ゆりの手帳   作:Aa_おにぎり

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「…」

 

その日、陽もまだ登らない泊地の道場に黒岩は一人、珍しく黒い道着を着ていた。

その手には一本の純白の大太刀を構えており、その長さは一.七メートル程あった。

 

前に大淀にこの大太刀は見せたことがある。

純白の鞘。夏蜜柑の葉が風に舞うのを模した金属製の鍔が付けられていた。

 

「…ふぅ」

 

そして大きく深呼吸を行い、その長い大太刀を手に取って正座を解くと、

 

「っ!」

 

そのまま大太刀を流れるように腕を前に持っていき、刀の反りに合わせるように鞘を体に合わせる。

 

カチャッ

 

鍔を手に持ち、一気に刀身を抜くとそこで白の鞘とは対照的に真っ黒な刀身が姿を現す。

今日はとても久しぶりに、この太刀を使いたいと思った。理由はわからないが、何となく今日はそうしたかった。

そして大太刀を抜いた彼女はゆっくりと瞼を閉じた。

 

『百合、お前さんを鍛え上げたのは何故だと思う?』

 

ある時、孤児院から私を拾ったあの老師は聞いた。

あの何もない道場の縁側に座り、干し柿を混ぜた月餅を半分に割って分け与えながらあの人は聞いた。

 

『さ、さぁ…?』

 

その時、自殺未遂で妹を失い、北陸動乱で多くの日常が崩れたショックで失語症となっていた私は、辛うじてその老師とだけは話せた。

 

『ふむ…筋が悪いのはそれが理由だな』

 

答えに困っていた私を見て老師はそう言い放った。ぐうの音も出なかった。

孤児院から私を探していたと言って、多くの孤児たちで溢れてパンクしかけていたあの場所から私を連れ出して、この道場で暮らした変な老人。

今思えばそんな評価を私は下しただろう。

 

『百合、お主は剣を振る理由を決める必要がある』

『剣を…振る…』

 

道場は街の離れの山間にあり、苔むした石階段を登らないと辿り着けないような場所にあった。

 

『そうだ。お前さんの事情はちと複雑だ。だから不順となる』

 

老師はそう言い側に置いてある白い大太刀に触れる。

 

『基礎稽古はした。今、お前さんの腕を上げるために必要なものの最後は…』

 

そこで老師はビシッと私に指を差し、それにビクッとなって反応する。

 

『失ったものを受け入れる心だ』

『…』

 

遠慮がなくて失礼だなと今でも思うが、あの時の私はそれをビシリと言われても特段恐るような事は無かった。だって当時は色々と混乱していたから。

 

「っ!!っ!!」

 

風を切るように、滑らかな動作で道場の床の木板に微かに音を立てて大太刀を振るう。

一体これが何流なのかどうかは、私が聞く前にあの老師は亡くなった。

 

「…」

 

風が吹く。秋の風。

夏の残暑も消え失せ、天高く馬肥ゆると言う言葉が似合うような季節になった。

 

『だがそれはとても苦しい事だ。故に、受け入れることはじっくりと時間をかける事だ』

 

相変わらず世界は深海棲艦の攻撃で疲弊しており、この国も例外ではない。

 

『だから百合、お前さんに剣を振る理由を教えてやる』

 

老師はそう言い、縁側を立つ。

 

『今日は立ち稽古だ。外でやるぞ』

『っ!はいっ!』

 

縁側に座っていた私は頷くと縁側から草履を履いて庭に足をつけた。

 

「…」

 

基礎の刀振りの型。

はるか昔の戦国時代、大太刀は戦場で人を切り捨てたという。

 

『よいか!日本刀は剣と違う!振り下ろしたのみでは人を切り捨てられんぞ!』

「…」

 

側から見ると舞うように大太刀を動かす。自分の身長よりも大きな刀を自在に操り、黒い刀身が夜明け前の道場で舞い踊る。

 

『感情を刀に乗せるのは人を斬る時のみ。常に感情を抑え込み、幻影を作れ』

「…」

 

