黒岩のいなくなった宿毛湾泊地。そこでは山郷や大淀、それから摩耶がとある問題について会議をしていた。
「ーーで、呉のお偉いさんがわざわざ名指しで大尉に指名をしてきたと」
「そうだ」
摩耶は山郷の話を聞き終えて軽く頭を抱えた。
「はぁ……面倒だな。こりゃ」
思わず摩耶はそう愚痴ってしまうと、天井を仰いだ。
「軍艦派の妨害工作でしょうか?」
「かもしれんな」
主要な五大鎮守府は全て軍艦派が取り仕切っており、同時に艦娘の数も圧倒的に鎮守府の方が多い。
「現に俺たちは軍艦派にとっちゃあ妨害工作のような物を作らせているわけだしな」
軍艦派の人間が主となって絶賛増産中のヤオビクニ。その原材料があまりにも不味すぎるという理由と、あまりにも危険という四宮の独断に近い判断で黒岩に対抗薬の政策を下命していた。
幸いにも彼女は研究所からヤオビクニの初期生産分の原液を大量に盗み出しており、ある程度の期間の研究は補給なしでもなんとかなりそうだった。
正直、着任時にどこにそれだけの荷物を隠し持っていたのか気になるところではあったが、研究所で黙々と研究していることから事実上盗んだ事を白状しているも同義だった。
「それを思うと、大尉って意外と芯はあるんだな」
「まぁ、ダメだと思ったりした事とか安全に関してはすごく厳しいですよ?」
改二の際にもできるだけ短期間で、最低限の戦闘が行えるまで調整を終わらせた黒岩は改二に改装中だった不知火達にそれはそれは恐ろしい顔で二人を引き留めていたそうだ。思わず二人が絶句してしまうほどには。
「技術屋としての誇りがあるんだろうよ。一応、技術大尉だしな」
「でも明石さんの公認した腕前があるのは納得です」
「だな、自分から艤装をパーツに分けで改造なんて普通考えないわ」
「やろうとも思いませんしね」
大淀がやや苦笑しながら溢すと、摩耶も山郷も軽く頷いていた。彼女が見せた装備の分解&改造の技術は明石ですら感心するレベルの技術だ。黒岩印の装備品は通常の物よりも少し性能が上がっており、多少の補助程度には強化されていた。
「だからこそ、その技術を知ってか知らずか。向こうは黒岩を引き抜きに来たというわけだ」
「引き抜き……まるでスポーツ選手ですね」
「実際似たようなものだろ」
摩耶が大淀に軽くツッコミを入れると山郷も微妙な表情を浮かべざるを得なかった。
「まぁ、兎も角。呉の提督が黒岩を転属させようとしているのが現状だ」
そして山郷は脱線仕掛けた話を軌道に戻す。
「幸いにもここは前線の田舎泊地。何かと忙しいと言う理由で彼女に話がいかないように色々と手回しをしているわけだが……」
「所詮は小手先だけで、根本的な問題解決にはならんわな」
それこそ呉の提督の首を挿げ替えるくらいしないと解決しなさそうな問題だが、そんなこと出来たら苦労しないという話なわけで。
「見事なまでの悪循環だな……」
「主要な鎮守府を抑えるのが箔に繋がっている現在の状況がまずいんだが……」
正直、こんな采配をした上層部には文句の一つでも言ってやりたい気分だが、もうすぐで大湊鎮守府と舞鶴鎮守府に関しては定年を迎えるということで要は上山大将と同じ状況という話だ。
「今、その後釜を巡っての内乱中さ」
「後は誰が成るんでしょう?」
「意外と提督じゃね?」
一回佐世保の鎮守府を仕切っていたわけだしと言い、摩耶は山郷を見ると彼は即答した。
「いやぁ、俺はやるつもりはないさ」
「え?どうしてです?」
大淀が首を傾げ、摩耶もやや驚いていると。彼はそんな二人を見ながら逆に問いかけた。
「黒岩の研究、どうするんだ?」
「「あっ」」
その事を指摘され、思わず二人は泊地にある研究室のある方を見てしまった。
便宜上、黒岩しか使わない研究室ということで黒岩研究所と呼んでいるその場所は士官宿舎にあった物から移設されており。泊地の最も人目に付かない場所に移動していた。
「真面目な問題。あの中にはもう動かせない機材やら研究材料が置かれているそうだ」
「どこから仕入れてくるんでしょうね。あんな研究機材なんて」
少なくとも何百万もしそうな機材や大量の試薬は一体どこから仕入れているのか。毎度毎度、物資の補給に訪れる貨物列車に多くの薬瓶などを仕入れているのは大淀も確認していた。
「それを考えると。大尉って本当に働きモンだな」
「ですね。昼間は工廠で艤装の整備点検。夜は研究室でヤオビクニの対抗薬の研究……」
「そしてちょくちょく私の体に関する研究も追加と……」
そう言いながら彼女は自身のデコから大きく伸びる黒い角をさすると山郷は軽く天を見ながら呟く。
「それを思うと、申し訳なく思ってくるな」
「でも寝なくても無事な体質なのはちょっと異常じゃ無いのか?」
「でも寝なさすぎて弊害が出たこともありましたよ?」
本人曰く、ほとんど寝なくても問題なく生活できると言ってはいるが。深海摩耶の戦いの直前、日にちがまるっきり分かっていない状態になるまで疲労困憊していたのは大淀の知るところであった。
「正直、心配になった妖精さんが言いに来なくとも、私が寝かしつけに行ってましたよ」
「でも不思議だな」
「「?」」
するとそこで山郷が口を挟んだ。
「そんな状況になっても、あいつはあの睡眠薬を作ったんだろ?」
「あー、確かに。あんな状態でしたけど、薬はよく効きましたね」
「ああ、ちょっと入っただけでぐっすりだったな」
