空と君のあいだに   作:苗根杏

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25.キミがいなくちゃっ!

 俺は弦巻さんの見よう見まねで回し受けをし、パンチを避けながら月夜美に叫ぶ。

 

「下側の金色の板を取って、その右下の尖ったパーツを使って右側の小さいスイッチを押せ! そうすると動作が止まるはずだ!」

「はい!」

「指示しながら……戦ってる……」

 

 倉田さんが、まるでこの世のものではないといった風に言った気がするが、残りのパーツは十数個。

 

 あのくらいなら全て覚えて、またミスがないように合間合間を縫ってチラ見するだけで解除できる。

 

 それに、月夜美も伊達に俺の仕事を見ていない。見たところ、正確に解除できている。変な音がしても、俺が爆弾を持って窓から飛び降りるからよし。

 

「店長! 止まりません!」

「ちっ、これくらいは予測済みってか……次は、8時方向のガンギ受けを外してから、5秒後にガンギ車を外せ!」

「8時……あっ、これか」

「えっ!? キミ! 今、文字盤をわざわざ見たか!? 時計屋に勤めて来月で5年のキミともあろうものが!」

「いやあ、慎重に解体したくて! ほら、たまに右と左間違えるじゃないですか!」

「あ、それは俺もあるかも」

「あたしはさっき、ここに来る時に間違えたわ!」

「私もたまに間違えます……東と西……!」

 

 そんな会話を聞いていた犯人が、俺の羽交い締めをばっと解き、殴るでもなしに叫ぶ。

 

「お前ら緊迫感とか無ェの!? 爆発するかもなんだぞ!!」

 

 思わず、ごめんな、という感想が出てきてしまう。こんな状況で雑談してごめん。

 

 俺だって、あまり細かいことは考えていられない。俺は普段、ゆっくりと時計のとても小さなパーツのひとつひとつに向き合う仕事をしていることもあり、頭を早く回すのは苦手なのだ。

 

 回転の早い時計屋もいるかもしれないが、少なくとも俺はそうだ。決して時計屋をバカにしているわけじゃあない。俺だって同業だからな。

 

 俺の目測が正しければ、あと5パーツ。

 

「月夜美ッ!! 次は……」

「しつこいなあッ!!」

 

 叫ぶ俺の横顔に、体重をのせた右ストレートが飛んでくる。俺の右の頬に直撃するビジョンは見えた。こいつも中々疲労が蓄積しているな。多対一だ、無理もない。

 

 俺はそのストレートを、左手のひらで受け止める。すると、彼も驚いたのか、動きが止まる。

 

「……月夜美、2時方向の銀の歯車を外せ」

 

 先程目をやられたお返しにと、少し投げ技でもやってやろうかと、まずは喉仏を潰すために蟷螂拳の構えで、中指と人差し指で突こうとする。

 

 すると、横から弦巻さんが、その俺の手を掴んでくる。

 

 どうしたのかと聞くと、彼女は首を振り、俺に今にも泣きそうな顔で言う。

 

「おじ様、あまり殴っちゃ嫌よ」

「……弦巻さん」

「その手は、人を傷つけるためにあるわけじゃあないでしょう?」

 

 目を細め、彼女は俺に微笑みかける。その目は、まるで愛する者を見つめるようで。

 

「分かっていますよ、できるだけ最低限で済ませます。この拳は、人を傷つけるためにあるんじゃあなくて……」

 

 弦巻さんの手は優しく解かれ、俺の開いた手のひらに乗る。

 

「世界中の人を……」

「笑顔にするためにあるのよッ!!」

「ッ……!?」

 

 それも、何年も前から。

 

 弦巻さんは、俺の手をとって大きく1歩、彼から離れる。それにされるがままについていくと、自然と弦巻さんは俺の手を動かす。

 

 その手の向くままに動いてみると、これがなんと自然に社交ダンスっぽくなるのだ。足取りもそれっぽくすると、より弦巻さんとのシンクロ率が増す。

 

 手を離し、犯人を挟んで、弦巻さんが歩むまま気の向くままに進むのを真似してステップを踏む。ラテンアメリカンスタイルだろうか、前に金スマで見たことがある。

 

 そして、再び彼の周りを半周ずつして合流した俺らは、彼のキックを片足ずつを合わせ、それを前に出して受け止める。

 

「ふふっ、キムタクと踊った時を思い出すわ!」

「えっ!? キムタクって、あのキムタクですか!?」

「何だよコイツ!! 僕、ちょっと怖いよ!!」

 

