冬の合宿を終えて冬休みが終わり、夜月たち野球部は走り込みや体力作りに励む。
もちろん野球の実戦形式の練習もしたり、他の部活にお邪魔してリフレッシュや、逆に他の部活に野球部の練習を体験させたりと交流も深める。
そんな中で迎えたのは、2月14日のバレンタインデーだ。
しかし西暦時代と違って、誰でも気軽にチョコやお菓子を手渡せる感謝を伝える日になっているのだ。
それでもバレンタインデーをきっかけにカップルが出来ることもある。
夜月もまたバレンタインデーのチョコを買い、ソワソワしている一人でもある。
「日頃世話になってる同じ寮の連中や家族、同じ部活のチームメイトにも渡さないといけないな。これだけ渡す人が多いとやっぱり箱形の小型チョコを全員で山分けの方がいいか」
「おー夜月、バレンタインデーのチョコ選びか?」
「河西か、お前こそチョコ選びか?」
「俺はナンパに成功した女の子に渡して、そのまま連絡先を交換しようと思うんだ。連絡先入りのチョコをプレゼントってね」
「お前プライバシーには気を付けろよ。最近トラブルが多くて物騒なんだから」
「わかってるって! お前は俺の親かよ!」
「いや実際怖いだろ。お前は軽薄だからわからねえだろうけどな」
「黒崎なんか俺にだけやたらひどくない!?」
「ったく、夜月、お前んとこの野球部の木村も大概ひどいけど、この二人のナンパ癖を止めることはできねえのか?」
「とはいっても、あいつ一応女性ファンの獲得に貢献してるから全否定はできないんだよ。俺もナンパ癖には悩んでるがな」
「そういえば野球部は生配信や動画投稿もしてるんだったな。確かに女性ファンは重要だな」
「郷田ならわかってくれると思ったよ。というわけで、お前らの分もチョコあるから受け取ってくれ」
「ありがとう夜月くん。僕たち全員で山分けしようね」
「ああ」
池上荘の男子全員で集まり、夜月のチョコでみんなで山分けをして食べ合った。
女子たちにも渡したが、夜月にとってはもう一人、特別にチョコを渡したい人がいるのだ。
その特別に渡したい相手もまた、夜月にチョコを渡そうとドキドキしていた。
「夜月くん、喜んでくれるかな……。私たち池上荘の女子全員分の義理チョコはもらったけど、本命チョコはまだなんだよね……。どうしよう、緊張してきた……」
あおいは夜月に本命チョコを渡せるか不安になっていて、緊張でチョコの箱をギュッと握りしめていた。
放課後までに渡すことができなかったが、まだ部活の練習があるので渡すチャンスはある。
ちなみに前の主将である渡辺は女子たちから大量の本命チョコをもらい、バレンタインデーに苦手意識のある渡辺が少し気が重くなっていたのはここだけの話である。
部活の全体練習を終え、それぞれ自主練に入ると、あおいは夜月に声をかける。
「夜月くん、よかったら自主練付き合うよ」
「いつも悪いな高坂。甲子園がかかってるこの時期だから助かるよ」
「ううん、夜月くんは一年生でレギュラーを勝ち取ったんだからこれくらいはサポートさせて」
「ありがとな。じゃあティーバッティングと、カメラの撮影を頼むわ」
「うん!」
夜月はティーバッティングを実践し、あおいがカメラを用意してフォームの確認をする。
普通のティーバッティングだけでなく、椅子に座ったり、バランスボールに乗ったりとして普段使わない体の使い方を身に付けていた。
あおいもトスする位置を変えたり、コースをランダムに投げたり、緩急をつけてタイミングをずらしたりと工夫もしてくれた。
ティーバッティングを終えると、今度は榊と園田が夜月に声をかける。
「夜月ー! 俺たちの自主練も付き合ってくれ!」
「わかった。何をするんだ?」
「夜月は少年野球時代はキャッチャーだったよな? そこでブルペンで受けてほしいんだ」
「了解、防具付けるから待っててくれ」
夜月は榊と園田のピッチング練習に付き合い、キャッチャーとしてブルペンで投球を受ける。
しかしキャッチャーミットを持ってないので、今持ってるファーストミットで投球を受けた。
少し時間が経って休憩に入り、夜月は立ち上がってトイレに向かう。
「すまん、ちょっとトイレに行くわ」
「おー、漏らすなよ?」
夜月がトイレに向かい、榊と園田はソワソワしながらあおいを見ていた。
あおいは二人の視線に気づくと、榊と園田に声をかける。
「大輔くんに夏樹くん、私を見てどうしたの?」
「なああおい、俺たち幼なじみとしてずっと一緒だったよな?」
「う、うん」
「俺たち三人でエースになって、いつまでも一緒だと信じてた。だがあおいは肘を壊して野球をやめた。俺たちはそれが今も未練なんだ」
「それでもあおいはさ、マネージャーとしてずっと俺たちに尽くしてくれてさ、すごく嬉しかったんだ。それで俺たちは、その……」
「二人とも、何が言いたいのかな?」
榊と園田はあおいに何か言いたげに見つめ、二人で見つめ合って相槌をすると、二人一斉にあおいに突然の告白をする。
一方こちらは夜月、トイレから戻ってきて早々に榊と園田とあおいが緊張した雰囲気になり、戻るに戻れずに様子をうかがっていた。
