赤い野良猫は海を行く   作:ペペック

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お別れの時間まで、あと……


私はいつでも、『ここ』にいるから

翌日。

クマドリとフクロウがいつものように休憩室に入ると、ジャブラがソファに寝転がっているのを発見した。

向かいのソファではブルーノが新聞を読んでいて、

二人とジャブラの顔を見比べてからばつが悪そうに眉尻を下げている。

パッと見た感じは疲れたジャブラが仮眠していると思われるが、しかしふとフクロウはこの状況を疑問に思った

 

夜勤明けで寝不足なメンバーが、自室に戻るのも億劫だからと休憩室で仮眠を取るのは珍しくない。だが昨日のジャブラは非番だったはずなのでここで寝る必要はないのだ。

それになんというか……彼の目には生気がなく、真っ白に燃え尽きている。寝ているというよりは放心していると言ったほうが正しい。

 

「おい、ジャブラのやつ何があったんだ?」

 

小声でフクロウがブルーノに話しかけると、ブルーノはしばし目を泳がせて悩んだのち、無言で二人の腕を引っ張って隣の部屋を指差す。

こういう場合はあまり人に聞かれたくない話題である確率が高いので、二人はブルーノの意思を組み、無言で頷くと部屋へと移動する。

 

ブルーノは一度周囲に聞き耳を立て、自分達以外に誰もいないことを確認してから口を開いた。

 

「実は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フられたぁ!?』

 

「二人とも声がデカい!!」

 

驚愕のあまり思わず叫んでしまう二人に、ブルーノは慌ててそれぞれの口をガバッと塞ぐ。

だがしかし、驚くなというほうが無理な話だ。

ジャブラと彼女がすでに男女の仲なのも、さらに言えばその仲睦まじさもサイファーポール内では周知の事実であった。

なのにそんな二人が破局したというのだ、声を上げるくらいは致し方なかろう。

 

しかし同時に納得もしていた。

それでジャブラはあまりのショックに、あれほどまでに真っ白になっていたわけか。

 

「チャパ……でもなんで急にそうなったんだ?」

 

「姉者のぉ、様子を見る限りはぁっ! ジャブラが下手こいたようにっ……思えねぇぞぉ!」

 

クマドリが言うように最近の二人が険悪になったような素振りはなかったし、ジャブラが彼女に幻滅されるほどの醜態を晒したという話も聞かない。

 

「俺だって姉さんを問い詰めるまでは半信半疑だったよ」

 

しかしブルーノ曰く、彼女はジャブラに不満があって別れを切り出したわけではないらしく、むしろジャブラに対して申し訳なさそうにしていたという。

 

「んというとぉ~! どういうことでぇい!?」

 

「ほら、そもそも姉さんとジャブラの馴れ初めって、あまり普通とは言えなかったじゃないか」

 

自分達が正式に諜報員になってから知ったことだが、彼女の水揚げを頼まれたジャブラが交際を条件にしたことが切っ掛けであったらしい。

聞いた当初の自分達は、多少ジャブラを白い目で見ることはあったが、まあ相手がジャブラなら……と二人の仲をそれとなく見守ることにした。

いまだに突っかかっているのはルッチぐらいだが。

 

だがそんな馴れ初めもサイファーポールでは特に珍しいことではない。ではなぜなのかと顔を見合せる二人に対し、ブルーノは腕を組んで唸る。

 

「多分だが……任務先かなにかで、その辺りを意識するような『何か』があったんじゃないか?」

 

ちなみにブルーノは、任務先で接触したカップルとかが真っ当で清らかなお付き合いをしているのを見たからではないかと予想している。

 

それを見て彼女はふと悩んだのかもしれない。

自分達の関係はこのままでいいのだろうか、と。

 

「多分だけど、姉さんは一旦ジャブラとの距離感を整理したいだけだと思う」

 

「なるほど……」

 

そう自分なりの推測を語れば、二人は納得したように頷く。

 

 

そうなるとあとはジャブラの行動次第だ。

よりを戻すにしろこのまま完全に別れるにしろ、ジャブラが彼女の本心を理解してどう選択するかが、二人の今後を決定づけるだろう。

が、ブルーノはこれに関しては大して心配はしていない。

 

(だって少なくとも姉さんは、ジャブラのことが………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よし、終わった」

 