 驚く俺と犯人を尻目に、弦巻さんは俺を横にクルクルとコマのように回しながら、倉田さんの方に送る。

 

「ましろ! パスよ!」

「あっ、はい!」

 

 倉田さんは俺を後ろから、肩甲骨あたりに手を添えて抱え、俺に優しく笑いかける。

 

 この人もなんだか『こういう目』するんだよね。

 

「三拍子ですよ、進さん」

「は、はい……あ、月夜美! 最後はどこから外しても変わらない! 1回止まったところでテンポよく外せ!」

「はいな〜!」

 

 倉田さんは鼻歌を歌いながら、つま先だけで俺をリードする。俺は彼女に寄りかかった状態から起き上がり、鼻歌に合わせて足を激しく動かす。

 

 割とテンポが早いが、倉田さんはなんでもないと言った風にステップを踏む。互いに回転しながら、攻撃をいなしつつ、教室内を大きくグルグルと回る。

 

 いわゆる、ヴェニーズワルツといったやつだろうな。

 

 早めのステップで回っていくことで、爆弾に手出しをさせない作戦か。さすがだ倉田さん。俺が倉田さんの方を見ると、彼女は犯人の方すら見ずに攻撃をかわしている。

 

 なんだか遠くの方を見つめて、頬を赤らめている。恋する乙女、といった印象だ。

 

「夢みたいです」

「ある意味ではそうですね」

「私、授業ではこんなに踊れたことないんですよ。進さんのおかげです」

「……倉田さん」

 

 この人は何故、京都での一件から俺にちょっとした執着を見せているんだろうか。

 

「ずるいずるい! 私もー!」

 

 こいつがいるから、しばらくはおじさんは誰のものにもなれそうにないんだけどな。

 

 月夜美は、ワルツのフィナーレを迎えた俺に抱きつく。

 

「修理はどうした」

「もう終わりましたー♪ 時計も止まってますし!」

「なにッ!?」

 

 俺より先に、犯人が驚く。なるほど、俺と踊りたくて早く終わらせてきたってところか。しかもミスなく。

 

 なんだか、すごい奴だな。キミってやつは。俺はたまに、キミに対して心の底からそう思うよ。

 

 月夜美が口ずさむ歌に乗せて、俺と彼女は、数年前にSNSか何かのアプリで流行ったような曲を踊る。

 

 人差し指を合わせ、即興アレンジで大きいハートを作った時、彼は狼狽えながら後ずさる。

 

「じゃあこれは……この陽キャに囲まれた『サッカーの鳥籠』で、運動能力が違いすぎて詰んだって感じのシチュエーションは!!」

 

 そう言う彼に、月夜美はニヤッと笑いながら言う。

 

「エキシビジョンマッチですよ」

 

 俺はその言葉選びに、逆上して襲いかかってくるかもなんていった不安さえ忘れて笑う。そして、彼女と一緒に歌いながら踊る。

 

「あははっ」

「フフ」

 

 明るいラブソングに追い詰められ、犯人はトラウマでも掘り返されたのか、土下座のように地に頭を垂れて、その頭をかきながら唸る。

 

「うぁああああ……!!」

「……さて、どうしたもんですかね」

 

 踊り終わって満足そうに笑う月夜美。その後ろにある教室のドアが勢いよく開く。

 

 月夜美は思わずビックリして避けるが、そこからは透明な大きい盾を持った十数人のヘルメットたちがなだれ込んでくる。警視庁の機動隊だ。

 

「警察だ!!」

 

 その言葉と共に、さすまたやら何やらを突きつける機動隊たち。

 

 犯人はハッと正気に戻ったように顔を上げる。そして、1人遅れて歩いてきた非武装の警察の方が、何やらボコボコにされた後のような男の首根っこを掴んで入ってくる。

 

「ッ……シア……」

「克巳!!」

 

 顔見知りらしい。どうやら別のところで工作を図っていたらしいな。

 

 彼らはお互いの顔を見たあと、がっくりと首を下に向けて項垂れる。

 

 俺らと戦っていた方の、シアと言うらしき犯人が、あっという間に機動隊に囲まれると、窓の方から声がする。

 

「母校の文化祭に来たら、見知った顔の乱闘騒ぎ……しかも、相手は10年前に逮捕されたテロリスト」

 

 開いた窓から、見知った顔が覗く。しかも、3人。

 

