21.Jumpin'
花咲川女子学園文化祭は、屋外に設置されたクラスごとの屋台や、文化部の活動発表を主とした、学園有数のご褒美行事である。
市ヶ谷さんのご友人が実行委員長となり、弦巻さんもあらゆる面で協力して頑張ってきたと言う。
そして今日、文化祭当日。俺と月夜美は、弦巻さんと市ヶ谷さんからの招待を受け、文化祭の会場にいた。
招待と言っても、元々誰もが入れるようなオープンな学園祭なので、花咲川以外の制服の学生もちらほらと見られる。
ので、こんなフリーターとおじさんもすんなりと入れる、というわけだ。俺は校門付近で立つ弦巻さんと市ヶ谷さんに、深々と頭を下げる。
「誘ってくれて、ありがとうございます」
「とんでもないわ! あたし達が来て欲しくて誘ったの、たくさん楽しんでちょうだい!」
「そうだな……あの、それより店長さん。相方さんがすごい事になってますよ」
市ヶ谷さんが指す先には、俺の隣にいたはずの月夜美が、たこ焼きやら綿あめやらに目を奪われて既に校内に入っている。
「美味しそうで安い食べ物が沢山ありますなあ……んふふ」
確かに、地元の祭りくらいには沢山の種類の屋台がある。
中にはパンケーキやクレープなんて本格的なのもあるし、価格帯も低めだ。月夜美のような食いしん坊には嬉しいイベントだろうな。
それはそれとして、俺は相方の首根っこをとっ捕まえ、ハンカチで口元を拭ってやる。
「月夜美、ヨダレ」
「えっ? いやいや、そんなアニメキャラじゃあるまいし、気づかないうちに垂れてるだなんてそんなそんな……うっわビショビショだ!?」
「フリが長いよ」
月夜美はコテコテのお笑いが好きだからな。俺はふと、そういえば、と振り返って市ヶ谷さんに聞く。
「市ヶ谷さん、あの後、『タウマゼイン』はどうです?」
「元気に動いてますよ。あの後の大晦日も、この前の盆も」
「それは何より……あの時は危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
俺が改めてお詫びをすると、月夜美も思い出したように頭を下げる。
「あっ、そうだった! ごめんなさい! 私もなんか御足労かけちゃって!」
「えっ!? いや、いやいや! そんな言われるほどのことでもないですよ! 怪我もしてないですし!」
「あの時のことはよく分からないけれど、無事でよかったわね!」
万実さんにもよろしく頼むとお願いし、弦巻さんから校内のどこで何をやっているかのマップを貰う。どうやら外部からのゲストもそこそこの数来るらしい。
近くにある大学の演劇サークルの公演だったり、大道芸人のショーだったりが代わる代わるに行われる、校庭中央のステージは、高校の文化祭にしてはなかなか大きい規模の舞台だ。
ある程度外で食べ物を買い、校舎に入ると、学生たちの作った看板やらアートやらが校内を彩っている。
中等部も含めてそこそこ広い校舎なので、今はまだ昼の12時過ぎだが、夕方までたっぷり楽しめそうだ。
想像以上に気合いの入ったイベントに、俺は内心、というか見るからにテンションが上がっていた。月夜美は実際目に見えてはしゃいでいた。
ホントにいるんですね。綿あめ2本を両手に持って喜んでる子って。アニメじゃないスか。
14時になったら、市ヶ谷さんや弦巻さんのバンドがライブをやるらしいので、それまでそこら辺のお化け屋敷なんかに入っていようかな。月夜美、ホラーには強いし。
と、校内1階の奥に進もうとした時、休憩用ベンチに見慣れた顔が。
この前、とんでもない高額の時計たち──後で計算したら買取相場の総額は約1200万円だった──の修理を頼んできて、それからも何度かうちの店に来てくれた、倉田ましろさんだ。
月ノ森の制服を着て、ちょこんと座り、惣菜パンを頬張っている。小動物的な可愛さがあるな。
「倉田さん。来てたんですね」
