ある日のトレーナー室。
俺は頭を悩ませていた。
その理由は俺の担当、キタサンブラックについてだ。
大阪杯に勝利したキタサンブラックは、目に見えて調子を落としていった。
練習にも身が入らず、どこか上の空。
そんな調子でトレーニングをするわけにもいかないので、練習を休みにしようと言うと、まだできます!と本人は言うが、最終的には納得しトボトボと帰る。
そんな日が何度か続いた。
大阪杯から日も空いているため、疲れは取れているだろうし、身体にも変化や変調は見られない。
同室のサトノダイヤモンドにも話を聞いてみたが、ぼんやりすることは増えたが、身体を気にしていることはないようだ。
身体に異常はないなら精神的なものだろう。
ハードなトレーニングに耐え、G1を制覇できるウマ娘だが、まだ中等部のウマ娘だ。
精神的なものならどうしたものかと考えていると、コンコンとトレーナー室の扉がノックされた。
「トレーナーさん」
「キタサン……」
現れたのはさっきまで俺が頭を悩ませていた人物、キタサンブラックであった。
ここはキタサンブラックのトレーナー室であるため、彼女が来ることは何もおかしくはない。
が、現れた彼女はトレセン学園の制服ではなく、上は青を基調としたジャンパー、下は黄色のキュロットを着ており、いわゆる私服姿で現れたのだ。
「キタサン、どこか行くのか?」
彼女は頷き、肯定を示すと、意を決したように俺に手を差し伸べこう言ったのだ。
「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
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それからは大忙しだった。
トレセンは何らかの点検で午前中に授業が終わったとはいえ、出発は午前の11時。
突然の旅のお誘いだったため、準備もままならず、慌てて適当な荷物を鞄に詰めて出発した。
「トレーナーさんどこに行きますか!」
「決めてないの?」
「はい!トレーナーさんはどこか行きたいところはありますか?」
「そうだなぁ」
現在地は最寄りの駅構内。
ぐるっとあたりを見回し、キタサンの好きそうな物を探してみる。
すると、構内の掲示板に大きく○○祭とプリントされたポスターが貼ってあった。
ここから少し遠いがいけない距離じゃないし、何より結構大規模で派手そうな祭りであった。
「あそこのポスターの○○祭なんてどうだ?」
「祭りですか!?良いですね、行きましょう!!」
そう言うと彼女は元気よく券売機に向かい、俺もその元気な姿を追いかけるのであった。
切符を買った後は電車に乗り、学園のこと、友達のこと、菊花賞のことなど、たくさんの事を話した。
電車を降りてからも、気になるお店や銅像があると俺の手を引いて走り出し、名物を食べたり、写真を撮ったりして一緒に楽しんだ。
お祭りでは現地の人に負けず劣らずはしゃぎ倒し、目いっぱいお祭りを堪能していた。
お祭りを楽しんだ後は、休憩もかねて展望台に上り、夜景に見とれ目をキラキラさせていた。
「すごーい!見てください、夜景がすごく綺麗ですよ!!」
「綺麗だな」
「あたし、こんな綺麗な景色初めて見たかもしれないです!」
「それは良かった」
「………トレーナーさん、今日は付き合ってくれてありがとうございました」
「俺も久しぶりにこんな遠出できて楽しかったよ」
「はい!」
「……それで、話したいことあったんだろ?」
「はい、やっぱりトレーナーさんにはお見通しでしたね」
「当然だ、トレーナーだからな」
「なんですかそれ…、あたし、みんなを笑顔にしたかったんです。ファンの皆さん、商店街の方々、もちろんトレーナーさんもです」
「それはありがとうな」
「いえいえ……でもあたし、大阪杯に勝利した後に聞いちゃったんです。……あたしのせいでトレセン学園を去ってしまった娘がいるって」
「トレセン学園に入って、あたしがG1に勝利する姿にあこがれてくれたみたいなんですその娘。しかも大阪杯で一緒に走っていたらしくて…。そしたらあたしと一緒に走っていて敵わないって思われちゃったらしくて、…それでそのままトレセン学園をやめちゃったらしくて…」
「それでわからなくなっちゃったんです。あたしの走りは本当に人を笑顔にできるのかって…。あたしの走りは笑顔じゃなくて悲しませることしかできないんじゃないかって……」
「………」
「でもある時ネイチャさんに相談したんです」
「ナイスネイチャに?」
「はい、そしたら…『アタシも前にテイオーと会長と一緒に模擬レースしたことがあったんだけどさ、やっぱり会長は流石だわ。ビューンって抜かされちゃってさー。でもクラシック三冠の会長とレースして思ったんだよね、アタシ今三冠ウマ娘とレースしてるんだって。そしたら負けても嬉しくて、笑っちゃってね。でもちゃんと悔しさもあったけどねー』って」
「それを聞いてあたし、思ったんです。あたし、もっともっと強くなりたい。あたしと走った娘が泣かずに、誇れるぐらいに。私は負けちゃったけどキタサンブラックと戦ったんだぞって誇れるぐらい強く!あたしを応援してくれる人も、あたしが悲しませちゃった人も、あたしを知らない人も全部!全部!!全部!!!」
『笑顔にしたい!あたしの走りで!みんなを!』
「……随分、わがままな願いだね。まるで私は負けませんって言っているもんじゃないか」
「はい、あたしは絶対に誰にも負けません!」
「さっき出てきたシンボリルドルフ、さらにミスターシービー、そしてマルゼンスキー、そんな猛者が相手でもかい?」
「はい、全て走りで黙らせます!」
「笑顔にするって言ってたのに…」
「だから!!」
「だから?」
「だから…これからもトレーナーさん…一緒に来てくれますか……?」
そう言っておずおずとこちらに手を差し出してくるキタサンブラック。