「氷川さん!? それに……!」

「待たせましたね」

「……間に合ったようだね、進ちゃん?」

「ばあちゃんは来る必要なかったろ」

「なに、前みたいにボコボコにされて泣いてたら、その顔を見に来ようって思ったのさ」

「万実さん! 市ヶ谷さん!」

 

 氷川紗夜さんに、市ヶ谷有咲さん。彼女たちは、アドレナリンが切れて座り込んだ俺に肩を貸してくれる。

 

 俺の前に立った、市ヶ谷さんの祖母である万実さんは、腕を組みながら、俺を叱った中学の頃のような厳しい眼差しで俺を見る。

 

「また人を傷つけたりは、してないだろうね」

 

 俺は歪んだ右手の指でピースを作って言う。

 

「正当防衛しかしてないっスよ」

「そうかい」

 

 やれやれといった風に首を振る俺の言葉を聞いて、万実さんは、歯を見せてにかっと笑う。

 

 すると、万実さんの背後から、地面を蹴る音がする。

 

「テメェッ!!」

 

 囲まれていたシアが、こちらに向かって飛びかかった。機動隊数人を蹴飛ばして。

 

 まだそんな力があったか、と俺は万実さんをかばおうとするが、ふっと万実さんは振り向いて、犯人の首に手刀を食らわせる。飛んできた犯人は、勢いよく地面に叩きつけられる。

 

 隙ができたところを地面に伏せさせた万実さんの目は、かつて俺に向けたものよりも冷酷なものに見えた。救いようがない、とでも言うように。

 

「……甘いね」

「ばあちゃん!?」

「万実さん!!」

 

 俺と市ヶ谷さんが同時に驚く。

 

「伊達に歳は取ってないよ」

 

 まさか、この人も元ヤンだったりするんだろうか。そんな事を考えていると、俺の左腕を持つ市ヶ谷さんが機動隊に向かって言う。

 

「捕まっているうちに捕まえましょうッ」

 

 まあ、合ってはいるんだが変な日本語に聞こえるな。

 

「あなたが指示するんですね……」

「いや、でもチャンスですよ! 警察の人!」

「くっ……!」

「かかれ!! 逮捕だァ!!」

 

 今度はあっという間に捕まったシアは、非武装の警察が出した手錠を、渋々といった風に受け入れる。

 

「こっちに来い! このッ!」

 

 克巳は、シアと近づいた瞬間、ボロボロと大粒の涙を流す。

 

「シア……庇いきれなかった……すま、ない……」

「……克巳……いや、囮を俺がやればよかったんだ」

「囮?」

 

 俺がそう言うと、右肩を持つ氷川さんが言う。

 

「この人はこの人で、校庭でナイフを持って暴力沙汰を起こそうとしたんです。負傷者はいませんでしたが……これは、ライブの合間に起こったことでした」

「……楽しい文化祭を、汚してしまったんですね……」

「ええ。二重の罪がありますよ、これは」

 

 氷川さんは、倉田さんの独り言のようなつぶやきに、怒りの滲んだ声で静かに返すと、俺を抱える手に力を入れる。

 

「いでででで」

「あっ! ごめんなさい、つい……」

「紗夜、おじ様は怪我人よ!」

「すみません、弦巻さん。お付き合いしている方を……」

「え!? 付き合ってるんですか!?」

「いやあ? 別に」

「……そうなのかしら?」

「あなたは分かっていてくださいよ、当人なんだから」

 

 

 

 ────────

 

 

 

「香月さんと死戻さんの事情聴取は明日。病院にて、だそうです……今日はゆっくり休んでください」

 

 氷川さんは、手やら何やらの応急処置をされた俺と、絆創膏をいくつかつけた弦巻さんと倉田さん、そしてそれを見守る市ヶ谷さん、万実さん、月夜美のいる保健室に入ってきた。

 

 保健室の窓からは夕陽が差し、盛り上がる生徒たちの声が聞こえる。中止にならなくてよかった。

 

「そういえば、あの警察はどうやって?」

「私が通報しました。一報入れただけであの気合いの入れよう……よほど凶悪な事件だったようですね、『十年前に起こった事件』は」

 

 俺らが頭にクエスチョンマークを浮かべていると、氷川さんはスマートフォンの画面を見せてくれる。

 

「SNSに、あの教室での出来事の動画が上がっていたんです。その犯人の顔を『なんでもレンズ』で分析したところ、つい2ヶ月前に出所したばかりの前科付きの方でしたので」

