「トレーナーレース?」
「はい」
アオハル杯、URAファイナルも無事終わり、忙しかった日々もやっと落ち着いたこの頃。
俺のトレーナー室に樫本代理が訪ねて来た。
「今日開催が正式に決まり、メールで詳細を各トレーナーに送ったのですが……確認していないのですか?」
「…ただいま確認いたします」
「…私が今から説明します。後からメールも確認するように」
「…わかりました」
樫本代理は小さくはぁっと息をついて、今回のトレーナーレースについて説明してくれる。
「URAファイナルも終わり、ウマ娘のレースもひと段落しました。しかしそれと同時に最近ウマ娘もトレーナーも気が抜けすぎているのではないかと話が出ました」
「この春からまた新しいトレーナーがこの学園にやってくる中、この気の抜けた状況では示しがつかないだろうとのことで、入学式、入社式のオリエンテーションとトレーナーの引き締めを目的に、トレーナー同士のレースを開催することとなりました」
「そうだったんですね」
いつものように理事長の思いつきかと思ったら、意外にもしっかりとした理由だった。
確かにグラウンドや体育館などでも、最近活気が少ないなぁと思っていたところだ。
「こちら出場者の名簿です。貴方も出場するのでしっかりと準備するんですよ?」
「俺もですか?」
名簿を受け取り、確認してみるとたしかに自分の名前がしっかりと乗っていた。
えーっとオグトレ、カフェトレ、ファルトレ、他の参加者を見ても結構な有名どころも多く参加するようだ。
生徒会メンバーも全員参加か。
「あれ?フラトレとかファイトレとかシャトトレとかは参加しないんですね?」
「えぇ、参加をお願いしようとしてみたのですが、どうも彼らの担当ともども見当たらなくて」
「……そうですか」
何でだろうか?わからないなぁ、不参加者の担当が全員、海外から来たという共通点しかわからないなぁ。
「レースの件了解しました。わざわざ教えに来てくれてありがとうございます」
「お願いしますよ」
ウマ娘のレースは今までたくさん見てきたが、トレーナー同士のレースは初めてだ。
ここ最近忙しくてまともに運動していなかったから丁度良かったのかもしれない。
ところで…
「………」
「………」
樫本代理がなぜか部屋から出ていかないがどうしたのだろうか?
「あの…まだ何か?」
「いえ…あの、実は折り入ってお願いがあるのですが…」
「お願いですか?俺でよければ力になりますが…」
「実は…私もそのトレーナーレースに出ることになりまして…」
「え?マジっすか?」
「………マジです」
あの樫本代理が?トレーナーレースに?
ダンスゲームをすると必ずワンテンポ遅れる樫本代理が?
少し重いゴミ袋を運ぶだけで筋肉痛になる樫本代理が?
足の小指を軽くぶつけて2週間の入院をした樫本代理が?
「悪いことは言いませんからやめた方がいいかと…」
「いえ、他のトレーナーが出ているのに私が出ないわけには…」
「やめてください!死んじゃいますよ!?」
「さっ流石にそこまで貧弱じゃないです!」
レースの距離は1000メートル。
樫本代理がそんなに走ったらそれこそ命が危ない。
いくら摩訶不思議なトレセン学園でも人死にを出すのはマズイ。
「…ビターグラッセに言われたんです」
「何をですか?」
「樫本トレーナーも出るんですか!?私、樫本トレーナーが完走できるのを応援しています!……と」
「1着とかじゃなくて完走を応援されるって珍しいですね」
しかもビターグラッセめ…樫本代理がギリッッッッッギリ出来そうなことを…。
「しかし私の力だけでは残り少ない時間で、レースまでに身体を仕上げることは不可能。なので一緒にアオハル杯を競った貴方を見込んで、私の指導を頼みに来たのです」
「樫本代理をですか!?」
「はい!是非ともお願いします!」
「俺には荷が重いですよ!?」
「スペシャルウィークを育て、アオハル杯とURAファイナルを制覇した貴方ならできるはずです!お願いします!!」
「……………わかりました。樫本代理にはお世話になりましたからね。このスぺトレ、貴方の力になりましょう!」
「スぺトレさん…!ありがとうございます!!」
そうして今日から樫本代理とトレーナーレースへの挑戦が始まる!