「え!? ましろちゃんも来てる!?」
「あっ、進さん!」
驚く月夜美と共に挨拶に行く。すると、ちょうどパンを食べ終わったのか、こちらに小走りで向かってくる。
俺が向かうからいいのに、と思ったが、倉田さんは目を輝かせてこちらに走ってくるものだから、とりあえず迎えてやるかと立ち止まる。
すると、止まった俺の胸に、小走りのスピードのまま顔を埋める。つまり、突っ込んでくる。そのまま倉田さんは、俺の背中に手を回して、抱きついてきたのだ。
「嬉しい……」
「あーっ!? イチャイチャしないの!」
そこじゃないだろう。まず30歳のあばら骨を心配しなさいよ。俺、もう若くないの。ちょっとのことで身体のあらゆる部分がイカれるかもしれないんだぞ。
「倉田……さん……?」
「……ふふ。会えて嬉しいです、進さん」
ダメージを負いながらも、俺は倉田さんに落ち着いて話しかける。
「今日は誰かに誘われて遊びに来たんですか?」
「あ、いえ。ライブをしに来たんです」
その言葉を聞き、月夜美は「そうなの!?」とパンフレットをぺらぺらとめくる。
すると、これまた大きな声で「まさかまさか、そんな事が……ある〜っ!?」と驚きながら俺にパンフレットのページを見せてくる。さりげに、抱きつく倉田さんを引き剥がそうとしつつ。
月夜美。あんまり力を入れると、俺のHPまで減っちゃうぞ。そう心の中でつぶやきながら見てみると、確かにそこにはアー写つきで『Morfonica』が載っていた。
他にも色々なガールズバンドのライブがあるらしい。勿論、『Poppin’Party』や『ハロー、ハッピーワールド!』の文字もセトリに見られる。
恥ずかしそうに笑う倉田さんは、抱きついたまま俺を見上げて、俺におねだりするように言う。
「私の歌、ぜひ……聴いてください」
「はい。勿論です」
本心からの返事をすると、一気に服の背中が引っ張られる。月夜美が、俺を背負い投げんばかりに引っ張っているのだ。
「行きますよっ」
倉田さんは、俺の脇腹あたりから顔を覗かせ、珍しく挑発するように笑う。
「嫉妬してる……」
「誰がぁ!?」
「すみません。こいつ、なんか意地っ張りなくせに俺の事好きで……」
「ちょっ、え!? はあ!? すっ、すすす好き……とかじゃ……!」
俺の服の背中あたりを一気にパッと離し、あわあわと顔を真っ赤にして慌てる月夜美。
そんなに恥ずかしいのか。俺からしたらバレバレだし、別に言われても恥ずかしくない、むしろ堂々としているものかと思っていたが。
倉田さんの方が堂々としているぞ。月夜美に手を離された反動で前のめりになった俺を、体重をかけられながらも熱い抱擁で支えている倉田さんは、短く笑う。
「……私の方が、好きです」
「はぁ!?」
「ああ、分かった分かった。これはまた今度店で話そう」
倉田さんは倉田さんで、なんで俺の相方に嫉妬しているのか分からない。
いや、本当は分かっているのかもしれないな。
心の芯、腹の底、胸の奥では分かっているものの、認めきれていないというか、社会通念上のセーブ力でギリギリ踏みとどまっているだけで。
俺に向かって、とろんと蕩けた眼差しを向ける倉田さんは、心底幸せそうな顔で手を振る。
「また行きますね。青美堂」
「ええ。あと今度はチップ制度が禁止ってこと、ご友人に知らせてくださいね」
「べーっ、だ。どうせ私が一番です」
「ふふ……っ」
月ノ森の生徒から、全員合わせて50万くらいのチップが渡された日は、高熱を出して寝込みそうになったほど衝撃を受けたものだ。
それにしても、月夜美も月夜美だ。ここまで張り合わなくてもいいのにな。相方として一番長くそばに居るのだから。
俺は月夜美の背中を撫でながら、機嫌を直してもらえるようにと、優しく囁く。
「んっ……店長?」
「……月夜美」
「な、何ですか」