「なんでもレンズ、すげー……」

「それはアレかい? うちに来た時の?」

「そうそう! 私が時計とかギターを調べたやつですっ」

 

 俺は「その前科ってのが、十年前の?」と聞くと、氷川さんは頷く。続いて市ヶ谷さんも、「大手の小説出版社でテロを起こしたんだとよ……私はラノベとか、そういうの多少詳しいから、ピンと来て」と言う。

 

「紗夜さんから連絡があって、じっとしていられなくてな……前の事件は、とんでもなく凄惨だったからな。懲役十年って判決が即座に出た時は、ネットも大炎上してたよ」

「判断能力……その辺りが判決に影響したんでしょう」

 

 私の知っていることは一通り説明し終えたとばかりに、氷川さんはひと息つき、改まって俺の方を向く。

 

「……ありがとうございます。花咲川を守ってくれて」

「私からも、ありがとうございます」

 

 氷川さんと市ヶ谷さんが、俺に向かって頭を下げる。俺は「いやいや、頼まれてやったことですし」と言う。

 

 すると、もう一度保健室のドアが開く。

 

「そう、私が頼んだ」

 

 自慢げな顔で入ってくるのは、弦巻さんの父であった。

 

「パパ〜っ!!」

 

 弦巻さんが椅子から立ち上がって抱きついても、ふたりが「おやっ、ケガをしたのかい!? 大丈夫か、こころ!」「いいえ、大したことないわっ」というやり取りをしても、俺らはしばらく黙ったままだった。

 

 なんとなく感じる威圧感、弦巻さんの父ということは……という察し、そのヒゲの長さと毛量。全てに圧倒されていた。

 

「あの人は……誰だい?」

「まあ、財閥の当主?」

「おっとぉ……」

 

 様子が分かっていない万実さんに、市ヶ谷さんが説明をする。万実さんは軽く頭を下げ、彼もそれに気品ある態度で応じる。

 

「ご苦労だったね、香月進くん。今回は本当にありがとう」

 

 彼は深く、深く頭を下げる。普通、彼レベルの方がこんなに頭を下げてくれるなんて経験、俺みたいな一般市民はそんなにないんだろうな。

 

「いえいえ。あ、顔上げてください。そんなに下げなくても……」

 

 そして彼は顔を上げると同時に、昼に見せてくれた、金額の書いていない小切手を再び取り出す。ニッコリと笑った彼は、机にそれを置き、これまた高そうな、漢委奴国王印みたいな文鎮を乗せる。

 

「さ、好きな額を書いてくれ」

 

 その言葉に、この部屋にいるほぼ全員の生唾を飲む音が続く。そんな話になっていたのね、と弦巻さんは驚く。

 

 俺は、彼がそれを置いた机の前の椅子に座る。

 

 とは言っても、割と独断で好き放題やってしまったからなあ。娘さんも少しだけとはいえ、傷がついてしまったわけだし。

 

 あと修理が成立したのは、月夜美のおかげもあるし。それを言ったら、ここにいる皆さんのおかげでもあるか。そう考えると、俺だけが何十万も貰おうとはできないな。

 

 まあ元から、取って1万円くらいだろうと思っていたが。俺は月夜美に「ペンを取ってくれ」と言う。

 

 そして、月夜美に渡されたペンを、俺はわざと右手で握ろうとし、わざとらしく痛がる。

 

「いちち……ありゃあ、利き手が……」

「ああ、そうか。すまない、配慮が足りなかった」

「……これじゃあ書けないなあ」

 

 えっ? と、隣で月夜美が言う。

 

「じゃ、不成立ってことで!」

 

 俺がそう笑うと、保健室に俺以外の全員の「えっ!!?」という声が響く。その後、それぞれがわたわたと慌てたり呆気にとられたりで騒がしくなる。

 

「いや……あっ、あ! 私が代わりに書きますよ!?」

「ぼ、僕が書こうか!? 僕が書いて僕がお金渡す〜、みたいな……はは……」

「あぁ〜、こんな手じゃあ何も書けないなあ〜」

「正気かい、進ちゃん……」

「……でも、進さんらしいかもです」

「はあ……私たちの置き時計の時も、なんだかんだ通常料金の半額だったのに、取らないって……」

「私なんて500円でしたよ」

「えっ!? そうなの!?」

 

