空と君のあいだに   作:苗根杏

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第3章 倉田ましろと憐憫時計
11.夢じゃない


 

「ん〜〜っ! やっぱり空気が東京とは違いますねえ!」

「心做しか、厳かだ」

「素敵な街よねっ!」

 

 春の京都の空気は、なんだか和の趣があるな。詳しいことは分からないが、そんな気がする。プラシーボ効果ここに極まれりといった感じだ。

 

 実際、東京のそれとは全く違う。空気というか、空気感が。

 

 俺と月夜美、弦巻さんが降り立ったのは、東京駅から東海道新幹線に乗って2時間と少し、横浜や名古屋を過ぎて着いた、『京都駅』のホーム。

 

 歴史ある将棋盤のような構造の街並みには、初見殺しの難読地名と国宝級の文化的財産と国宝そのものが溢れている。

 

 ここ京都駅は、新幹線の停車する府内でも唯一の駅であり、府自体の拠点である。修学旅行で一度は来たことがあるという人もいるだろう。

 

 なんと言っても、ここ京都駅は、あの『ガメラ3-邪神覚醒-』でガメラとイリスが夜戦を繰り広げてボコボコにぶち壊されたことで有名な駅だ。

 

 月夜美はうずうずしながら、いてもたっても居られないように叫ぶ。

 

「おいでやす!! 京都────っ!!」

「それは来た側が言うものではないな」

「え、じゃあなんて言うんですか?」

「ぎーおんーしじょー! とか?」

「そんな俺妹の秋葉原みたいな……」

 

 かく言う俺も、そこそこテンションは上がっている。なんと言っても、何年振りかの臨時休業をもらって来ているわけだからな。

 

 こうして休めるのも、京都にいるのも、すべて弦巻さんのおかげだ。交通費、ホテル代、食費、そのほとんどを出してくれているのが、今回『休憩旅行』を提案してくれた弦巻さん、及びその家族だ。

 

「思いっきり楽しんでちょうだい!」

「ありがとうね〜っ、こころちゃん! 店長はともかく、私まで連れてきてくれるなんて……!」

 

 この旅行は、普段から頑張っている時計屋の方々に休んでもらおうという、もっと頑張っている人がいる中で俺らといういくら何でも暇すぎる店をやってる人達が、まだまだ贅沢を貰ってしまう計画である。

 

 前に俺達が懐中時計を直してくれたことを知っていた弦巻さんの父さんは、そんな弦巻さんのプランに大賛成。お土産代以外の費用をすべて出してくれることになった。

 

 何故お土産代は出さないかというと、流石に商店街の皆さんにあげる用のお土産の費用まで出されたら罪悪感で押し潰されて、つくねになってしまうからである。タレか塩かを選ばせてもらえるかも分からないのに。

 

「勿論、月夜美も連れてくるに決まってるわよ! 月夜美だって、いつもお店のために頑張ってるもの! 掃除やレジ打ち、昼寝にお菓子パーティー!」

 

 先程まで有り難がっていた月夜美の顔が、少し複雑そうな表情に変わっていく。自分の素行を客観視したのだろうか。

 

「……お前、本当に知り合いガチャとバイトガチャに大成功したな」

「神様、私は幸せ者です」

「まだ神社に着く前だぞ」

 

 店長の俺が咎めないんだから、別にいいんだぞ。そんなに申し訳なさそうにしなくても。横にいる大事な顧客も気にしてないみたいだし。

 

 さて、まずは京都駅の中を見ることにした俺達。ホームから改札を出て、鉄骨組のアーチに囲まれた鳥籠的空間を抜けて、駅近くの商業施設内へ。

 

 途中の道は、なんだか大阪万博や近未来SF洋画などにあるような雰囲気があって、見ているだけでワクワクした。

 

 京都という街の真ん中にこういうのがあるのがいいんだよな。ヤッターマンの基地が深い森の中にあるのと同じ良さがある。

 

 あと、たまに目に入る弦巻さんのボディーガードが人混みに紛れて、それもより近未来感を増している原因なのかもしれない。

 

 駅ビルは、俺らが向かっている商業施設の上にあり、その駅ビルの中は、主にホテルや劇場や巨大百貨店が十数階層に及んでそびえ立っている。

 

 商業施設は地下にあり、駅ビルの真下と、そこから少し通路を挟んで広がっているのが商業施設。

 

 その地下の方は、もう少し気軽に寄りやすい。服屋やコスメショップ、ちょっとしたカフェやフードコートもある。

 