必ず樫本代理を完走させてみせる!
育成目標:トレーナーレースの完走
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「いやおかしいでしょ」
樫本代理の育成を目指し早速グラウンドで、トレーニングを始める俺たちであったが、
「何がおかしいんですか?」
「樫本代理、今日もしかして寝不足気味ですか?」
「いえ?昨日は業務を終えて帰宅した後、すぐに就寝しましたが?」
「そうですか…その他に身体に違和感とかは?」
「ないですね」
「ですよねぇ」
俺たちトレーナーは経験や観察眼、または直観などにより、ウマ娘の体力や疲れをある程度視認することができる。
トレーニングも体調から考えて、安全なら青、注意が必要なら黄色、危険なら赤というようにうまく説明できないが、…まぁウマ娘プレイしている奴ならわかるだろ。
そんな感じでウマ娘の体調を見ているのだが、
「何で樫本代理、体力満タンなのに赤(失敗率75%)何ですか!?」
「何ででしょうね…?」
トレーニングを始めようにも、スピード、スタミナ、パワー、根性、どのトレーニングをしようにも全部失敗率が75%らへんという絶望が俺を襲う。
一応完走が目的のためスピードとパワーを捨てて、スタミナトレーニングをメインにやっていこうと思ったのだが、これでは怪我が怖くてトレーニングができそうにない。
「……今日は賢さトレーニングしますか」
「?わかりました」
今日は樫本代理のフォームや走り方を教えるため、そして明日からのトレーニング方法の確立のため、賢さトレーニングを行うのだった。
・
・
・
保健室
「ウソでしょ…」
「…すみません」
「俺新人トレーナーですけど、3年間ウマ娘のトレーニング見てきて初めてでしたよ。賢さトレーニングで怪我して保健室に行く人」
「……本当に申し訳ありません」
あの後、俺のトレーナー室で、賢さトレーニングを行ったのだが、
「ふぅ、だいたい理論やフォームは理解しました。…すみませんが一杯水を貰っても?」
「あぁ良いですよ、新品のミネラルウォーターが冷蔵庫に入っているのでご自由に飲んでください」
「ありがとうございます、よいしょ」パキッ グキッ!!
ペットボトルの蓋が開く音とともに鈍い音も一緒になったため、振り返るとそこには、ペットボトルの蓋に手を添えながらも動かない、脂汗を流した樫本代理の姿があった。
「…今鈍い音がしましたが大丈夫ですか?」
「保健室に…連れて行って…ください…」
その後樫本代理を保健室に連れていき、右手首の軽い捻挫と診断された。
「明日は手に負担のかからないようなトレーニングにしますね…」
「よろしくお願いします…、この後チームメンバーに会う事になっていますので、また明日」
「はい、明日も頑張りましょう」
そして記念すべき樫本代理のトレーニング1日目が終了したのだ。
『樫本理子はすでに練習ベタになってしまっている』
「もうすでに練習ベタだったのかよ!!」
産まれた時から練習ベタなのだろうか?
