「この世界は僕にとって、(物理的に)眩しすぎたんだ」 作:羽虫の唄
評価、感想、登録。ありがとう。
「──、…──ハッ!?」
…──目を覚ました。その事実に気付いた僕は、慌てて辺りを見渡した。
遮光カーテンの閉められた暗い室内。家具の少ない、こざっぱりとした部屋は見慣れた風景で……唯一存在する『異物』の正体は、先程、僕のことを締め落とした邪神・ドルムハーオスである。
僕が目覚めたことに気が付いたのか、それまで背を向け、何かをしていたドルムがこちらを向いた。
『おお、目覚めたかユーキよ』
「………相手の首を絞めて意識喪失に追い込むって、普通に傷害罪じゃない?」
首をさすりながらじっとりした視線を向けるものの、当のドルムはどこ吹く風である。こう言った余裕の表れは、流石は
『そう言うな。あのまま意識を保ち続けていたところで、永く、苦しむだけだろう。ならば、多少乱雑であろうと意識を手放してしまった方が良い。……現に、貴様も少しは調子を取り戻したのではないのか?』
「…そりゃそうなんだけどさぁ」
ドルムの言うとおり、予め飲んでいた頭痛薬が、僕が眠っている間に効き始めていたらしい。まだまだ本調子ではないといえ、意識を手放す前よりは遥かに安定している気分になんとも言えない気持ちで、僕は部屋の中を見渡した。
カチコチ音を鳴らしている掛け時計が示すのは、19時過ぎ……ふむ。大体、2時間ぐらい気を失っていたみたいだ。
「──て言うかドルム、さっきから何してるんだ?」
『まあ、待て。ここをこうして、こうやって──…完成だ!』
僕と話している間も、手元で何かを操作していたドルム。声を張り上げてからこちらに振り向き、差し出されたのは──なんだこれ。
黒い……、ヘルメット?
いや。実際にはその質感はプラスチックと言うよりは陶器に近い。それに、バイザーに当たる部分も見られないから、正確に言うならばヘルメット
頭に疑問符を浮かべていると、ドルムから解説が入った。
『これは我が闇より生み出した、頭部装着型光彩遮断視覚情報群自動変換装置だ!』
「こうさい……なんて?」
『だから、頭部装着……いや。名称はどうでもいいな。百聞は一見に如かず、だ。ユーキよ、それを頭に被ってみるがよい』
ヘルメットと要領は同じだ。そう語るドルムなのだが…、
「……いやあの。なんか、おどろおどろしい暗闇が内側で蠢いてるんですが」
『むぅ。闇が、人が持つ根源的恐怖の対象であることは理解しているが……。
う、う〜ん。嘘は言ってなさそうだ。
なさそうなんだけども…。
…これまでのやり取りで、ドルムの性格は、なんとなくだが察することが出来ている。
こいつはきっと、虚偽や詐称で他者を陥れるとか、そう言ったことはしない──不得手と言うより、性分的に嫌っているのだろう。多少、その荘厳な物の言い方で相手を勘違いさせやすそうなきらいはありそうだけども。
なので、このヘルメット
…ええい、僕だって男だ。今更、夜の暗闇に怯える年齢でもない。こう言うのは勢いが大事なんだ──いざ!
「えいっ!」
『──ふむ。どうだ、ユーキよ。サイズがキツかったり、気分が悪いなどと言ったことはあるか?』
ヘルメットモドキを被った僕は、その内側で恐る恐る目を開く。
開き──
「…──お、おお? ──おおおおお!?」
『くっく、驚いているな。そいつは内部に広がる闇を使うことで完全に視覚への情報を遮断しつつ、同時に、本来視覚から得る情報を直接脳に届ける優れ物だ!』
な、なんだこれ。
『気圧の変化、ストレス等による自律神経の乱れ。…片頭痛の理由は様々であるが、強い光を目にすることによって引き起こされる場合もある。その装備があれば、少なくとも光に誘因されて起こる体調の不良は、防ぐことが出来るであろう…──む? ユーキよ。黙っているが、何か問題があったか?』
わなわな、と。
体を震わしながら、僕は。
恐る恐る、ドルムに訊ねる。
「──あの、これ。おいくらまんえん……?」
『おいおい、我を斯様な狭量の存在と思ってくれるなよ。今や貴様は、我が同志だ。同志たる存在が苦しんでいるというのに、そこから対価として金品を毟り取る様な真似、する筈が無かろう??』
肩を竦めながら、ドルムは言った。
無償であると。こんなにも素晴らしい代物を、なんの見返りも求めずにタダであると──!!
