ゆりの手帳   作:Aa_おにぎり

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八月十六日 午前二時

泊地の桟橋では、山郷が静かに海を見ていた。その後ろでは黒岩や扶桑達が救急キットを抱えて待っており、到着を待っていた。

 

「……来たか」

 

そして海を見ていた山郷かそう呟くと、水面が大きく揺れているのをみた。

 

「提督」

「……」

 

そして桟橋に到着した足柄達に山郷は近づくと、彼女達に囲まれて横になった一人の深海棲艦を見た。

 

「摩耶」

 

そう呼びかけると、摩耶は山郷を見てその後に微笑んだ。

 

「提督……」

「また会えるとは思わなかった……」

「ああ、私もだ」

 

傍では大和が血を抑え、黒岩がガーゼと包帯を取り出していた。彼女の艤装は破壊されたのか、何処かに消えてしまっていた。

 

「痛っ」

「気を付けて下さい。破片が刺さっています」

 

そこで黒岩が何かで切った様子で軽く血を流してしまった。しかし、そんなことを気にした様子もなく山郷は摩耶に話しかけた。

 

「摩耶、どうしてそんなになってまで俺を探した?」

 

彼は摩耶にそう問うと、彼女は頭に手を当てた。

 

「これを、渡したかったから……だろうな」

 

そう言い彼女は赤いアズマギクの髪飾りを手にとって外す。

 

「提督…これを……」

「……」

 

そこで山郷は摩耶から青い血の付いたその髪飾りを受け取る。

 

「わざわざ届けにきたのかよ……」

「じゃなきゃ、提督は酒浸りになっちまうだろ?」

「はっ、ひでぇこと言いやがるよ」

 

山郷はそう答えると摩耶は大きく息を吸った後に大和を見る。

 

「大和、疲れただろう……その手、どけてくれよ」

「まだ疲れてません」

「でも血が流れている」

「それはあなたも同じです。摩耶さん」

 

大和は泣きながら摩耶の傷口を抑えていた。

 

「相変わらずの泣き虫だ。変わってないねえ……」

「そんな事…無いですよ……」

 

大和はそう答えると、足柄達も遠くからその様子を眺めていた。

 

「提督、新しい子達。怪我させてすまねぇな」

「仕方ねえだろう。お前もよく怪我をしていた」

「ああ、そう言えばそうかもな」

 

だんだんと口調がゆっくりになっていき、摩耶は意識が薄れていった。

 

「不味いなぁ…眠くなってきた」

「おい、寝るんじゃねえぞ」

「そうですよっ!意識を持ってください!!」

 

山郷と大和の二人が大声を出して摩耶に呼びかけた。

 

「黒岩、準備は?」

「いっ、今はまだ……!!」

「もう遅いだろう…」

 

摩耶はそう答えると山郷が叱責する。

 

「馬鹿言うなっ!!」

「……」

「約束したはずだぞ。必ず帰って来いと……お前は二度も命令違反をする気か!!」

 

山郷の叱責が桟橋に響く。

その光景を扶桑達は静かに眺めていた。修理中の艤装を引っ張って動こうとした所を山郷に止められ、彼の強い要望で艤装を付けることなく眺めていた。

 

「俺を置いていくのか?」

「……」

 

山郷は膝をつけて摩耶の顔を覗くと、摩耶はだんだんと薄れる意識の中で最後に山郷の顔を見る。

 

「また提督の顔を見れるとはな…私は幸運だ」

「摩耶……お前」

「提督、私はもう二度と顔を見られないと思っていた……だが、こうして顔を合わせ、手も合わせられた」

 

そう言うと山郷は制服が汚れるのも厭わず、彼女の手を取る。

 

「死ぬな、摩耶」

「それはどうだろうな……」

「馬鹿野郎……!!」

 

山郷は彼女の手を力強く握る。

 

「痛いかないのか?ええ?」

「分からん、感覚が麻痺している……」

「っ、急いで運べっ!!」

 

その時、山郷の手を摩耶は掴んだ。

 

「提督」

「これ以上喋るな」

 

山郷はその手の温もりをまだ感じていると、

 