「あいつら何を話してるんだ? 随分気まずそうというか、何かあるのか……?」
夜月が隠れてやり取りを見ていると、夜月にとって衝撃の言葉が出る。
「俺たちは、高坂あおいのことが、本気で好きです」
「急に言われて戸惑うのはわかってる。だけど俺たちは本気だ。迷うかもしれないが、付き合ってください」
「っ――!?」
榊と園田はあおいに告白をし、夜月はその様子を聞いて胸が痛んだ。
ずっと一緒だった幼なじみだからどっちかと付き合うんだろうと覚悟を決めたが、それでも夜月は胸が痛み、見るのも苦しかったが最後まで見守ることにした。
榊と園田の覚悟を決めた告白の返事をあおいはすぐに返した。
「えっと……大輔くんと夏樹くんが私のことそういう風に見てくれてすごく嬉しい。女の子として見てくれたんだと思うと、少しだけ自信がついてくるよ。応え次第で片方がフラれる形になるけど、二人は後悔しない?」
「たとえ選ばれなくても、夏樹なら後悔しないさ」
「大輔に負けたなら俺は割り切れるさ」
「そっか……だけど、二人ともごめんなさい! 私、二人のことを異性として見てなくて、幼なじみとして、友達をしてしか見てなかったから、どうしていいかわからなくて……。それに私には、もう好きな人がいるんだ。だからその人と付き合うまではその……ごめんなさい!」
あおいは榊と園田をㇷり、気まずくなったのか女子更衣室へ走っていった。
その走った先に夜月がいて、あおいは夜月に気が付いて声をかける。
「夜月くん!? いつ戻ったの!? まさか全部聞いちゃった……?」
「ああ、悪いな……。戻るタイミングを失ったからさ……」
「そっか……見苦しいところ見せてごめんね! それじゃあ!」
「おい! どこへ行くんだ!」
あおいは夜月の顔を見ると赤面して走り去り、恥ずかしそうに行ってしまった。
結局お互いにチョコを渡せずに終わり、夜月は少し寂しそうにあおいが走った先を見つめた。
そしてあおいの様子を見て、好きな人って誰なんだと疑問に思った。
榊と園田はショックを受けたが、両方とも負けたなら心の傷はそう深くはなかった。
夜月が気まずそうに戻り、榊と園田に声をかける。
「あのさ、その……今戻った」
「夜月! まさか聞いてたのか?」
「その、悪い」
「まあこんなことされたら戻ったとしても気まずいよな。それは仕方ないさ」
「そうだよな、俺も同じ立場ならそうするもんよ」
「本当に悪いな」
「夜月、やっぱ悔しいからもう少しブルペンに付き合ってくれないか? 八つ当たりはしないようにするからさ」
「俺もいいか?」
「わかった、とことん付き合うぞ」
榊と園田は失恋のショックを紛らわすために投げ込み、夜月は聞いてしまった身としてとことん自主練に付き合った。
自主練を終えて夜月は、榊と園田の傷心は相当なものだと判断し、あえて挨拶以外声をかけずにそっとした。
着替え終えてすぐに夜月は部室を出ると、榊と園田の会話が少し聞こえたので、見つからないように聞きこむ。
「夏樹、あおいの好きな人って誰だと思う?」
「急だな。確かに気になるけどな。相手次第では俺たちの失恋を割り切れるからな」
「そこなんだよ。それで俺は思ったんだけど、最近やたら夜月について行ってないか?」
「そういやスワローズファンだと意気投合してからよく一緒にいるよな。大輔、それがどうかしたのか?」
「もしかしてだけど、あおいは夜月のことが好きなんじゃないかなって思ったんだ。あいつと一緒にいると嬉しそうっていうか、すごく楽しそうなんだ」
「っ――!?」
夜月は榊の推理を聞いてしまい、あおいが自分のことが好きなんじゃないかという仮説に驚いた。
しかしあおいは野球部だけでなく、学園の男子にも人気なので、そんなはずはないと思って部室を立ち去った。
それでも榊と園田の会話は続いた。
「なるほどな、あおいをよく見ているな大輔は。言われてみればあおいは夜月と一緒にいる時は笑顔が多かった」
「だろ? そこでさ、夜月とあおいが恋人になるように俺たちでサポートしないか? バレない程度にさ」
「そうだな。夜月に負けたんなら俺も納得がいく。あいつのカリスマ性や実力、それに強さと優しさと賢さの兼ね備えは俺も一目置いている。それに女子による人気投票も上がりつつあるからな」
「それにあいつ、顔も体もだけど性格もイケメンだからな。俺が女子だったら絶対惚れるぜ」
「だとすれば決まりだな。失恋した者同士、頑張ろうぜ大輔」
「ああ!」
こんな会話がされて以降、夜月は榊と園田と接する時に気まずさを感じ、あおいと接する時も緊張のあまりに会話が硬くなる。
それでも夜月はレギュラーとして集中し、甲子園で無様なことはできないと意気込んで練習に励む。
二人の渡せなかったチョコは結局自分で食べることになり、渡せずじまいに終わってしまった。
そして春のセンバツの選考では、無事に春のセンバツの出場が決まり、学園は歓喜ムードになる。
春のセンバツの結果はベスト4となり、二年生のシーズンが始まった。
つづく!