その娘がおっかさんに弟子入りしたいと言い出した時、正直呆れたのを覚えている。
お前と話がしたいやつがいると教官に呼ばれ、連れられた先で出会ったのは、あっしよりも濃い目なピンク髪に角というグアンハオでも珍しい容姿をした娘だった。
二つしか年が違わないはずなのに偉く落ち着いた雰囲気だなと思いつつ、互いにはじめましてと挨拶しあった後の彼女はこう告げてきた。
『君のお母さんのクマドリヤマンバ子さんに弟子入りしたいんだけど、会えないかな?』
理由を詳しく聞けば生命帰還を学びたいからおっかさんに師事したいという。
生命帰還はその習得の難しさから、あっしぐらいの年から厳しい修行を受けることもある。あっしが今受けている修行内容でさえまだまだ序の口だというのに、そんな軽い気持ちで学べるものじゃないと忠告したが、彼女は引き下がる気はなさそうだったので一応おっかさんに相談してみることにした。
案の定おっかさんからは『どうせすぐに根を上げるに決まっているから』と、適当にあしらわれたのだった。
だのにその娘は毎日しつこいくらいおっかさんに頼みこみ土下座までする始末であり、数日の攻防の末結局彼女の熱意に折れたおっかさんが、一週間ほどやってみて無理そうなら諦めろと条件を出した上で試しに弟子として教えてやることにした。
あっしもてっきり一週間も持たないだろうと予想していたのだが、しかし彼女はなかなか根性のある娘であるらしく、聞けば生命帰還以外にも様々な分野の戦闘技術を一切の弱音も吐かず貪欲なほど学んでいったという。こいつは先に修行しているあっしが追い付かれたらたまらねえと、少しでも差を伸ばすべく修行に熱を入れれば、それはおっかさんにとっても嬉しい誤算だったらしい。
そうして彼女はいつしかおっかさんに大層気に入られ、気骨のある教え子だと可愛がられている。
ちなみに肝心の生命帰還に関してだが、おっかさんの見解ではまあまあなところだそうだ。さすがに髪縛りのような上等な技は無理だろうが、軽い体型変化くらいなら習得できるかもしれないという。
修行の傍ら彼女と交流していくと、自然に新しい縁ができていくようになっていく。彼女のまわりをうろちょろしている二人の内、小さいほうは彼女を姉と呼んで慕っていた。姉……一人っ子のあっしには馴染みのないもので、一体どういったものなのだろうと興味が湧き、試しに姉者と呼んでみると彼女は目を瞬かせて驚いた素振りを見せたかと思えばふふふと嬉しそうに微笑んだ。
『ありがとう』
そう言って頭を撫でてくる小さな手は温かくて、ずっと年上のおっかさんとは違った年が近いゆえの距離感は実に新鮮な気持ちだった。
なるほど、これが姉というやつか。
なかなか悪かない。
ある時修行が終わって一休みしていると、姉者はこう聞いてきた。
『クマドリはどうしてCP9になりたいの?』
なにを今さらなことを聞くのだろうかと首を傾げるが、あっしは素直に答えた。
それが運命だから。CPの子として生まれた以上それ以外の道なんざありゃしないと答えれば、前髪に隠された目が僅かばかり揺らぐ。
『………じゃあクマドリは、ヤマンバ子先生のことは好き?』
もちろんと答えた。
そもそも親を愛することは当たり前だろうと返せば、彼女はどこか悲しそうに笑う。
『………そっか。そうだね、私にそんな口出しする権利はないよね。ごめんなさい』
なぜ謝られたのかわからなかった。
その横顔はここではないどこか遠くを見つめていて、本当にこの娘はあっしと二つしか上じゃないのだろうかと戸惑うしかなかった。
なあ姉者、あんたは一体何を見ているんだい?
