日本政府による海外資産償却のニュースは瞬く間に世界中に波紋を呼んだ。
「大統領!緊急事態であります!」
そのニュースはホワイトハウスで朝食をしていたアメリカ大統領に財務官僚が飛び込んで報告をしてきた。
「アイツら、こちらの市場を狙い撃ちにしたか…!!」
報告を聞いた大統領は一瞬顔を青くさせた後に赤く染め上げて拳を握りしめた。
現在、こちらではもう直ぐ八時になろうかという頃合いだ。ニューヨーク証券取引所の開場時刻は午前九時三〇分で、今から九十分程しか残された時間はなかった。
「直ぐに財務長官を召喚したまえ」
「直ちに…!!」
大統領は報告を前に直ぐに朝食を中断して財務長官を呼び出す。
「いかがなさいますか?」
「くそっ…」
突然の事態を前に大統領は舌打ちをすると、内線電話を使って財務長官が連絡を入れてきた。
「財務長官」
『日本の行動はすでに耳に入っております。大統領』
電話に出た財務長官は周辺で職員が慌ただしく走り回っている中で大統領と話を行う。
「日本め、この時代に金融危機を引き起こすつもりか!?」
『しかも
財務長官も思わず顔を顰めた様子で日本政府がすでに始めている海外資産の変動を見ていた。
「今後の対応について緊急で話し合いたい」
『しかし時間がありません。日本政府は我々を狙い撃ちにしたということでしょう』
そこで財務長官は時計で時刻を確認する。現地時刻で二〇時に行われた記者会見だが、その後最も早く開場するのはニューヨーク証券取引所である。
情報伝達速度が一九三〇年代と比べても飛躍的に進歩した今の時代、日本政府のこの発表は一瞬で世界中に拡散されることとなる。この九〇分でも世界中に計り知れない影響を与えることに間違いない。
「ジャップめ…」
『今は恨み節を投げても仕方ありません』
今も昔も、アメリカの同盟国である日本であるので、アメリカは特に日系資本の融資を多く受けていたことも痛手となっていた。するとオーバルオフィスに財務官が飛び込んできた。
「大統領!」
彼はその後に起こっている現状を報告してきた。
「現在、ロンドン、フランクフルト、ユーロネクスト証券取引所にて国債価格の下落を確認しました!」
「くそっ、もう時間がないか…」
そこですでに阿鼻叫喚の地獄となっている欧州市場を前に大統領は顔を顰める。
「取引停止!取引停止しろ!」
「下落が止まらない!」
「このままじゃポンドが吹っ飛ぶぞ!?」
ロンドン証券取引所では悲鳴をあげて顔を青ざめさせている職員が走り回って下落を続ける価格表に顔を土気色にさせる。
同様の事象がすでに欧州で発生しており、その報告を前に大統領は質問する。
「財務長官、この際我々はどう対処すべきなのだ?」
『現状できる手は市場の閉鎖、もしくは中央銀行による緊急融資を行うべきでしょう』
財務長官はそこですでに開場まで三〇分を切った時計を見つめる。
「しかしもう時間がありません。決断を」
『…もはや開場は止められんか』
「我々のドルの信用低下にも繋がります。今の市場の閉鎖は極めて危険かと」
財務長官は絶望をうまく隠しながら大統領に告げた。
この日本政府の発表は、ただでさえ海上交通の寸断による混乱から立ち直ったばかりの世界に衝撃を与えた。
戦前から日本が行ってきた対外融資や国債購入などで有していた海外資産の売却は、世界中で国債価格の下落を促した。
国債の売却により金利が急上昇を起こし、急速に円が国際市場から消えていくこととなった。
またこの時期、中国大陸において内戦が勃発したこともこの金融危機に対して拍車をかけることとなった。
「何てことだ…」
「戦時下で不況など信じられないぞ!!」
証券取引所では止まらない価格下落に一部の職員が気絶をするなどの事件を引き起こし、彼らの背後に『恐慌』という何よりも恐れている事態が待ち受けているように聞こえた。
「どこもかしこも投げ売りを始めやがった!!」
「国債市場は大混乱だぞ!」
日本のこの行動に投資家も当然動いた。戦前より十分な債権を持っていた日本の海外資産の売却をしたことに投資家たちは自分たちの資産が紙屑になることを恐れたのだ。
長年の深海棲艦との戦争により、多くのエネルギー源や物資の不足が続く中でのこの行動によりはじけたと言うべきだろう。
また中国の内戦という、世界市場を大きく動かせる存在が崩壊したこともこの問題に拍車をかけていた。
この数日間、日本の行動を発端に始まったこの金融危機は人類共通の敵との戦争による弊害を世界中に知らしめていた。
当然、世界経済の中心地でもあるニューヨーク証券取引所は開場から荒れに荒れた。これによって数億万ドルが吹き飛んだとも言われており、具体的な集計はしばらく経過してからしか分からなかった。
「止めろ!これ以上はやばいぞ!」
「ダメだ、すっかりパンクしやがった!!」
ニューヨーク証券取引所では急速な円高によって国債市場が大荒れとなって価格下落が続いていた。
「くそっ、止まれ止まれ止まれ…!!!」
長い戦時下によってアメリカでも軍事費増額によって市民感情の中に厭戦機運も高まっていたことも事態をさらに激化させていた。
そして最初の二週間程度は国債市場の価格変動や金利の上昇によって大混乱を引き起こし、この事態はさらに大きな問題として『第二次世界恐慌』とのちの歴史に記されることとなる惨事の引き金となった。
海外資産の償却によって円を獲得した日本政府は、この予算を用いて軍事費の増額を行った。
「何が起こったんですか?」
