ゆりの手帳   作:Aa_おにぎり

60 / 60
Page.60

おおすみ型輸送艦のウェルドックにて百合は同じ学校にいたと言う宇野寛治と言う少尉と艤装の話をしていた。

初めは興味本位で話を聞いていたが、思いの外ためになる話もあった。

 

「なるほど、ブーツの底ですか」

「はい。ついつい場所的にも舵の方が目に行くと思うんですけど、意外とブーツの底とかも出撃後は削れていたり塗装が剥げていたりするんです」

「それは盲点でした。後で見てみようかな…」

 

同じ艤装技師として話に花を咲かせていると、ふと百合は宇野に首を傾げた。

 

「そういえば宇野少尉はどちらに所属されているのですか?」

「ああ、俺?俺は宮崎泊地に配属なの」

「宮崎ですか…」

 

すると二人に話しかける声が聞こえた。

 

「宇野少尉〜?」

「はい只今」

 

見るとそこではウェルドックにやってきた海軍の作業服装を纏う一人の女性。階級から見て少尉任官を受けた宇野や自分と同じ艤装技師なのだろう。

 

「じゃあ大尉、俺はここらへんで。作業の邪魔して悪かったね」

「ああいえ、少し楽しかったと思います」

 

百合はそう言うと再び阿賀野の微調整に戻ってパソコンと睨めっこをした後に彼女のブーツのスクリューのピッチ角の調整を行った。

 

「あの人知り合い?」

 

そして呼ばれた宇野は同じ明石学校卒の艤装技師に聞かれる。

 

「あれ?知らないの彼女」

「いやぁ、覚えがないわね。彼女と組んだことないし」

「あそっか。まあ俺も席が隣だったからってだけだしな…」

 

宇野は振り返って作業に黙々と集中している百合を見る。

 

「ほら、去年の今頃に明石学校を出ていったってすげぇ話題になったの。覚えてない?」

「あぁ、居たわねそう言えばそんな人が。…え?もしかしてあの人?」

 

その驚きに宇野は頷いた。

 

「普通なら最低でも二年かかるところを一年で出て行った艤装技師」

「それが彼女なの?初めて見た」

「だろうな。終わったらすぐに装備庁に行っちまったからな。しかもか入った理由が『早く任官されるから』だってよ」

「嘘でしょ…」

 

色々と同じ艤装技師からすればぶっ飛んでおり、同時に妬みやすい対象ともなる才能に彼女は呆れる。

 

「ああ、装備庁から飛ばされたって噂だったけど…ありゃあ訳ありだな」

「どう言うこと?」

「俺、提督から色々と聞いてんだ。春先に装備庁で異動があったって。ほら、ヤオビクニの初期生産分ごっそり消えたって大騒ぎになったやつ」

「ああ、聞いたわね」

 

そこで思い出したように彼女は頷く。

 

「ヤオビクニって正直嫌いなのよね、接種した子でも効果がある子とない子がいてさ。あれ調整するの面倒なのよね」

「まあ、開発者の中に彼女がいるって噂だけどな」

「え?本当?」

「まあ、黒岩百合大尉って元々薬学部出身だし、博士課程も飛び級とかじゃなかったか?」

「何それ?薬剤師なのにガッツリ工学系もいけるの?」

 

彼女の持つ才能に羨む女性艤装技師。宇野はそこで彼女にその代償とも言うべき噂を口にする。

 

「代わりに体が壊れてるって話だぜ。装備庁にいた知り合いは彼女が寝ているところを見たことがないそうだ」

「え?何それ怖。ほんとに人なの?」

「さあな、噂が本当かどうかも分からんし」

 

そう言うと宇野は自分の泊地に所属している艦娘達の艤装に近づく。

 

「ただ、彼女がたった一年で大尉になって最前線の泊地に飛ばされたのは、色々と上層部の面倒な事情があってのことかもな」

「え?やだなぁ、関わらない方がいいんじゃない?」

「でも腕前はいいからな。まあ、適度な接触程度ならいいんじゃねえの?」

 

少なくとも艤装の船体部分まで手を加えている彼女には軽く戦慄すら覚えたが、それでも同じ技術やとしてこれほど血が騒ぐこともなかった。

 

「まあ、俺としては久々に興奮したよ」

「え?あんな原型留めていない改造に?」

「もちろん!男ってのはメカに弱いんだ」

「…はぁ」

 

その時の子供のようなキラキラとした眼差しに、彼女は呆れてため息を吐いた。すると放送でウェルドックの排水を始めるとアナウンスがあった。

 

 

 

 

 

「状況はどうなっている?」

 

東京の防衛省の一室では四宮が報告を聞いていた。

 

「現在、最後の帰国志願者を乗せた『しもきた』が清水港にて補給を受けています」

 

四宮は南部方面艦隊参謀という肩書きの通り、主に九州地方から沖縄、果ては台湾までを結ぶ南方海域の担当であるため、今回役目はない。

しかし宿毛湾や佐伯湾を始めいくつかの泊地から北海道に救援に向かっているので、防衛に穴が開かないように戦力の再配置を行っていた。

 

「それで作戦に参加する戦力は最後となりますね」

 

同室のソファでは最後の調整を終えて戻ってきた四宮裕翔が話す。

 

「正直、最前線の宿毛湾泊地からも戦力を出すとは予想外でした」

「日本海側の戦力は、これ以上はもう割けれないからな…」

「ここ数年はずっと太平洋側に戦力を回していたのがある意味で仇となりましたね…」

 

奪還した日本海と東シナ海は今では珍しい『深海棲艦のいない海』となっており、奪還後は多くの艦娘は防衛要綱に則って太平洋側に順次戦力を移していた。最低限の戦力を残してあとは全てを太平洋戦線に注ぎ込んでいた。大和はそのことを憂うように言うと、四宮が反応する。

