「あの、その! 爆弾が! 15時くらいに爆発するんです!」
軽くパニック状態になり、神坂さんが誤魔化してくれたことをバカ正直に、しかも詳細に話し出す月夜美。
「うわー、梶井基次郎ジョークがパクられてる」
「な。え、お姉さんも小説好きっスか?」
部屋にいる、神坂さん以外の2人のギャルが、せっかく明らかな不審者に対して温厚な態度を取ってくれているのに、うちのバカフリーターは「ホントなんですって!!」と叫ぶ。
そして、月夜美に曲げず劣らずのあわて具合を俺の横で見せている神坂さんは、「う、ウソに決まってるよ! ねっ、ね!」と俺の肩を掴んで笑う。
キミは真実を知ってるんだから、せめて解除の邪魔にならないように誤魔化してくれよ。今けっこう危なかったぞ。ドライバーを握る手に汗が滲むのが分かる。
汗ダラダラでパーツを外していく俺に、神坂さんが囁く。
「あの人なんなの? ワトソンってレベルじゃあないでしょ!」
「うちの店のアルバイトです」
「もっとマシな従業員連れて来れなかったわけ!?」
「俺とあいつの2人でやってるんですよ」
「じ、自転車操業……!」
小難しそうな言葉を知ってるんだな。さすが文芸部。言葉の端々から、語彙力と知性とギャルのノリが一斉に噴き出している。
俺が月夜美を部屋からつまみ出そうとすると、ギャルたちは声のトーンを少し落として月夜美に質問する。
「……なに? マジなんすか?」
「大マジです」
「この部屋にあるっての?」
「だから、それをあのおじさんが私に教えてくれてですね」
おじさん言うな。というかもう何も喋るな。
「じゃあ、さっきからいじくってんのは……?」
ギャルたちと月夜美が、一斉にこちらを見る。俺は背中を向けて修理しているのだが、振り返って話を聞いているのが、目が合ってバレた。
休み時間、寝たフリをして聞き耳を立てていたのが陽キャにバレた時のような冷や汗が出てくる。
そういえば、俺は高校時代、ある程度の大きさのグループに所属してはいたが決して生粋の陽キャという訳ではなかった。
今になってこの、ギャルと月夜美しかいないシチュエーション自体に緊張している。爆弾より現実みがあるから。
それはともかく、俺は額の汗を拭い、にっこりと言ってみせる。
「時計の修理です」
嘘は言っていない。月夜美も「そう言われたらそうだけど!」と不服そうに言う。なんで不服そうなんだ。キミ、戦犯側だぞ。
くそっ、時計の修理に神経を使っているから、気の利いた事はあまり言えない。軽く知恵熱で湯気でも出そうな頭が痛む。
すると、ギャルたちは俺に言う。
「ガチ爆弾……ってか、爆弾っぽすぎじゃね?」
「ああ、それはあーしも思った……」
神坂さんが同意する。もちろん、俺も心の中で思ったが。あまりにビジュアルが爆弾すぎる。
個人的には、ここまで爆爆しいビジュアルでも見つからないという、もし仮に見つかっても解除できないという自信の表れだと思うが。
「現実は小説より奇なり? ってやつ?」
「だねー。ウケる」
「ウケてる場合!?」
「そ、そうですよ! ここから離れた方がいいです!」
神坂さんと月夜美がそう言う中、ギャルたちはケラケラと笑って部誌をまとめ始めたかと思えば、首から提げる台のようなものにそれを乗せる。
そして、教室のドアに寄りかかって、ひときわ巻き髪のすごいギャルが俺たちに向かってこう言う。
「あたし達、できるだけ人は遠ざけっから。訪問販売してくる」
もう1人のルーズソックスが似合う平成風ギャルも、即売会でよく使われる小銭ケースや紙幣を入れる小袋を持って、そのギャルと共にドアを開ける。
「その代わり! 絶対直せし!」
甲州弁みたいなギャル語でそう言うと、ギャルたちは走って出ていく。程なくして、「部誌いかがっすかー!」という元気な声が聞こえる。
ギャルのマインドは心の中に少しでもあると精神衛生上いいと聞くが、こんな異常事態でも役立つものなんだな。
「いや、あの子らが冷静すぎるだけだし……」
神坂さんは呆れたように壁にもたれかかって携帯をいじる。
「マジで直してよね? ホントに。もう邪魔しないから」
「俺は時計屋だ。この世にある時計なら、どんなものでも直す」
そう言う俺に、「あ、そ……」と言い、しばらく教室に沈黙が流れる。14時11分、本当にほぼ全員がステージを見に行っているのか、廊下にも人はほとんどいない。