「提督、新しい子達を。泣かせるなよ」

「……」

 

その時、山郷を握っていた手がするりと抜け落ちた。

 

「摩耶ぁっ!!」

 

山郷は思わず叫ぶと、大和達も摩耶を見ていた。

 

「……」

 

担架を持って来た黒岩もそんな山郷の声を聞いて足がゆっくりと止まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーかぁ……」

「……?」

「こぉぉ……」

「え?」

 

黒岩は思わず耳を疑った。勿論、他の全員もだ。

 

「かぁぁ…こぉぉ……」

 

いびきを掻いてぐったりしている様子の摩耶はまるで寝ているようだった。

 

「……死んだんじゃないのか?」

「あっ……」

 

そこで不知火がハッと思い出す。

 

「麻酔薬……首に刺さってた…ちょっとしか入ってなかったから……」

「「「…………」」」

 

そこで同じく不知火の不意打ちを見ていた足柄達がハッとなって思い出した。

 

「…はぁ……」

「ったく……馬鹿タレが…」

 

安堵のあまり、思わず力が変に抜けてしまった。

爆睡中の摩耶は血を流していたが、黒岩の持って来た担架に乗せられた。運んだのは妖精さんで、これから入灌させてみると言う。

 

「うわっ血でべっとり」

「こりゃ、洗わんといけんな」

 

そう言い、三人して全員が青くなった服を見合った。その時の顔はとても安堵している様子だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その後、宿毛湾泊地。並びに救援の佐伯湾艦隊所属艦娘に極秘で箝口令が出された。

無論、その理由は全員が知っていたし反論する余地もなかった。

 

「それで改装計画ですが……」

「そこはお任せします。あなたは艤装技師ですから」

「わ、分かりました……」

 

山城の返答にやや怖気付いた様子の黒岩はやや虚取りながら答えると彼女達の艤装を改造していた。元より、そう言う約束での派遣だった。

 

「改修作業は今日の夕方には終わります」

「了解」

 

すると工廠の外から天龍が呼んだ。

 

「おーい、山城〜」

「何ですか?」

「野球やろうぜ」

 

日曜午後六時半からのアニメにできそうな一言を言った彼女に山城は呆れた様子で答える。

 

「馬鹿ですか?私は大尉と相談中ですよ?」

「どうせ直ぐ終わんだろ?」

「……はぁ」

 

そこで大きくため息をついた彼女は天龍に聞く。

 

「お姉さまは?」

「さっき特大ホームランかましてたぜ。宿舎の窓叩き割ってたしな」

「……」

 

なるほど、さっき慌てて妖精さん達がガラス板持って出て行ったのはそれが理由だったか。

 

「迷惑をかけるなと言われているのですが……」

「良いですよ、窓くらい簡単に直しちゃいますし」

「羨ましいです。佐伯湾泊地にもこれくらい妖精さんがいれば良かったのですが……」

 

山城は羨ましげに工廠にも多く集まって作業をしている妖精さん達を見る。すると黒岩は驚いた声を溢してしまう。

 

「え?こんなに居ないんですか?」

「え?艤装技師なのに知らないんですか?」

 

逆に山城に聞かれ、彼女はやや申し訳なさげに言った。

 

「…すみません、去年まで装備庁に居たものですから……」

「……なるほど、それなら仕方ありませんね」

 

山城は呆れた様子で納得も混ざった顔をした。

 

「私たちは何度か演習で他の鎮守府や泊地を見て来ましたが、ここまで妖精さんの数が多い場所は初めでです。ましてや泊地の施設に改造を許可する提督など……」

 

前代未聞だと山城は言った。佐伯湾泊地にいる妖精さんは扶桑達の艤装の整備や、点検などは積極的にしてくれるが。基本的にはサボり癖があるという。

 

「多分、サボり癖はみんな共通だと思います」

 

遠い目をしながら黒岩は言うと、山城は少なくともあっちこっちで工廠や泊地を走り回っている妖精さんを前に首を傾げた。

 

「え?」

「私がここに来た時も、みんな遊んでいましたから……」

 