なんとも我儘で傲慢な願いを口にする俺の担当。全てを笑顔にするなんてできるわけがない。レースに出ればそこには色々な思いが交錯する戦場だ。
そのレースにかけている者がいる。そのレースで変わりたいと思っている者がいる。
当然彼女が勝てば、問答無用で夢が敗れる。しかし厳しいことを言うならば真剣勝負なんてそんなものだ。
キタサンブラックの願いは叶うことはない。しかもなんの皮肉か彼女が勝ち続ける限り叶うことはないという自己矛盾を抱えている。
「キタサン、君の願いはすごく難しいことだ」
「……わかっています」
「わかっていない、キタサンの思っているより何倍も難しいことなんだ」
「それでもあたしは…!」
「だからこそ俺は、君の限界を見てみたい」
「トレーナーさん……!?」
「俺はキタサンブラックのトレーナーだからな」
俺は出されたキタサンブラックの手をとる。
我ながら無茶な願いを聞いたもんだ。
それでも俺は彼女のトレーナーだ。
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「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
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「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
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「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
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「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
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「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
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「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
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「旅に出ましょう、トレーナーさん!」
「おいこの野郎」
「?」
「?じゃねぇよ、いい加減にしろよバカ野郎」
「なんで怒ってるんですか!?ちゃんと言ってくれないとわからないです!」
「じゃぁハッキリと言ってやろう。おめぇ大阪杯の旅で味占めたからって、G1勝利の度に旅に連れてくんじゃねぇよ」
「良いじゃないですか相談ぐらいのってくれても!」
「最初の方はまだ良かったよ?キタサンの願いだったり、足の調子だったりね。そうだな…。キタサン、6回目の旅での相談内容覚えてるか?」
「……記憶にないですね」
「あれはジャパンカップの後だったけどな、旅を一通り楽しんだ後の相談内容は『今年って暖冬じゃないですか…いつぐらいに冬服出していいかわからないんですよね』だ。それをシリアスモードで言われてなんて言えばいいんだ?」
「一緒に買いに行こうかキタサンブラック、ですかね」
「んな相談良くて近くのカフェで相談するもんなんだよ」
「だって…」
「相談はいいよ、ただトレセン学園の敷地から出るな」
「でもほら…お出かけした方が気分も上がるじゃないですか…」
「気分ねぇ…」
「何ですか!?あたしの気分が下がってレースに負けてもいいんですか!?」
「いやだってお前もう負けねぇだろ?」
「え…?も、もぅ俺の愛してる愛馬なんだから負けないだろ?なんて…」
「いやそんな精神論ではなくてね?だって君ステータスいくつ?」
「乙女のステータスを聞くなんてマナー違反ですよ」
「お!偉いなマナーなんて言葉知ってんのか?今度は実践できるようになるといいな!」
「バカにしないでください!マナーぐらい知ってます!」
「じゃぁ君が今いる場所は?」
「トレーナーさんの自宅ですが?」
「鍵は?」
「開けました!」
「何で?」
「合鍵で!」
「うーん正直でよろしい、こっちに来なさい。一発痛いのお見舞いしてやるから」
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「…痛いです」
「勝手に人の家に不法侵入した挙句、寝起きの人に対して旅に出ましょうなんて、ふざけ倒したことを言う大バカお祭り娘には当然の処罰だ」
「でも良いじゃないですか旅に出ましょうよぅ、楽しいですよ?あたしが」
「なんて我儘なんだ」
「我儘なんですよあたし?知りませんでした?」
「…知ってるよ。」
「だからあたしの調子の為にですね…」
「だからさっきも言ったけど負けないでしょ?」
「トレーナーさん…信じてくれるのは嬉しいですけど、勝負の世界に絶対なんかないんですよ」
「絶対はないけどさぁ、キタサンもう一回聞くけど君、ステータスいくつ?」
「…UDです」
「G1なん賞ウマ娘?」
「……16賞です」
「二つ名は?」
「………常勝ウマ娘です」
「そんな奴がちょっと調子下がった程度で負けるか!!」
実は俺のキタサンブラックここまでの3年間無敗の常勝ウマ娘である。
ジュニア:ホープフルステークス
クラシック:皐月賞、日本ダービー、宝塚記念、菊花賞、天皇賞秋、エリザベス女王杯、ジャパンカップ、有馬記念
シニア:大阪杯、天皇賞春、宝塚記念、天皇賞秋、エリザベス女王杯、ジャパンカップ、有馬記念
を制した正真正銘の化け物である。いやマジで化け物か?
