雰囲気だけで乗り切ろうとする剣士   作:こんぺいと

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予想外

「──店主殿、失礼する」

 

 厳めしい声だった。酒屋の扉が軋んだ音をたてながらゆっくりとと開かれ、姿が見えたのは腰に剣を縛った偉丈夫。

 頭に被る菅笠から覗くのは黒色の双眸。一瞬、店主の時間が止まった。そもそもこんな身なりの人間はこの周りにいなかったからだ。

 だが、有名な服装でもあった。

 

「い、いらっしゃい……もしかしてあんた、極東の人間か?」

 

「この辺りでは、そう呼ばれているようだな。全く、同胞達が何をしたのか、道すがら大層怖がられたぞ」

 

 そして低く笑い声を響かせると、扉を閉めゆっくりと店内に入る。店内の客も、いつものように騒がしくなかった。どこか集中した様子でカウンター席へ向かう男を見つめている。

 そしてカウンター席へ着いたタイミングを見計らったかのように、一人の男が立ち上がり極東の男へと近づく。

 

「そりゃあお前んとこの奴ら──サムライ、とか言ったかな──が、こっちの戦争で大層華々しく活躍したからさ! 今では極東の服装を見かけたら逃げろ、なんて言われてんな!」

 

「ふむ……寡聞にして知らなかったが、そのようなことが。情報助かったぞ、御仁」

 

 そして息を潜めてそれを見つめる店主とを無視し、男はさらに続けた。

 

「んでよ、お前さんも強いのか?」

 

「……ほう? 試したい、と?」

 

 流れるように放たれたその問いに、極東の男は腰の刀を手にかけることで返答した。それに慌てたのは二人以外の全員だった。

 

「お、おいおい! ギザ! 冗談はやめてくれよ!! 極東の方も……ほ、本気じゃないよな?」

 

 ──スッ、と極東の男は目を細める。腰の鞘にてがかかる。

 それを認め、男は引きつった笑い声を上げる。

 

「……は、はは…………ぎ、ギザ! じょ、冗談なんだよな?! 早く冗談だって言ってくれ!」

 

「……あー……すまん。冗談だ」

 

 ただならぬ雰囲気を感じ、ギザはストンと椅子に落ちた。

 そのままカラカラと笑い声をたてる。

 

「いやー、噂に聞くサムライの力を知りたかったんだが……すまんな、あんたと本気で事を構えるつもりはない」

 

 「詫びだ」と言って、店主に指を2本を立てる。そのまま「いつものを2つ」と言い切ると、男に対し頭を下げた。

 それに対し、男はふう、と息を吐く。手元が腰からずれ、机の上に落ち着く。

 

 それを認め、店主が硬直した体を動かし、ちらちらとこちらを見ながらキッチンへと向かう。それを横目に、男は呟いた。

 

「……なら、良い。だが、我々の刀は軽くない。容易くその素振りを見せぬ事だな。俺以外は挑発と受け取るやもしれんぞ」

 

「……おう、肝に銘じとく」

 

 そのやりとりの間に、すぐに商品は出来上がったようだった。

 

「ほらよ、ミーム竜の串焼きだ」

 

「さっすがおやっさん、早いね」

 

 達人の技に、ほう、と極東の男がため息を着くと、串に刺さった肉をマジマジと見つめる。

 「……ミーム竜?」と呟くと、そのままかぶりついた。

 

「……む、旨いな。独特の風味がある……これは、瓜か?」

 

「だろ、旨いよな。 あんたの言う瓜、こっちではカボチャっていうんだがその風味がするのには工夫があってな」

 

 そこでうんちく1つを披露しようとしたギリに、店主が割って入る。

 

「そのミーム竜、中々特殊な生体なんだよ。最後に食べた食材の味を引き継ぐらしい。たまにそうじゃない竜もいるらしいが、まあそこらへんは謎だ」

 

「ほう。面白い生体だな……祖国にでも持ち帰るか?」

 

 一人呟くと男に、ギリが横から葉っぱをかける。

 

「それもありかもなぁ。ただ、定期的に新しい種類の食事を与えないと拒食症を引き起こすんだ。持ち帰るのは難しいと思うぞ?

 ……──あー、ところであんた、なんて呼べば良い?」

 

 一泊。少し俯くと、男はしぼり出すように答えた。

 

「……サトウ。サトウ、と呼んでくれ」

 

 それを聞いた店主は、目を見開く。

 

「…………サトウ?」

 

「はー、どっかで聞いたような名だな。んじゃ、これからサトウさんと呼ばせて貰うぜ」

 

 サトウはため息1つ。だが、どこか愉快そうな声音でそれに答えた。

 

「構わん。すぐにここは経つが、帰りにまた寄るつもりだ。そのときにもう一度、この店に寄らせて貰おう」

 

「──おう。俺は基本夕の6刻はいるからな、そのとき来てくれたらはもっといいめしをごちそうするぜ」

 

 いつの間にか皿の肉は消えていた。サトウがスッ、と立ち上がる。

 

「では、さらばだ」

 

「おうよー」

 

 カツカツと音をたててサトウは去って行く。それを最後まで見届け、ギリはゆっくりと自分の肉を手に取り、しげしげとながめる。

 戻っていた雑音に耳を傾けながら、店主へと話し掛けた。

 