 俺は痛む腕を抱えて、保健室を出ていこうとする。後ろから月夜美がすごい勢いでボーナスボーナスと言いながら引き止めてくるが、俺は足を止めない。

 

「頼むッ!!」

 

 そんな俺の背中に、弦巻戴勲さんは、娘さんに似たよく通る声でこちらに叫ぶ。

 

「……そこまでして、依頼を完了させたのだ。何か、僕に出来ることは……」

 

 何故か非常に悔しそうに言う彼は、振り返るとまた頭を下げていた。それを見て、弦巻さんもつられて頭を下げる。

 

「おじ様……お願い」

「進くん、お願いだ」

「店長!! ボーナス!!」

「キミねえ」

 

 並んで頭を下げればいけるとでも思ったのか。さりげなく弦巻さんとその父に並ぶ月夜美に、俺は仕方ないと溜息をつき、「じゃあ……」と言う。

 

 横一列に並んだ3人は、顔をぱあっと明るくさせて頭を上げる。可愛げのある父さんじゃあないか。アラサーにもなってないフリーターと、現役JKと並ぶ明るい笑顔だなんて。

 

「その……入院費、出してくれません? 手の……」

「えっ、あ、そ……そうだね! 任せてくれ!」

 

 これは呑んでくれるか。いや、こちらは俺からすれば本命だ。しかし、次の要求は、皆さんのための本命とも言える。

 

「あと、俺が退院したら皆でそこら辺のスーパーに買い物に行きましょう」

「……スーパー?」

 

 俺は両手を広げて言う。

 

「ここにいる全員で、打ち上げでもしましょう。うちの店、定休日なら貸切会場になりますし? ほ、ほら! みんなで頑張って、みんなで成し遂げたことなんですから! その方がいい……とは、思いません?」

 

 ダメ押しにニッコリと笑ってみせるが、俺の言葉を聞いた全員は、唖然として固まる。

 

 文化祭の後は打ち上げ。俺らの世代から続く恒例行事を参考にしてみたつもりだが。

 

 ちょっとカッコつけすぎたかな、と思い、俺は1人で保健室を出ようとするが、背を向けた瞬間に歓声が上がる。

 

「やりましょうっ、みんなで!」

「はい! もう皆のボーナスですよ、これは!」

「やれやれ。カッコつけちゃって」

「ばあちゃん、嬉しいくせにぃっ!」

「進さん……やっぱり、憧れるなあ」

「ふふ。香月さんらしいですね」

「進くん、うちのこころは頼んだぞー!」

 

 内心ホッとすると、俺は皆さんに「ありがとうございます。また、会いましょう」と言って保健室を出てくる。

 

 痛む腕を見ながら歩いていると、もう片方の腕に抱きついてくる者が。見ると、満面の笑みの月夜美だった。

 

 後ろの保健室から聞こえてくるがやがや声と、生徒たちのクライマックスに近づいて盛り上がる声が混じって、なんだか俺も文化祭に参加したくらいの満足感が出てきた。

 

 校舎を出ると、警察の方が俺らに敬礼をしてくれる。多分、氷川さんと弦巻さんのお父さんが話を通してくれたのだろう。

 

 そして、奥には車両に乗った犯人が見える。

 

 もうすぐ出発するようだったので、思わず俺は引き止めてしまう。

 

「……何だよ」

 

 克巳が窓越しにこちらを睨む。俺ら側に座るシアは、完全降伏といった風に、座りながら項垂れている。車の窓をほんの少しだけ開けてもらい、俺は2人に問う。

 

「……あの時計、どこで手に入れたんですか?」

「うるせえッ」

「すみません。そんじょそこらの時計屋には無い、アンティークで素敵な時計だったもので……どこで買ったんです?」

 

 俺の問いに、克巳がぶっきらぼうに答える。

 

「知らねえよ。うちのジジイが持ってたんだ」

「……形見だったんでしょ」

「シア! 余計なことを言うな!」

「このくらい答えてやりなよ」

 

 祖父の形見である時計が、爆弾に使われるとは。その祖父も望んでいなかった使い方だったろうな。

 

 そういえば、もう爆弾は警察に回収されてしまったが、時計の部分は俺が大半のパーツを後日貰える約束になっていたっけか。

 

 売り物にする気はないが、珍しい時計だったもので、俺が解体したんだからとごねたら割とすんなりくれることになったんだよな。

 

「その時計、泣いていました」

「……は?」

 

 俺の横で、月夜美が言う。その言葉に対して、克巳さんは耳を疑うように間抜けな声を出す。

 