そういえば、これが解除できない限りはライブにも行けないのか。
市ヶ谷さんや倉田さん、弦巻さんには申し訳ないな。前2人に対する言い訳はどうしよう。
月夜美は恐らくやることもなく、ハラハラしながら俺の手さばきを間近でしばらく見ていたが、途中ではたと気づき、神坂さんに声をかける。
「あなたは……逃げないんですか?」
「あー、ちょっと今アイデア浮かんで筆乗ってっから……」
「えっ!?」
亡くなる間際まであーだこーだと考えながら作品作りを続けた漫画家の話は聞いたことがあるが、この人もそのタイプか。
それでもどこか引っかかるところがあるのか、「逃げた方がいいですって! てか私と一緒に逃げます!?」と震える声で言う月夜美に、神坂さんはため息混じりに返す。
「だって……はあ、まあいいか。あーし、本出してるから」
「……その本を今、あの子たちが売りに行ったのでは?」
「
彼女は、恐らくそこに執筆しているのであろうというスマホを手放さず、打ち込むことをやめず、教室の隅にあるカバンの中を探る。
そこから出てきたのは、なんだか見た事のあるイラストレーターの描いた表紙の、文庫本であった。
「知らない? 『余命1年の君と過ごす非日常の中の日常』」
「えっ!!?」
月夜美は今日一番の大声で驚く。
「あのドラマの!?」
「ん。今度やるよね」
「いやいや、作者が他人事みたいな……」
どうやらドラマ化が今度行われるというらしい小説を書いているという神坂さんは、それ自体は何でもないように、真剣な目で執筆をしている。
「そんなに設定も改変されてなさそうだし……まあ、見るっちゃ見るけど、そんな話すこともないっていうか?」
なんか、かっこいいな。ストイックな現役小説家の女子高校生が、ギャルだらけの文芸部にいるって。
「あのあの! 私、イケメン俳優が出るって聞いて原作読んだんですけど、すっかりハマっちゃって! 今度サインお願いします!」
「そのくらいスペシャルサンクスだっつの……今、執筆してるから」
「あ!! すみません!!」
「ねー、時計屋さん。この子の声のボリュームを落とすツマミは?」
「首を絞めれば小さくもなるでしょうね」
「店長に絞められるならいいですけど」
「お前……」
俺らがそんな緊張感のない会話をしていると、廊下の方から何やら大きな声が聞こえる。
耳をすましてみれば、こんな声であった。
「さあさあ、寄っといで〜。天才作家サマ、『神坂沙霧』さんの頑張って書いた小説が見れるよ〜」
それが聞き取れた頃に、教室のドアは乱暴に開かれた。
「ッ!?」
「……おろォ〜?」
そこには、おそらく声の主であろう者が立っていた。
中性的な顔立ちがまず目に入る。長いまつ毛に、塩顔系のあっさりとした顔立ちだが、目は大きい。
長い髪を後ろの下側でまとめていることもあり、声を聞かなければ性別は分からないだろう。
いや、性別なんて分かったところで現代ではさほど大したことではないのだろうが。性別で決まるものなんて、入るトイレと乗れる車両くらいか。
ここのような男女別学の学校に入学することだって、性別が違っても容易にできるかもしれないという世の中だから。
男性にしては高めの声で、彼は俺らに話しかける。
「何してくれちゃってんの」
その後ろには、なかなか教室の中に進まない彼に困惑している老若男女のお客さんが、ぞろぞろと並んでいる。余計なことするなあ。
「皆さん、離れてください!! 爆発しますよ!!」
月夜美は思わず叫ぶが、さすがに学んだのか、やばいとばかりに口元を手で隠す。
「えっ!? 何が!?」
「あ……その、私が!」
「あなたが!?」
先程よりも真実はボカせているが、不審者っぷりはさして変わらないな。
しかし、この男、何者だ。その大人びすぎた外見と、ここが女子校だという点から、文芸部員ではないだろうし、顧問なのかもしれない。
そんな俺の平和ボケした考えをよそに、彼は俺の頭めがけて、思い切りつま先をぶち込んでくる。
「!?」
咄嗟に頭を下げて避けたはいいものの、その蹴ったままの足で、俺の背中を踏んでくる。
「くっ……」
「ちったあ速く動けるじゃん。その感じで元ヤン?」
元ヤンなのは否定しない。なんせ今、この惨めな状況に軽くイラッとしてしまったからな。
しかし、ここで変に挑発になるようなことを言えば、自爆しかねない。