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「今日は秘策を持ってきました」
「開始2日目で秘策なのですか?」
「今までの常識が通じないんですからしょうがないじゃないですか」
「私を人外だと思ってます?」
「正直なところ強さ云々で言えば、ひよこと同等だと思っていますよ」
「失礼ですね。そんなに弱くないです」
「じゃぁどんな動物なら勝てると思ってます?」
「………は、ハムスター…とか?」
「よく今まで生きてこれましたね?」
いよいよここまで来たら人間ですら怪しい気がしてきた。
「…今日のトレーニングは水泳ですか?」
「はい、今日はプールで平泳ぎをして、スタミナトレーニングをしようと思います」
トレーニング2日目。俺たちはスタミナトレーニングのためプールにやってきていた。
「わかりました、では準備体操は終えていますので、早速プールに入りましょうか」
「あぁその前にこちらを」
「ビートバン…ですか、ありがたく使わせてもらいます」
「あとこれもつけてください」
「これは…手足につけるタイプ浮き輪ですか?」
「えぇ、
「わ、わかりました、つけましょう」
「あとこれも」
「ライフジャケット!?ここまでは必要ないでしょう!?」
「俺もそう思いました」
「ではなぜ!?」
「…今日のことリトルココンにも話したんです」
「彼女にもですか?」
「そしたらこれも持ってけと」
「過剰すぎでは?」
「俺もライフジャケットまではいらないと言ったんですが、樫本トレーナーが死んじゃう!と言って無理矢理持たされたので…」
「死にません!!」
「本当なら俺とリトルココンともう一人の三人体制で樫本代理のトレーニングを見ようとも言っていたんですが」
「もうやめて下さい!わかりました!つけますから!!」
こうしてなかなかに広いプールで、ガチガチの重装備に身を包む樫本代理が、爆誕したのだが。
「それでこれが秘策ですか?」
「いえ、これでも足りないので」
「足りないんですか?」
「これを受け取ってください」
「これは…?」
「健康祈願のお守りです」
「お守り…ですか…?わざわざありがとうございます」
「これを身に着けると怪我をしなくなるんですよ」
「はぁ、そういうふれこみのある神社なんですか?」
「ふれこみとかじゃなくてそれ持ってると、トレーニングが失敗しなくなるんですよ」
「え?」
「何を言っているのかわからねーと思うが、気持ちの持ちようだとか超幸運だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、この世の物理法則を捻じ曲げるがごとき恐ろしい物だ」
「ちょっと何言ってるかわからないです」
大丈夫、俺もわからない。
「ですがこれで準備万端!トレーニングを始めましょう!!」
「お…おー!」
・
・
・
保健室
「ウソつき」
「いやもうどうすればいいんですか」
結果、まさかのトレーニング失敗。
あれだけの救命器具を装着しながら、樫本代理はもがきながらプールの底に沈んでいった。
もがきながら沈む樫本代理の姿を見て、ヒシミラクルは恐怖していたが、ヒシミラクルTはそんな彼女を、容赦なくプールにぶち込んでいた。
「何が失敗しないですか、私沈みましたよ?」
「あれだけ装着して沈むって身体の構造どうなってんですか?、メタル化する帽子でも装着してました?」
神の力をもってしても止められない彼女の運動能力(の低さ)。
彼女は命に嫌われているといっても過言じゃないだろう。
その後終始お守りの出どころを聞かれたが、このお守りがトレセン産であることは言えなかった。
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「今日はスキルの習得をしますか」
「スキル習得、トレーナーなら理論はわかってますからね」
樫本代理とのトレーニング3日目。
本日はグラウンドでスキル習得を目標に練習を行う。
トレーナーたるものスキルをウマ娘に教える時には、最初に理論を伝え、共に実践し、何度も繰り返す事でようやく習得となる。
例えばコーナー巧者のスキルなら、コーナーを曲がる際の足さばきや身体の重心などを伝え実践することで、コーナーが得意になり、ようやく習得となる。
レース直前にポイント使って、いきなり習得した!ではないのだ。
「樫本代理に必要なスキルは回復スキルです」
「そうですね、目標が完走ですから、下手に速度や加速を上げてもしょうがないでしょう」
「ですが俺に教えられる回復スキルは栄養補給のみ」
「それも有効な手ですが、出来ればレアスキルが1つ欲しいですね…」
「なのでやれることは2つ、1つは自分の担当から固有スキルを継承すること」
「まず1つ目から理解不能なのですが?」
「簡単でしょう?」
「え?貴方はできるんですか?固有スキルは大分特殊なスキルのため、他のウマ娘が覚えることができないはずですが?」
「スペシャルウィークと3年間一緒に夢を追ってたらできるようになっていましたね」
「こわ…」
「樫本代理に流れ星を落としてあげてもいいんですよ?」
あと俺にとっては樫本代理の脆さの方が怖い。
「…それで2つ目は?」
「2つ目はスーパークリークとでちゅね遊びをすることです」
「でちゅね遊びとは?」
「…スーパークリークとでちゅね遊びをすると、円弧のマエストロが覚えられるんですよ」
「ですからでちゅね遊びとは?」
「…ではスーパークリークに連絡しますね」
「だからでちゅね遊びって何ですか!?」
「スーパークリーク召喚!」
ガラガラガラガラガラ!!!!!