 あぶらとり紙だの、八ツ橋だの、なんだか色々置いてあるが、どうやら木刀は置いていないようだ。残念。

 

 今回の旅行日程は1泊2日。これから行くどこかで買えたらいいのだが。

 

 そう思いながら、和風のコスメを見て目を輝かせる月夜美に付き添っていると、いつの間にか弦巻さんは少し離れて、飲食店あたりを見ていた。

 

 俺は月夜美のパーカーのフードを掴んでずるずるとひきずって弦巻さんの方に向かう。別にはぐれたところで黒服さんがいるから安心ではあるのだが、一応。

 

「あ"〜〜! 私のポールアンドジョーが〜〜!」

「まあまあ、あれ見てみろ」

「へ? んんっ、あれは……」

 

 弦巻さんは、うどん屋の前で何やら考え事をしているようだった。

 

 視線の先には、ミニカツ丼との定食。この人、最近知ったけど思ったより庶民的でお得な食べ物に惹かれるところあるよな。

 

「……」

「腹、減りましたねぇ」

 

 俺が何気なくそう言うと、弦巻さんはこちらを見てハッとし、そして顔をぱあっと笑顔にさせる。

 

「ええ! とてもっ!」

「あら、いい笑顔! なでなでしてあげちゃう!」

「きゃあ〜っ♡」

 

 月夜美は、弦巻さんがお腹を空かせているのを察してからは機嫌を直し、今はわしゃわしゃと弦巻さんの頭を撫でている。

 

 腕時計の文字盤を裏返して見てみると、11時41分。昼飯には悪くない時間だ。

 

「俺、カレーうどんがいいな」

「私そばにします! ざるそばに天ぷら!」

「いいわねっ!」

 

 平日というのもあるのだろうか、店内はまだ幸いピーク前のようで、少し空いているうちにテーブルに座れた。

 

 と思えば、俺らが注文をした数分後くらいに、人がなだれ込んでくる。割とスレスレのタイミングだったらしい。グループ、特に家族連れの客が多いな。

 

「そうか、平日とはいえ、世間は春休みだもんな……」

「そうね! みんな楽しそうだわ!」

「人の多さよりも、その多い人の笑顔を見るこころちゃん……こりゃ大物になりますよ、店長」

 

 すでに大物みたいなもんだろう、とは思ったが、確かに器はガチの大物感がある。こう、デヴィ・スカルノさんとか、黒柳徹子さんみたいな。そういう系の大物。

 

 こんな馬鹿みたいな量の客が青美堂に来たら、間違いなくその日のうちに動きすぎて筋肉痛になってしまうな、なんてくだらない話をする俺たち。

 

 その間も、弦巻さんは続々と来ては待機スペースに並ぶ客をちらちらと見ていた。人間観察が好きなのだろうか。まあ、多少は他人に興味も無ければ、世界中の人間を笑顔にするだなんて言えないよな。

 

「あら?」

「ん、どうしました?」

 

 そのうち、弦巻さんは目を見開いて俺の後ろあたりを見る。

 

「あっ……えっ、え!?」

「ましろ! 奇遇ね!」

「えっ、知り合いですか?」

 

 弦巻さんが見る方角を向くと、そこにはセーラー服の少女がいた。弦巻さんの学校のそれとは違う服だ。

 

 白と銀の間をとったような、長すぎない髪は蛍光灯の下であっても美しく輝いており、水色みを帯びた瞳はこちらを自信なさげに見つめている。

 

「知り合いも何も、ガールズバンド仲間よ!」

「えっ!? あ、は、ハロハピさん程では……!」

「すみませーん! この子、相席してもいいかしら!」

 

 店員さんからあっさりOKされ、弦巻さんの隣、月夜美の向かいにおずおずと座る、制服姿の女性。

 

 その制服に、俺は見覚えがあった。その控えめすぎるほどの態度を考慮しても溢れ出ている気品、お上品な紺色とシルクの如き白のコントラスト。

 

 間違いない、東京の『月ノ森女子学園』の制服だ。地元では知らない者はいないくらいの、お嬢様高校である。母の母校だからギリギリ制服は知っている。

 

 俺は素直に「この方、東京の知り合いなんですか?」と聞く。

 

「あ、それは……私たち、修学旅行で……」

「ああ〜! はいはい、なるほどね。私も昔行ったな〜」

 