「にしてもおやっさん、極東の人ってみんなあんな感じなんかねぇ?」

 

「……サトウ。【魔剣のサトウ】」

 

「ん?」

 

 軽く茫然自失とした店主に、ギリは思わず目を取られた。ここまで動揺した店主は──いや、それなりに見るかも知れない。

 だが、情報通な店主が慄くのには何からしら理由があるのだろう。

 

「なんだその、魔剣のサトウってのは?」

 

「……隣の小国──アルスターと、レーロ帝国の戦争があっただろう?」

 

 思わぬワードにギリは目を瞬く。

 

「……おう、あったな。なんだったか、いろいろうやむやになったのだけは知ってるが……アルスターは運が良いなぁとは思ったな」

 

 レーロ帝国は、その強大な武力を武器にする侵略国家だ。それが手を止める程の出来事など、そうそう起こる事ではない。

 故に、そのニュースだけはギリの遠い耳にも入ってはいた。

 

「……そのときの停戦の原因は、戦場に突如として現れた極東の男だったそうだ。名は、サトウ・トウマ」

 

「──おい、マジかよ。そういうことか?」

 

 それに店主は神妙に頷く。

 

「ああ、そのときふらりと通りかかった極東の男──【魔剣のサトウ】は、両軍を見境なく蹂躙した。

 結果、アルスター王国2000の軍に2割、レーロ帝国30000の軍に5割の損害を引き起こしたそうだ」

 

「……は? マジでか? んなことあるのか?」

 

「……さあ、知らん。所詮噂話だ、だが、あながち嘘と言い切ることも出来んだろう。

 流浪のサトウと言う極東のサムライ──そのような人物が現実に、偶然で存在しているとは思えん。噂話は過剰としても、似たような事をやつはやったのだろうな。

 ……サトウなどという名はこれまでの極東の人間からも中々聞かなかったし、な。やつが件の【サトウ】で間違いないだろう」

 

 沈黙。そこで、小柄なフードを被った陰が横を通りかかった。そして、二人の前で停止する。タイミングがタイミングなだけに、2人が硬直していると、その陰は手元から何かを取り出した。

 それは、こんな酒場に似つかわしくない、手を胸に当てる、あまりにも丁寧な礼をした。そして、その涼やかな声で言の葉を紡ぐ。

 

「──500ミロと伝票です。ごちそうさまでした」

 

 チャリンと音が鳴る。カウンターに硬貨が落ちる。それをあっけにとられて2人が見送ると、その陰は足早に外へと去って行った。

 数秒は経っただろうか。店主が諦めたように呟く。

 

「……今日は妙な客しかこんな」

 

 そう店主が言うと、ギリは同意のうめき声を鳴らす。そして、冷めた串を咥え、再びうめき声を漏らした。

 

 

◆◇

 

 

 ──我らが同胞は一体なにをやらかしたのだろう。

 

 サトウコウリは、そう独り言ちる。

 

 とある理由により流浪の旅に出ることになった商人の家系──コウリは、腰の護身用の刀を撫でながら身を震わす。

 極東では特定の時期でしか感じない、からっとした冷たい風を切りながら考える。

 

(……あり得ない絡み方だったぞ……怖い。怖すぎる。本当に何をしたんだ、俺の同胞は……。

 雰囲気でどうにか乗り切ったが、これが日常茶飯事なら耐えきれないぞ!)

 

 正直、かなり焦っていた。あの口調も雰囲気に合わせて形作ったものだったし、強そうな振る舞いも本当に『振る舞い』だけだ。商人がそもそも戦える訳ないだろうと心の中で絶叫する。

 ある《目的》を達成する必要があるのにも関わらず、毎回こんないざこざを起こしていては洒落にならない。

 

(……くそ、どうしようか。金は浮いたが、それ以外にプラス要素がない……)

 

 しかもコウリ、金がない。商人の家系などどこへ行ったのか、ろくな路銀が渡されなかったのだ。

 

(あり得ないだろう、なぜわざわざ路銀をケチる。そのせいでいまこんなほぼ流浪の旅のような状況に──)

 

 そして絶望的な状況のあまり、周りを見失っていたのだろう。

 いつの間にか人ひとり通らない路地裏に迷い込んでいた。行き止まりに足を止める。

 

(……まいってるな、これは。もう宿を取り、休もう)

 

 そして、くるりと後ろを振り向いた瞬間──、

 

 

「──やはり気付いておられでしたか、サトウ様」

 

 

 涼やかな声が響いた。

 だが、その声の出所が分からない。姿が見えないのだ。

 

「わざわざこのような場まで案内いただき、ありがとうございます。私も人通りの多いところでは中々話を切り出せず、少々困っておりましたので……」

 

 凜とした響きがこだまする。そして、バサリと音が鳴ると、いつの間にか目線の先にいたのは、小柄な少女だった。

 コウリは息をのむ。その見慣れない長い金髪もそうだが、なにより、その顔についていた右目から走る一本の長い切り傷に。

 

 

「わたくしはアルスター王国第3王女、カルバレアリア。仲の良い者は『カルレア』と呼びます。

 ……さて、早速で恐縮ですが本題です。──どうか、わたくしにご助力いただけないでしょうか?」

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