「──今迄の非礼の数々。どうかお許し下さい」
最早僕は堪えること叶わず、目の前の神に
『む? どうした突然。……いや、くくくッ。そうかそうか。我の偉大さに、漸く気付いたのだな?』
「ハッ! これまでの非礼を詫びると共に心を入れ替え。このユーキ、偉大なるドルムハーオス様に忠誠を誓わせていただきます!!」
『お、おお? ちょ、ちょっと怖いくらいの急な忠誠心であるな。えーと、ごほん! ゆ、ユーキよ? あくまでも、我と貴様は1つの目的を達成しようとする、同志なのだ。その関係性は対等であり、如何に我の存在が神であるとは言え、そう必要以上に畏まる必要性は──』
「いいえ私は貴方様の忠実な配下言わば下僕です何なりとお申し付けください何でも是非やらせてくださいこの様な素敵で素晴らしい物を私めに与えてくださるなど貴方は神ですゴッドです救世主です世界の裏側この世の果てならず地獄の底までどこへだろうと一生お供いたしますドルムハーオスさむぁアっはあああああァあんっっっ!!!!!」
『ひ、ひいいいいいぃッ!!? 唐突すぎる宣言に、我、困惑──ッ!?』
……この日、僕は確かに救われたのだ。
長年この身を蝕み続けた片頭痛。その苦しみの一片を、確かにこの邪神は、消し去ってくれたのだから──。
◆◀︎▲▶︎▼
さて。
どこかでとある少年が、闇の化身たる邪悪な神に光を見出していた頃より、少しだけ時間は遡る。
場所は、カードショップ・トレディアン。
ヤイト、ハバタ、ヒトミ、ヒカリの4人組は、授業を終え
個人経営のトレディアンは、都心の大手カードショップと比べれば規模こそ小さいものの、ユニット・呪文問わずそれなりに豊富な品揃えであり、そこに店主の青年・
──しかしながら、今日この日だけは。
常であれば人々の楽しげな会話で溢れているはずの店内には、普段の様な活気は一切存在しなかった。
「……ふん。トレディアンの店主、店部 イソヤス……。国際大会への出場経験を持ち合わせていると聞いていたが、この程度とは。肩透かしも良いところだな。…くだらん」
190cm近い身長。筋骨隆々の肉体。黒で統一された衣服は分厚く重厚であり、服と呼ぶよりも、『鎧』と呼んだ方が正解かもしれない。
「──くそっ。イソヤスさんを離しやがれ!!」
荒々しく響いたのは、緑髪の癖っ毛の少年・ハバタの切羽詰まった声だ。僅かとは言え空気が震えたせいか、薙ぎ倒されていた棚から、商品であるカードパックが幾つか滑り落ち、音を立てる。
「……突然現れたかと思えば、店内に客が居ようとお構いなしに暴れ回って。一体、何が目的なのかしら?」
鋭い視線を向けながら、ポニーテールの少女・ヒトミが問いかけた。氷の様に冷ややかな敵意に晒されながらも、しかし、彼女の視線の先に居る鎧姿の大男は、それを気にした様子は無い。
「だ、めだ……私に構うな。逃げ、なさい…っ!! ──ぐあァっ!!!」
満身創痍。ファイトに敗れ、傷だらけとなっていたイソヤスは、自身を片手で掴み上げていた大男によって、壁に向けて乱雑に投げ捨てられた。
「──アウェイクっ!」
「……アウェイク」
逃げよう。あの
2人の予想外の行動に、ヤイトとヒカリが驚愕の声を上げる。
「ハバタくン、ヒトミちゃンっ!?」
「な、なにしてるんだ2人とも!!」
焦る2人の目前では、鎧に身を包み、頭に
自身に迫り来る大男から視線を外さずに、ハバタが言う。
「ヤイト、ヒカリ。お前ら2人、先に逃げて助けを呼んで来てくれるか」
その発言に、ヤイトが「なっ!?」と驚愕の声を発した。半ば悲鳴を上げる様にして、彼は言う。
「な、にを言ってんだハバタ。見てなかったのか!? ソイツは、『あの』イソヤスさんをまるで赤子を相手にする様に──ッ」
「──るッせぇぞヤイトぉ!! だからだろうが。だからだろうが! ただ逃げるだけじゃ全滅だ、だから時間を稼ぐんだよッ!!」
「っ」
──それは寧ろ。庇われ、守られようとしているヤイトたちの方が、恐怖を感じかねないほどの怒号だった。その気迫からヤイトは息を飲み、ヒカリは大きく肩を震わせた。
「……いいこと。もしここで私たちが敗れたとしても、貴方たちが助けを呼んで、直ぐに戻って来てくれたなら。そして、この男を倒すことが出来たなら。…それは最終的に、私たちの勝ちだと十分言えるわ。──さぁ、行って。頼んだわよ、2人とも!!」
ハバタに
苦渋の決断が、無慈悲にヤイトに迫った。友を見捨てて──
自分たちだけ逃げ出さなくてはならない──ッ!