実際にその薬品を入れられた二人だからこそ言えるその強めの効果に頷きながら答えると、思わず山郷も呟いてしまう。
「一歩間違えたら毒だな」
「ええ、正直認可とってないのでヤオビクニよりも不味い品物ですね」
「うわ、それうちの国だからなんとかなるやつじゃん」
「だが、役に立っていて無害なのも事実だ」
薬の事はよく知らないが、少なくとも彼女本人から『安全』と言われれば餅は餅屋で行く山郷からすると信用するしかなかった。
「それを考えると、大尉って恐ろしく好かれているよな」
「誰にです?」
「ここにいる妖精さんたち」
「「あぁ…」」
そこで二人は納得する。工廠に屯っている大勢の妖精さんたちは彼女をまるで神の如く敬っていた。今回の休暇だって、一人の妖精さんが彼女について行ったくらいだ。その際に誰がついて行くかで工廠で大喧嘩になったという話も知っている。
「モテモテだな、大尉」
「まあ、飴と鞭の飴だからな黒岩は」
「じゃあ鞭役は誰です?」
そのあと、山郷と摩耶の二人は大淀の顔をじっと見ていた。
「……何か?」
「「イイエナンデモ」」
無言の圧力に屈した二人は首を横にすると大淀は軽く呆れた様子を浮かべながら口を開いた。
「取り敢えず、転属に関する妨害工作をどれだけ長くできるか。場合によっては出るべきところに出る必要がありますから」
「そうだな、軍艦派の勢いが強まっている今。このまま何もしないのは色々とまずいからな」
かくして、彼女の預かり知らぬところで進む議題が続くかと思われた時。
『提督!!』
哨戒中の足柄から慌てた声で連絡が入った。
その頃、黒岩の姿は瀬戸内海にあった。
《〜〜♪》
音楽を聞きながら自転車でサイクリングロードを走る。
《あのひとの ママに会うために》
今いるのはしまなみサイクリングコース。北陸での墓参りを早々に済ませたあと、主任さんの提案で『ゆっくりかえりませんか?』という事で北陸から列車と徒歩でゆっくり帰っていた。
《今ひとり 列車に乗ったの》
ヒッチハイクは人と会う上にこんな治安じゃああまり人と関わり立たなかった。あと主任さんがいるから安易に人と鉢合わせたくもなかった。
《たそがれせまる街並みや車の流れ 横目で 追い越して〜♪》
なので地道に下道で帰る事にした。幸い鉄道大国の日本だ。おまけに戦争が始まって、民間に石油があまり流れにくい今。鉄道は市民の足であり、戦前よりもより活用されていた。
「そのうた、たしかふりんしたこいびとのことをこいびとのははおやにほうこくにいくかしですよね?」
「それをこんなにも陽気に歌い上げるんだから、ユー○ンは凄いよ」
ちなみにこの歌を買ったのはレンタルサイクルで自転車を借りる五分前である。なんとなく気分で買って、流し聞きしながら携帯を鞄の中に放り込んで中にいる主任さんは鞄から顔を覗かせて外の景色を見ていた。
「しおのにおいがしますねー」
「そりゃあ、今は橋の上だし」
因島大橋の上をサイクリング中の彼女達はそこで通り過ぎる車を横目に一路宿毛湾に戻っていた。
正直、携帯は何世代も前のやっすい中古品を修理して使えるようにしたもの。最近は携帯がないと色々と苦労するような情報化社会故に携帯は必需品の一つだ。仕事用にガラケーを受け取っているが、元々泊地から出たこともない超引きこもり生活をしていたのでほとんど使ったことがなかった。
「このあとはどうしますか?」
「うーん、近場に良いお店とかあったらそこに寄り道かなぁ」
「じゃあさがしますね」
そう言いしれっと自分の携帯を触って検索をかけ始める主任さん。いや良いんだけどさ……。
「今度自転車買っとこ」
できればスポーツバイクの方を買っておこうと考えるのだった。給料もほとんど手付かずな上に大尉に昇進したおかげで給料も増えて嬉しい限りだ。
レンタルサイクルでこれまでの里帰りの荷物と主任さんを乗せた鞄を乗せて今治に向かっている最中だが。正直に言うとリュックサックにしたいと思った。漕ぐのが中々良い運動になるわけで。
「今治着いたら次はそのまま電車かな?」
「ちずだとちかみちですし、うわじまからあるいたほうがはやいかもしれませんね」
そんな話をしながら二人は橋の途中で止まると横を向いて瀬戸内海の美しい景色を見る。
「しかし、きれいなけしきですね〜」
「ええ、本当にね」
全てを忘れてしまいそうな程に水面が輝く瀬戸内海の島々の景色の奥。汽笛の音が海に鳴り響いた。
「この音は……」
「おそらく、くれのかんたいだとおもいます」
瀬戸内海は今でも多くの民間船が航行する安全海域だ。そんな中を、艦娘が進んでいる。
その景色は見る事は叶わなかったが、汽笛だけが狭い海に安全の鐘を鳴らしていた。
今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。
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ハッピーエンド
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微ハッピーエンド
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モヤモヤエンド(?)
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全部書け。