「いただきまーす!!」
「はい、召し上がれ」
「俺もいただきます」
「い……いただきます」
青美堂の定休日、土曜の昼。蔵の中は夜になると月明かりくらいしか無くなるため、明るいうちから作業をするべく、朝から流星堂にお邪魔させてもらっている。
そして、現在時刻は昼の1時。今は市ヶ谷さんの家でご飯をご馳走になっている所だ。
「……月夜美、キミはどうして着いてくるんだ」
「助手ですから」
「今までそんなことしてたか……?」
してましたよと言いつつ、本命である飯をもりもりかき込む月夜美。
まあ、こいつも一人暮らしなのだから、食費を浮かせるなら浮かせたいという気持ちは分からないでもないが。
にしても、なりふり構わなさすぎるだろう。何年も一人暮らしをすると節約が板につくのか、こいつが貧乏性なのかは知らないが。
「市ヶ谷さんが助けてくれるし、大丈夫だって」
「……私の事、好きなくせに」
「アレは通常営業のときの話であって……」
「私と仕事!! どっちが大事なんですか!!」
「いやいやいや、今の状況でその定型文は微妙に当てはまらないよ」
「はぁ〜あ、あの時私を必要だって言ってくれたのは嘘だったんだ。あんなにアツい告白しといて」
「キミはホントにさあ!」
別に必要だということを否定するわけではないが、それはそれとして言い方というものがあるだろう。この食卓には事情を知らない人が2人いるんだから。
事情を知らない2人こと、市ヶ谷有咲さんと市ヶ谷万実さんは、俺らを見ながら話し合う。
「賑やかだな……」
「2人とも元気だねえ」
「少なくとも店長の方は、店にいた時はなんだか落ち着いてた気がするんだけど」
ごめんなさいね。ギャップ萌えさせちゃって。
とうとう気になってしまった市ヶ谷さんは、こちらに静かに話しかけてくる。
「あの、店長さん。月夜美さんとはどういう仲なんですか」
「人生のパートナーです!」
「キミには聞いてないだろ。まあ、その、うちの店には欠かせないのは確かだが」
「フー! ツンデレ店長!」
「アルバイトがここまで絡むの、あんまり無いだろ……」
一応、俺は店長なんだけどな。この人はアルバイトなんだけどな。距離感があまりにも地元の先輩後輩なので、たまに客にも遊びに来た人と間違えられる。
接客もレジ打ちもできるし、僕より笑顔が上手いんだが、なんだかその分のバランスを素行で取っている感じがする。
「青美堂は自由なんだよ。ね、進ちゃん」
「まあ、江戸川区で一番自由ですね」
「じゃあ私たち、江戸川区の海賊王ですね」
「いや、ルフィも言わないでしょ。この区で一番自由なやつが海賊王って」
一応、海はあるけどさ。江戸川区。
「話を聞いてるうちに思ったけど、こころと同じくらい自由だな……気に入るのも納得できる」
「あー、確かにこころちゃんも結構好き勝手やってましたね」
「あ、やっぱり何かしてました?」
「毎回勢いよくドア開けて勢いよく挨拶したりな」
「私の店長に手出したりとかね」
「なあ、キミは一体俺の何なんだ」
「だから人生のパートナーですって。あ、おかわりくださーい!」
そういう言葉は互いの了承の上に成り立つものだ。だから今、キミのやっていることはストーカーしながら自分がストーカーの標的と結婚していると思っているヤバいタイプのヤンデレだ。
分かっているか、月夜美。キミに言っているんだぞ。
万実さんは月夜美のぶんの茶碗に、すぐ横に置いてある懐かしいタイプの炊飯器からご飯を盛り、にこにこと笑っている。
「よく食べるねえ。孫が2人増えたみたいだよ」
「あ、俺も!?」
確かに昔から叱られたり可愛がられたり、万実さんにとって俺は、年の離れた息子のような、少し老いた孫のような認識なのだろう。
食事も終わり、4人で再び蔵に戻る。
もちろん、俺と月夜美は修理に来たのだが、万実さんと市ヶ谷さんは別で、蔵の大掃除をするらしい。
俺はこの前、久しぶりに会った日以来、喉に引っかかるように頭の隅に残っていたことを聞くべきかどうか迷っていた。
この時計をくれたという姉さんの件だ。もし、その人に時計を買った時や使った時について何か聞ければ大きなヒントになるのだが。
なかなか見ないような、CDくらいの大きな歯車を取り出し、俺は一息つく。ちくしょう、ひとつひとつの部品が重い。
一応、パーツの配置はそこまで腕時計と変わらないのが助かる。具体的に言えば、俺のつけている『Jaeger LeCoultre』の『レベルソ・クラシックラージ』とかなり内部構造が似通っている。
それにしても、パーツを外しても外してもきりがない。どうにかできないものか。文字盤を外して、正面から取り出す方法には成功したのだが、この時計は複雑すぎる。
最低限のパーツで最大限の動きをさせる最近の腕時計とは違い、100年前の時計は少しばかりややこしい配置をしている。いや、これはメーカーの特色なのか?