と、思ったが、どうしても気になったことが口をついて出てきてしまう。
「綿あめ、もう食ったのか」
「……だって、我慢できなくて……」
「倉田さんと話してた時にはもう食ってたよな」
「綿あめは空気ですから」
「違うと思う」
そこから俺らは、校舎の色々なところを見て回った。定番の喫茶やお化け屋敷、珍しいものではコーヒーカップや巨大すごろくなんかもあった。
改めて、高校時代を思い返す。10年以上も前、俺たちはこれを運営する側だったのか。確か俺たちは、男女逆転カフェだの自主制作映画の上映だのをやってたな。
ハルヒに影響を受けてバニーガールで客引きをする奴も少なくなかった。いい歳だったな。
気になっていた人のバニー姿を思い浮かべながら歩く、体育館前の渡り廊下。ふと、こんな声がすれ違いざまに聞こえた。
「初めまして。香月進くん、それと死戻月夜美くん」
例えるなら、校長先生に廊下を走っているところを呼び止められた時のような、軽い威圧感が背中を伝い、ぞくっとする。
そうでなくとも、突然フルネームを誰かに呼ばれたものだから、ばっと振り返る。もちろん月夜美も同時に。
一目見たときの感想は、伊藤博文のようなヒゲの人。
なんだかカチッとしすぎないスーツと、上品な金の装飾があしらわれた黄色のネクタイ。
明らかに正装。しかし結婚式でも葬式でも、冠婚葬祭のどれでもない、例えるなら豪華客船で行われるパーティーのような場所に会う服だ。
そして、周りにはSPのような、サングラスにスーツ姿の屈強な男がふたり。ブレイキングダウンとやらであれば、割といい所までいけるだろうな。
もちろん、3人とも知らない人だ。
「知らない人ですね。店長、知り合いの方ですか?」
失礼なやつだ、と言おうとしたが、俺も見たことがない人である。俺が「あの、どなたですか」と聞くと、彼はハッとしたような顔をする。
そして、「これは失礼、こちらから名乗るべきだったね」と、ロマンスグレーの髪をかきあげて、ニヤッと笑う。
「弦巻
その苗字に、俺たちは聞き覚えがあった。俺は頭の中の全体に、一斉にあの笑顔が思い浮かぶ。
「!?!?」
「な……ッ」
月夜美は声にならない驚きを隠せず、俺の腕に抱きついて跳ね上がる。
弦巻さんのお父さんは、名刺を2枚、こちらに差し出す。俺も慌てて、青美堂店主としての名刺を、腰を95度曲げて渡す。
月夜美はパニックになって、先程参加した、生徒会の出し物であるクイズ大会に優勝した景品の、文化祭の全店で使える10%引きクーポンを土下座しながら渡している。それ、金持ちが一番要らないやつだろ。
しかし、そうなってもおかしくない程に、彼からは『オーラ』が漏れ出ている。自信や希望、明るい感情、それらの乗った金色のオーラが後光のように出ている気がする。
SPのような人達は、その後光のようなものが眩しくてサングラスをつけているのか? そう思えてしまうほどに、彼は輝いて見える。
そして、年上の男性というだけではない威圧感も持ち合わせている。俺が彼を見てイメージした動物は、そのヒゲを含めた印象だが、完璧にプライドのボスのライオンであった。
その印象とは裏腹に、彼は娘さんによく似た笑い方で、俺と月夜美の肩に、ぽんと優しく手を乗せる。
「ふふっ、そんなにかしこまらなくても良いよ。取って食うわけじゃあない」
「……何の御用で」
俺は汗ダラダラで、なんとかその言葉を喉から絞り出す。彼は無言で、スーツの内ポケットを探る。
そして、1枚の紙っぺらを出してこう言う。
「依頼をしに来た」
よく見ると、そこには金額欄が空白の小切手が、人差し指と中指で挟まれて、初秋の風に揺られていた。
生徒たちも行き交う渡り廊下。彼は、横に並ぶ俺と月夜美の間に顔を突っ込み、低い声でこうつぶやくのだ。
「娘たちのいるこの学校を、守ってくれ」
「はい……?」
「……へっ?」