「この世界は僕にとって、(物理的に)眩しすぎたんだ」 作:羽虫の唄
「──どうしてだ。どうして、お前が……!」
2人の少年が居た。
片方は地に伏せ、片方は
ようやっとの思いで、呻く様に吐き出されたその問いかけに。
返されたのは、鈴を転がした様な。
…そんな、笑い声だった。
「簡単なことだよ。──この世界は僕にとって、眩しすぎたんだ」
◆◀︎▲▶︎▼
『YO!YO!YO! お待たせしたかぁリスナーの諸君! ──迸る閃光、弾ける極彩色! 最新科学で再現された
ある教室の一角。そこでは、燃える炎を連想させる赤髪の男子生徒を中心に、数人の男女が塊となっていた。赤髪の少年が手に持った携帯端末の液晶画面には、片手にマイクを握った奇抜な出立ちの男性が、独特な言い回しで何かしらを喋っていく。
「おっ。アトモス製薬からユニットカードが数種類出るらしいぞ」
「マジで!? やっべ、テンション上がって来た! ちょちょちょっ、早く続き見せてくれよ
「落ち着けよ、
「そ、そんなぁ……」
赤髪の少年・
「はぁ。どんだけ落ち込んでるのよ」
「言ってやるなよ
色白で、透き通った水色の髪をポニーテールに整えた少女、
愛用している属性のカードで欲している物が現れない事実に、落ち込んでしまうその気持ちは分からなくもないものの、幾らなんでも気持ちを沈めすぎだと、膝から崩れ行くクラスメートを見て、彼女は再度、ため息を吐いた。
「あ、あはハ…。ヤイトくン。他の情報は、何かあったりしますカ?」
「んー、そうだな…。──お! 〈
「ほ、ほんトですカ!?」
やったア! と喜ぶ、ヒカリ・
新たなカードの情報に一喜一憂すること、暫く。
一通り、ネットニュースや記事から、多種多様な情報を仕入れた4人。彼ら彼女らは、これは放課後に早速、通い慣れたカードショップに向かおうと計画を練る。
「──なぁ、
ふと、ヤイトがとある生徒の名を呼んだ。
彼の視線の先。自身の名を呼ばれ、声のした方へと振り返ったことで、その顔がヤイトたちの視界に収まる。
乱雑に伸ばされた黒髪。病的な青白さを持った肌。目立つ隈。──まるで生気を感じられない少年が、そこには居た。
名前を、
授業と授業の間に出来た僅かな休憩時間。ヤイトたちの様に誰かと談笑をするでもなく、独り、自身の席で背を丸めていた彼は、ヤイトの誘いに、暫くもごもごと口籠った。
「………ごめん。やめとくよ」
そうして出てきたのは、拒否の言葉である。その言葉を聞いたヤイトが「そっか」と呟けば、ユーキは視線を元に戻して、先程の様に背を丸めて動かなくなる。
「──あの子、いつからあんな風になっちゃったのかしら」
呟いたのは、ヒトミだ。感情が表に出辛い性分の彼女は、分かりやすくその顔に悲哀を浮かべていた。
「……俺。ユーキも混じって、また5人でファイトやりてーよ……」
「私も、でス」
「ああ……」
ハバタ、ヒカリの悲しげな声に、ヤイトが続く。
一体、何時からなのだろうか。幼い頃から続いていた仲良し5人組の輪から、1人だけ居なくなってしまったのは。
何故なのだろうか。いつも笑顔だった少年が、あれだけ好きだったファイトの最中、苦痛に満ちた表情を見せる様になったのは。
……どうしたら、最高に楽しかったあの頃に戻れるのだろうか。
「どうしちまったんだよ、ユーキ…」
ヤイトのその声に、答えられる者は居ない。
◆◀︎▲▶︎▼
やあ、こんにちは。僕の名前は病村 ユーキ。
「──あ゛ー…。あっだまいでェ、ぎぼぢ悪いィー……」
……強いて特徴を上げるとするならば。極度の
片頭痛。主な症状としては、ズキリだとか、ズキズキだとか。そんな具合の頭痛から始まり、閃輝暗点…視界の一部に暗闇と言うか靄みたいなのが発生したり、その他には吐き気を伴ったり……と。実に最悪な気分に陥ることが出来る、まっこと素敵な病だ。
ふぁっくにござる。
幼い時はそうでもなかったのだが、小学校高学年辺りになった頃から僕はこの片頭痛に悩まされ始めることとなった。
慢性的に続く頭の痛みだけでなく、そこそこ強めの嘔吐感に苛まれること、はや数年。通院して処方箋なんかも貰ってはいるものの、改善する様子は見られず、ここ最近は症状は悪化するばかりだ。常に寝不足気味で、隈も出来てしまったりしている。
「うーん。偶にはヤイトくんたちと、ミステリオマキアでファイトしたいんだけどなぁ」
知らない人はおろか、やったことの無い人間など、存在しないレベルでグローバルスタンダードな代物となった、カードを使った競技である。