「なぜガラガラを鳴らすんですか?…何ですかこの地響きは…?何かが危険な物が近づいてくる感覚?…なんか猛烈な勢いでこっちに来ている!?やだ、来ないで!?あ、」
『一緒に頑張りましょうね〜』
・
・
・
「どうです?円弧のマエストロ覚えられそうですか?」
「あう」
「覚えられそうですか~、偉いですね~」
「後で栄養補給のスキルも教えますんで、とりあえず回復系のスキルは大丈夫そうですね」
「ばぶ」
「明日は根性トレーニングをしましょう。怪我も大分治ってきましたしね」
「怪我しちゃったんですか~、頑張ってますね~、よしよ~し」
「明日もまたトレーニングしましょう!ではまた明日!」
「ちょっ!置いてかないでください!!」
「赤ちゃんはそんな言葉喋らないですよ~」
「ばぶ!」
「…ではごゆっくり」
「はい~」
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それから俺たちは、途中からスーパークリークの助けもあり、準備万端でトレーナーレースに、出場することが出来た。
結果として俺はもちろんのこと、樫本代理も完走し、見事にゴールテープを切ることが出来た。
18人中、18位という結果になったが、それでも最後まで懸命に走る姿を見て心をうたれたのか、ゴールする際には皆拍手で彼女を迎えていた。
新入生も新任トレーナーも、チームファーストの面々が、ゴールと同時に崩れ落ちる彼女を抱きとめに行く姿を見て、ウマ娘と担当の絆の強さを感じただろう。
トレーナーレースも終わりトレセン内もやる気に満ち溢れ、[[rb:無事 > ・・]]にオリエンテーションが終わったのだ。
そして後日、俺は樫本代理にいつかのカフェに誘われ、こうして一緒にゆっくりとしたひと時を過ごしていた。
「…スぺトレさん、今までありがとうございました」
「…いえ、俺はそんなたいしたことは、してないですよ」
「とんでもない、貴方のおかげでこうして私は完走し、さらにファ-ストとの絆も伝えられた、みんな貴方のおかげです」
「そう言ってもらえると嬉しいです、樫本代理」
「……
「それ…とは?」
「樫本
「あぁ、そういえばそうでしたね。すみません」
「私も言いませんでしたから…、なのでこれからは、理子と呼んでください」
「いいんですか?」
「はい、私と貴方はお互い競い合い、そして協力し合った仲ですから。…いえ呼びたくなかったら、無理して呼ばなくてもいいんですが…」
「わかりました、ありがとうございます理子さん」
「んっ!…よろしい。…さて、お互いトレーニングで業務も溜まってます。トレセンに帰って業務をこなしましょう。…あの子たちの為に」
「はい!」
そう言って樫本理子は松葉杖をついて立ち上がった。
「…理子さん、今まで気になって聞けなかったんですが」
「………疲労骨折だそうです。全治3か月」
そう、オリエンテーションは
ゴールした後、眠るように気絶した樫本理子をリトルココンが抱え、大急ぎで病院に担いで行った後すぐに入院。
手術こそなかったが、全治3か月の大怪我を負い、こうして外を歩き回れるようになった今も松葉杖は欠かせないのだ。
「スぺトレさん来年も私はレースに出ますよ」
「またリトルココンが泣きますよ?あ、タクシー呼びますね」
育成完了 樫本理子
スピード:G スタミナ:E パワー:G 根性:D 賢さ:S
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スペシャルウィーク「あれ!?私担当なんですけど、出番は!?」
ウマ単3作目
理子 ちゃん が頑張る話です