「ここから……離れてください」
「そう言われて、正直に離れるとでも思ってんの?」
背中を踏む足に力を入れ、キキキと笑う彼の表情は俺からは見えないが、後ろの腰が抜けた月夜美なら見える。
全く立ち上がれない。俺も鈍ったな、などと思い、情けない声で俺は彼に問いかける。
「あなたが……犯人か……」
「そうだと言ったら?」
こいつかよ。もしかしたら全く別人の、ただの野良狂人かもという可能性を捨てきれなかった俺は、その期待ごとばっさりと斬られたように頭をがくっと床に落とす。
あの何を言ってるか訳が分からないくせに何故か圧倒される、バシャウマの動画みたいな予告を書いたのも、こいつか。
しかも、より被害者数を増やすために、文芸部にわざわざ客を呼び込んだな。少し時間が早い気もするが、どうせ監禁でもするつもりだったんだろう。
俺は起き上がろうと、床に手をついてギリギリと力を入れてみる。しかし、思った以上に立ち上がることができず、彼はそんな虫のような俺を見て笑う。
そして、踏みつけるのをやめたかと思えば、その足で、床につけた俺の手に思い切り体重をかけてくる。しかも利き手である右手に。
明確に、骨が折れる音がした。分からない、関節が外れた音かもしれない。どちらにしろ、変な汗が出る痛みであることに変わりは無い。
俺は必死に声をこらえ、それでも爆弾だけには手出しはさせないと、左手で必死にかばうように隠すが、彼は何ともないように「ご苦労さんなこった」と、グリグリと足を動かす。
筋肉と皮膚に包まれた骨が動き、それによって繊維やら何やらが傷ついているのだろう。
ただ、今の俺はそんな事をいちいち考えていられないくらいに耐え難い痛みを受けている。
「ッ〜〜〜……!?」
「キキッ、意外に可愛い声出すね。ASMRでもやったら?」
経営に困ったらやってやるよ。相方がなんと言うか分からないが。
そして彼は足を離し、床に丸まって右手を押さえる俺の土手っ腹に蹴りを入れる。
「手応え、無さそうだなあ。つまんない」
「がぁッッ」
教室の壁側、月夜美の立っている方向に蹴られて、彼女の足元に転がり込む俺。そんな俺を見てやっと、彼女はハッとして俺を揺さぶる。
「店長!! 店長、しっかりして!!」
まだ意識あるよ。辛うじて。だから揺さぶっても特に何も無いよ。キミは本当にバカだな。職員でも呼んできなよ。
と思ったところで、俺が思ったのと同じようなことをしようとした中年のおじさん、つまりお客さんのひとりが、情けない声をあげて倒れる。
ドアから見える倒れ方から察するに、金的されたらしいな。くわばらくわばら。
さて、開いたドア越しに中年の玉を蹴った穢れの塊のような足で、女子校の文芸部という花園にずんずんと戻る彼。
ちなみに、中年の玉が穢れていると言いたいのではない。中年という、そこそこの年数を生きている人生の先輩の、一番の急所を蹴るなどという非道な行いをした足が穢れていると言いたいのだ。
彼は神坂さんの方を一瞥して言う。
「おまけにそっちのカスも、品性のかけらも無いようなカッコだもんなァ……」
「なっ……なんですって!?」
確かにスカートは短い。こうやって俺のように床に伏せていれば余裕で中身が見える。
彼女のプライベート保護のため、柄や色は言わないが、品性に欠ける下着であることも確かである。
しかし、いくら彼女が髪を染めていてネイルもバチバチだからって、スカートが短いからって、下着が高校生にしては大人びすぎているからって、カスは言い過ぎだ。
彼は試し読みの冊子を手に取り、教室の椅子にどかっと座る。
そして、うんうんだの、はえーっだのと1人でぶつぶつ言いながら速読並のスピードでペラペラとページをめくる。
小説に精通しているのか。彼は読み終わった冊子を自分の後ろに投げ捨て、立ち上がり神坂さんに詰め寄る。
「地の文も詰まってねーし……やる気ある? お前ら、どーせハルヒやシャナの原作も見てねーだろ」
「せ、世代じゃない! てか、あーしラノベ作家じゃねーし!」
「チッ、古くせえ作家ばかりに影響されやがって」
その冊子に書いてある小説が、目の前にいるやる気がなさそうな格好のギャルが書いていることを知っているかは知らないが、彼はその長い足を、彼女の後ろの壁につける。いわゆる足ドンというやつだ。