例に漏れず、僕もミステリオマキアを嗜む、世間一般でファイターと呼ばれる人種なのだが……いかんせん、片頭痛持ちと言うこの体質が災いしてしまい、誰かとファイトをする頻度がめっきりと減少してしまっている。
片頭痛が発生する理由は様々だ。
ストレスだとか、気圧変化の影響だとか。
後は──強い光を目にしてしまう、とか。
ミステリオマキア。ユニットを召喚し、呪文を発動して相手のコアエネルギーをゼロにする競技。その様相は実に『派手』である。
……いやまぁ。僕が特段、光に弱いと言うだけで、普通の人からしたら、あんなのはちょっと明るいくらいなのだろうけど。
「ただいまー…っと。……頭痛薬。まだあったかなぁ」
ほんのりと茜色に染まり始めた空を遠くに認めながら、歩き慣れた帰路を進み、家へと辿り着く。
一度玄関戸を閉めれば、そこは、厚手のカーテンによって完全に遮光された、一切の光の侵入を許さない、暗鬱とした室内だ。我が家の内情を誰かが知れば、きっと、気が滅入ってしまうのだろうが、生憎と。僕にとってはこの暗闇こそがまさしく聖域なのである。
暗闇最高、暗闇最高。
お前も暗闇最高と言いなさい。
「──いや。いくらなんでも真っ暗すぎじゃないかこれ?」
と。
漸くだ。靴を脱ぎ、スリッパを履いて。そこまで来てようやっと、僕は、片頭痛によって鈍っていた思考で。目前に発生していたその異変に気付くことが出来た。
目の前……玄関から奥の部屋まで続く、その廊下。電気を付けていないのである程度暗いのは当たり前なのだが、だからと言って、これはいくらなんでも
じっとりと。体調不良による物とは別の、嫌な汗が身体の至る所から吹き出したのが分かる。
なんだ、一体。何が起こっている……?
『──人よ。力が、欲しいか…?』
「!?」
低い、低い、声だった。
真っ黒な虚空から、正体不明の声。こんなのは異常中の異常だろう。ただでさえ早鐘を打っていた僕の鼓動が、分かりやすく跳ね上がる。
恐怖で固まる僕を他所に、『声』は続けた。
『世界を変えたくはないか? 打ち壊したい現実は? 望む物があるならば、我を手に取るが良い』
ズ……っ、と。暗闇から、何かが現れる。
それは、掌大の大きさを持った──
「カー、ド?」
フレームで囲われたそれは、ミステリオマキアで用いられる、カードだ。
色は純黒。属性は闇。己から放たれる闇を靄の様に引き連れながら、カードは
ほんの少しでも手を伸ばせば、既に触れられる距離だ。
『再度問おう。──人よ。力が欲しいか?』
それは、悪魔の甘言だった。
人を誘い、捉え、堕落させ、破滅へ導く、魔の者の言葉。
(世界を、変える……。現実を、壊す…)
まるで催眠術にでもかかったかの様に。
ごくり。生唾を飲んだことで喉が音を立て、ゆっくりと、『声』を発するカードに向けて手が伸びて行く。
『そうだ……そのまま、我を手にしろ…』
誘われる。引き込まれる。──闇に飲まれる。
最早、カードと指先の間にある空間は、数cmも無い。
そうして、僕は──
「──お断りします」
『えっ』
掌を突きつけ、キッパリと断った。
いや、うん。冷静に考えて色々怪しすぎるからね。なんか恐怖と緊張感で、若干思考回路おかしくなっていた気がするけど、最後には流されることなく僕はNOと告げることが出来たのだ。
僕に拒否されるとは思っていなかったのか、闇のカードは『えっ。えっ』と混乱している。だけどそれも、ほんの少しの間のことだった。
咳払いを挟んでから、カードは再度、問いかけてくる。
『な、なぜ我を拒絶する? 力が手に入るのだぞ? 意のままに世界に変革を齎し、理不尽に塗れた現実を打ち砕く、絶大な力が!』
「悪いけど別に、僕は世界を変えようなんて大層な願いなんて持ってないし、ぶっ壊したい現実に直面してるわけでもないよ。現状に満足してるんだ。……向上心が無いって言われたらその通りかもしれないけど」
『ぬぐゥッ。しかし、本当に良いのか? わ、我を手にするチャンスは今しか無いのだぞ!? い、行ってしまうぞ。どっか他所に行ってしまうぞ!? 良いのかな〜、本当に行っちゃおっかな〜!!』
「速やかにお帰りいただいてもらって、どうぞ。何度言われたって僕の意思は変わらないよ。まぁ、その。あれだ。今回はご縁が無かったってことで……」
『……本当だぞ? 本当にどっか行っちゃうんだぞ、我……?』
「早よ行け」
言いながら僕は玄関戸を開けて、カードに退出を促す。玄関から外へと出るまでの間、カードは少し進んではチラリとこちらを向いては空中で立ち止まり、ちょっと進んでは立ち止まり……と。
こ、この。しつこい奴め……!