「…──いきましょウ、ヤイトくン。…ヤイトくンッ!!」
「──ちくしょうッ!!!」
涙を溢しながら叫ぶヒカリに腕を掴まれたヤイトは、漸く、親友たちに背を向けて駆け出した。己の無力さに嘆く彼は、その力で自ら噛み砕けそうな程、歯を食いしばる。
駆けて行く2人。その後ろ姿を、目前に立ちはだかるハバタとヒトミの体越しに眺めていた大男は、独り言の様に声を漏らした。
「友を逃がす為、自ら犠牲となる、か。素晴らしい友情だな」
「思ってもないことを」
男の発言を、即座にヒトミが切り捨てた。
ハバタが続く。
「へっ。好きな様に笑いやがれってんだ。テメェみたいなクソ野郎には、友情なんて素晴らしいモン、一生かけても理解できねーだろうよ」
その発言を聞いた男は、静かに
「笑わないさ」
一呼吸挟み、
「
──アウェイク。
男が唱えると同時、3人を取り囲む様にして巨大な
システムによって自動的にデッキが山札と手札に分けられ、完全ランダム性のルーレットで先攻・後攻が決定される。
「
それはあまりにも一方的であり。
あまりにも残虐性に溢れていた。
◆◀︎▲▶︎▼
「──はぁっ。はぁっ。はぁ…っ!!」
ヤイトとヒカリ。2人は明確な目的地も定められないまま、
ただひたすらに走る。あの男から少しでも遠くに逃れる為に。
張り裂けんばかりに心臓は悲鳴を上げ、両脚は棒の様に固まりつつある。
それでも、2人は決して立ち止まらない。
走る。走る。
走って──
「──この、場所……!」
ふと、ヤイトが声を出した。つられて、その隣で嗚咽を漏らしていたヒカリも周囲を見渡して、気付いた。
そこはとある住宅街、その一角。見慣れない者からすれば、他となんの差異も見出せないそこも、彼らにとっては随分とよく知る場所である。
「──ユーキくン!」
それはヒカリたちにとって、慣れ親しんだ者の名前の内の1つ。この道を進めば、彼の住まう家に辿り着ける。
それまで襲いかかっていた疲労と恐怖も忘れ、笑顔すら浮かべていた。
彼に出会えればもう安心だ。あの人に助けを求めれば万事解決だ。
……疲労と恐怖を忘れようとも、忘れただけで、2人の心は未だ囚われたままである。
自分たちと同じただの中学生に助けを求めたところで、事態が好転する筈もない。実際にあの現場に居合わせてしまった彼らよりかは、多少冷静さは持ち合わせていられるだろうが、それだけだ。ならばいっそ、今すぐにでも視界に入ったどこかの家屋に転がり込み、顔も名前も知らないそこで暮らす大人を頼った方が、遥かにマシだろう。
中学生。
あらゆる経験に乏しいだけでなく、純粋に若く青い精神は、ドス黒い悪意に対する免疫が、余りにも皆無だった。
助けを求めることで、
そうしている内に、視界に映り込んで来た、見慣れた色の屋根。
あの角だ。あの角を曲がれば、そこに。
「ユーキ!」
「ユーキくン!」
ヤイトとヒカリは叫ぶ。
そして、見た。
……見て、しまった。
◆◀︎▲▶︎▼
「──アーハッハッハッハ! これが、これが! 闇の力かァ!!」
頭痛が痛い。この表現が、そこまで間違いと言えない片頭痛。