「彼女たち」の微笑みに包まれて人類滅亡   作:歩(ホ)

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未来の研究者の考察

 

 

 未来。

 年老いた研究者が研究室の窓から外を見下ろしていた。眼下に広がる街は「彼女たち」で溢れていた。「彼女たち」が公園で子供たちと遊び、通りを歩き、店先で笑顔を見せる様子が見て取れる。

 

(……この街も随分と変わった。初めて「彼女たち」が到来した頃からは想像もつかないほどに)

 

 彼は研究室に戻り、デスクに広げられた資料を手に取る。「彼女たち」がなぜ固有の種族名を持たず、ただ「彼女たち」と呼ばれるのか。彼はその理由を考察していた。

 

(「彼女たち」は我々人類と初めて接触した際、人類側が提案した固有の種族名の付与を拒否した。「彼女たち」は特別視されることを望まなかったのだ)

 

 研究者は資料をめくりながら考える。「彼女たち」は自らの姿勢と思想を貫き、偶像化も望まず、表舞台にも積極的に立とうとはしなかった。「個」としての存在よりも「群」としての存在を望んだのだ。それが社会に対しての「彼女たち」のアイデンティティだからだ。

 

(「彼女たち」は、自分たちが特別な存在として見られることを避け、一民衆としての立場を貫いている。それが「彼女たち」の本質だ)

 

 研究者は、「彼女たち」に初めて接触した宇宙生物学者の佐藤教授がその生涯にわたって書き記し遺した資料を読み返しながら、「彼女たち」のその一貫した姿勢に感銘を受けた。

 

 窓の外では、「彼女たち」が集団で行動し、1つのコミュニティとしての絆を感じさせる光景が広がっていた。研究者はその光景を見つめ、「彼女たち」の行動に込められたメッセージを感じ取る。

 

「彼女たち」は、我々人類も含めて全ての存在が特別であり、一つの大きなコミュニティの一部であるという信念を持っている。

 

(「彼女たち」は「私が特別なのではなく、皆が特別だ」と考えている。この理念が、「彼女たち」が固有の種族名を持たず、ただ「彼女たち」と呼ばれる所以なのだ)

 

 研究者は、「彼女たち」の行動や言動に現れる一貫した理念を理解し始めていた。再び窓の外を見つめると、街を行き交う「彼女たち」の姿が、彼の心に深い感慨を呼び起こす。

 

(「彼女たち」は1つの種族としてではなく、我々人類と同化し、同じ人類として共に歩もうとしている。そしてそれは、最初に到来した時から何十年も経ち、世代が変わろうとも、遺伝子に刻まれた習性として変わってはいない)

 

 研究者はそこまで考えてから、深いため息をついた。

 

(……「彼女たち」は純粋だ。むしろ、「彼女たち」を求め、変わってしまったのは我々の方なのかもしれないな)

 

 研究者は思い出す。とある大学の講義で、生物学の教授は「彼女たち」の生態について、生物の進化に準えて説明していた。

 

「生物とは必要があってその形をしているのです。例えば、人間が二足歩行をする理由は、道具を使う手を自由にするためです。また、肉食獣の鋭い牙を持つのは、獲物を捕らえやすくするためです」

 

 「彼女たち」の美麗な容姿や言語習得能力、愛と献身の精神、博愛友愛の思想もまた、進化の過程で得たものだと考えられる。生物学の教授は、その進化の背景について研究をしていた。

 

「『彼女たち』がこれらの特性を持つのは、進化の過程で生存に有利だったからです。美麗な容姿は人間種との親和性を高め、言語習得能力はコミュニケーションを円滑にします。愛と献身の精神、博愛友愛の思想は、社会的な結束を強めるためのものと考えられます」

 

 そこまで説明してから生物学教授は「しかし、」と言ってその進化の中に矛盾があることを指摘した。

 

「『彼女たち』は人類に尽くし共存を望んでいますが、その子供が必ず『彼女たち』になるという侵略性があります。この点が非常に不気味だと言えます」

 

 教授は「彼女たち」の特性は、単なる社会適合ではなく、生物学的な戦略の一部である可能性を示唆していた。

 

「生物学的に見て、『彼女たち』の特性は生存と繁栄を目的とした進化の結果です。しかし、その背後には、『彼女たち』の種としての繁殖戦略が隠されています。『彼女たち』の愛と献身の精神は、初めは純粋な奉仕のように見えますが、長期的には支配の一環として機能する可能性があります」

 

 そして最後に、教授は「むしろ、『彼女たち』はその準備が整っているとすら言えるでしょう」と言って説明を締めくくった。

 

 「彼女たち」がただ同じ人類として我々と共存することを望む一方で、その種族特性は侵略性を持つ矛盾。そしてそれでも「彼女たち」を求めたのは我々人類であり、ひいては人間男性だ。

 

 人類は自ら望んで滅びへの道を辿ろうとしている。度し難いとすら言えるだろう。しかし、それは人間男性が「彼女たち」に理想のパートナー像を見出し、未来ではなく今を望んだ結果でしかなく、自業自得でしかなかった。

 

(今の人類は2つの意味で幸福を謳歌している。1つは将来人類が滅びるかもしれない恐怖に震えずに済むこと。もう1つは、それでも「彼女たち」に愛され続けていることだ)

 

 そう考える未来の研究者のデスクの上に置かれた家族写真には、研究者と「彼女たち」が写っていた。

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