「ていっ!」
『あいたぁ!?』
いい加減、未知の現象に対する恐怖よりも、鬱陶しさの方が勝るというもの。外までもう少しの所で、いつまでもぐだぐだとされても、迷惑だ。僕はカードに平手打ちをかまして、その小さな体を遂に叩き出す。即座に玄関戸を締め、施錠。
何やらカードが喚いていた気がするが、知ったことではない。
「──ふぅ。世の中には、不思議なこともあるもんだなぁ」
『おい待て、エピローグ的なまとめに入ろうとするんじゃない』
若干、外からは未だにぎゃーすかと騒がしい声が聞こえなくはないが、それはきっと気のせいだ。
ひとりでに宙に浮くカードに、よく分からん取引を持ちかけられる。なんとも不思議な体験だったが……それはもう、終わったことなのだ。徹頭徹尾、超常に塗れた非日常的出来事だったが、僕は見事にそれを打破して、日常へと戻って来た。
それでこの話はおしまいなのである。
『話だけでいい、頼むから聞いてくれ! 我にはどうしても成さねばならないことがある。だがそれは、我だけでは到底不可能。協力者が必要なのだ…!』
「さあってと。今日のご飯は何にしようかなー」
『おォい!? 聞こえてるからな! 玄関越しとはいえその呟きは聞こえてるんだからなァ!』
「カレー、シチュー…。うーん、最近似た様な物ばっかりだからな。偶にはもっと変わったものを……蕎麦とかどうだろ」
『くそっ。我の声を完全にシャットアウトして、晩御飯に意識を全力で集中させてやがる…!? ──ふ、ふんっ。よかろう。貴様がその気なら、こちらにだって考えがある。今更後悔したって遅いぞ……!』
……何やら不穏な言葉が聞こえてきた様な気がするが、きっと気のせいである。何故なら僕が体験した、先程の不思議な出来事は既に終了したのだから。
問題であったカードは外に出した。これ以上何かが起こったりするわけはないのだ──
『ふ・ん・ぬ・お・おぉ〜〜〜ッ!!! どいつもこいつも我のこと拒絶しやがってよぉ!! そんなに我のこと嫌いか! そんなに闇の属性が恐ろしいか! こうなったら強硬手段だ。朝昼晩など関係無く、四六時中ここに居座って騒ぎ立ててやるううぅううううッッ!!!!!』
直後、大気を震わせる怒号が辺り一面に鳴り響いた。
あ、あの野郎!! 何をするかと思えば、お菓子を買ってもらえないからと駄々を捏ねる幼児みたいな真似事に走るだとう……!?
『1000人だぞ。1000人だぞ!? 10でも100でも無く、これまで4桁人に声をかけて、誰からも受け入れてもらえない我のこの苦しみが分かるかぁ! 我の孤独が、絶望がぁあああああああああ!!!!』
「おいいィ! 分かったからその騒ぐのをやめろォっ! 話だけなら聞いてやるからさっさと入れ! ご近所迷惑でしょうがあああああ!!!」
『おぶるあばはびみゃがるうらああああだばだばばばゆばはあぁぁ───ッッッ!!!!!』
「話を聞けェ───ッ!!」
◆◀︎▲▶︎▼
さて、少々長くなってしまったが。
これが僕、病村 ユーキと。長年の相棒となる1枚のカード……〝
片頭痛はね。本当の本当に辛いんだ。