どちらにしろ、手のかかるお嬢さんだ。誰かさんにそっくりだな。
「そういえば、万実さん」
「なんだい?」
「万実さんのお姉さんって、どうしてこの時計をくれたんですか?」
「おい、月夜美ッ」
俺が真面目に修理しながら、ずっと心につっかえていた聞きにくいそれをアッサリと。キミはさあ。
なんでもないような顔をして聞く月夜美に、少し面食らったような万実さん。しかし、ふっと笑うと彼女は月夜美の隣に座る。
「いいよ、昔の話さ。ちょっと長くなるけど」
少し深呼吸をしてから万実さんは、姉のことについて話し出した。
「私には、
「私にも毎年、誕生日プレゼント送ってくれたしな」
「有咲のことも大事にしてくれたね。自分たちの孫もいるのにね」
万実さんより5歳も上とは。恐らくアラエイだろうな。アラエイ、75から84あたりまでの人の事。ちなみにこんな言葉は無い。
「元々この店は、市ヶ谷万実と市ヶ谷千果の2人でやっていた店なんだよ」
「えっ!? そうなのか!?」
「有咲ちゃんも初耳なんですね」
「だって、この子が生まれるずっと前だもの」
気づけばなんだか修理の手がかりと言うよりも、市ヶ谷家の昔話になっている気はするが、一応どこにヒントがあるかも分からないので、聞いておこう。
というか、俺は幼稚園の頃からこの流星堂のことを知っていたが、お姉さんの話については俺だって初耳である。
「でも……30くらいの時に、姉さんはこの店を、この家を出ていった」
「な、なんでですかっ」
「私は、姉さんと喧嘩別れしてしまったのさ。この『流星堂』をやっていくにあたって、方針が違って……」
月夜美は、分かりやすく「そんな……」と悲しそうな声を出し、悲しそうな顔をする。
「一時期は、簡易的な壁を隔てて2人がそれぞれ独自の店をやっていたこともあったんだよ」
「そ、そんなに……」
市ヶ谷さんは、そこらへんにあった椅子に腰掛けて、少しショックを受けたように前かがみになっている。
よくしてもらっていた親戚と、自分の祖母の仲が良くなかっただなんて、聞かなければ聞かない方がいいよな。市ヶ谷さんの気持ちはよく分かる。
「そんなに、合わないものなのかよ……」
「……家族とはいえ、しょせんは他人だからね」
冷たいとも言えてしまうような声を出す万実さん。俺は反抗期くらいしか親と険悪だった時期はないが、そうやって言い切ってしまうかとも思う。
家族も、一緒に暮らしているだけの赤の他人。海外のホラー映画を主に撮る監督で、家族という関係性の不気味さをよく題材にする人がいるのだが、俺はそういうのを冷たいと思ってしまうタイプだ。
だから、いくら他人でも、俺は誰に対しても家族のように接していたい。そうすれば、他人に対して優しくするというのも自分に自分で納得できると思うし。
まあ実際、誰かに優しくする時なんて、そこまで打算的になれないのが俺の時計のことしか詰まっていないオツムの悲しいところだが。
「結局姉さんは30の時、つまり私が25の時に結婚して、家を出ていったんだ。そこからここで培ったノウハウを活かして、リユース事業を自力で始めて、成功した……って話だ」
「そこから、仲直りは?」
「……どうなんだろうねえ。そこまで会ってもないし、話すこともそんなに……」
おいおい、今も仲直り出来てないなんて言う訳じゃあないだろうな。
言いたかないが、大人になったんだから会おうぜ。いつ会えなくなるかお互いに分からないくらいには、大人になりすぎているんだから。
俺が一番お世話になっていた時期よりも、だいぶ白くなった、いや、大人になりすぎた髪の生える後頭部を掻く万実さん。