僕らの地元は北の海に位置しており、治安はすこぶる悪くて戦争孤児なんて珍しくない。
僕もそんな子供の一人で、当時暮らしていた孤児院に引き取られた時点で姉さんは先に暮らしていた。
『今日からここが君の家だよ。困ったことがあったら私や先生に相談してね』
慣れない環境におどおどする僕を優しく抱きしめて、笑顔で頭を撫でてくれる姿はお母さんみたいで、僕が彼女に懐くのにそう時間はかからなかったと思う。
当時から姉さんはとても大人びていて、年下の子に絵本を読み聞かせてあげたり先生達のお手伝いを率先してくれるので、手がかからない良い子だと先生達がありがたがっていたのを覚えている。
子供の頃は年上ってみんなそういうものなんだと思っていたけれど、今思うとどうして姉さんがあの幼さであれほど円熟した気質に育ったのかと、ふと疑問に思うことがある。
貧しいけれど確かなぬくもりのある生活。そんな日々を過ごしていくんだろうと思っていた矢先、黒い服を着た大人が孤児院にやってきて僕達はグアンハオに連れてこられた。
ジャブラ達は孤児院より広くて綺麗な建物や美味しいご飯に興奮していたし、僕も態度には出さなかったけれど内心でかなりはしゃいでいた。
ただ姉さんの反応だけは、少しみんなと違っていた。
島に到着してグアンハオの名前を聞いた彼女の横顔は、目を見開いて唇が震えひどく動揺している様子で、孤児院時代を含めてもあんな顔は初めて見るものだから、具合が悪いのかと聞いてみたけれど、姉さんはなんでもないよとひきつった笑みで答えるだけだった。
今だからわかるけれど、もしかしたらあの時の姉さんは、『姉』という仮面を外した本当の顔をしていたのかもしれない。
以来時折彼女は何かを考えこんだかと思えば、何かを決心するように人一倍鍛練に熱を入れだすようになっていく。でもそれはジャブラみたいに目標に向かって純粋に突っ走るというよりは、ある種の強迫観念に急かされていたように僕には思えた。
グアンハオでは途中で死ぬこともあるから、必死に生き抜くために力を求めてもおかしくないだろうけれど、もしかしたら彼女はこれから待ち受ける自分達の運命に怯えていたのだろうか。確かめてみたい気もするけれど、どうにもその一歩を踏み出すことに躊躇してしまう。それをしたら、何もかもが崩れてしまうような気がして。
それでも姉さんは孤児院の時から変わらず、僕達を抱きしめてくれた。
だけど、なんだろう?
最近友達が増えて賑やかになってくるのと対照的に、たまに彼女のその背中がどこか遠くに行ってしまいそうなほど儚く見える瞬間がある。
………大丈夫、だよね?
姉さんはルッチの次に強いんだもの。
他の訓練生みたいに簡単に死んだりしないし、僕らを置いていったりしないよね?
普段から喋るなと言われている俺だが、ある時間だけは好きに喋ることを許されている。
といっても許してくれるのはグアンハオの大人達じゃなくてお姉ちゃんだけだ。
お姉ちゃんは優しい。
いつも俺のお喋りを笑顔で聞いてくれてる。
そんなんだからお姉ちゃんのことが大好きなやつは結構いて、ジャブラもまだ自覚していないみたいだけどお姉ちゃんのことが好きだ。でもジャブラの好きは、多分俺やクマドリやブルーノの好きとは違うと思う。
わざわざ女の子にピアスをプレゼントするなんて、まだ子供の俺でもわかるくらい独占欲が強すぎるし、それを無意識でやっているみたいなんだからいっそ怖いくらいだ。
当のお姉ちゃんは全く気づいていないみたいで、俺達は安心するべきなのか心配するべきなのかわからない。まあ俺達の中で二人と一番付き合いの長いブルーノが何も言ってこないってことは、多分大丈夫なんだろう。
そんな矢先、最近お姉ちゃん達の班に飛び級で強い奴が入ってきた。
ロブ・ルッチ。噂の天才少年に負けた時のジャブラの荒れようは本当にひどかったけど、お姉ちゃんに宥められた時のあいつの反応は見てて面白かった。
その後からかいすぎてげんこつを貰い、コブができてしまったけど。
しかし事件はまだ終わらなかった。
なんとそいつがお姉ちゃんに懐いたらしく、さすがのジャブラも新しいライバルの出現に焦りだし、幼なじみという立場に甘んじるからこうなるのだとブルーノは呆れていた。
お姉ちゃんはどっちのこともまだ弟としか見ていない。でもいくら口の軽い俺でも二人がお姉ちゃんをどう思っているのか、これだけは絶対に口にしちゃいけないってことはわかる。
これから三人がどうなるのか、楽しみなようなちょっとだけ不安なような、俺にはなんとも言えない気持ちだ。
でも仮にお姉ちゃんがどっちかを選んだとしても、きっと俺たちの仲は変わることはないと思う。
だから俺はどっちも応援しているぞ。
チャパパパ!
クマドリ:妙に大人びすぎて、なんか危なっかしい。
フクロウ:大丈夫、俺達はこの先ずっと一緒だ!
ブルーノ:ある意味一番早くから気づいていたかもしれない弟分。