両手で大太刀を握り、真っ直ぐ上に立てると、そのまま斜めに降ろす。すると風を切るような音が微かに道場に聞こえる。

 

『何だ、眠れないのか?』

『師匠…』

 

夜は、縁側に座って()()()()()()()私の側で空を見上げた。

 

『すみません』

『なに、俺も同じようなもんさ』

 

老師はそう言うと縁側に座り込み、私に茶を振舞った。

 

「…っ!!」

 

黒岩の視界にはゆらゆらと浮かぶ影が幾多も浮かぶ。

そして足を強く踏み込み、その影に向かって大太刀を振るう。

 

『いじめられる事に甘えるな!弄られやすいのであるなら、それに耐える心身を作れ!』

 

口癖であったそれは、今になって身に染みてよくわかる。

あの時、あの老師に鍛えられたから私は大学でもやっていけることが出来た。無論苦しかったし大変だったが、極度の人間不信だった私は、大学ではそこそこやっていくことが出来た。

 

『力は全ての源。適度に使ってこそ真価を発揮する…」

 

大学では生まれ変わったような気持ちだった。

一人でいることが多かったが、それでも飲みに誘われる事もあったくらいに人としてやっていけた。

 

『技は心を清め、力を美へと昇華させる…」

 

大太刀はその黒い黒曜石のような刀身を僅かに外の景色を反射する。雨戸を全開にしており、僅かに太陽の残光が海の方に映っている。

 

『百合、俺が死んだらこの大太刀をやる』

 

初めは竹刀すら振ることが出来なかった私だが、毎日みっちり稽古をつけられ、鍛え上げられたことで半年後には太刀を振っていた。

そして大太刀にを振るうこととなった時、老師は私にそう言った。

 

『ど、どうしてでしょうか?』

 

あの人の大太刀は雪の様に白い鞘で、一度だけその老師が大太刀を振るうのを見た事があった。

 

『生憎、俺には子がいない。だからお前にやる。それだけだ』

 

その時、老師は嘘をついたと直感的にわかった。

自分で言うのも何だが、生まれたことから悪意しか知らなかった私達は、その人が嘘をついたとか、そう言うのを見抜くとは得意だった。

 

だが私はそれを言うことはなかった。それを言って酷い目にあったのは何回もあったからだ。

 

『わ、分かり…ました』

『大事に使えよ?もしお前さんの跡を継ぐ者がいなかったら、こいつは博物館にでも寄贈しちまえ』

 

老師はそう言うと軽く私の頭を撫でた。

その数年後、老師は一緒に暮らしていた和室の布団の中で静かに息を引き取った。

 

「っ!!」

 

そして最後の型で大太刀を振るって下でぴたりと止めると、ちょうどそこで日の出を迎えた太陽の光が道場に差し込んだ。

そして朝陽が黒い刀身に反射して大太刀に後光が差した。

 

「ふぅ…」

 

全ての型を振り終え、その長い刀身を鞘に戻す。そして汗をかき、秋風が道場に入り込んだ事で肌が冷たく感じる。

あの後、あの老師は遺言書を残しており、相続税が掛からない程度に私に財産を残した。

葬式も事前に近くに住んでいた農家の老夫婦が取り仕切ってくれて、私はあの人の遺言書の通りに東京の大学に出た。

老師の葬式を仕切ってくれた老夫婦も、既に鬼籍に入っている。

 

「お邪魔しました」

 

刀を仕舞い、道場の清掃した神棚に一礼をしてから後にする。

 

この道場は泊地の中でも最奥に存在し、山郷は武道よりも野球を極めていた影響でこの道場は半ば忘れ去られた施設となっていた。

それをたまたま見つけた彼女は、鍵を借りて時間があれば誰にも見つからない時間帯にここにきてこっそりと換気と掃除をしていた。

 

「うぅ、寒っ」

 

道着の上からジャンパーを羽織り、背中には白い大太刀を背負う。

道場で汗をかいた事で冷えた体に容赦なく秋風が吹きつける。

 

