空と君のあいだに   作:苗根杏

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12.愛のことば

「こんなのを賞品に……!?」

 

 月夜美は、俺のあまりに大きなリアクションに俺よりもビビって、思わず画面をガン見する。

 

「はあ!? 500万ン!?」

「あら、安いバイクぐらいね」

「500万のバイクって安いの……?」

 

 高えよ。

 

 いや、確かに値段も驚くべきことだ。一番分かりやすい指標だからな。

 

 だが、俺は時計の価値は、売る側の決めた値段だけで決めてはいけないと思っている。

 

 百円均一ショップにある500円のラバーバンドの時計だって割と長く使えるし、こういった車くらいのハイブランドの時計は割とデザインが攻め気味で着こなせる人と服を選ぶ。

 

 その中で、この『Slow Dancer』シリーズは、ハイブランド時計にしては珍しく耐久実験をしており、スワロフスキーも最高級のもので煌めきに事欠かない。

 

 しかもこの『B-E』は、確か俺も個人的に買ってみようとした──倉田さんのつけているグレードよりも3個くらい下のモデルだが──ものの、サイトが落ちるほどの争奪戦になった、腕時計にそこまで詳しくない世間からの人気もあるという時計だ。

 

 クソっ、ここまで知っていて何故気づかなかった。父に笑われてしまうぞ、俺。

 

「こんなに高いのに、というかこんなに目立ちそうなものなのに、分からなかったんですか?」

「……文字盤のロゴが校章だった。それにどこを探しても本当のロゴが無いから、失念していた。よく見れば分かった事だ、このフォルム! この塗装! このギリシア数字!」

 

 どこからどう見てもだろ。俺は割り箸を、折れそうになるほどに握りしめる。

 

「俺はバカだッ……」

「あの、割り箸がさらに割れちゃいますよ……?」

「なんだか落ち込んでるわね」

「店長、ほら。うどん食べて癒されてください」

 

 ハッとして、目の前に来たカレーうどんとしらす丼のセットに気がつく。冷静になって見てみると、2つとも好きなものだが、食い合わせが心配になってくる。

 

 まあいい、少し絶望して腹が減っていたところだ。俺は少し歪んだ割り箸を持ち直し、茶色くも少しだけ透明度のあるスープに浸った麺をすする。

 

 口にした瞬間、鼻を抜ける出汁の香り。鰹節が効いているのか、和風な味がする。

 

 乗っている豚肉も食べてみると、これもまたいい和風の雰囲気のブースト役になっている。豚しゃぶみたいなことか。

 

 スパイスも効きつつのこういった味は、かなり好きだ。しらす丼とも合う。しばらくすすってかき込んで、俺はぽつりとつぶやく。

 

「ん、うまい……」

「でしょお〜?」

「でしょでしょ〜!」

「な、なんで2人が誇らしげなんだろう……」

「なんででしょうね」

 

 絶望していても美味しいとは、すごいな。さすが京都、カレーうどんという料理でもこういう勝負の仕方をしてくるとは。

 

 イタリア本場には、絶望している状態だとしても食べられる『絶望スパゲティ』という、ニシンとトマトが入った激うまペペロンチーノがあるらしいが、それに並ぶぞ、きっと。

 

 そのうち、倉田さんの頼んだかけそばも来て、全員で一旦食事をすることにした。

 

 弦巻さんと倉田さんは、さすがといった感じにマナーを守って食べていた。倉田さんの手は少し震えていたが、おそらく月ノ森は『いついかなる時でも月ノ森らしい生徒であれ』みたいな事を言ってるんだろうな。

 

 がっついてネギをこぼしている月夜美に、この2人の爪の垢を煎じるなり何なりして飲ませてやりたい。大和撫子のヤの字もない食べ方するんじゃあないよ。

 

 まあ、死ぬほど美味そうに食べるところは好きだが。そういう所は万実さんにも気に入られてたし、なんだかんだと俺も飯やおやつを店でも渡してしまうのだろう。

 

 食事を終えた俺らは、一度店の外に出る。俺は倉田さんに時計を返し、質問を再開する。

 

「ちなみに、先程これを賞品と言ってましたけど……なんの賞品なんですか。これ」

「えっと、なんだっけ……春休み前に貰ったので、割と最近ではあるんですが」

 

 1分ほど立ち往生して考える倉田さんを、3人で見つめる。

 

 頭に指を当てて、一休さんのような思い出し方をした後、倉田さんは口を開く。

 

「すみませんっ! ……思い、出せません」

 

 後ろで月夜美が「しびびーん!」とひっくり返る。古いぞ。

 

「1位の賞品というのは覚えているんです」

「覚えてないのかしら? こんなに素敵なものを貰ったのに……」

「私みたいなのが賞をもらうなんて、現実味が無さすぎて。忘れちゃってたのかもしれません」

 

 俺は全力で、食いかからんばかりに、思い出してもらうために言う。

 

「いや、すごいですって! こんなものを貰うくらいには!」

「いやいや、大したことないやつだと思います」

「いやいやいや!」

「いやいやいやいや……」

 

