次の日は、案の定電算機の運び出しだった。手押し車に積まれた大量の電算機たちをゆっくり押しながら、私は坂を登る。太陽光がじりじりと私の肌を照りつける。
「別にそれは良いんですよ……」
別に仕事ですから。というか、使命ですから。ただ、ただですねぇ、
「司令、貴方は自分の足で歩けば良いのでは」
積まれた電算機の上に座って、足をぷらぷらさせるこの少女には一言申したい。
「ん? 別に良いじゃないか。君は出力54,000馬力だろう」
この減らず口には、私はため息を吐くしかない。一応、花守司令は私の上司なのだから。
「廃棄物といっても、精密機械に乗るのはどうなんですか」
花守は大湊湾を見下ろしながら微笑む。
「いや、乗るところ無いからね」
そうじゃなくて、と私は再びため息を吐く。
「それに、てるづきちゃんの方に乗るのは、ねぇ? 何か申し訳なくてさ」
私はそう言われて、ふと後ろを振り返る。もう1台の電算機で埋もれた手押し車が坂を登っている。
「なら、仕方ないですかね……?」
「でしょう。その点、君はこういうこと頼みやすいし」
私は花守を睨む。
「いや、それでもやっぱり私の方に乗るのは貴方の怠惰では」
「えー、いーじゃん」
これが指揮官の姿か……? いや、そうか。部下をこき使うのが、上に立つ者たちだ。
私は手押し車を急停止させる。電算機が反作用で揺れる。電算機の上に座っている者はその反作用で落ちる。
電算機から落ちた花守は、おむすびのようにそのまま坂を転がって行った。
「まぁいいか……」
それが指揮官の姿だとしても、私は嫌なのだ。花守は普通に軽くはないのだ。
私は彼女を無視して大湊駅に向かうことにした。
駅に着くと、既に輸送列車は停車して積荷を待っていた。駅と言っても、大湊駅は駅舎も看板も発着場も無い。剥き出しの線路以外に何も無い。
そして、肝心の輸送列車も、動力車と貨物車の2両編成。貨物車に積まれたコンテナは既に開いていた。辺境の小基地にはこの程度の列車で問題ないのだろう。
「護衛艦あまぎりですか?」
私は、列車の傍に立っていた迷彩柄の防護服を着た人間に話しかけられる。顔は防護マスクに隠されて見えない。どうやら傭兵のようだ。
「そうです。廃棄物の引き渡しに来ました」
「分かりました」
彼は私の傍に置かれた手押し車と電算機を見て、私の後ろの方に視線を投げる。
「あの、花守司令は?」
坂を転げ落ちて行きましたよ、と言うと彼は一瞬固まったが、すぐに「とりあえず、積み込みをお願いします」と私に言う。
私が手押し車を貨物車の方に向けようとすると、丁度てるづきが着いた。貴方も積み込みをお願いします、と傭兵に言われると、てるづきは笑顔で頷いて私に着いて来る。
私が手押し車を置いて、電算機を持ち上げると、てるづきが口を開いた。
「えっと、始めまして、あまぎりさん」
私はてるづきの方を見て笑顔を作る。
「えぇ、挨拶が遅れました。護衛艦あまぎりです。始めまして、てるづきさん」
私がそう言うと、てるづきは緊張した表情を解いて無邪気に笑った。
「えへへ、これから宜しくお願いします、てるづきさん」
「わわっ」
私が電算機を抱えているのもお構いなしに、彼女は私に背中から抱きついた。何、これが普通なの?
「そ、そういえば、もう調整は済んだのですか? 昨日、明石さんから聞きましたよ」
「物運ぶくらいならいいよーって。てるづきさん温かいなぁ」
彼女は私の頭に頬ずりを続ける。
「…………」
普通に重い。
廃棄される電算機をコンテナに積み込むと、数人の傭兵の手でコンテナの扉が閉じられ、金具で鍵をかけられる。
コンテナは列車に見合わず、真新しい。触った時の感触からして、私の艤装と同じ装甲板を使っていることが分かった。本来は放射性物質を輸送すれような代物だと思ったのだが、こういう所でも使うのか。
積み込みから戻ると、土まみれになった司令とさっきの傭兵が話していた。私は司令に積み込みが完了したことを報告しようとして、司令の表情を見て咄嗟に止めた。隣で、てるづきが不思議そうな顔で私を見ている。
「代わりが無い?」
「はい、ありません。私達はあくまで廃棄予定の電算機の回収に来ただけです。代替の電算機の在庫は北部方面に現在ありません」
明らかに花守は顔を不快そうに歪める。
「三沢は何も渡されてないのか」
「えぇ、残念ながら……、そのようです」
花守は一呼吸置く。
「とりあえず、回収ありがとう。無事を祈る」
「えぇ、そちらこそ。感謝します」
司令が私の方を見る。
「司令、積み込み終わりました」
「あ、うん、分かった」
「では、我々は三沢に帰投します」
「道中に気を付けろよ」
防護マスクに隠れて見えなかったが、私には彼の苦笑いが見えた気がした。三沢の防空網があるといえど、列車は深海棲艦から見たら良い標的になり得る。
私達はそのまま駅を出る列車を見送った。
私は未だに抱きついたままのてるづきを無視しながら司令に訊いた。
「ネットワークはどうなるんですか?」
「さぁね、少なくともしばらくは使えないだろう」
花守司令の表情は険しい。電算機は函館にもあったが、外部との通信は基本的にあれと同じタイプの物で行っていた。私達の艤装には衛生通信装置などはあるが、あれらの電算機が回収されたことによって、大湊基地は現在、通信手段が皆無なのだ。
「耐用年数が近かったのなら、事前に代わりでも用意してくれそうですが」
私の言葉に応えるように花守が呟く。
「いや、昨日急に連絡が来た」
「昨日……?」
私は花守の顔を覗き込む。
「琵琶湖から昨日、現行の電算機の使用を禁止にせよ、との命令が届いた」
司令はため息をついた。
「本部の無茶振りは何時ものことだが、今回はいやに性急だ。何を考えているのやら」
「え、待ってください。どういうことですか?」
私が疑問を口にすると、彼女は呆れたような顔で言う。
「私にも分からないよ。何れにせよ、詮索したところで無駄だろうけどね」
耐用年数の残っている高級な備品に廃棄処分に等しいことを行うなど、理由がわからなかった。
「セキュリティに何か欠陥でもあったのでしょうか」
「さぁね。考えたとろこで仕方もない」
そう言って、花守司令は基地に帰るために坂を下り始める。私も歩こうとするが動けない。私は頭上を見る。
「あの、てるづきさん。離してくれませんか」
「このまま抱っこして帰って良い?」
「…………」
結局そのままお持ち帰りされた。