先生と陸八魔が変なモノを食べる話 作:ゲヘナ野食部
「まったく…大人なんですから、しっかりと大人らしく計画的な消費をしてください
お小遣いをもらってパーッと使っちゃう子供じゃないんですよ?」
目を閉じればユウカからのそんなお小言が聞こえるようだ。
男は視線をスッカスカになった財布とデスクの上に燦然と輝く超合金フィギュアとで反復横跳びさせながらしみじみと思った。
「さて…コッペパンどころかパンの耳も怪しいぐらいか」
現在の所持金は…言わぬが花だろう。
男は気晴らしに歩く事にした、現実逃避ともいう。
「……ん?アレは…」
とぼとぼと当て所なく歩いていると一人の生徒を見付けた。
赤い髪に大きな角、オーバーサイズのコートを肩に掛けたその少女は男としてもよく知る生徒の一人であった。
ただ、何故かいつもの自信満々な態度ではなく少女らしからぬがっくりと肩を落とし今にも膝を突かんばかりの様子に思わず声を掛ける。
「どうしたんだい陸八魔、そんな依頼達成に予算の全てを注ぎ込んだのに失敗してしまって今にも破産しそうな顔をして…」
「今全部言ったわよ!?なんでわかるの…」
「顔に書いてあるからね」
男の言葉に少女は艶のある頬をぺたもちと触りながら、そんなに出やすいかしら…?と首を傾げていた。
「ふむ…」
男は顎に手を当てて少し考えると少女の肩を撫でる。
「陸八魔、腹が減っては戦はできぬだ…今から私と食事にしない?」
「へぇ!?せ、先生と食事…?
で、でも…私、今本当に一文無しに近くて…」
困惑しながら手をいじる少女に男は爽やかな笑みと共に大丈夫、と背を叩く。
「安心して陸八魔…私も今、限りなく無一文だよ」
「そのセリフのどこに安心できる要素があるの!?」
白目を剥く程にショックを受けながら少女は声を張り上げた。
「だから食材は現地調達といこう…なに、人間拘りさえ捨てれば食うに困りはしないよ」
「拘りって…」
「プライドと言い換えても良いかもね」
「ダメよ!!アウトローのプライドだけは捨てられないわ!」
「ん〜…なら、尊厳にしようか」
「もっと捨てちゃダメじゃない!?」
二人は騒ぎながらも結局背に腹は代えられず、道具を取りに解散するのだった。
───────
「それじゃあまずはそこら辺の草とか食べようか」
「草じゃないわよ!?野草よ、野草!」
日も傾き始めた頃、河川敷にて二人はわいわいと騒ぎながらビニール袋片手に雑草をかき分けていた。
「やめよう陸八魔、格好つけるな……私達は今からお金が無いから草を食べるんだ」
「だから野草!!お金が無いのは…その、認めるけど…」
尻すぼみに語気が沈んでいく赤髪の少女、陸八魔アルはしょんぼりと肩を落とし野草を探す。
「ほらご覧陸八魔、此処にクローバーが有るよ」
「それがどうかしたの…?」
そんなアルの肩を叩きクローバーの群生地を指差すのは、我らがシャーレの先生である。
「四葉のクローバーって知ってるかい?