 ダメだ、効き目はなさそうだな。というか、いくら自分に見合うことのないと思った賞だったにしても、どんなものであれ貰ったものは嬉しいだろうに。

 

 月夜美は、よろよろと起き上がって倉田さんの後ろから抱きつく。

 

「てか、他の順位の賞品もあったりしたの? 流石にこれは1位の賞品としてさ」

「……なかった気がします。賞状は貰ってたかもしれませんけど」

 

 必死に思い出している倉田さんの後ろで、時計台が13時の鐘を鳴らす。

 

 あの時計、大きくて高いから修理するの大変そうだな。などと呑気なことを思っていると、倉田さんは「あっ!」と口にする。

 

「どうしたの?」

「そろそろ班のみんなと合流しないといけないんですっ」

「え!? ちょ、じゃあ早く行きな! ごめんね、付き合わせちゃって!」

「い、いえいえ。一人ぼっちもどうなのかなって思ってたところなんです」

 

 へへっといった風に笑っているが、恐らく本心だろう。

 

「あたしもましろと一緒に居れて、楽しかったわ。ありがとうっ!」

「こちらこそ、ありがとうございます……こころさん」

 

 俺は、そうだそうだ、とカバンからカードケースを取り出し、名刺を渡す。俺の名前と、店名及び住所が載っている。

 

「帰ったら是非、青美堂に来てください。江戸川区の商店街にありますので」

「マップアプリに載ってるんですかね、うちの店」

「載ってるよ、流石に。レビューは少ないけど」

 

 倉田さんは、ぎこちなくも礼儀正しい所作で名刺を受け取り、それを見て微笑む。

 

「青美堂。素敵な名前ですね」

「親父がつけたんだ。近くの青いアサガオが美しかったのと、時計の『整備』をかけてる」

「ふふっ、そうなんですね。んふふ」

 

 意外とウケたな。ちなみに親父がつけたのは本当だが、後半のエピソードは嘘である。

 

 倉田さんはハッとし、こちらにふかぶかと一礼をし、京都駅構内にへそを向ける。

 

「では、またっ。あ、お店! 絶対行きますからーッ!」

「よろしくお願いしますねー!」

「またねー、ましろちゃーん!」

「学園祭、絶対行くわよ〜っ!」

 

 旅先で、思わぬ素敵な縁ができた気がする。決して顧客ゲットだなんて思ってないぞ。いや、正直思っているところはあるが。

 

 思ってはいるのだが、偶然に弦巻さんの知り合いとこうして顔見知りになれるなんて、素敵な出会いじゃあないか。

 

 女子高校生とアラサーが出会うという、危険そうな構図ではあるが、旅というのはこうでなくては。

 

「ふふっ、おじ様! 素敵な笑顔よ!」

 

 俺の顧客ゲットのニヤケが見えてしまっていたか。俺は口元を手で隠すも、弦巻さんは俺の腕に、ぶら下がるくらいに体重をかけてその手を外す。

 

 そのまま腕に抱きつき、弦巻さんは俺の顔を見つめる。いつもの事ながら、眩しい眼差し。おじさん焼けちゃうよ。

 

「やっぱりおじ様は、優しい素敵な人よ。とっても、素敵」

「……そ、そうですかね?」

「そうよ!」

 

 もう片手も使おうとしたが、そちらにはもう既に月夜美が抱きついていた。このまま次の目的地に行くつもりか、もしかして。

 

 俺は両手に花を保ったまま、花と共に奈良線に乗り込む。いや、この言い方はなんだかモノ扱いしているようで嫌だな。

 

 腕から離れない弦巻さんと月夜美を連れて、奈良線で稲荷駅へ。

 

 目的地に行くためには、ここから少し、屋台の並ぶ道を歩く必要がある。

 

 焼き団子だの、たい焼きパフェだの、雀の姿焼きだのといった、少し風変わりな屋台の通りを抜けると、鳥居が見えてくる。

 

 京都でもかなりの人気を誇る、二十二社や名神大社のうちの一つ。全国の『稲荷』とつく神社たちの元締め、『伏見稲荷大社』だ。

 

 イメージするような鳥居がバカスカ並んでいる所、『千本鳥居』の前に、まず重要文化財である本殿がある。俺たちは、その千本鳥居に行く前に、本殿などのある所を見ることにした。

 

 改めて肉眼で見ると、とんでもない大きさをしている楼門や、能や神楽なんかが行われていそうな外拝殿というところを抜け、内拝殿へ。

 

 数十人が並ぶお賽銭を入れる列に10分ほど並び、俺たちは普通の神社の何倍もデカい賽銭箱と拝殿の前に立つ。

 

 小銭を投げ入れ、二礼二拍手、それと一礼。俺は心の底から、今年こそは客の入りがもっとよくなりますようにと祈る。

 

 伏見稲荷大社は、商売繁盛の神様が祀られているところでもあるらしいからな。念入りに、極めて念入りに手を強く合わせて祈る。

 

 去り際に3人揃って、軽い一礼をする。

 