「…」

 

すると道場のそばの山の木々が風に揺られて音を立てながら乾いて茶色になった葉を落とす。

 

美しい銀杏並木の淡い黄色に舗装された道路も、いずれは銀杏で恐ろしい匂いが通りを埋め尽くし、腰の曲がった老人たちが落ちた銀杏を根こそぎ持っていく。これもまた秋の風物詩だ。

 

最近の街路樹はみんなこんな銀杏やスダジイ、マテバシイばかりで、積極的に国は植えている。

何故か?簡単な話だ。これらの木から成る木の実は食材として用いることができるからだ。

 

深海棲艦との戦いで一気に国内が食糧難に陥ったことで、国策として耕作地の増加は行われた。既に国内のビルというビルには水耕栽培のためのキットが大量に設置され、食料は全て配給制となった。

 

そんな状況で少しでも食料を増やすための政策として食用となる木々の植林が進められていた。その一環としてこの泊地にもそれら木々が植えられていた。無論、生育の早いさつまいもやカボチャという戦時食セットも付いている。

 

「あでっ」

 

寮に戻ろうとする黒岩の脳天にスダジイのどんぐりが一つ落ちてきた。

 

「…」

 

いつもの運の無さが出たかなとか思いながら歩いて寮に戻ると、

 

「…ん?」

 

寮の部屋で大太刀を片付けた黒岩の鼻に微かに焦げた香りがした。

 

「この匂い…」

 

何処からだと換気で開けた窓から顔を出し、首を傾げて周りを見ると、

 

「え?」

 

泊地の野球場の方から煙が上がっていた。

 

「火事っ!?」

 

微かに浮かぶ黒煙を前に黒岩は慌ててその方に向かって走る。

 

「水っ!水っ!」

 

大慌てで段々と強くなってくる臭いの元に辿り着くと、

 

「あっ!副司令〜!」

 

そこでは呑気に大波や山郷も含めた宿毛湾泊地の面々が集まって派手な焚き火をしていた。

 

「へ?」

 

脳が理解できず、思わずそこで立ち尽くしてしまう。

 

「ちょっ、何考えているんですか!?」

 

そして脳の処理が終わると慌てて焚き火をしている彼女たちに駆け寄った。

 

「安心しろ。毎年やっているんだ」

「て、提督…」

 

落ち葉で焚き火をする山郷に黒岩は軽く顔を引き攣らせる。

 

「いいんですか?こんな事して」

「暖を取るためだ。この時期、朝は寒いしな」

 

山郷はそう言い、煙が濛々と立ちこめる落ち葉の山を見つめる。

 

「おーい、もっと持ってこい!」

「「「「はーいっ!」」」」

 

山郷が言うと妖精さんや足柄含めた全員が荷車に乗っけた枯葉を持ってきてズサーッと焚き火の山に枯葉を追加した。

 

「ゲホッゲホッ!」

 

そして燃え上がる焚き火。一瞬山火事かと思うような燃え方をしていた。

 

「…うしっ、そろそろかな?」

「「わーいっ!」」

 

山郷が合図をすると囲んでいた艦娘たちは火かき棒で焚き火の灰を退かすと、その下からアルミホイルに包まれたそれを見た黒岩は勘づく。

 

「あっ、これって…」

「この時期に初物ができるからな。これほど美味い焼き芋も無いさ」

「アチアチッ」

 

大波がアルミホイルに包まれた焼き芋をてに軽く火傷をし、不知火は軽くため息をついて軍手をはめて彼女の分の焼き芋を手に取った。

焼き芋は、枯葉を送ってくれた近所の人たちにも配る予定だそうだ。

 

「ところで、何でお前道着を下に着てんだ?」

「…気にしないでください」

 

山郷の指摘に黒岩は少し顔を赤くしていた。

今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。

  • ハッピーエンド
  • 微ハッピーエンド
  • モヤモヤエンド(?)
  • 全部書け。
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