一連の大騒動を前に黒岩は問いかけると、長官室で座っていた山郷が言った。
「世界恐慌の引き金を俺たちが引いちまったかも知れねえってことだろう」
「どう言うことです?」
そう言い、彼は長官室の机に広げられた参考書を眺め、黒岩はイマイチ全体の状況を掴めていなかった。
「財務省は金がないからって持っていた海外資産を丸ごと投げ売りしちまったのさ」
「えっ…」
黒岩はそこでようやく状況を理解して、同時に顔を青ざめさせた。
すでに財務省による記者会見から二週間ほどが経過したが、世界市場は未だに混乱から立ち直れていなかった。
「元々艦娘がいなきゃまともに海上輸送ができねえってのになあ」
「でもヨーロッパは陸続きじゃありませんか」
「こっちから運んだほうが方が安いってのもあるし、何よりそれをするとロシアにエネルギー源を依存することになっちまうからな。危険極まりない」
山郷はそう言ってから指摘をする。
「ここは気をつけろ。最近の連中の動きはより組織的に動いているからな」
指摘をしたのは最新の戦術書だ。これから黒岩が受けることとなる昇進試験の教鞭を振るっていた。
技術士官である彼女は、本格的な海軍士官としての道を歩むための試験勉強を受けていた。
「実技はまず問題ないだろうが、試験後は三ヶ月の教育期間がある」
「えっ…?」
そこで技術士官ではなく、海軍士官として海軍の昇進試験を受ける彼女は驚愕した様子で顔を上げた。
「えっ、私…艤装技師ですよ?」
「ああ、でも軍人としての訓練とか受けたわけじゃないだろう?」
「…」
昇進試験はこの長期にわたる戦争により、指揮官の人材不足から戦前と比べて多くの回数の試験が行われていた。
「少なくとも提督業を行う上で必要な教育は多いぞ」
「えぇ…」
黒岩は提督として任務をこなせるようにするための特別任官試験を受けろと山郷から言われたために受験勉強を行なっているのだが、泊地を離れる訓練と聞いて途端に嫌な予感を感じていた。
「まあ大丈夫さ、副司令も人には前よりかは慣れただろう」
「…どうなんでしょうね」
参考書を開いていた黒岩は山郷の教育を受けていると、執務室の扉が開いた。
「ただいま戻りました」
そして部屋に大淀が入ってくると、彼女は部屋の中で参考書を広げていた黒岩を見て察した様子で頷く。
「ああ、副司令のお勉強のお時間でしたか」
「昇進試験を受けろと言われましたから」
大淀は山郷が教鞭を振るっている様子を見てまあまず合格するだろうと容易に予測できると、黒岩はそこで参考書を閉じた。
「では今日はこれで」
「おう、お疲れさん」
参考書を片付けて今日の授業を終えると、年明け早々に行われる試験に備えていた。
「副司令〜」
山郷提督が常駐していた建物を出ると、そこで仕事を終えて帰ってきた大波だ。泊地の中で二人は手を合わせた後に大波は黒岩が持っていた参考書を見て問いかけた。
「それ、副司令の?」
「ええ、来年の初めに昇進試験を受けるってことになったでしょう?」
そこでその参考書を見て大波は大きく目を輝かせた。
「おお!副司令がモノホンの提督になるっちゅうアレやな」
「提督になるわけじゃあないんだけどね…」
大波に訂正を入れつつ黒岩は泊地を歩くと、施設の近くの駅に一本の貨物列車が入ってくる。
「あれ、今日補給物資が届く日なん?」
「どうだったかな…?」
遠くで聞こえる列車の音に、月一で来るはずの列車が意外な時期に到着したと思っていると、停車した列車は泊地に用意されていたリーチスタッカーが空のコンテナ貨車にコンテナを積載していく。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
その貨物駅で山郷は顔見知りの列車の運転士と軽く挨拶を済ませると、雇用された地元住民が泊地に残されていたコンテナを次々と貨物列車に回収していく。
「随分とコンテナを持っていく」
「まあな、特に戦前に整備されていた統一型コンテナを中心に持っていくって話らしい」
前後に機関車を連結したプッシュプル方式で運転を行っているこの列車は、積極的にコンテナを回収する作業を行なっていた。
「こんなにコンテナを集めて何するんだ?」
「さあな、噂じゃあ防衛省の統合幕僚長が変わって色々と考えも変わっているって話だ…」
「ああ、聞いたぜ。新しい陸軍出身の統合幕僚長だろう?」
そこで国鉄の職員でもある運転士は、同じ国家公務員である上に鉄等と軍事という密接に関わりのある組織ゆえに軍の内情にも詳しかった。
「その人が太平洋の奪還を画策しているって噂だ」
「へえ…」
「そのためにパラオ近辺に出ようっていう噂だ」
「マジか」
「噂だぞ?本気かどうかも定かじゃない」
山郷はそう話しながら積み込まれる空のコンテナを見続けていた。
今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。
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ハッピーエンド
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微ハッピーエンド
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モヤモヤエンド(?)
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全部書け。