決して綺麗ではないけれど穏やかな日々。
例えそれが大勢の犠牲の上で成り立っているのだとしても、私達は寄り添いあって生きてきた。
辛いこともたくさんあったけれど、同じ苦楽を共有できる仲間がいたから、私は血まみれになっても今日まで歯を食いしばりながら歩いてこれた。
まだ大丈夫、もう少しだけ。
もう少しだけ、あの子達と同じ時間をください。
タイムリミットが迫る度、そう何度も何度も祈ってみた。
原作のフーズ・フーがニカに縋っていた時も、こんな気持ちだったのかな。
でも現実とは、いつだって残酷に終わりを告げてしまうものだ。
「………以上が主な任務の内容だ」
長官からの説明を聞き、私は軽く頷いてから事務室を後にした。
廊下を数歩進み、渡された書類を一瞥する。
『悪魔の実・ゴムゴムの実の護送任務』
ああ、やっぱりこうなるのか。
落胆とも悲哀ともつかない虚無の心のまま、私は天井を見上げてため息をつくのだった。
護送の日にちは二週後になる予定で、上層部はそのあいだに護衛に申し分ない精鋭を集めるつもりらしい。
つまり私には、もうそんなに時間も残されていない。
だから、いい加減断捨離しようと思う。
一週間後、久しぶりに非番が重なったジャブラとセントポプラにデートへ出掛けた。
まず美術館に足を運べば、今話題になっている芸術家の展覧会が開かれている。画風は私が生きてた世界でいう『印象派』に近いもので、色彩鮮やかな絵の具で生き物の躍動感や息遣いを表現しているのがとても素晴らしかった。
「お前、こんなの見て面白いのかよ」
「私は楽しいよ。ジャブラの趣味には合わなかったかな?」
「ん~……まあ、今回はお前に合わせてやるって約束したしな」
「ありがとう」
私は前世でも綺麗な工芸品や色鮮やかな絵が好きだった。この世界に転生してからは、任務先の綺麗な民族衣装や工芸品を買っては部屋に飾ったりしている。
(………だけどもう、必要ないだろうな)
すでに部屋に飾っていたものは質屋に売ってしまい、逃亡後の資金に換金している。
いつかそれらを見て『欲しい』と思った人の手に渡ってくれればいいなと思う。
それからも色んな展示品を見ていく私に、退屈そうにしながらもジャブラは一緒にいてくれる。
そんな中、一つの絵画に目が止まった。
それは様々な種類の動物が黒い大皿の上に密集し、その傍らで巨大な身体の女性が白い壁に凭れて皿の動物達を眺めるという、不思議な雰囲気の絵だった。
他の絵画よりも大きめのキャンバスに描かれたそれは、小さく描き込まれた動物達の緻密さと、それらを彩る配色バランスも相まって、展示品の中でも一際異彩を放っている。
もしかしたら作者の自信作なのかもしれない。
絵画の解説プレートには『地母神の孤独』というタイトルが刻まれている。
つまりこの女性は女神ってことなのかな。
ふとジャブラを見てみれば、その絵が気になるのか
彼にしては珍しくジッと眺めている。
「この絵気に入った?」
「いや、別にそういうわけじゃねえが……」
チラリと何故か私を見てから食い入るように眺めるジャブラに、私も並んで絵を眺めるのだった。
美術館から出る頃には時間はちょうどお昼を回り、何か軽く食べようと私は前から気になっていたオシャレなオープンカフェに入りたいと言った。
込みだす前に入れたおかげかテラスに面した見晴らしの良い席に腰掛け、ジャブラはチョコアイスパフェ、私はパンケーキを注文する。
「今日はありがとう、久々に楽しめたよ」
「まあな、ここ最近お前と休みが被ることもなかったし」
思えばジャブラと『恋人』という間柄になってから、こんな風にそれらしく出かけたのはいつ以来だっただろう。
カップルしか潜入できない任務とかでは長官に命令されたりはしたけれど、完全なプライベートでのデートはそんなにしていない気がする。
その後も他愛ない雑談をして、しばらくすると注文の品が運ばれてきた。
分厚いスフレ生地のパンケーキにイチゴソースとホイップクリームがたっぷりかけられ、新鮮なベリー尽くしのフルーツがちりばめられた鮮やかな見た目。ナイフとフォークで一口食べてみれば、柔らかい生地に絡むクリームの甘さとソースの甘酸っぱさが口に広がる。
見た目良し、味良し、お店の雰囲気も良し。
この店を選んで正解だったな。
パンケーキを味わいながらテラスからの光景を眺める。人が行き交う春島に位置するこの町は、気候が温かく人々の笑顔も多い。
チラリとジャブラを見てみれば、よほど美味しかったのか上機嫌でパフェを食べている。
その無邪気な笑顔に微笑ましくなる反面、少しだけ胸が苦しくなる。
「………ねえジャブラ」
「ん?」
躊躇いがちに話しかけるも、緊張からか唇が震えて言葉が詰まる。
でも言わなければいけない。
そのために今日、彼をデートに誘ったのだから。
覚悟を決め、すうと息を吸い、私は決定的となる一言を告げた。
「別れよう」
「………え?」
私の言葉を理解した途端、ジャブラは目を見開いて硬直し、パフェスプーンが手から滑ってゴトリとテーブルに落下する。
しばらく二人の間を、居心地の悪い静寂が包む。
「え、な、なん、なんで?」
先に言葉を発したのはジャブラで、呼吸が苦しそうにはくはくと口を動かしてただそう問いかけてくる。
俺、お前になんかしたか?
視線だけでそう訴え、青ざめた顔で動揺するジャブラに、私は首を横に振って否定する。
「いや、ジャブラは何にも悪いことしていないよ」
本当に、ジャブラ自身は何もしていない。
「じゃあなんで……!?」
「ん~、なんていうのかな……」
納得できないという様子のジャブラに、私はどう誤魔化そうかとしばし考えこむ。
「………冷めちゃった、から?」
次いで捻り出した苦しい言い訳に、ははっとつい乾いた笑いが出てしまう。
思えば私自身、ジャブラのことをどう思っているかなんてわからなくて、それがここまで引きずってしまって今に至る。そんな中途半端な感情で隣にいるのは、彼に対してなんだか失礼な気がする。
それにゴムゴムの実の護送を命じられた時点で、どのみち私は彼と一緒にいられないのだ。
次の言葉が思い付かなくて、重苦しい雰囲気に耐えられずパンケーキの最後の一口を食べる。甘ったるい生クリームとイチゴソースの味を噛み締めて、私は立ち上がった。
「とにかくそういうわけだから、ごめんね」
出来る限りの作り笑顔を浮かべて、私は自分の分の食事代をテーブルに置くと、なるべくジャブラの顔を見ないように顔を伏せながら先に店を出た。
大通りに出て数歩、一度店を振り替えってみてもジャブラは追いかけてこない。よほどショックだったのか、はたまた追うほどの執着はなかったのか、いずれにせよその事実に少しだけ悲しくなる。
自分からフっておいてなんてワガママなんだろうかと、己の中の醜さを振り切るように私は駆け出していくのだった。
フーちゃんはいまだ、自分がジャブラのことをどう思っているのかわかっておりません