「……でも、幸せそうな顔で眠ってたね。それに関しては、確実によかったと言えるね」
「えっ」
聞き捨てならない言葉が聞こえた時、門が開く。
「お邪魔します」
「噂をすれば、ってやつだね」
知らない声だ。振り返ると、かなり腰の曲がったおじいさんが入ってきた。分厚そうなセーター、カーキのズボン、禿げあがった頭。
おじいさんのイデアとも言えるくらいに、典型的なおじいさんだ。少し肥えているが。
「はは、どうも」
「ど、どちらさまで?」
おじいさんは「これは失礼」と、元々曲がっている背中と腰をもっと曲げて、こちらに礼をする。俺の方に、だ。
「
俺は思わず、手に持っていたドライバーを落としてしまう。
「おじいさん、お久しぶりです」
「有咲ちゃん。この前はありがとうね」
「いえいえ……その、そちらも……」
「いいんだよ。子供がそんなこと、気にしないの」
「す、すみません」
市ヶ谷さんの反応。『この前はありがとう』という言葉。やはり、千果さんはもう既にこの世にいないのか。しかも、いなくなった日も割と最近そうだ。
「時計が直るかも、って言ったら来てくれてね」
東野蛍一さんと名乗るその方は、少し物悲しそうに、バラバラにされた時計のパーツたちと、まだ半分ほどパーツがはまっている時計を見る。
「これが、妻の……」
悪かったですね。今はあいにく、色々とバラバラで。
そう言う暇もなく、東野さんはパーツを器用に最低限の動きで避け、ボディの側面に触る。その目は、薄暗い中でも分かるくらいに、哀しさと優しさを孕んでいた。
「引取りに来たんですか?」
「とんでもない。もう渡したものです」
落ち着いた笑いを見せつつ、東野さんは市ヶ谷さんの用意した椅子に座る。
「どうぞ」
「ありがとうねえ、すぐ帰るのに」
少し苦しそうに「よっこらしょ」と大きな声で言いながら座る東野さん。俯き気味だったその顔が、座ったことによって正面から見える。
しわの多いその顔は、目こそ悲しそうに閉じられかけていたが、口元はあくまで幸せそうに笑っていた。
「僕は、どうも0か100かという感じの人間でして。葬儀などが終わった直後、妻の生きた証……つまり『遺品』を、方々に散らばすことで寂しさを紛らわせていた」
似たような曲を聴いたことがある。同棲していた人の荷物を、全て捨ててしまう人の、歯ブラシから服から捨ててしまう人の曲を。
そういう人こそ、本当にセンチメンタルだとは聞くがね。
「それに、物は必要な人の手に渡るべきです。これは、妻も生前よく言っていたことで……」
「骨董品屋の娘でしたからね」
「なるほど。物は必要な人の手に……」
万実さんと市ヶ谷さんは、それぞれ納得したように顎に手を当てる。
まあ、確かに分かる。俺も一応、修理とは別に時計を売る業務も兼ねているので分かる。欲しいものは本当に欲しい人のもとに届くべきだ。
転売なんてもってのほかである。今話しているのは、こういう事ではないと思うが、しかし千果さんの言っていたことも分かる。
「これは、本当に必要な人の手に渡ったのです。なので、この時計も嬉しいでしょう」
東野さんは、置き時計を見ながら優しく笑う。この人も思い入れがある上に、妻の遺品だろうに、ここまでバラバラにしているのがなんだか申し訳なく思えてきた。
「妹さん……万実さんに、これが必要だと?」
俺は、素直な疑問をぶつける。すると、東野さんは万実さんを一瞥してから、ワンテンポ置いて話す。
「これは、妻が妹のために買ったものなんです」
「……えっ……?」
万実さんは、口に手を当てて声を漏らす。俺はなんだか、思わぬ組み合わせの歯車が噛み合ったような感覚に陥り、市ヶ谷さんも思わず立ち上がってしまう。
「この時計は、『