 月夜美が年下の女の子相手にお姉さんヅラをし始める癖には、もう慣れた。彼女がお嬢様であることは知ってか知らずか、月夜美は軽いノリで写真を撮っている。

 

 しかし、月ノ森は珍しい時期に修学旅行をするものだな。そう思っていると、彼女は遠慮しがちに目を伏せて、かつ目を合わせずに自己紹介をしてくる。

 

「あ、その、く、倉田……ましろ、です……」

「俺は香月進。よろしくお願いします、倉田さん」

「私は死戻月夜美! よろしくねっ、ましろちゃん!」

「うっ……!?」

 

 突然、向かいに座る月夜美から手を握られた倉田さんは、声にならない声を出して怯える。やはり、この方はだいぶ繊細な精神をお持ちなのだろう。

 

 お嬢様なので、こういう月夜美みたいな人間に慣れていない、という説もあるが。

 

「おい、ちょっと驚いてるだろ」

 

 俺がそうやって軽く忠告したが、すでに倉田さんは弦巻さんと月夜美に撫でられている。

 

「でも可愛いですよ?」

「何の『でも』なんだ、それは」

「大丈夫よ! ましろはちょっとだけ恥ずかしがり屋なの!」

「恥ずかしがり?」

 

 彼女が、言葉通り恥ずかしげに両手の指を先だけ合わせてくるくるとさせる。そこで俺は、はっと気づく。いや、気づいてしまう。

 

「その時計」

「え?」

 

 倉田さんの元々の上品さを際立たせる、左手についた銀色で統一された腕時計。

 

 文字盤の真ん中には、セーラー服の左胸についているものと同じマーク、つまり月ノ森の校章がついており、その金色がアクセントとなっている。

 

「……いい時計だ」

「あっ、ありがとうございます……」

 

 そんな俺を見ながら、弦巻さんは自慢げに言う。

 

「この人は時計屋なのよ! どんな時計でも直しちゃう、魔法使いみたいな人なの!」

「と、時計屋……すごい……こんな小さいものを修理するんですよね?」

 

 魔法使いみたいというのは、おそらく最近不思議な時計ばかり直しているから出てくる文言であろう。

 

 しかし、倉田さんは言葉を素直に受け取り、俺の事をただの凄腕時計屋として見ているようだ。俺よりもよっぽど上手い人が、青美堂の向かいの店にいるんだけどな。

 

 月夜美は月夜美で、「その魔法使いの敏腕助手ですっ」と胸を張っているし。とりあえずここは、その体でいこう。

 

 最近はそういう時計の修理が多かったな、と改めて思い返す。自我を持ち、外に連れて行って欲しいと拗ねる懐中時計。心を閉ざし動力源を凍らせ、部品の洪水を起こす置き時計。

 

 ただ、今日と明日は、その修理もお休み。この機会くらいはゆっくりと、修理業から心を離れさせ、羽を休めよう。

 

 そう思った次の瞬間。

 

「キミ……倉田さん、ちょっと」

「はい、何でしょう」

 

 目についてしまったものは仕方ない。俺は、左手首を指さすジェスチャーを、倉田さんに向けてする。

 

 倉田さんは不安そうな顔をして視線を手首、つまり腕時計の方に向ける。すると、彼女は顔を真っ青にして驚く。

 

「あ!? ズレてるっ……というか、止まってる……!」

「本当ね! ねえ、おじ様! これって……」

「……『故障』です」

 

 おいおいおい、と俺は眉間をおさえて仰け反る。

 

「おかしいなあ、さっきまでは動いてたのに……時々止まるんだよね、これ……」

 

 倉田さんはハッとしてリューズを回してみるが、それでも針は動かない。

 

「お……?」

「あれっ、あれ……」

「店長、なんか……空回ってません?」

「ああ……」

「な、何でっ……前はこれで回せたのに……」

 

 リューズの故障は今ちょうど気づいたということか。いや、気づいたというか、今まさに起こったというか。前まではそれで回していたというのだから。

 

「ふむむ、何なんでしょうか」

「あれ、あれっ……」

 

 顎に手を当てて、古典的な考えるモーションをする月夜美は、やがて俺の二の腕あたりに肘をごつごつとぶつけてくる。

 

 見てやれ、ということか。

 

 俺は深呼吸と咳払いをしてから、倉田さんに話しかける。

 

「……あの、倉田さん」

「はい?」

 

 舐めるな。このくらい、急かされなくても見てやる。俺は眼鏡をかけ、いつもの営業スマイルで笑う。

 

