悟は最強になった。
任務も全て一人でこなす。硝子は元々危険な任務で外に出ることはない。必然的に私も一人になることが増えた。
その夏は忙しかった。──そんな時だった。
「ピッカッチュウ!!」
その日、夏油傑は運命に出会った。
──払う。取り込む。その繰り返し。
払う。取り込む。みんなは知らない呪霊の味。吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような──誰のために?
そんなある日。
傑はいつものように補助監督に連れられ現場に赴き、呪霊を弱らせ、取り込む為に呪霊玉へと変換した時だった。
突如、傑は手の中にずっしりとした重みを感じた。今までにない経験だった。手元に視線を落として見ると──。
「──な、なん……だと……こ、これは!!」
そこにあったのは、いつもの見慣れた黒々とした呪霊玉ではなかった。上半分が赤。下半分が白くデザインされた手のひらサイズのボール。現代日本人。それも一般家庭出身の傑にとっては知らぬ筈もない、あのボール。そう、これはまさに。
「モンスターボールだと!!」
国民的いや、世界的アニメ「ポケットモンスター」に登場する捕獲道具「モンスターボール」が今傑の手にあった。
傑は自分が幻覚を見ているのだと思った。最近は一人になる事が増えた。それに仕事も非常に多く、偶の休みも中々眠れていない。疲れすぎて幻覚を見ているか、はたまた呪霊に攻撃でもされているかのどちらかだと考えた。それくらい傑には、今の自分が見ている物を信じられなかった。
──しかし
「ピカ?」
混乱は加速する。
「──ピカ……チュウ………??」
「ピッピカチュウ!!」
目の前に野生のピカチュウが現れた!!
傑は混乱している!──傑は訳もわからず自分を攻撃した!!
傑は混乱している!──傑はモンスターボールをピカチュウに差し出した!!
ピカチュウが仲間になりたそうに傑を見ている!──ぷる!ぷる!ぷる!……カチッ!
やったー!ピカチュウを捕まえたぞ!!
……………
傑は目の前が真っ暗になった。
「ブッハハハハ!!おま、傑……ぷっ……くく……アハハハハ!!!なんだよ、転職か??呪術師やめてポケモンマスターに転職すんのかよ!!おい、硝子!!今から傑に被せる赤いキャップ買いに行こうぜ〜〜」
傑がピカチュウと初遭遇してから数日、傑は突如として変質した己の術式を見てもらう為、出張から戻ってきた悟の元を訪れていた。──しかし、そんな目的のことは既に傑の頭には残っていなかった。
「悟……外に出ようか」
「所持金半分失ってから泣くなよ?傑」
目線が合ったらポケモンバトル!と言わんばかりにバチバチと火花散らす一触即発の気配に、愛でられ疲れてグッタリとしたピカチュウをその腕に抱えて、いつぞやと同じく「に〜げろ〜!」と硝子は逃げていく。問題児二人を止めるストッパーの学長は不在の中、そのバトルは始まった。
特級呪術師の サトルが
しょうぶを しかけてきた!
特級呪術師のサトルは、悟をくりだした!
ゆけっ! パルキア!
「ヴェア“ア”ア“ア”ア“ア”ア“ア”!!!!!」
「は?」
「おや?ダイパは未履修だったかな?パルキアといってね、空間を司る伝説のポケモンだよ。一昨日仲間にしたんだ」
「知ってるよ。だから、は?つったんだ……」
「そうか、なら良かった。私も分からん殺しで勝つのは本意ではなかったからね」
「……!!見損なったぞ傑!!伝説キッズだったなんて……俺がお前にポケモンバトルの楽しさを思い出させてやる!!」
「さあ、種族値の暴力を知るといい!!」
サトルは混乱している!──悟の無下限攻撃!
傑はヒラリと身を躱した!!
パルキアはどうする?
パルキアの亜空切断!──効果は抜群だ!
悟は倒れた!
「──悟……アッパレワスレン」
特級呪術師の サトルとの
勝負に 勝った!
「それで悟、私の術式はどうなってた?」
一頻りやりあってスッキリした後でようやく本来の目的を思い出した傑は、悟に己の術式の状態を尋ねた。
「ん〜なんかいくつか縛りが増えてんな……多分、これから新しく呪霊を取り込むってのは無理なんじゃねぇかな……。呪霊を取り込もうとすると、その呪霊の等級に合わせたモンボに変換されるようになってる。それから、ポケモンの所持数も制限があるな。──いや、所持数じゃなくて、手持ちに制限があんのか……ゲームと同じで6体までだな」
う〜んと口に手を当て、傑は考え込んだ。正直なところ、吐瀉物雑巾玉を取り込まなくてよくなったことは飛び跳ねるほど嬉しい。──が、それ以外の部分が傑の頭を悩ませていた。
要因は二つ。対領域展開と呪霊操術の強みの喪失だ。
対領域展開。基本的には領域展開には領域展開で抵抗するのが理想だ。しかし、傑にはまだ領域展開を使うことができない。そもそもの話、領域展開とは呪術における最奥。つまり、奥義であり使える者の方が少数派だ。では、今までどうしていたかと言えば、呪霊操術の強みの話に繋がってくるのだが、取り込んだ領域持ちの呪霊に領域を展開させ凌いでいたのだ。
呪霊操術の強みとは、手数の多さだ。取り込んだ呪霊の術式や領域を使わせることができる上に、低級呪霊を自身の呪力で強化して銃弾にして撃ち込んだり、とっさの壁として防御に使う、拘束具や保管庫といった便利道具としての使い道だってある。当然、今までの戦闘スタイルはそうした手数の多さを武器に立ち回っていた訳で、それらが無くなる訳なので立ち回り自体をガラリと変える必要もある。
身近にあったものの有り難みを感じるのは、失った時だ。それを実感し、傑は初めて呪霊操術を惜しんだ。──一瞬だけ。
(──まあ、いっか)
一瞬後には既に傑は開き直っていた。
(既に失ってしまっているし、ぐだぐだ考えていても仕方ない。なんなら、あの拷問から解放されるというだけで、お釣りが来るくらいだ。それに、戦闘に関しても手持ちはピカチュウ(アニメ主人公の相棒)とパルキア(伝説のポケモン)だ。まあ、なんとかなるだろう)
楽観的思考!!
呪霊玉パクパクという拷問からの解放。ピカチュウの可愛さとパルキアの厨二心をくすぐるフォルム。そして、覚醒した最強の術師である悟に勝利した結果。それらが、数日前にはあり得なかった精神的余裕を傑に齎していた!!それ故の楽観的思考。
そうして、いつの間にか精神に安定を取り戻した傑をみて、悟はふっ──と安堵した笑みをみせる。
「ん?どうかしたかい?」
「いや〜別に?ま、前会ったときみたいに顔が死んでなくて良かったよ」
「まあ、今は君に勝って気分がいいからね」
「は?まけてねーし!もっかいやったら俺が勝つね」
「ならもう一度やるかい?領域なしで」
「いいぜ、やろう!そっちは伝説なしな!!」
「……」
「……」
──カァーー!カァーー!
「……はぁ、やめだ。日が暮れちまう。今日はもう帰ろうぜ〜傑」
「──なぁ悟」
「あ?」
「あの事件の後、君は最強になった。──私は今……君と並べているだろうか?」
「なぁに言ってんだ今日俺に勝った癖に。──俺たちは最強だろ?」
「──ああ、そうだね。私たちは最強だ」
──放課後の帰り道。夕暮れ時に伸びる二つの影は、肩を並べ合って共に歩んでいた。
五条戦は、ダイパの戦闘曲でも流しながらお楽しみください笑