 彼女の方を見ると、俺はぎょっとしてしまう。なぜなら、いつの間にかぼろぼろと泣き始めていたからだ。

 

「水滴が出てきて……舐めたら、しょっぱかった。だから、時計の涙なんだと思います」

「……っ……」

「私が拭いてあげました。それから……大丈夫、うちの店長が直してくれる、って言ったら……まだあと1つ、ぜんまいと直結しているパーツが残っているのに、止まって……」

 

 しゃくり上げて、彼女は泣き声をあげることもなく、車の窓を睨んで話す。

 

 そうか。今回も『不可思議故障』だったのか。それを月夜美が、誰に知られることも無く、俺に悟られることも無く修理したと。

 

 俺はお手上げだとばかりに驚く。そして、彼女に続くように克巳も涙を流す。喉の奥から、後悔の念がこもった声が漏れ出す。

 

「じいちゃんッ……!!」

「…………」

 

 そんな克巳を見ながら、シアは手錠のついた両手で彼の膝を小突く。

 

「模範囚のなり方なら教えられる。それと、劣悪な環境での執筆方法」

 

 そんなことを言うと、克巳はガバッと顔を上げる。

 

「やるぞ。獄中日記だ」

「……!!」

 

 彼らは一気に顔色を明るくし、何やら専門用語らしいことをベラベラと話し出す。

 

 そのうち、彼らを乗せた車は、校門に向かって走り出した。夕陽の当たるオレンジ色の校舎裏、彼らの清々しい顔が影法師のように目に焼き付いた。

 

「よく分かんないけど……なんかいい話って感じにしてますね。今から刑務所暮らしって考えるとダサいですが」

 

 俺の感じていたモヤモヤを、月夜美が全て言語化してくれた。まあ、テロリストだしな。あの感じで退場されても、って所はある。

 

 何があったのかは分からないが、彼らくらい仲が良くて、彼らくらい図太ければ、心配しなくとも刑務所の中でもよろしくやっているだろう。

 

 再犯をしないことを祈りながら、俺も校門方面に向かう。

 

 後ろから、月夜美がついてくる足音が聞こえる。そして、やがて彼女は俺を追い越し、俺の前に立って通せんぼうをしてくる。

 

 泣いて赤くなった目が、俺を見つめる。「メイクが崩れてるぞ」と俺はハンカチを出し、せめて涙くらい拭いてやろうと少しだけ腰を曲げる。

 

「んっ」

 

 身長を合わせた俺の、両の頬を包むように手で持った月夜美は、顔を近づける。そして彼女は、唇を俺の唇にくっつける。

 

「……ん?」

 

 こんな感じだったか。キスというのは。

 

「はあっ!?」

「ふふ。何でもしてくれるんでしたよね」

「そ、それは見つけた時の約束で……」

「見つけるより活躍したと思うんですけどー」

「……確かに」

 

 俺はキスのせいで回らない頭のまま、なんだか言いくるめられ、彼女に抱きつかれる。

 

 彼女はいつも通り、俺の胸に顔を埋め、深呼吸して安心したように笑い声を漏らす。

 

「でっしょお〜? じゃあじゃあ、この後は1時間ハグしましょう!」

「それは俺らにとって当たり前のことだろう」

「あ、そうじゃんっ」

 

 こんな事を言えてしまう俺も、なかなかに彼女に毒されているな。

 

 あと、まず病院ね。俺、割と前からアドレナリンとかエンドルフィンとか切れてて痛み始めてるから。

 

「じゃあ、ずっとこのままがいいです」

「……というのは?」

 

 彼女は俺を見上げて、笑顔でこう言ってみせる。

 

「ずっと、私と一緒にあの店で過ごしましょう」

 

 不意に、胸がキュンとする。彼女の潤んだ瞳、夕焼けと同じ色の頬、口角の上がった口に白い歯、なびくショートヘア。

 

 俺はその全てに、不覚ながらも見蕩れてしまった。急に、彼女の全てが可愛く見えてきてしまったのだ。

 

 この花咲川女子学園という場所で、俺は久しぶりに、青春っぽいことをしたと感慨に浸る。

 

 俺は、彼女の頭を優しく撫でた。そののちに、片手だけではあるが、彼女を抱きしめて言う。

 

「それも、当たり前のことだ」

 




Ave Mujicaのミニアルバムや、Morfonicaの7thシングルも秋に出ますね。楽しみです。

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