 

「無い物を強請っても仕方あるまい。呉や佐世保は幸いにも国防という一点では意識が一致している」

「「…」」

「内ゲバで亡国となったら目も当てられん」

 

疲れた様子で彼は言ってため息を吐く。現在、彼が南方方面艦隊の参謀にも関わらず東京に居を構えているのは、単純に本部との伝令に近い役割をしていたからであった。

 

「…そろそろ新しい辞令でも来るかね」

「出世ですか?」

「だと良いんだが…」

 

彼はそこで手持ちのパソコンの画面を開くと、そこではネット動画で中継されている米軍キャンプの映像が流れていた。

 

「今回の移送作戦は在日・在韓米軍の帰国だ。総移動人数は約十五万。史上類を見ない規模の移送だ」

「すでに米国側でも輸送船団の編成は完了していると聞いています。問題は途中の補給地点ですね」

「ペトロパブロフスク・カムチャツキーか…」

 

現在のロシアの危機的状況は伝え聞いている。モスクワで徴兵が始まったと知った時は誰もが驚愕をしていた。

 

「近くにはロシア海軍太平洋艦隊の基地であるヴィリュチンスクがあります。補給中に攻撃をしてくることはないとは思いますが…」

「戦前は仮想敵国同士だった国だ。ロシアは嫌がるだろうな…」

 

容易に()()()()()()が想像できてしまう手前、四宮個人としては『面倒だけはしてくれるなよ?』というのが本音だ。これでうっかり米露開戦ともなったら『深海棲艦に滅ぼされる』か『核の雨で滅ぼされる』かの賭けが始まってしまう。

 

「まあ、流石に亡国ギリギリのロシアもそんな下手な真似はしませんとは思いますが…」

「護衛には残存していた第七艦隊も加わる。なんでも対深海棲艦用の改修を施しているらしい」

「ああ、あのハリネズミですか…」

 

裕翔は見覚えがあるのだろう。横須賀で改修作業を受けていた第15駆逐戦隊所属の米駆逐艦を思い出す。

 

「米海軍も接触地点となるアッツ島沖合まで佐世保所属だった揚陸艦のトリポリ、ニューオーリンズ、サンディエゴ、ラシュモアのウェルドックを使っても良いと言うことです」

「なるほど。それで追加で戦力を寄越したわけか」

 

人命を多数運ぶので、向こうも色々と切羽詰まっているのだろう。作戦ではアッツ島沖でアメリカで組まれた船団と交換することになっている。

 

「それで、こちらはいくら徴用した?」

「飛鳥Ⅲを筆頭に日本や中国、韓国に寄港していたクルーズ船を十五隻。まあアメリカから来る大船団に比べたら微々たる数ですね」

「向こうからは?」

「三十隻以上の大艦隊です。カーニバルクルーズライン所属のクルーズ船を筆頭に多数、大型船舶を徴用しています」

 

大和から淡々と語られる数に四宮親子は知ってはいたが、思わず苦笑せざるを得ない。

 

「なるほど、民間船の護衛に多数の艦娘がいるな」

「ちょっとした都市を丸ごと移動させるような物です。移送は十五回に分けられて行われます」

「こちらも本土防衛をおろそかにしないよう、万全な体勢を整えなければならないな…」

 

深海棲艦の攻撃はいつどこに現れるか分からない。北の海で行われる一大作戦に注目がもって行かれないように注意する必要があった。

 

「…」

 

その時、四宮はふと懐かしそうに卓上に置いてあった一枚の写真を見る。それはとある建物の前で撮ったとある集合写真であった。

 

「提督?」

「ん?ああ、まだ何か報告が?」

 

大和が話しかけて来たので彼は聞くと、彼女は四宮が見ていた写真の事を確認するように聞いた。

 

「それは神尾学校の写真でしたね?」

「ああ、もう昔の話だ」

 

嫌そうな顔を浮かべる四宮の隣で肩を組んでいるのは山郷。その下で彼に頭を押さえ込まれで驚いているのはまだ新任士官だった後場だ。

 

「…いくらか、歳をとったかな」

「そりゃあ、私が今や防大を卒業して士官ですからね」

「悪いな、新任早々出向で」

「いえいえ、お陰で色々と経験を積めましたよ」

 

裕翔はそう答えると、テーブルで読んでいた資料を見てから話した。

 

「しかし、黒岩大尉は流石ですね。これほど細かいデータを提供してくれるとは…」

「半分、宿毛湾泊地は黒岩大尉の実験場だな…」

 

四宮も宿毛湾泊地所属の艦娘たちの艤装に施した外科手術(魔改造)には顔を引き攣らせる。

 

「正直、薬学者が工学系の技術者になったのもそうですけど…経歴があまりにも異色すぎますね」

「ああ、なぜ本命の研究は進まないのにそれ以外の部分では成果が出るのか…」

 

四宮も訳がわからないと言った様子で『司令書、書き間違えてないよね?』と思わず確認をしてしまう。

 

「とりあえず、緊急補修剤は有用であることは確認されましたので、以後量産が確定しています。…まあ、お陰で装備庁からは色々と言われる訳ですが」

「まあ、そこは仕方あるまい。有用ではあるが、彼女の精神面でもあまり装備庁には戻りたくもないだろう」

 

そう言うものの、四宮の『装備庁に戻らせぬものか』と言う意図を部屋にいた二人はしっかりと感じ取っていた。

今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。

  • ハッピーエンド
  • 微ハッピーエンド
  • モヤモヤエンド(?)
  • 全部書け。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。