一回目の旅の時もすでにG1を10賞していたので、正直強くなる!って聞いた時も内心え?これ以上?と思っていたが、まさかここまで強くなるなんて聞いていない。
アプリのウマ娘って凄すぎない?
「だいたい何でこんな不法侵入みたいな…っていうかマジの不法侵入だけどしたんだ」
「ネイチャさんに相談したんです」
「大丈夫?そろそろナイスネイチャ、胃に穴空いてない?」
「最近トレーナーさんに旅に行きましょうって誘っても渋ってくるって」
「何を相談してんだ。相談するならレースのこと事相談しろよ」
「そしたら『もう温泉旅行行けば?』ってネイチャさんが言ってくれたんです!」
「ほら、何度も相談するから投げやりになってんじゃん」
「だからあたしと温泉旅行に行きましょう!」
「えぇ温泉旅行かぁ」
「だってトレーナーさんこないだ、重いもの持って腰が痛いって言ってたし、ちょっと軽くあたしと並走したら筋肉痛で動けなくなったしで、身体がボロボロじゃないですか!」
「年をとるとそうなるんだよ」
「トレーナーさんまだ若いじゃないですか。そんなこと言ってると、おじさんって呼んじゃいますよ?」
「おじさんのすすり泣きを見たいんだったら構わないぞ?」
「そんなわけで、お疲れなトレーナーさんの為に、一緒に温泉旅行に行きましょう!」
「だから相談だったら今聞いてあげるから」
「もう建前の話はいいですから、あたしはトレーナーさんとお出掛けしたいんです!」
「知ってたけど認めちゃったよ、建前だってこと」
「行きましょうよぉ~温泉、あたしも入りたいです~。ほら、お助けキタちゃんがボロボロなトレーナーさんを、いっぱいお助けしてあげますから~」
「そのお助けが怖いんだよ。最近のキタサンのお助けって、段差があるからあたしの手につかまって降りてください!とか、魚の骨をとってあげますね!とか、もうお助けじゃなくて、介護って言葉似合うんだよ」
「それは…さっきも言いましたけど、トレーナーさんがお疲れだから、あたしがお助けして少しでもトレーナーさんが楽できればいいなって思って…」
「キタサン……本音は?」
「トレーナーさんがあたし無しでは、生きられないようにしたくて…」
「流石某委員長の関係者、もう1発拳骨をくれてやろう」
「わっ!暴力反対です!」
「はぁ~、仕方ない。百歩譲って温泉は行くとして、今から泊まれる旅館はあるのか?福引は外れたぞ?」
「大丈夫です!友達から余ったチケットを貰ったので!」
「そうなんだ?ちょっと気になるな、見せて?」
「こちらです!」
「どれどれ?…海辺なんだ、おー旅館というよりホテルみたいな感じだな」
「さっきまで乗り気じゃなかったのに、今はノリノリですね!」
「どうせ行くなら良いところに行きたいしね。へー良さそうだな」
「良いでしょう?じゃぁ早速準備して行きましょう!旅の始まりです!」
「行くか〜」ピラッ(裏面を確認する)
『提携:サトノグループ』
「行きたくないなぁ」
「何でですか!?さっきまで行く気だったのに!?」
「嫌な予感がする」
「しませんよ!!」
「ごめん、間違えた」
「?」
「嫌な予感しかしない」
「だ…断定……」
「だってこれサトノグループやんけ」
「そんなダイヤちゃんのとこの会社だからって警戒しないでください!」
「でもサトノだしなぁ……」
「今回ホントにダイヤちゃんは関係ないんです!」
「じゃぁこのチケット誰から貰ったの?」
「………スマートファルコンさんです」
「え?さっき友達って言ってなかった?」
「嘘ついてすみません…でもファルコンさん、どうしても誰かを誘えなかったらしくて…もったいないからぜひ使って欲しいって」
「……行こっか、温泉旅行」
スマートファルコンのおかげでキタサンブラックとかけがえないひとときを過ごした!
ウマ単4作目
アニメとアプリの設定が混ざっているのでお気をつけください
あ…ありのまま起こったことを話すぜ!俺は夏に合わせたシンボリルドルフの作品を書こうと思ったら、いつのまにかキタサンブラックの作品を書いていた
何を言っているのかわからねーと思うが、結構よくあることなので特に気にしていません
拙き作品ですが宜しくお願いいたします