このご時世にしては広々とした、歩道の横にある、壁が設置されただけの、喫煙室とは呼べないような喫煙所。
近くに古臭い商店街があるから、ジジババみたいにバカスカ吸う人が多いのだろうか。なにしろ有難い、と克巳は3本目のピースの火を消す。
彼がここに来てから既に20分。金色のパッケージのピースは既に3本が煙になっており、今まさに4本目をくわえたところだ。
貧乏ゆすりが激しく、周りの喫煙者からはなんとなく近づいてはいけないと思われている彼だが、克巳はそんなことは眼中にない。
それもそのはず。彼は今、友人を待っているのである。大学の文学サークルで知り合って以来、十数年の仲である彼らは、今日、10年振りに再会する。
「克巳」
肩を叩かれ、克巳は思わず跳ねそうなほどに驚く。怯えたようにも。
後ろから声をかけてくるのは、その件の友人、
髪は前と比べてすっかり伸びきっていて、反面、その中性的な顔はアラフォー手前とは思えないほどに変わっていない。
会うことこそ久しぶりではあるが、このふたりは手紙の文を通して何年も連絡を取りあっていた。今期やっているアニメの話。話題の実写化ドラマの話。昔やっていた特撮の話。そして、新人のラノベ作家についてなど。
10年ものあいだ服役していたシア。彼は克巳の肩を叩き、間近でニコニコと手を振る。緩い服がずり落ちて、前腕に彫られたシャーロック・シェリンフォードのタトゥーが見える。
「よっ。久しぶりだね」
「……シア」
「なんて顔してんの。親友の出所だよ? クラッカーでも鳴らしたらどうなの?」
今、シアに向かってぎこちなく笑う彼は、久しぶりに会って、話し方が分からなくなったわけではない。
10年前、シアは克巳を庇って懲役10年の刑を受け入れた。
というのも、彼らが会ったのは、都内の一流大学にある文学サークル。
互いにライトノベルが好きで、そういったものを書く仕事に憧れを抱きつつも、安牌の公務員コースを選んだ彼らは、再び自分の夢を見つめ直す。
彼らは、頭は悪くなかったので、学校の単位は落とさなかった。だが、彼らは人に備わった数ある感情のうちのひとつ、『嫉妬心』が強かった。
自分より若くして小説を書籍化させた者を見れば妬み、自分より上手い文を書ける者を見れば嫉み、そうして大学生活を小説と少しの勉強に費やしてきた。
ライトノベルの賞に新作を何十万文字も書いて応募しては、箸にも棒にもかからない。そんな生活が続く中、ふたりはタバコや酒に溺れていく。
「1本ちょうだいよ」
「……十年振りのタバコが金ピか?」
「だって金ないんだもん」
そしてとうとう、ヤケクソになった2人は、大手小説出版社で爆破テロを起こした。防犯カメラを潰し、証拠も残らないように。
一流大学に通うような2人がした、ミステリ小説の真似事だったが故に、下手に失敗をすることもなく、爆破は完璧に遂行された。
シアはぎこちなくフィルターをくわえ、克巳から借りた百均のライターで火をつける。
案外なんでもないように吸うシアは、昨日まで当たり前にタバコを吸っていたかのように煙を吐く。
「次は『高校丸ごと』だね」
服役中、送られてきた手紙に書いてあった『計画』に、シアは触れる。
「……すまない。俺ひとりでは、どうにも」
「まだ気にしてんの?」
克巳は顔をしかめて、乱暴に火を消す。筒型の灰皿に取り付けられた、網のある蓋にピースが押し付けられ、火が飛び散る。
10年前のテロの際、克巳の方が先に見つかりそうだと察したシアは、アッサリと自首した上に、克巳の分までの全ての罪を被った。
それから10年間、克巳はそれを後悔し続けた。ヤケクソになってしまったが故に詰めが甘くなったこと、彼の小説家になる人生のプランを崩してしまったこと。
全ての罪を彼に背負わせてしまったことを、ずっと後悔していた。
手紙の中では明るく振舞っているが、会ったら殴られてもおかしくないと思っていた克巳は、自分が今度遂行しようとしている『計画』に前向きな姿勢を見せるシアに驚いていた。
「それにしても、乗り気とは意外だった」
「誘ってくれるの、嬉しいもん」
シアはタバコを吸ったまま、肩を組んで喫煙所を出ようとする。それを克巳は、「日本は10年前ほど路上喫煙には甘くない」と制止する。
肩を組んだまま、喫煙所の出入り口付近でシアは「厳しくなったんだな」と唇を尖らせ、タバコを吸い続ける。
「お前が良ければの話なんだが……」
「あのとき庇ったのは僕の勝手だし。それに、乗ってくれると思って提案したよ」
フィルターギリギリまで美味しそうにピースを味わったシアは、千鳥足で喫煙所の外に出る。
そして、いわゆるシャバの空気を腹式呼吸でしっかりと吸って吐く。
「自由になったんだ。自由にやろう」
「……ありがとう」