木箱に荷物を詰め終わって一息つき、改めて自身の部屋を眺める。最低限の家具だけを残して、すっかり私の痕跡を無くしてしまった部屋になんとも言えない寂寥感を抱く。

諜報員として痕跡を消す訓練を受けていたおかげで、片付けは滞りなく終わった。私物を売れるだけ売って得た逃亡資金も準備してあるし、逃げようと思えばいつでも逃げれるはず。

 

 

でも……

 

 

「………」

 

握っていた右手を開けば、鈴のピアスが手のひらでコロコロと音を鳴らす。

これだけはどうしても売る気になれなかった。

 

だけど持っていくことはできない。

着けてたら鈴の音でバレるし、なにより…

 

(………壊しちゃうのは、いやだな)

 

これをプレゼントしてくれた、ありし日のジャブラの無邪気な笑顔を思い出す。

当人にとってはそんな意図なんてなかったんだろうけれど、あの時の嬉しかった気持ちは今でも忘れられない。

 

(だから、これだけはここに置いておこう)

 

私は机の引き出しを開けて、鈴を大事に大事に仕舞いこみ、ゆっくりと閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてついに、任務の日が明後日に迫る。

多分これが最後になるだろうからと、私は二人の顔を見ておこうと一度グアンハオに寄ってみた。

キョロキョロと辺りを探してみれば、ちょうど組み手をしていた二人を見つけて手を振る。

 

「あ、姉さん!」

 

「姉者! 久しぶりなのじゃ!」

 

私に気づいた二人が笑顔で駆け寄ってくるので、目線を合わせて二人の頭を撫でる。

 

「あはは、二人とも背が伸びたね」

 

二人は最初こそ嬉しそうにしていたが、ふとジッと私の顔を見つめてくる。

 

「どうかした?」

 

何か気になることでもあるんだろうかと小首を傾げる私に、最初に切り出したのはカクだ。

 

「のう姉者……姉者はジャブラが嫌いになったのか?」

 

まさかの質問にギクリと私の身体が硬直してしまう。

 

「な、なんで……!?」

 

「教官達が、そう噂していたんです」

 

続けてカリファが経緯を説明しだせば、どうやら私とジャブラの別れ話は私が思うよりも早くサイファーポール内に広まっているそうで、ついにはグアンハオの教官達の耳にも入ってしまったらしい。

そして教官達が噂しているのをたまたま二人も聞いてしまったという。

 

(マジか………カク達にもバレるほどなんて、諜報員失格じゃないの)

 

とりあえずカク達に噂話を広めた教官達は、後でお尻にキックをお見舞いしておこうと心に誓っておく。

 

「で、どうなのじゃ?」

 

「えっと……」

 

ジッと私の顔を見つめる二人に対し、私は思わず目を泳がせて言い淀んでしまう。

どうしよう………こういう話、安易に話していいものなのだろうか。

悩みつつ二人を見れば、その目は不安そうに見上げていることに気づく。

 

(あ~、これってあれか。小さい子供がパパとママがケンカしちゃっているのを見て、不安にしているのと同じやつか)

 

正直大したことのない変化で余計な心配はかけさせないでおきたいし、ひとまずジャブラが嫌いになったわけじゃないことをわかってもらわないといけないな。というわけで無難に答えていくことにする。

 

「そういうわけじゃないよ」

 

「だったらなんで……」

 

「ただ……このまま半端な気持ちでジャブラのそばに居続けているのは、ダメかもしれないと思ったの」

 

だから一旦距離を置きたいのと伝えるも、二人は互いの顔を見合せ困惑する一方だ。

 

「よくわからない……」

 

「カリファにもいつかわかる時が来るよ」

 

腑に落ちない顔でうつ向くのはカリファの頭を撫でる。

 

「姉者はわしらのことは嫌いにならんか?」

 

「それは絶対にありえないよ」

 

カクの不安に対し、私はキッパリと否定する。

少なくとも私自身がみんなを嫌いにはなることは絶対にない。

 

嫌いになることは、だ。

 

 

 

「………私は、みんなが大好きだよ」

 

 

 

離れていても、みんなと一緒だよ。

口にせず心の中でだけ続けた言葉に、胸の奥が締め付けられるようだった。




去年は仕事が忙しすぎて、休みの日は風邪で寝込んでしまいました……
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