今日の鍛練が終わって夕方に差し掛かる頃、訓練生達はそれぞれ数少ない自由時間に赴いていた。
訓練生は親がサイファーポールの職員という縁で入った子や、私達のような孤児院出身の子、中には戦争の真っ只中だった劣悪な環境下にいた子もいる。
グアンハオの修行はその厳しさから途中で死ぬことも珍しくないが、サイファーポール側は彼らに『世界政府に忠誠を誓えば恵まれた生活ができる』と刷り込ませるために、ある程度の『飴』を与えることを忘れない。自由時間にのびのびと過ごせるのもその一環であり、自主練をする子もいれば年相応に遊ぶ子もいる。
私個人は生命帰還の鍛練をしたいところだが、先日ヤマンバ子先生にあまり根を詰めすぎるなと注意されたばかりだし、今日は大人しくみんなと遊ぶことにした。
じゃんけんの結果、遊びの内容はブルーノ希望の野球に決まった。
「そっちいったぞー!」
ジャブラが投げたボールをブルーノのバットが打ち返し、ボールの軌道上にいたクマドリがグローブを嵌めた手でキャッチしようと必死に腕を伸ばすが、ボールは予想以上に高い弧を描いて彼の頭上を飛び越え、背の高い草むらに落ちてしまった。
「あ、クマドリごめん!」
よりにもよって探すのが一番面倒そうな場所に向けて打ってしまったことにブルーノが謝る。
「あっしとしたことがぁ~! むねんっ!」
クマドリは膝をついて崩れ落ち、四つん這いになって芝居がかった動作で悔しそうにする。この深さだと子供一人で見つけるのは大変そうだと判断し、みんなで手分けしてボールを探すことになった。
落ちた場所を中心に四方へ広がるように草むらをかき分けながら進み、数分かけてボールを発見したのは私だった。
「あ、あったあった」
思いの外遠くまで転がっていたものだと思いながら、ボールを拾いあげた時だった。
「っ………!」
(ん?)
何か物音が聞こえてきて一瞬風の音かと思ったが、耳をそばだてるとそれは息を抑えるような子供の声だった。
もしかしたら誰か倒れているのだろうかと声の発生源を辿れば、少し離れた木の影にしゃがみこんでいる子供の後ろ姿を発見する。
おそるおそるその背に近づいてよく観察してみると、その子はブルーノと同い年くらいの坊主頭の男の子で、柔道着を身に纏っている。膝に顔を埋めて表情はよく見えないものの、肩を震わせていることから察するに泣いているらしい。
「君、どうしたの?」
具合が悪いのだろうかと心配になって声をかけてみると、男の子はびっくりしたのかバッと顔を上げて私を見上げる。
対する私も男の子の顔を見て目を見開いた。彼の唇には口を閉ざすがごとくチャックが縫い付けてあったのだ。
(あ、この子……)
このONE PIECE世界で口がチャックになっている人物なんて一人しか思いつかない。
間違いない。この子は後のCP9、音無しのフクロウだ。
こんなところで何をしているんだろう?
「なんで泣いているの? 誰かにイジメられた?」
ひとまず私は目線を合わせるように隣に座り、彼を怖がらせないように努める。しかしフクロウ少年はポロポロと涙を流して首を横に振るだけで答えてくれない。おそらくチャックのせいで喋れないのだろうが、だからと言ってこんなに辛そうな子を放っておく気にはなれなかった。
仕方がない。
「ちょっとごめんね」
私は一言謝罪してから彼の口を塞ぐチャックのスライダーに手をかけると、彼はビクリと身体を強張らせ怯えてしまう。警戒を解くために彼の頬を優しく撫でながら、口を塞ぐチャックをゆっくりと開けていく。
「あ……っ」
口が解放されたことに驚いているのか、自身の顔を触ってハクハクと唇を動かす。しかしまだ話す気にはならないらしく思い詰めた様子でまた俯く。
「安心して、君が話したことは誰にも言わないよ」
だから私に相談してごらん?
優しく微笑んで頭を撫でてあげれば、最初は躊躇いがちに目を游がせていたが、意を決したように彼はポツリポツリと話しはじめた。
「お、おれ………なんでもかんでも話すから、しゃべるなって……しゃべれないから………ともだちが、できなくて……」
久しぶりに喋るせいか言葉が少したどたどしいものの、グスングスンと涙声で途切れ途切れに話す内容から察するに、友達と遊べなくて寂しかったのだと私は納得した。
考えてみたら口の固さが重要な諜報員にするためとはいえ、こんな年端もいかない子供の口を文字通り縫い付けるなんて、本当に世界政府はひどいことをするものだ。
胸が締め付けられる思いから、つい優しく抱きしめてあげた。
「ふえ?」
「大丈夫。私と一緒の時は、好きなだけ喋っていいよ」
私は彼に広められて困るようなことはしていないし話すつもりもない、。だから遠慮せずにお話しようとと言えば、彼は目を見開いて私を見る。
「……いいの?」
「うん」
ニコッと笑顔で頷けば袖で涙を拭い、やっと彼は笑ってくれた。
「ボール見つかったか~!?」
とここでタイミングが良いのか悪いのか、ジャブラの呼ぶ声が届く。
あったよと声を張り上げて答え、私はみんなのもとに戻るべく立ち上がろうとするも、少し考えてから小首を傾げる彼にチラリと視線を向ける。
「………君も来る?」
手を差しのべる私の急なお誘いに彼は一瞬迷うが、躊躇いがちに手を握り返してくれたのだった。
「遅いぞー!」
「ごめんね」
フクロウの手を引いて戻ってくれば、必然的に三人の視線はさっきまでいなかったはずの少年に集まる。
「……なんだそいつ?」
ジャブラとしては普通に質問したつもりだったのだろうが、鋭い目付きのせいで睨まれたと思ったフクロウは、ビクリと震えて私の後ろに隠れてしまう。
大丈夫、私の友達だから怖くないよと安心させるように頭を撫でる。
「じゃあまず、挨拶からしてみよう?」
「あ……う…」
優しく促せば、チラチラとジャブラ達の顔色を伺いながら前に出る。
「おれ………フクロウ……」
会話馴れしていないせいか恥ずかしそうに目を伏せるも、フクロウはおずおずと三人に名乗る。
「い、いっしょに………あそんで、いい…?」
「うん、いいよ」
勇気を振り絞って口にしたお願いに対し、なんてことないようにブルーノがニコリと笑って頷くのだった。
それから五人で野球を続け、最初はオロオロと落ち着きなさそうなフクロウだったが、だんだん楽しくなってきたのか元気に駆け回り、終わる頃にはみんなと大声で笑いあっていたのだった。
あの日以来フクロウは私達四人と仲良くなり、特に年の近いブルーノとたまに一緒に組み手をする姿を見かけるようになり………
「おねえちゃーん!」
私をお姉ちゃんと呼ぶほど懐かれてしまった。
「あのね、今日ね、短距離走で新記録出せたよ!」
「そう、よかったね」
出会った頃は恥ずかしそうに縮こまっていた彼だったが、今では暇があればこうして今日あったことを教えてくれるようになり、両手をバタバタ振りながらハキハキと喋れるようになっていた。
そんなかわいい弟分の成長を嬉しく思いつつ、私は笑顔で相槌をうつのだった。
冷静に考えると幼少の頃から口にチャック縫い付けられるなんて、フクロウもそこそこ闇深いよね……