アレって実は、若いクローバーが動物達に踏まれたりして傷付いて出来るらしいよ」
「へぇ…言われてみれば確かに一時期聞いた事あるわね
確か、四葉のクローバーを探す為に普通のクローバーを踏んで…それが皮肉にも四葉のクローバーを生むって話よね」
「そうだね、クローバーは地面に広がるように生えるから踏まれてもそうやって生えていられる…でもね陸八魔
いくらクローバーが強いって言っても限度があるのさ
踏まれたクローバーは、実はその大半がそのまま枯れてしまうんだ」
「そうなの?でも、それじゃあ四葉にはならないわよね…」
「そう、でもその中で一握り…ほんの一部だけが踏まれてもめげずにもう一度、大きく育つんだ
四葉のクローバーは幸運の象徴と言われるけれど、私はもっと泥臭い…努力の象徴だと想うんだ」
それともここは青臭くと言った方が良いかな?と冗談めかして言いながら先生は陸八魔の髪を優しく、梳くように撫でる。
「陸八魔、丁度…君みたいにね」
「先生…」
それは、アルならばいくら踏まれるような目にあっても必ずそれを糧に大きく成長するだろうという先生からの言外の信頼であった。
アルは少し照れながら先生の手櫛を受け入れ…頭から手が離れたところで目を開ける。
「だから食べるね…このクローバーを陸八魔だと思って」
「この流れで!?」
先生はブチブチとクローバーを手当たり次第にビニール袋へ詰めていく。
清々しい笑顔とは裏腹に、その目は光を宿さない暗い瞳であった。
「ちなみに調べたけどクローバーって毒があったりなかったりだからあんまり大量には食べないようにね」
「もう袋がこんもりしてるけど!!?」
群生するクローバーを駆逐する勢いで収穫する先生、既にビニール袋はぱんぱんに膨れ上がっていた。
「大丈夫、火を通したらかさは減るよ」
「本当…?」
訝しむアルを尻目に思う存分クローバーを摘み終えると、二人でシャーレの部室へと騒ぎながら帰るのであった。
───────
「でも、こんなに摘んだけどどうやって食べようかしら…
流石に生はよろしく無さそうだし」
手洗いとうがいを済ませた二人は摘んできたクローバー(2袋分)を前に頭を悩ませる。
「……よし、何か作ろうか」
「あら…?先生、料理の心得があったりするのかしら?」
「こう見えて多少腕におぼえありさ、幸い調味料は揃ってるしササッと作ってしまおう」
居住区に備え付けられたキッチンでクローバーをしっかりと洗うと先生は調理器具用の収納からフライパンを取り出した。
「クローバーはマメ科だから…実質豆苗みたいなモノだろう
よし、今日はクローバーの中華炒めを作るよ」
「中華炒め…!凄い、すごく料理っぽいわ!!」
「まずはフライパンにごま油を入れて…そのまま火にかけて馴染ませていくよ」
途端、部屋中にごま油の芳醇な香りが広がり否が応にも二人の食欲を刺激する。
「本当はにんにくのスライスを入れて香り付けしたいところだけど…陸八魔と食べるし今回はナシにしておこうかな」
クローバーの味も気になるしね、と言いながらさり気なく女子を気遣う先生。
アルも少し見直そうと思ったが、そもそもクローバーを喰おうという状況が異常過ぎていまいち見直そうにも見直せなかった。
「代わりに鷹の爪を少々…さて、温まってきたらクローバーを入れてっと」
しっかりと洗った為、水分を纏ったクローバー達が油と反応しバチバチと派手な音を奏でる。
先生は素早く菜箸でクローバーを炒めながらあらかじめ用意しておいた調味料をサッと加えていく。
「味付けは鶏ガラ、酒…隠し味にオイスターソースを少しと香り付けに醤油を鍋肌に流して……」
アルコールの揮発する匂いと共に、醤油の芳しい熟成香が立ち上る。
先生はクローバーを一つ手に取ると口へ運ぶ。
「……うん、これ以上火を通しても食感が悪くなるだけみたいだね
陸八魔、棚からお皿を取ってくれるかな?」
「え、ええ!任せてちょうだい!!」
先生の手際の良さに少し面を食らっていたアルは名前を呼ばれてハッと大きく返事をする。
「さて…材料が一つじゃ盛り付けもなにも無いね」
フライパンからザッと皿に移すともう完成である。
「凄い……けど、なんでこんなに調味料があるのかしら?」
「ふふふ、男の一人暮らしというのはね陸八魔
最初の頃は自炊して食費を浮かせて〜とか考えて一丁前に調味料を買い揃えるくせに、結局2〜3回作って洗い物とかが面倒になってやめてしまうものだよ」
先生は何処か遠い目をしながら語る、その目は虚ろだ。
「そ、そうなのね……」
少し大きめの主語だったが、男の一人暮らしについて詳しくないアルはそう言ってお茶を濁した。