「ヌルい仲間内でバカやってる暇あったら、慶鵬くらい受かれるように勉強しとけよ。バカみてーな格好も似合うぜ、なんせバカだからな。こんな小説しか書けないんだからなぁ! ……どーせ運良くどっかで連載したって、すぐ打ち切られるさ」
最後の一言が、実体験の質感を持った言葉に思えたのは、俺だけだろうか。
自分が上手くいかなかったというだけで、ヤケクソで爆弾なんか仕掛けるようなアホはいないだろうと踏んで、俺は月夜美の肩を借りて立ち上がる。
好き勝手言われている彼女の横顔は、横から見ても分かるくらいに悔しさが滲み出ていた。その拳は強く握りしめられており、目は今にも泣きそうなくらいにうるうるしている。
そりゃあ、そうもなるよな。突然来たよく分からないオッサンに、試し読みだけでボロクソに叩かれてるんだから。殴っていいぞ。
しかし、彼女はクラスTシャツの下の長袖インナーを着た腕で目元をぐしぐしと擦り、メイクが少し崩れた顔を気にもせずに叫ぶ。
「見た目とかで判断すんなっ……私はこの文芸部で!! みんなと切磋琢磨して!! やっとデビューしたの!! 私だけをバカにするならいいけど、皆を……ッ、皆をバカにするのはやめろ!!」
彼はその言葉を聞き、ぴくっと耳が動く。そして、こちらに余裕ありげに背を向けて、投げ捨てた試し読み冊子の1ページ目を見る。
そして、「キキキ……」と笑い出し、振り返って不気味に微笑むのであった。
「お前が神坂沙霧か」
彼は、未だに少し怯えたように壁際に寄った彼女の、真後ろにある窓ガラスを殴る。さすがに割れはしないが、ヒビが入って、多少の欠片がポロポロと落ちる。
そして、血の垂れる拳を彼女の頬に押し付けて、彼は先程まで浮かべていた薄ら笑いの完全に消えた顔で、彼女に詰め寄る。
「青春ごっこは楽しいなァ……」
「ひっ……!!」
「分かるよ、僕も楽しかった」
ガラスを殴り、血が出ているほうの手を開き、また握った彼は、血走った──ように見えるだけかもしれない、恐怖心とはそれだけ精神に影響を与える──眼を彼女に向けて言う。
「ただ、小説の役には立たない。本当に書くなら、孤独に書くべきなんだよ」
「あ……あんたが私の道を決めるな!!」
彼はその言葉を聞き、一笑に付すと「もういい」と低い声で言い、拳を思い切り振り上げる。
そんな彼の、脇の下あたりから、手が生えてくる。黒い手袋、白を基調とした軍服のような衣装がちらりと見える。
「っ……や、やめて……!」
「……ははっ、何だオメー」
羽交い締めをしていたのは、ライブ衣装であろうものを着た倉田さんだった。
「ちょっ!?」
いつ教室に入ってきたのかも分からない。別に彼女の影が薄いと言いたいわけではないが、全く気づかなかった。
月夜美は俺を抱きしめながら「ましろちゃん! 逃げて!」と叫ぶが、彼女は首を大きく横に振る。
「嫌っ……嫌です!」
「なんでだ!!」
思わず敬語が外れた俺の怒鳴りを聞いてもなお、彼女は力いっぱいの羽交い締めを解かずにいる。
彼はバカバカしいとばかりに耳をほじっているが、倉田さんは今にも泣きそうに、こう呟く。
「こんなところで逃げたら……『あの時計』に、笑われちゃいます……!」
「!!」
「だから……見ててくださいっ……私の、『羽化』を!!」
そう言い、彼女はヤツの後頭部に、思い切り振りかぶった頭突きを一発かます。
さすがに彼も少しよろけ、そこで倉田さんはすかさず不器用ながらも必死な刈足をかけて転ばせる。
「……月ノ森の体育の授業は、思ったより本格的ですよ」
「へえ……じゃあ、このくらいは避けてもらおっかなぁ!」
そう言って、彼は殴り掛かるが、倉田さんは顎を引いて、彼の殴る腕をしっかり見てから避ける。そして、彼の喉仏めがけて両手を合わせ、立てた2本の人差し指で突く。
彼は軽くよろけて後退する。それでも悔しそうな顔はひとつもせず、トントンと地面を蹴って臨戦態勢に入る。
お嬢様高校故の、護身術を中心とした体育の授業があったのだろう。見事な避け方だ。
倉田さんの膝は、いまだ小刻みに笑っている。しかし、その涙ぐんだ顔は、きっと彼を睨んでいた。
半年前、京都で出会った時、あんなに気弱そうでぼそぼそと喋るような女の子だった彼女が、ここまで勇気を振り絞り、俺たちを庇ってくれている。
「月夜美。爆弾、任せた」
「えっ……て、店長!?」
俺は自然と、倉田さんに夢中になって背中を向けている彼の背中めがけて走り出していた。