「よかったらおじさんに、その時計を預けてくれませんかね」

「へ……い、いいんですか?」

「臨時開業というやつです」

 

 倉田さんが外した時計をこちらに渡してくる。まだ少し人肌の温度が残った腕時計を「お預かりします」と受け取る。

 

「店長、道具はあるんですか?」

「俺は時計界のブラックジャックだ。いつでも道具用のカバンは持ち歩いているよ」

「おじ様、すごいわ! 本当に人を助けるのが好きなのね!」

「いいでしょう。俺は壊れている時計を見ると放っておけないんです」

 

 月夜美は、そういうことじゃあないんだと呆れている俺を見てニヤニヤする。

 

「困ってる人も、でしょう?」

「変なことを言うな。店ではそうだが、今は違う」

 

 俺は時計を見てみるが、なんだか情報量が足りない気がした。

 

 金属が組み込まれた、ツヤの輝く黒のレザーベルトが美しい。文字盤のデザインも、リューズにはめ込まれたスワロフスキーの遊び心も完璧だ。

 

 しかし、何かが足りない。

 

 うどんが来てからも、俺は数分間それを眺めていた。そして、はたと気づく。

 

「あの、倉田さん」

「はい……何ですか……?」

「これ……『メーカー』は?」

「えっ? ああ、えっと……」

 

 倉田さんはもじもじとしながら、申し訳なさそうに言う。

 

「こ、これ……コンテストの賞品で貰ったもので……種類とか、よく……」

 

 そうか。分からないのか。

 

 俺も分からない。なぜなら、何処にも『メーカー名』が書かれていない。彫られていない。表記が無いのだ。

 

 どこかのブランドのパチモンだったりする腕時計には、よくある事だ。しかし、ここまで精巧に出来ているというのにメーカー名の表記がないのは初めて見る。

 

 ただ、よく知らないにしても、パッと見『ゼンマイ式』ではないようだから、ゼンマイを毎日巻かなかったせいで止まったわけではなさそうだ。他の原因があるはず。

 

 しかし、万が一ということもある。俺は月夜美の肩を叩いて、「アレをやるぞ」とつぶやく。それだけ聞いた彼女は、ドヤ顔でサムズアップをしながら頷く。

 

「月夜美! セット!」

「おこしやすっ!」

 

 彼女は合図に合わせ、龍書文の抜拳術もかくやというスピードで、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

 そして、Z世代特有の高速タイピングで、一瞬で『例のレンズ』を起動し、俺が持っている時計にカメラを向ける。

 

「えっ、何!? なんですか!?」

「安心してちょうだい、恒例行事よ!」

「これが!?」

 

 驚いてくれるな、倉田さん。と、勘違いもしてくれるな。これは、こうでもしてモチベーションやテンションを上げないと、休日に働いてくれない可能性があるからだ。

 

 実際、現在やっているのは鑑定サービスの無償提供のようなものだし、それで動かない彼女を責めることはできないのだが。

 

 なにしろ俺は万実さんほどではないが、スマートフォンの操作にはそこまで長けていない。

 

「なんでもレンズ、撮影許可!」

「了解どすえ! なんでもレンズ、撮影!!」

 

 それを抜きにしても、この機能は月夜美に使わせるのが早いのだが。

 

 鬼の早さの検索により、月夜美はあっという間に検索結果一覧を表示する。

 

「店長っ! どうでしょうか!」

「…………」

 

 彼女のスマートフォンの画面をスワイプし、俺はそれらしき腕時計を発見することができた。

 

 そして、俺は思わず口元をおさえる。その手すらが震えてしまい、今にも膝から崩れ落ちそうだ。椅子に座ってるけど。

 

 例えるなら、適当な昼飯にサイゼを選んだら、そこにSMAPが全員集合していた時のような衝撃。

 

 人は『ここにいるはずのない物』を見た時、どうしようもない違和感と理性の瓦解をもって、恐怖という形で感情を出力してしまう。

 

 何故気づかなかった、俺。このスワロフスキー。この時計の針。このベルトの独特な構造。俺がどれだけ漫然と情報を頭に入れているか、分からされた気分だ。

 

 この時計の名前は、かの有名な『Sumer(シュメール)』の『Slow Dancer(スロウ・ダンサー)』シリーズ、その最高峰に君臨するモデル。『Butterfly-Effect(バタフライ・エフェクト)』。通常『B-E』だ。

 

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