雰囲気だけで乗り切ろうとする剣士 作:こんぺいと
(これは……どうするべきだ?!)
男は心の中で絶叫する。
路地裏に追い詰められた哀れな男が一人。そう、コウリである。
追い詰めているのが少女で、路地裏に入ったのが自分でさえなければまだ格好はついただろうが、状況は全く逆。
少女に追い詰められる成人男性という絶望的な絵面になっている。
コウリの家系は危機的な事態に対応するための
つまり、身一つでこの事態をどうにかせねばならない。
目の前の少女は誰か、目的は何か。
パッと思い付く話では、自己紹介は全て嘘、この少女は暗殺者でコウリを殺しに来ているという物だ。コウリの実家は大層恨みを買っている。おかしな話ではない。
「……藪をつついたか」
声を絞り出す。なるべく煙に巻く内容で、長引かせる。
(取り敢えず、時間を稼ぐ。まずこの少女はなんと言った?
アルスター王国第3王女、カルバレアリア。仲の良い者は『カルレア』と呼ぶ、だったか? そして助力……俺の名字を知っている。何故知っている? やはり目的は俺の命、か?)
それを聞き、ぷくりと可愛げに頬を膨らませると、カルバレアリアは不満げに呟く。
「藪、とは失礼な……いえ、まあ貴方にとってはそうでしょうが……」
「すまんな……だが、私にとっては手間の方が多い」
そうでしょうけど、と再度不満げに呟く。それを見て、コウリは眉を潜めた。勿論、心の中で。
(どうも……所作に二面性がある。礼儀正しい王女と、不満を素直に漏らす町娘……。プロならそんなミスはしない、はずだ。名前も迂闊に呼ばない、はず。ならば本当に言った内容が真実か?)
一息。
(目の前の少女をアルスター王国のカルバレアリア王女と仮定しよう。
……どうも
だが可愛らしさは確かに男相手には交渉の種になるが、ここでそれをする意味は……本当の王女故、か? 世間知らず故に、交渉と好意を抱かれるための演技を混同している、のか。
……いや、今はそれより状況整理だ。サトウ様、と呼ばれた。俺の素性がバレている? 今の俺には権力も金もない。バレているなら助力など求めないはず……ならは)
カタンと腰の、護身用の刀を鳴らす。一瞬、王女の顔に戦慄が走り、消えた。
「……私に刀を振らすつもりか」
低く声を響かせる。
カルバレアリア王女が目を見開く。思い違い、勘違いを察したかのような顔。
「…………はい、
覚悟を秘めた瞳を覗き返す。コウリは酒場の一件を思い出した。
(……ずいぶん極東の人間は恐がれていた。そして、俺の身なりは仮にも剣士。そちらの方面か……『あのサトウ様』、『あの』か……面識、いや、風に聞いたことのある人間に対する態度だな。
サトウは多いからな……誰かが武勇を挙げたのか? そういう勘違いか?)
殺しに来た可能性はほぼこれでなくなった。しかし、それならそれで問題が発生する。
(多分、知ってはならない情報まで聞いてしまっているな、これは……)
そう、そのはずだ。ここはまずアルスター王国ではない。なら、なぜ王女が身を隠して、しかも流浪の剣士に助力を頼む?
「……私は、今追われています。兄様──第2王子に、です」
「──は?」
唐突に自分語りを始めた王女に、硬直し、次の瞬間コウリは絶望する。
(……いや、待て待て待て待て!)
その静止の祈りも儚く散り、カルバレアリア王女はぽつぽつと語り始めた。
「まず、我が王国では血筋による王位継承が行われています。そして、王の容態は芳しくありませんでした。後1年の命と言われていたそうです。順当に行けば第1王子が王位を継ぐのでしょう。
事の始まりは第1王子、ドラグ兄様の死でした。明らかに他殺──ですが、それは
「そっ、そうか……よし、話は──」
一息入れたタイミングを見計らって、コウリは止めようとする。だが、集中しているからか何なのか、カルバレアリア王女は止まろうとしない。
「──それだけなら良かったのです。本当に。
ランベスト兄様は、少々冷徹なところがあれどそれまでは良い王子でしたし、誰も異を唱えようとしませんでした。
ですが、ランベスト兄様の王位が確定となった瞬間、これまで保守的だったランベスト兄様の主張がズレていきました。
──そう、帝国に服従しよう、という方向へ……! 信じられますか?!」
身振り手振りが大きくなる。まるで
(……これは、もう、ダメだな。逃げられなくしている……この王女、予想以上に悪辣だ……。
……恐らく、『刀を振らすつもりか』の一言がアウトだったのだろう。この王女が知る『サトウ』は、刀を振るうことにむしろ喜びを見出すような人柄だった。それと違ったから、別人かもしれないという思考に至った。
……だからプランを変えた)
王女の頬が紅潮している。大きく手を広げる。
じめじめした路地裏は一本道だ。目の前には王女。逃がすつもりはないようだった。
これだけ声を張っているということは、手駒は恐らく近くにいる。ふと、上をちらりと見た。
──僅かな影が、頭上に見え、フッと消えた。
苦笑いが浮かぶ。
逃げ道などあるわけがない。出来れば時間よ戻ってくれ、とコウリは思いだした。
半ば諦観で、いつの間にか外れていた意識を王女の演説へ戻す。
「──そのときには私しかいませんでした! 第1王女は幽閉、第3、5王子は事故死していました……残っているのは権力など何もない、私だけだったのです……! 秘かに協力してくれる方もいましたが、とても兄様を抑えられるほどではなく……」
(俺が件のサトウでも、違くてもいい。聞いてしまったからには、どちらかに付くしかないレベルの情報を与える。
『サトウ』なら駒にする手があるのだろう。そうでなくとも、件のサトウほどの力がないなら……仮にも王女だ。手駒はいるだろう。
目の前の王女がとんでもない悪魔に見えてきたコウリは、決めた。『サトウ』になる覚悟を。
「……そして、帝国との戦争です。サトウ様が止めて下さった戦争……もし止めて下さなければ、恐らくそれがトドメとなり今頃我が国は属国になっていたでしょう。
……最悪は避けられましたが、どちらにせよ時間はありません。その事態は帝国にも兄様にも予想外だったのでしょう。ランベスト兄様は強行に走り始めました。反対派を消し始めたのです。
それに巻き込まれ、私も追われ……その時に負った傷がこれです」
目を指し、そして懇願するように弱々しく頭を下げる。
「──どうか、兄様を止めるためこの私にお力をお貸し下さい。謝礼は、サトウ様が頷くであろう物を持っております。今は見せられませんが、もしご助力いただけるのであればすぐにでも持ってこさせます!
ですので、どうか……お願い致します!!」
コウリはもうどうにでもなれという心境だった。鷹揚に頷くと、刀から手を離す。
「カルバレアリアだったか? ……まずは、場所を移そう。それから、報酬の話だ」
それを聞き、バッと顔を上げるとカルバレアリアは煌めくような笑顔を見せた。
「はいっ! ありがとうございます!!」
カルバレアリア王女
元町娘。ある日王の不貞がバレ、そこから芋づる式に血統が明らかになり、突然王族に。
当たり前といえば当たり前だが、王国内ではほぼなんの権力も持たなかった。しかし、持ち前の明るさを発揮し、周りや王族からも受け入れられてはいた。