「店長、なにお願いしたんですか?」

「もちろん、商売繁盛だ。200回くらい言った気がする」

「あの短時間で!?」

 

 道の途中の、やたらと赤い文化財たちを見つつ、俺らは並んで千本鳥居に向かう。伏見稲荷大社といえば、と言われているスポットだ。あそこを逃す手はない。

 

「月夜美は何をお願いしたのかしら?」

「私はですね〜、なんかいい事ありますようにって!」

「ミスタードーナツかよ」

「いい事あっるっぞ〜♪」

 

 俺と月夜美は「ミスタードーナツ!」とハモるが、俺の隣にいる弦巻さんはキョトンとしている。伝わっていないのか。

 

「知らない……? ミスドのCM……」

「分からないわ! でも楽しそうね!」

 

 やめて、その気遣いはちょっと刺さる。

 

「ジェネギャ……か……?」

「嘘!? この前までやってませんでした!?」

「今から俺は、まあまあ酷いことを言うぞ。この子はプリキュア5と同い年だ」

「う"っ」

 

 坂を登りたてという今、月夜美は既に過呼吸になっている。大丈夫、キミはまだ若い。俺なんて弦巻さんとの年齢差は、ほぼほぼダブルスコアの差があるんだ。

 

 改めて認識した事実に、大丈夫と言っておきながら少し胸がざわついたので、それをかき消すために先程までの流れで話を振ってみる。

 

「そういえば、弦巻さんのお願いごとは?」

「あたしは勿論、世界を笑顔にすること……って、お願いしようとしたの」

「しようと、したの? 実際にしたんじゃなくて?」

 

 月夜美は秒で復活し、弦巻さんの言葉の一節に疑問を覚える。

 

「でも、神様に頼って一気に叶ったら、それはあたしたちハロハピの力で叶えたとは言えないわ。だから、ハロハピや他のガールズバンドや学校のみんな、おじ様に月夜美と一緒にいられますように、ってお願いしたわ!」

「こころちゃあ〜〜〜ん!!」

 

 すっかりピンピンになった月夜美は、弦巻さんの両手をとり、ぐるぐると回す。あのフリーター、体力有り余ってるなあ。

 

「願わなくてもずっと一緒だよぉ〜!!」

「ふふっ、嬉しいわ! 月夜美、ずっと一緒よ!」

「うんうんっ!! 一緒にいる!!」

 

 しかし、とんでもなく嬉しそうな顔をしやがる。月夜美も、弦巻さんも。確かに弦巻さんは、いち過去の顧客とは思えないほどに俺らとの繋がりは深くなっている。

 

 この前はバンドのライブに招待してもらったり、学校で広まった口コミのもと市ヶ谷さん等からの依頼が来たり、今もこうして京都という遠いところまで旅行に来ていたりする。

 

 そりゃあ俺だって、こうしてずっと一緒にいられたら嬉しいと感じる。月夜美がいると、店の活気が一気に増すし、弦巻さんがいれば、俺たちをあの手この手で笑顔にしてくれる。

 

 だが、いつまでもこうしているとは限らない。綺麗事で片付けられるほど、人と人の縁というのは簡単に語れないものなのだ。

 

 糸で結ばれたとしか言えないような、奇跡のような俺たちの繋がりだって、いつか誰かが引っ越したり、夢を見つけたり、突然死んだりすれば無くなるかもしれない。

 

 俺は父を思い浮かべ、無数の鳥居を通る。今は骨になっている父にも、こんな風に真っ赤な血が流れていた時期があったのか。

 

「おじ様も、ずっと一緒にいてくれる?」

「え? 俺、ですか?」

 

 前ではしゃいでいた弦巻さんが、突然こちらを見て言う。歩み寄ってもくる。

 

 その笑顔はいつも通りに見えたが、1%、ほんの0.1割だけの寂しさがあるように思えた。

 

 つられて、月夜美も走ってくる。そして、2人は俺の身体にぎゅっと抱きつく。左にはニヤリと舌なめずりでもしていそうな眼差し、右には大きな期待を込めた輝く眼差し。

 

「おじ様、一緒よね? ずっと……」

「私ともずっと一緒じゃないと嫌ですよ! じゃないと私、ニートになりますんで! こんなに待遇のいい職場……」

 

 俺は思わず、月夜美の言葉の途中で、2人を抱きしめる。

 

 そうだ。例え遠く離れても、例え土に埋まろうと、心はいつも共にいる。その意志さえ忘れなければ、きっと、ずっと共にいることができる。俺が父を忘れていないように。

 

「勿論、ずっと一緒です。その時計の永久補償もしますよ」

「きゃあっ! 嬉しいわ! おじ様っ!」

「月夜美。一生こき使ってやる」

「っ〜〜〜!!? も、も〜!! 店長ったら大胆〜っ!!」

 

 抱きしめる力を強める弦巻さんと、俺の背中をばしばしと叩いて照れる月夜美。

 

 確かに、これがずっと続いたら、幸せだろうな。俺は鳥居たちの中で、彼女たちの体温を、この腕で確かに感じていた。

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