そう言い、時折仕事場に来ては怒鳴っていた大淀を思い出していた。怒られるたびに黒岩も猫の如く驚いていた事から次第にその数は減っていたが……。

 

「妖精さんと言うのはサボり気味なんですか?」

「いやいや、仕事を与えたらちゃんと働いてくれますよ?ただ手持ち無沙汰になるとサボり出しちゃうだけで……」

「ああ、成程」

 

そこで彼女は大いに納得できた様子でポンと手を叩くと、黒岩に言った。

 

「では、しっかりとミスのないように頼みますよ。あなたは珍しい艤装技師ですからね」

「は、はいっ!!」

 

これでもかとガッチガチの敬礼で返した黒岩に山城は相変わらずのハムスターみたいな人だと思いながら扶桑も参加している野球に参加しに向かった。

 

 

 

 

 

その頃、山郷と大和、大淀は司令室にて紙にペンで書類を書いていた。

 

「なあ、ネットじゃダメか?」

「ダメです。ハッキングされたらどうするんです?」

「ううむ……」

 

少しうねってサボろうとする山郷に大淀が釘を刺す。

 

「あ、大尉に助力はさせませんよ?あの人、働き詰めで倒れていてもおかしくないんですから」

「ああ分かっているともさ。俺だって四宮と大和に殴られたかねえよ」

 

そう答えながら彼は黒ペンを走らせていると、その間に彼は医務室のある方を見た。

今あそこには治療を終えて寝ている摩耶がいた。入灌後も目覚めることは無く。そのまま医務室で目覚めるまで妖精さんが監視していた。

 

「少将」

「っ、ああ……」

 

その反応を見て大淀はその気持ちが分からない訳では無かった。

 

「気になる気持ちはわかりますが、まずは仕事に集中してください」

「……」

「目覚めたら、直ぐに連絡がきますから。その時は仕事を放り出しても良いですから」

「珍しいな」

 

叱っている割合の方が多いと言うのにと山郷は答えると大淀は言う。

 

「流石に私もそこまで鬼じゃありませんよ」

「……そうか」

「その時は私も良いですか?」

「ええ、元々そのつもりですよ」

 

そう答えると、近くの岸壁ではカーンッと言う感高い音と共にボールが飛んでいく音と歓声が聞こえていた。

 

「向こうも激しいみたいですね」

「野球ですね。今のは誰のでしょうか?」

「二枚目割れるか?」

 

そう言い三人は佐伯湾対宿毛湾の野球対決を音だけで楽しんでいた。

すると司令室の内線電話がなり、山郷は受話器を取った。

 

「もしもし?」

『しれえ!まやさんがおきました』

「そうか、分かった。直ぐにいく」

 

その反応を見て大和達は察すると席を立った。

 

「あとはお任せを」

「ああ頼んだ。後で何か手伝おう」

 

 

 

 

 

そしてそのまま司令室を出た山郷と大和は少し息を呑んで医務室の前に立つ。

 

「覚悟は?」

「とっくの昔に」

 

短く答えると、山郷は医務室の扉を押した。中では多くの妖精さんが入って来た山郷と大和を見ており、部屋のベットの上では一人が体を起こしていた。

そしてその女性は二人を見て問いかけた。

 

「……ここは天国かい?」

「阿呆、天国なら俺はいねえよ」

「そうかい……」

 

そこで女性……昔と比べると肌は雪の様に白く、黒曜石のような髪。前髪の右側の隙間からは黒い一本の角が伸びており、しかし目は温かな海を表したような変わらない澄んだ青色。

服もフードがついた事以外に前とあまり変わらないが、色が葡萄色を基調となっていた。

ベットの上であぐらをかく彼女に大和が話しかける。

 

「摩耶」

「また会うとはな、提督。それに大和も」

「摩耶さん……」

 

そこで涙を流す大和に摩耶は変わらない、柔らかな口調で話しかける。

 

「泣いてんならこっちに来な。また慰めてやる」

 

 

 

 

 

今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。

  • ハッピーエンド
  • 微ハッピーエンド
  • モヤモヤエンド(?)
  • 全部書け。
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