克巳はその生まれつきの仏頂面で、顔色ひとつ変えずに背後を親指でさす。
「そこに珈琲屋がある」
「カツサンドあるかな〜」
「無一文だろ」
「でも奢ってくれるんでしょ?」
「当たり前だ」
「キキキッ、そうでなくっちゃあね」
かつてワナビ大学生だった、あの頃のままのような空気感で2人は話しながら、チェーン店の喫茶へと入る。
シアは猫を象った配膳ロボットを見て、はしゃぎながらメモを取っている。その手にある紙のメモと鉛筆は、刑務所の私物だったことから、出所時に渡されたらしい。
刑務所きっての模範囚で、刑期まで縮んだ彼は、まるでいい子にしていた子供がサンタクロースからプレゼントを貰ったかのように、これまでの失った時間を取り戻そうとするようにもはしゃいでいた。
店の中や窓の外を見つめ、心底楽しそうなシアを見て、少し複雑な克巳。自分がこうさせてしまったという罪悪感は、一生消えないことだろう。
克巳は、タバコをねだるシアに「今は全面禁煙だ」と言いながら、カバンから取り出したタブレットを見せる。
そこに映っていたのは、『花咲川女子学園』の公式サイトだった。いま2人がいる店からもそこまで遠くない位置にある、中高一貫の女子校である。
「この高校に、あの『
神坂沙霧。克巳の調べたネットの情報によれば、花咲川女子学園の文芸部にいる現役作家で、まだ高校2年生とのこと。
デビューは去年、ネットの小説サイトからプロの出版社に引き抜かれて鮮烈デビュー。若年層を中心に人気な、いわゆる『余命系』の恋愛モノを書いている作家だ。
文章力こそ、今ここで昔を思い出して心の火がくすぶり出した2人に比べると下ではあるが、若者の心を揺さぶる共感力においてはピカイチの才能を持っている。
結局、小説なんてのは、自分の頭にあるイメージを文章にして出力するものなのだから、自分の恋愛観を頭から鮮明に出せるなら、そりゃあ人気も出るだろう。
シアが数ヶ月前、彼女についての話を手紙で知った時、返事の手紙に書いた言葉である。
「……キミの手紙や、新聞で見たことあるよ。天才作家、だっけ? バカバカしい。10年前のケータイ小説の再来だ」
「どうせ、アホみたいな文芸部だろうな」
「間違いない」
憶測であることを忘れてしまうくらいに、堂々と言い切る克巳。シアもそれに同意し、アイスコーヒーを啜る。
突然、ハッとしたようにシアはメモ帳を構えつつ克巳に聞く。
「他に天才っぽい子とかいないの? その高校。あ、ホンモノの天才ね」
「すまない。そこまでは調べきれていない」
「なーんだ、残念。そういう子がいたら、仲間として引き入れることもできそうなのに」
「ここら辺でそういうのを探すなら、慶鵬だな」
シアは、自ら逸らした話を元に戻すように、手紙で聞いていない『計画』の詳細を聞く。
「てか、ここ女子校じゃん。侵入する手立てはどうするの? 配達業者? 用務員? それとも……」
克巳は遮るでも続けさせるでもなく、ただシアの方に向けたタブレットを、テーブルに仰向けに伏せさせて操作して、去年の学校行事の写真がまとめてあるニュース欄を出す。
そこには、『花咲川女子学園文化祭』と書かれたタブがあった。そこを開くと、屋台が並び、文化部が数々の発表をする、典型的な文化祭といった写真が載っていた。
「もう少しすれば、学園祭がある。そこに大学生気取りで侵入すれば問題は無い」
シアはサイトをスクロールし、少女たちの姿を見ながら「シャバに出てすぐ女の子に囲まれるイベントがあるなんてな」と、冗談交じりに言う。
今の彼にあるのは、純粋な破壊の欲のみ。刑務所という自分を縛る鎖から解放されたばかりで、ハイになっているのだ。
「あとどのくらいで行われるんだい」
「今日でちょうど、あと2ヶ月だ。今年は少し遅く開かれるらしい」
「2ヶ月……ちょっと余裕が無いな」
シアが爪をかじりながら言う。
「だって僕、バイトも無いんだよ? どうすんのさ。ここはとりあえずキミの奢りってことでいいけどさ」
今のシアが就職出来るバイト先は限られている。事情も何も聞かずに雇ってくれる、お人好しの店主がいる個人店を狙っていくしかないのだろう。
そんなもどかしそうなシアに、それも予測済みだとばかりに、克巳がタブレットの検索エンジンアプリを閉じ、写真フォルダに移行する。
そこには、個人的に撮られた花咲川の写真、ネットに流出していた神坂沙霧の個人情報、そして『時計のついた何か』などの写真があった。
「待ちくたびれて、俺がもうあらかた準備したところだよ」
「ナイス!」
指を鳴らして、「ありがとう」と微笑むシア。そんな彼に、少しは自分も恩返しをしたいと思っていた克巳は、ぎこちなく笑う。
シアは写真の中でも特に気になったものを指さす。
「何これ?」
