政府が用意した「彼女たち」の専用施設。
そこには現在、十数名の「彼女たち」が宇宙船から移住して寝泊まりをしている。その目的は地球の文明を体験するためであり、日常的な設備を通して「彼女たち」は日本の生活様式を学んでいた。
「彼女たち」の居住スペース内にあるリビングルームでは、日本政府の担当者が「彼女たち」にテレビの使い方を教えていた。
「これがテレビです」
担当者は薄型の液晶テレビを指差し、次に付属品のリモコンを掲げて「彼女たち」に見せる。
「このリモコンを使ってチャンネル……映像を変えたり、音量を調節したりします」
まるで未開の原人に対するような説明だが、「彼女たち」は宇宙人だ。姿かたちは似ていても、価値観や文化はまるで違う。その行動一つ一つに齟齬や行き違い生まれないように細心の注意を払わなければならない。
幸いなことに「彼女たち」は日常会話程度には日本語をマスターしているため、言葉による説明が可能だ。だからこそ担当者は、未開の原人、あるいは小さな子供を相手にするように説明を行っていた。
「彼女たち」は担当者の説明を受けながらテレビの画面に映る映像を興味深そうに見つめる。宇宙人ながら見目麗しい「彼女たち」が肩を寄せ合って1つのテレビ画面を見ている姿はどこか珍妙だ。
「とても面白い機械ですね」
と、「彼女たち」の1人が担当者に振り返って笑顔で言う。
テレビ画面に写っているのは日本のバラエティ番組だ。しかし、それは今現在のものではなく、政府が用意した過去の録画であった。
今のテレビ番組のみならずメディア関係は、大体が「彼女たち」に関するものであり、情報が枯渇している現在では様々な憶測が入り混じっている。「彼女たち」を無駄に刺激してしまうリスクは排除しておきたかった。
「日本語をさらに学ぶリスニング教材にもなると思いますよ」
しかし、担当者はそんな事実を表情にも出さずに笑顔で受け答えをする。担当者も政府に選抜されたプロフェッショナルとして仕事をしており、自分の領分は「彼女たち」に真実を伝えることではないと弁えていた。
「ありがとうございます。これで、日本の皆さんのことをもっと知ることができます」
「テレビは、私たちがあなた達のコミュニケーションやユーモアを学べる素晴らしいものですね」
とはいえ「彼女たち」が目をキラめかせて我々人類を知ろうとする姿は、得体の知れない宇宙人だとしてもあまりに純粋すぎた。
担当者は笑顔のまま、その心の内で言いようのない罪悪感のような湧いてくるのを感じていた。
専用施設の生活が始まってから数週間が経ち、「彼女たち」は日常生活やコミュニケーションの基本を学んでいた。施設内のリビングルームでは、日本政府の担当者が「彼女たち」にさまざまな日常の機器や習慣を教えていた。
「これは炊飯器です」
と、担当者が言いながら炊飯器の使い方を説明する。
「お米と水を入れてスイッチを押すと、おいしいご飯が炊き上がります」
「彼女たち」は担当者の説明を興味深そうに聞き入っていた。「彼女たち」の一人、リーダー格のアリシアが炊飯器に触れながら質問する。
「この機械も、とても便利ですね。お米は、日本人の主食だと佐藤さんから聞いています」
「そうですね。パンと言うものもありますが、日本ではおおむね米を炊いたご飯が主食になっています」
担当者は微笑みを浮かべながらも、内心では警戒心を忘れない。もちろん、アリシアとの対話を主に担当している宇宙生物学者の佐藤からの報告もすべて目を通している。
(彼女たちが純粋に興味を示しているのは理解できるが、決して油断はできない。彼女たちの真の意図が何なのか、まだわからないのだから)
その後も、彼女たちは水道の蛇口の使い方や掃除機の操作方法など、さまざまな日常の設備について学んでいった。担当者は一つ一つ丁寧に教えながら、彼女たちの反応を注意深く観察する。
「この掃除機は、床をきれいにするためのものです」
と担当者が説明すると、別の「彼女たち」が興味津々で掃除機を操作し始めた。
「私たちも使ってみたいです!」
と、その「彼女たち」は笑顔で言った。
(彼女たちは本当に純粋だ。まるで子供のように新しいことに興味を持ち、学ぶ姿勢がある。だが、それがまた一層警戒を解くことができない理由でもある)
担当者はその日の終わりに、彼女たちとの交流についてレポートを書き始めた。彼女たちの学びの速度と純粋な態度に感心しつつも、警戒心を持ち続けることの重要性を再確認する。
翌日も、施設内では「彼女たち」との交流が続いていた。担当者は彼女たちに日本語の書き方や読み方を教えながら、日常会話の練習も行った。
「こんにちは、今日はいい天気ですね」
と、担当者が日本語で話しかけると、少し間を置いてアリシアがぎこちなく返事をする。言葉を選んでいる……いや、考えているのだろうか。
「こんにちは、田中さん。今日はいい天気です」
