうすればいいのか本当に分からないから。いや、違うな……
「無意識に逃げてるんだ」
自分で考えていた。正しいのか分からないけれど、こんなことをすればいいのではないかと考えてはいたんだ。
それをやってもっと悲惨な状況になるのが怖くて、行動できていないだけ。
「…………ハナコちゃんの意見を聞いたら、ハナコちゃんの責任にもなるからね」
落ち着け。私よりもハナコちゃんの方が優れた考えを出せるであろうことは確かだ。私は、その行動に責任を取る。最終的な決定は必ず私が考えるし、万が一の時はハナコちゃんのフォローもする。責任という言葉に逃げちゃだめだ。
出来ることは全部やるんだ。
アズサちゃんの手を引いて、ハナコちゃんたちを探す。アズサちゃんが死なせてしまったのは誰だろうか。アリウススクワッドと交戦したはずだから、その誰かだろう。
「あ、アリアさん!? こ、こんなところに」
「……良かった。ハナコちゃんの所まで案内してもらえますか?」
突然声を掛けられて焦るが、シスターフッドの生徒だ。おそらくはハナコちゃんの指示を聞いていると思うので、そうお願いすると、寧ろこちらからそう頼もうとしていたのだと私を案内してくれた。
途中でヒフミちゃんとも合流出来て、コハルちゃんが正義実現委員会として頑張っていることも確認できた。
正義実現委員会の委員長、剣先ツルギさんは重傷。副委員長の羽川ハスミさんは重体らしい。シスターフッドのリーダーの歌住サクラコさんも重体らしい。結局トリニティの主要人物での死者はナギちゃんだけのようだ。
他に、それぞれ委員会やティーパーティーの行政官で死人は出ているみたいだけど。
いや、改めて考えてみよう。なんでこうなったんだ。ゲームではあの状況で死人は出ていない。今回も放たれたミサイルは一発で、なぜこれだけの差が生まれたんだろう。
ゲームのストーリーで、死者が出なかったのがそれだけ奇跡的だったのか。それならやはり私という存在がいるから、ズレが生じたとしか思えない。
あるいは、もっと何か、根本的な違いが――
「アリアちゃん……!!!」
シスターフッドの生徒に案内されて、ハナコちゃんと会えた。
「あの、ごめんなさい……ハナコちゃん。えっと、謝って済むことじゃないってわかっているんだけど……カッとなって何も考えずに」
「…………アリアちゃんは政治の才能も、あるんでしょうね」
「あ……」
なんだか、強烈な皮肉を言われて、悲しくなる。私が悪いと分かっているのに、なんでだろう。
「アリアちゃん……もしも、トリニティとゲヘナの戦争を止めてくれるのなら」
「止めます。止めたい……今更だけど」
「いえ、一つ、お互いの動きをけん制する方法があります。今の一瞬の時間稼ぎでなく、しばらくは……」
「えっと……それは?」
☆
「ごめんなさい。コユキちゃん」
「大丈夫ですよ……私も助かりますから」
ミレニアムのセミナー。
あれから数日。私はここでお世話になっている。
ハナコちゃんの考えた計画というのが、案外私の考えたものと近かった。
私はまず、ティーパーティーの幹部として正式にホストへ就任。非常事態なので、半ば強引に代理として居座った形だ。正式なものではないが、あの状況でホストが不在だったため、殆ど皆に望まれていた。
そしてすぐに、ティーパーティー行政官の責任を追及した。これは受け入れられなかったが、私がトリニティに憎しみを持っていると思わせる狙いがある。ナギちゃんと仲がいいのは全員知っているからね。
それから、個人的にミレニアムへ来る。
「追い出されるかもと思ったんですけど……結果として助かった立場から言うのは何だけど、あんまり甘いと良くないよ」
私はミレニアムに迎え入れられて……客として滞在している。
私はセミナーには何もお願いしていないが、外から見ると私が親交の深いミレニアムに何らかの協力を要請しているように見える。それでいて、ずっとミレニアムから出てこないのは不気味だろう。
トリニティは裏切られるのではないかと慎重になり、ゲヘナもトリニティとミレニアムが同盟して進行して来るのではとの恐怖から無理やり混乱を収めた。
あとは、もうちょっと皆が冷静になって、トリニティとゲヘナで会談の場を作ればなんとかなるだろう。というか、ハナコちゃんがやって見せると言った。
結局ハナコちゃんの意見を採用したわけだけれど、私もこれで全面戦争を一旦止める事が出来ると思ったし、この後私にはティーパーティーのホストとしてみんなを守っていく必要がある。
私を除いた補習授業部の皆は、ゲームでもあった通りに、ユスティナ聖生徒会を無力化してあの騒動を収束させて見せた。
あの時会えてなかったコハルちゃんからはいっぱいモモトークが来て、ハナコちゃんからもいつも通りのメッセージが届いた。本当に良かったと思いつつも、やはり私がいたからこうなったんだなと思い知って、正直辛い。
別に選んでこの世界に生まれたわけじゃないのに。
あのまま死んでおけば……いや、まだ駄目だ。落ち着いてから、補習授業部の皆と可能な限り距離を置いて、それから。
正直今の私がどうやったら死ねるのか分からない。
ビルから真逆さまに落ちても死なないだろうし、毒も銃も核も、致命傷にはならない。ミカちゃんでも私を殺せないだろうなぁ。
隕石が落ちても無理だろう……私自身が隕石になればワンチャン、当たり所次第では――みたいなレベルだ。
「先生の意識は、まだ戻らないみたいですね……」
コユキちゃんが私のすぐ横に座って、スマートフォンを操作しながら言った。不器用だけれど、どうやらコユキちゃんなりに私のことを心配しているらしい。
「正直、何発も撃たれたと聞いて……あの状態を見て、絶対に助からないと思ったんだけど」
先生は一命をとりとめた。だが、未だ意識を取り戻してはいない。不自然というか、あれで助かるなんて何か神秘が働いたに違いない。
ならばこのまま私がフェードアウトしていけば、多くの犠牲は出てしまったが、本来の流れに戻ってくれるのだと思う。
「ユウカさんや、他の皆の捜索は?」
「いえ……最初にリオ会長がいなくなって。私は反省部屋にいて何も知らないんです……ユウカ先輩もノア先輩も、きっとリオ会長を探していて」
コユキちゃんは、かなり参っていた。
それなのに私を助けてくれて、何かお返しをしなければならない。
私を受け入れてくれたミレニアム。外部には絶対に情報が漏れないようにしているみたいだが、ユウカ、ノア、そして会長のリオ。この三人が失踪していた。
更に、私と面識はないが、ゲーム開発部の全員とヴェリタスと言う部活の部長もいなくなったとのこと。
ミレニアムの立場からすると、今回のエデン条約での騒動はこれらの情報を隠し易くてありがたい出来事だろう。私を招き入れたのはコユキちゃんの独断らしいが、コユキちゃんはそういったことが許されるくらいにはミレニアムを背負っていた。
「すぐとはいきませんが……必ず手伝います」
トリニティの力を使って探すのは難しい。私にそこまで勝手が許されないだろうから。
代わりに、私が休みなしで働いて見せる。
「にはは……お願いしますね」
一応オリ主の弁護をしてあげると、個人的な考えですが、例え転生して二度目の十五、六になったところで、精神年齢は成長しないと思います。こいつも子供だよ。
ちょっと書いてたの全部没にしたので、続きは書けて今年中。
評価感想、ありがとうございます。