「よし、じゃあクローバーのついでに私のメンタルも痛めた事だし…そろそろ食べようか」
「ええ!」
先生は2人分の紙皿と割り箸を用意すると手を合わせる。
……ちなみに、コレは潔癖等ではなく洗い物を少しでも減らそうという涙ぐましい考えからである。
「いただきます」「いただきます」
行儀よくそう言うと、アルは恐る恐るクローバーを口に運ぶ。
「……あら?思いの外クセは無いのね」
拍子抜け、という風に目をぱちぱちとするアル。
「うん、クセも無いけど味もないね…」
先生は苦笑しながらクローバーを咀嚼する。
「そうね、流石にコレを豆苗と呼ぶのは豆苗に失礼だわ」
「同じマメ科だからいけると思ったんだけどね…」
クローバーはクセ自体は無いが繊維っぽく、口の中にやたらと残る上食感もやはり食用の豆苗と比べると固かった。
「調味料のせいで味がわからないだけかも…」
「生!?だから生はダメよ先生!!」
クローバー炒めをなんとか食べ終えた後、先生はキッチンからしっかりと洗っただけのクローバーを皿に盛って帰ってくる。
「一回、一回だけだから…」
「ダメよ!!毒があるかもしれないんでしょ!?」
「仕方ない…マヨネーズは付けるよ」
「生じゃない!!」
「違うよ陸八魔、マヨネーズを付けさえすれば立派な料理さ」
特殊な倫理観を持つ先生はマヨネーズをディップしただけのクローバーをもしゃもしゃと食べる。
「うん、うん…うん………駄目だね」
「そりゃあ手を加えてダメなんだから生はもっとダメでしょ…」
右肩下がりに沈下していくテンションにアルも当然だと呆れる。
「ねぇ陸八魔、これ…もしかしてなんだけど摂取したカロリーよりもクローバーを摘む時に消費したカロリーの方が多いんじゃ…」
「やめて先生!!それ以上言っちゃダメ!!」
「はぁ…陸八魔にはガッカリだよ、同じマメ科には畑の肉との呼び声高い大豆さんも居るというのに」
「ちょっと!?クローバーの事を私の名前で呼ばないでちょうだい!」
私だと思ってってそういう意味じゃないでしょ!とぷんすか怒りながら騒ぐ二人。
そんな時、先生の連絡用端末が着信を知らせる。
早瀬、と表示された画面を見て先生はアルに手を合わせて謝罪しながら応答する。
「やあユウカ…どうかした?」
『あっ、すみません先生…実はこの間の報告書の件で聞きたい事があるのですが……今、少しお時間よろしいですか?』
「ああ、別に構わないけれど…実は今食事中でね、雑音が入るかもしれない」
『む、お食事中でしたか…掛け直した方が良いですかね?』
「私は別に構わないけどね、誰かと喋りながら摂る食事は楽しいし」
『そうですか?ならこのまま…ですが、夕食にしては少し早いですね
一体何を召し上がっているんですか?』
「今?今は…」
先生は言いながら手元を見る。
「陸八魔を食べてるよ」
『………………………………は?』
「いやぁ、本当は生が良かったんだけど…陸八魔がどうしても付けて欲しいってうるさくてね、仕方なく付けて食べてるんだよ」
「だって、もし病気にでもなったらどうするのよ!」
「少しぐらいなら大丈夫だよ、陸八魔は心配症だね」
『あの……え?…ちょっと…どういう、意味……』
ユウカの声が露骨に変わる、信じられないといった風に困惑を隠しきれない声音へと。
『た、食べてる…んですか?そ、それは…えっと、その……日常的にそうだったり……?』
「まさか、私も陸八魔も今日が初めてだったよ」
『はじ、ハジメテ……、ふ、ふ、ふ………!』
「ふ?」
『不潔です!!!シャーレの先生ともあろう御方がせ、生徒相手になんて!!!!』
叫び声と共に一方的に通話が切られる。
先生は少しの間目を丸くした後、困ったようにアルの方へ視線を移す。
「怒らせてしまったみたいだ…女心っていうのは難しいね」
「うーん、なんだったのかしら…?」
アルも顎に指を当てながら首を傾げる。
ツッコミ不在のシャーレで、二人が首を傾げてクローバーをもしゃもしゃと食べていた。
「ふぅ…今度はもう少しお腹に溜まるものにしようか」
「そうね、作ってもらった側で言うのも図々しいけれど…」
食後、二人でしばし歓談しお開きとなる。
この後、ユウカから広まった微妙に否定出来ない噂のせいで地獄を見る事を…二人はまだ知らない。
────────
〜今回の食材〜
食材名:クローバー(シロツメクサ)
入手難度:非常に容易(全国に分布)
食味:あんまり美味しくない
調理の手間:簡単
歩留まり:ほぼ100%(花や茎、葉も食せる)
栄養:あんまり無い(なんなら毒)
総合評価:別に食べなくてもいい