(「彼女たち」の言語習得能力は驚異的だ。だが、これが彼女たちの自然な能力なのか、それとも何か目的があってのことなのか……)
担当者は「彼女たち」の笑顔に心を和ませながらも、心の奥底では警戒心を緩めることなく観察を続けていた。
ある日、施設内の庭で「彼女たち」が日本の伝統的な遊びに興味を持ち、担当者たちと一緒に遊んでいた。「彼女たち」はけん玉や折り紙に挑戦しながら、日本の文化を楽しんでいた。
「これ、とても面白いです!」
と、一人の「彼女たち」が折り紙を折りながら言った。
「もっといろいろなことを学びたいです!」
担当者は「彼女たち」の純粋な喜びに心を動かされつつも、心の中で繰り返し自分に言い聞かせた。
(「彼女たち」はまだ未知の存在だ。どんなに友好的に見えても、警戒を解くわけにはいかない)
こうして、「彼女たち」は専用施設での生活を通じて日本の文化や日常生活を学び続けた。担当者たちもまた、彼女たちとの交流を通じて得られる情報を細心の注意を払って分析し続ける。
専用施設での観察が始まってから一カ月が経過し、「彼女たち」の行動や言動に対する詳細なレポートが積み重ねられてきた。政府の担当者、心理学者、科学者たちは一堂に会し、これまでの観察結果をもとに会議を開いていた。
「これまでの観察結果を総合すると、「彼女たち」には明確な敵意は見られません」
担当者たちのリーダーが報告を始めた。
「日常的な交流の中で、「彼女たち」は一貫して友好的な態度を示しています」
「具体的にはどういう行動が見られたのか?」
と、内閣官房長官が問いかける。
「例えば、「彼女たち」は我々の文化や言語を熱心に学び、人間とのコミュニケーションを積極的に取ろうとしています。重ねて申し上げますが、「彼女たち」に敵意は見られませんでした」
担当者は答える。この一ヶ月間、「彼女たち」と一番身近で接してきた答えがこれであった。政府に選ばれたプロとして警戒心を厳にして観察してきた自負がある。これが演技だとすれば大層な役者だろう、というのが担当者の正直な感想であった。
「テレビや書籍を通じて日本の生活様式を学び、「彼女たち」同士でも積極的に情報を共有しています」
心理学者が続けて意見を述べる。宇宙人の心理など専門外も甚だしいが、それでも歴史的な有事である。政府の依頼に全力で応えるのはやぶさかではないし、宇宙人を生で見て研究できるなど学者冥利に尽きる話でもある。
「「彼女たち」の行動パターンを分析した結果、敵意や攻撃性は全く見られません。むしろ、彼女たちは協調性が非常に高く、社会的な結束を重んじているようです」
「しかし、まだ慎重であるべきだという意見もあります」
防衛省の代表が反論する。
「「彼女たち」の真の意図が何であるかはまだ完全にはわかっていません」
「確かにその通りですが、現時点での観察結果を踏まえると、少なくとも短期的な脅威はないと判断できます」
と、心理学者が冷静に答える。宇宙人に関する資料など今回が初めてだ。「彼女たち」が人の姿をし、表面的には我々と円滑にコミュニケーションができると言うなら人類を参考にするしかない。
「「彼女たち」が我々に対して何らかの敵対行動を取る可能性は極めて低いと言えます」
内閣官房長官は腕を組み、深く考え込んだ。
「では、「彼女たち」をこのまま受け入れるべきか……」
「我々としては、引き続き「彼女たち」の行動を監視しつつ、少しずつ社会との交流を広げていくことが重要だと考えます」
担当者たちのリーダーが提案をする。周囲のほかの担当者たちと目配せしてから発言したところを見るに、それが彼らの総意なのだろう。心理学者もまたその意見に賛同する。
「「彼女たち」がどのように社会に適応するかを見守りながら、慎重に進めるべきです」
「ふむ……それで、ほかに何か異論はありませんか?」
内閣官房長官が他の出席者たちに問いかけた。
会議室に集まった政府関係者や専門家たちは、それぞれに意見を交わしながらも、最終的には担当者と心理学者の提案に同意する形で頷いた。
「では、現時点では「彼女たち」に敵意はないと判断し、少しずつ社会との接触を増やしていく方針で進めましょう」
内閣官房長官が結論を下す。
「ただし、引き続き監視を続け、何か異変があれば即座に対応できる体制を整えておくことを忘れないように」
会議が終わり、各々が席を立つ中で、担当者のリーダーは自分の席に座ったまま深く息をついた。本音を言えば、「彼女たち」の善意を100%信頼してもよいのでないかとも思う。しかし、事態が事態だけに警戒心を持ち続けることの重要さも理解できる。「彼女たち」の純粋さと、それに対する人間側の警戒心。そのギャップを埋めるのは容易ではないと感じていた。
「これからが本当の試練だ……」
担当者のリーダーは自分にそう言い聞かせながら、次のステップに向けて心を引き締めた。