八月一八日 朝
早朝、東京から摩耶の状態と大和の回収。そして少々の休暇を受けた裕翔はここ宿毛湾泊地の士官用宿舎を借りていた。
「んん……」
体に染み付いた早朝六時起きの習慣。裕翔は部屋から出ると、横にある黒岩の部屋を見る。
「あれ?」
部屋は空いており、灯が僅かに漏れていた。
階段を降りるには彼女の部屋の前を通る必要がある。
「(中ガッツリ見えるぞ)」
ドアはまあまあ盛大に開いており、中が丸見えだ。女性の部屋というものに慣れていない訳ではないが、見知らぬ女性の部屋の前を通るのには勇気が居る。
「のぞくなよ」
「きゃー、えっち!」
「へんたい」
「むっつりすけべ」
「誰がすけべだ馬鹿野郎」
すると上がってきたのだろう妖精さん達がその様子を見て早速茶化すと、裕翔はやや強めに返してしまう。
「こほん…とりあえず扉を閉めてくれないか?防犯上も問題だ」
特に女性の部屋なんて誰が狙っているかわからない。世の中には外に干した下着を盗む変態もこんな状況なのにいるくらいだ。
「りょーかいです!」
「たいいはいつもとびらあけっぱですからね」
「うちらがまいにちいりびたってるからだけどな」
「何してんだよ……」
妖精さんの行動に裕翔はやや呆れていると彼はそのまま宿舎を後にして食堂に向かう。
食堂に近づくにつれて程よい出汁の香りがしだす。
その向こうでは不知火や秋月達がすでに席に座っており、大淀が朝食を出していた。
「あっ、おはようございます。少佐」
「ああ、おはようみんな」
事前に案内は受けていたので迷うことはなかったが、その先では味噌汁に卵掛けご飯に漬物と非常に簡単な料理が並んでいた。
「おお……」
なんと言う簡単な食事だろうと思っていると、大淀がその訳をやや申し訳なさそうに少し疲れた様子で答えた。
「すみません。幾分混乱がおさまっていなくて……」
「ああいえ、いきなり押しかけた身で強く言う気はありませんから」
そう言い席に着くと、そこで裕翔も他の艦娘と同様に手を合わせる。
そしてまず初めに味噌汁を頂くと、そこで一瞬裕翔の手が止まった。
「……どうかされましたか?」
そんな彼を見て大淀は首を傾げるとそこでハッとなって彼女に答えた。
「ああ言え…凄くいい味だなと思いまして」
「なるほど、そう言うことでしたか」
そこで納得した後に泊地でも人気なんですよと言って台所を見ると、そこでは黒岩が立っていた。
「お代わりもありますからね」
「ああ、どうも。有難うございます」
裕翔はそのまま朝食を簡単に駆け込んだ後に席を立つ。
「あら、もう行きますか?」
「はい、山郷少将に挨拶と必要な書類を纏めてもらわなければなりませんから」
「そうですか…ああ、あとで山郷少将達に朝食を届けないと」
黒岩はそこでお盆やらを手際よく準備すると大淀が言った。
「私が運んでおきますね」
「お願いします」
そう答えると大淀は焼きおにぎりを乗せた朝食を乗せたお盆を両手に持つ。乗っている皿の枚数は三枚、その訳を察すると裕翔はやや引き攣った様子で聞く。
「やれやれ、安静にするんじゃなかったんですか?」
「ええまぁ…とにかく人手が足りませんから、特例です」
食堂から司令室に歩きながら大淀と裕翔はそんな会話をする。
「常にここは人手不足で何もかも兼任が当たり前ですから」
「そりゃ、技術大尉が朝飯作ってる時点で随分ぶっ飛んでますよ」
普通じゃありえないと溢すと、大淀は少し笑う。
「仕方ありません。提督は人員を今まで滅多に要望しませんでしたから」
「父は散々苦労していましたよ」
そう話すと二人は司令室の前に到着する。そしてそのまま扉を開けると、そこでは山郷、大和、そして摩耶の三人が書類の山に埋もれていた。
「おぉ…」
「提督、朝食をお持ちしました」
「ああ、すまん。適当に置いといてくれ」
山郷はそう答えると、大淀は大和や摩耶に焼きおにぎりを乗せた皿を手渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「サンキュー」
そして部屋の戸棚からティーバックを取り出すとそこで日本茶を淹れた。
「簡単なお茶ですが」
「いえ、こう言うのはお茶が似合いますよ」
そう言い、大和は焼きおにぎりを一口。軽く焦げ目のついた醤油の色で照っている綺麗な形のおにぎりに大和は思わず溢す。
「あら、良い味ですね。少し出汁も入っているんですか」
「おお!これは美味いな」
溜まり醤油を使った焼きおにぎりは大和達に好評だった。
「誰が作ったんだ?」
「黒岩大尉です、何でも大尉の家の秘伝の作り方だそうで」
「へぇー、大尉は和食が上手いのか?」
「ええ、おそらくは」
味噌汁やこの焼きおにぎり然り、黒岩の得意料理が分かった気がすると山郷は焼きおにぎり片手に話す。
「兎に角、今日中に裕翔を返す書類を書くぞ」
「「はい」」
「私も手伝いましょう」
裕翔は真っ先にそう言い、空いていた適当な席に座るとペンを手に取った。彼らは大和の戦闘記録や、艦隊行動の活動記録を偽造していたのだが幾分手際が悪かった。
「ああすまん」
「いえ、書類の偽造は得意分野ですからね」
「……お前、内閣府で何してきたんだ?」
「あまり深くは聞かないでください」
割とヤバめに真っ暗なことをしているのが容易に想像できた一言に大和以外の面々はやや顔が引き攣っていた。
その後、書類の制作も終えて裕翔と大和は桟橋に泊まるUS-2に向かう。
大和の艤装を載せ、裕翔の帰りを待っていた乗員。自分達の機体をこよなく愛する彼らは昨日は機体に乗ったまま寝たと言う猛者だった。彼等は疲れを感じさせない様子で二人を出迎えた。