それは、懐中時計のついた何かが入った箱。周りから見れば、見るからに爆弾だが、『見るからにすぎる』。
あまりにも爆弾らしいフォルムをしているのだ。ダイナマイトに様々な色の配線、そしてタイマー。
しかし克巳曰く、「見えているコードやそのフォルムは飾りだ」というので、シアは思わず首を傾げる。
「その時計の『ぜんまい』を巻けば、3時間で爆発する。これを文芸部に仕掛けるんだ」
彼らの『計画』。それは、未来のある若者もろとも、バカばかりの文芸部を爆破しようという作戦である。
今後、自分たちのようなワナビが生まれないように。神坂沙霧の書いた小説、あんなのは才能でもなんでもないと分からせるために。
そして、昔に自分たちをいじめていた女子高校生という生き物を、無闇矢鱈に傷つけてトラウマを残すために。
世間に向けた演説のようなテロをしようというのが、2人の思想の擦り合わせによる最終着地点だった。
元は克巳としては、神坂沙霧が気に入らないというだけだったが、どうせやるなら前よりも多くの人を傷つけようと、たくさんの人を殺そうと、シアが提案してきた。
「時計……これ、キミのおじいちゃんの時計じゃあなかった?」
「いいんだよ。金にもならねえし」
10年前までは、克巳があの時計を肌身離さず持っていたということを、シアは覚えていた。そして、その懐中時計の持ち主だったとされる克巳の祖父が、服役期間に亡くなっていたはずだということも。
克巳は、殺してはいないものの、数々の人間を傷つけた立派な犯罪者であることを、祖父に隠したままだった。そのまま死んだ祖父の骨を海にまいたのも、彼だった。
克巳は今日で一番複雑そうな顔をして、タブレットの電源を切る。
「あの時計の機構は『ぜんまい式』だ。電池を外したら止まる時計に比べて、随分と時間がかかる」
「ふうん……からくり仕掛けってことね」
「ああ」
常日頃持っていて、修理にも出したことのある克巳が、あの時計のことを、一番よく知っている。
少なくとも、そこらの爆弾解除班が来たところで、そのあまりにもアナログ的すぎる仕組みに困惑するであろうというのが、克巳の思惑だった。
「必ずや、悪しき文化を滅ぼそう」
自分の中にある後悔や罪悪感、そういった様々な感情を誤魔化すように、克巳は握りこぶしをシアに突き出す。
その克巳の手を見て、シアは満面の笑みになって、あの頃のように無邪気に拳を突き合わせる。
「ウン。僕らの明るい未来のために」
「日本の美しい文化のために」
「「ずっと金ピカでいるために」」
そして、互いのコーヒーのカップをかちんと合わせ、ぐいっと飲み干す。
かつてシアといた頃は、砂糖入りのコーヒーしか飲めなかった克巳も、今ではブラックをグビっと飲めるようになっていた。
そんな姿を見て、なんだか感慨深くなってしまったシアは、大股を広げて手をソファにかけ、天井を見上げる。
まるで、青春を取り戻しているようだ。10年前、出版社の従業員を脅しながら、圧力鍋爆弾を仕掛けている時にシアが発した言葉だ。
それぞれ、少し違えど、大元の思想は同じである2人は、同時に立ち上がってレジに行く。
そして、ぱたぱたと走ってきた従業員に、シアはスタンガンを当てる。堂々と、だ。それと同時に、もう片方の手で、テーブルから持ってきていたフォークを監視カメラに向かって投げる。
一般的な善良な市民である、ただの喫茶店の従業員は、思い切り子供に踏まれたカエルのような情けない声を一瞬だけあげると、倒れてしまう。
監視カメラは、レンズの部分にフォークがキレイに刺さる。爆発することも無く、そのまま光を失うカメラ。克巳は、よくアニメキャラの真似事でここまで出来るなと、改めてシアに対して畏怖に似た感情を覚える。
キキキ、と独特な笑い方をしながら、泡を吹いて倒れている様子を見て、店を去るシア。それに遅れてついていく克巳は、急ぎ足だった。
「走らなくても、そうそう捕まらねーよ。あの店、人少なかったし。コーヒーも不味かったしな」
「お前、俺のカバンからパクるなよ」
シャバに出て一杯目のコーヒーが口に合わなかったシアは、こんなくらいの罰は食らって当たり前とばかりに、堂々と商店街を歩く。
彼は常に薄ら笑いを浮かべているので、そんなこととは露知らずの克巳は、今でも心臓がバクバクしている。
こんな事ではダメだ。早く、シアに追いつかなくては。劣等感が自分の中に、じわじわと広がっていくのが、克巳は嫌という程に分かってしまった。
心臓の鼓動を誤魔化すように、克巳はシアに鍵を投げる。この日のために克巳があらかじめ借りておいた、ボロアパートの鍵だ。
「ついてこい。お前の部屋がある」
「やったー! え、隣?」
「俺の1個上の階」
「ええ〜……隣が良かったなあ」
「空いている部屋がそこしか無かったんだ」
「ホントにィ?」