「では帰りましょう」
「はい、ありがとうございました」
裕翔はそう話すと、山郷達を見る。そこに摩耶の姿はなかった。
彼女の存在は初めてであり、人目に付かせると危険ということで今は泊地の部屋で大人しくしていた。軍艦派の人間が何処にいるかもわからないしな。
ちなみにその事を話すと摩耶は呆れも混ざった様子で『バッカみたいだな』と言っていた。確かに馬鹿みたいだが、軍内部ではそうなるほどにこの環境にも慣れてきた証だった。
「また用事つけて遊びにこいよ」
「はははっ、私はまた内閣府に出向して政府と帳尻合わせしなければなりませんよ」
そう答えると大和を先に載せて裕翔も乗り込むと山郷たちは岸壁から離水していく飛行艇を眺めていた。
宿毛湾泊地から出発した裕翔達はそのまま数時間掛けて羽田に戻る。
時間は昼、防大を出てそのまま父の意向で内閣府に出向している彼は冬の作戦に向けた調整係をしていた。
外人部隊となったかつての在日米軍はもう母国に帰ることは叶わないと感じたのだろう、自棄になって部隊を抜け出して街中でテロを起こすようになっていた。最近では爆弾テロが当たり前となり、国内の治安悪化に警察の通常装備に自動小銃が与えられるような事態になっていた。
そんな状況に当然、国民の不満は政府に向けられる。そして治安悪化にこれ以上は無理だと根を上げた政府はアメリカに兵士を送り返す作戦を立案することとなった。
一部では埋立地にキャンプを作って部隊を置く提案もされたが、それでは強制収容と変わらないと反対意見が続出した為にアリューシャン列島に送ると言う計画がとられた。流石に国際社会の目が多少なりともあるわけだしな、当然の結果だろう。
前線に配備されている外人部隊は徐々に北海道に集結しており、徴用した置物と化していたフェリーなども回航していた。
「ふぅ、やっと到着ですか」
「お疲れ様です。大和さん」
羽田に到着した二人はそう話すと、大和は裕翔に聞いた。
「裕翔さんはこれから本庁ですか?」
「はい、書類を出さなければなりませんので」
そう話すと、大和は自分の艤装を東京の明石工場に預けるためにここで分かれることとなる。
「では、ここでお別れですね」
「はい、大和さんもお気をつけて。私はこれで今日の仕事は終わりですから」
そう答えると裕翔は迎えの車に乗った。
そして書類を届けた後、早上がりした裕翔は都内の邸宅に帰る。
「お帰りなさいませ。お兄様」
そして出迎えるのは豪華な服を着た一人の少女。
「ああ、ただいま」
何処かよそよそしく答えると、彼は玄関を上がって部屋に向かう。
「母さんは?」
「お母様は銀座に出かけております」
「そうか……」
じゃあ今晩は帰らないなと思うと、彼は荷物を持ったまま早い入って着替え始めた。
裕翔を産んだ母は彼が十五歳の時に病魔に斃れた。
今の母はその後にやって来た継母で、ついでに彼女の子である妹も家族となった。
しかし今の母は少々金遣いが荒い人で、おまけに義妹をほったらかしにすることが多かった。だから自分の子供を置いて遊ぶこともままあった。
おまけにその妹も母に似て気性がやや荒く、我儘ではないのだが下手に怒らせると面倒なタイプの人間だった。しかもたまに夜中に抜け出して夜遊びをしているとも聞いている。
だから苦手で、これなら結婚して欲しくなかったと内心思っていた。
『御坊ちゃま』
「何だい婆や」
部屋着に着替えた所で一人の女史が部屋の扉をノックした。
彼女は裕翔が生まれる前から、何なら幸三が子供の頃から支えている女中で、裕翔は何かと頭が上がらない人だった。
『ご夕食ができましたので、お呼びにまいりました』
「ああ、分かったすぐ行こう」
もうそんな時間が経っていたかと思い時計を見ると、確かに夕食の時間となっていた。
どうやら色々と疲れているようだと思いながら食堂向かうと、そこでは先に妹が座っていて裕翔が来るのを待っていた。
「「いただきます」」
そして出てきた和食を頂きながら、妹はどうやらこの食事に不満げなご様子。
「またこの食事ですか。鮪でも出て来ればよろしいのですが……」
「仕方ない。ここの所漁業も振るわないからな」
「全く、忌々しいですわ。あんな海のケダモノ相手にお父様は何を手こずっているのか……」
そんな愚痴を溢している妹に知らないとは恐ろしいと相変わらず感じていると、出てきた茄子の味噌汁を飲む。
「(ん?)」
そしてそこで裕翔は違和感を感じた。この味、何処かで飲んだ気がした。
「……あっ」
「どうかされましたか?」
「ああ、いや…何でもない」
そしてその違和感に気づいた彼はグッと出てきた言葉を飲み込むとそのまま食事を続けた。
「(どうして宿毛湾泊地の味噌汁と同じ味がするんだ?)」
しかしその内心、つい朝に飲んだのと全く同じ味の味噌汁が実家で出た事に首を傾げていた。
今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。
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ハッピーエンド
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微ハッピーエンド
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モヤモヤエンド(?)
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全部書け。