無論、内調と公安の人物であると公言した人間がわざわざ古馴染みの提督就任祝いのために泊地を直接訪れたわけではない。
「取り敢えず軍部は空のコンテナをかき集めて松代司令部の整備を急ピッチで進めている」
裕翔は資料を卓上に広げながら言う。
「聞いている。この前売ってできた予算で作る方針だろう?」
「玉体についても、既に宮内庁からトラックによる輸送が行われています」
彼らは資料を広げながら情報共有を行なっていた。
東京に最も近く、それでいて他に新設されたばかりで他所の目が届きにくいという理由で新たな政府と警察と軍部の情報共有の場としての活用も期待されている東京泊地。その第一歩として出向していた裕翔が提督に就任し、軍部と政府、警察とのパイプ役を引き受けていた。大和をすぐに動かせるようにする意図もあるが、どちらかと言うとこの軍部との新たなパイプ作りが主な目的であった。
「問題は世界市場だ。今回の政府の決定で市場…特に石油市場に大きな変化が見られている」
「どう言うことだ?」
西洲の話に裕翔は首を傾げた。
「今回の凄まじい円高ドル安によって産油国は今まで使っていたドルに対して信用が低下している」
「元々、米国は戦時下になってからというもの十分な守備ができているとは言えませんし、世界中からの撤兵を行なっています」
東屋と合わせて説明をすると裕翔は納得がいった。
「で、ドルが腐るほど市場に流れてて、自分達を守ってくれない国の通貨で取引したところで…っていう話だ」
「凄まじいな、戦前なら考えられない話だぞ」
そして話を聞き終えて裕翔は驚愕して西洲を見た。
「だが米国も大西洋を封鎖され、太平洋も細い絹糸で繋がれているに過ぎない。いまさら産油国がどうこうしたってまず十分な対処ができない」
「弾道ミサイルでも撃ち込むんじゃないか?」
「馬鹿言え、そんな事をすればもっと大統領の支持率が落ちるだけだ」
ただでさえ今回の日本の行動によって十分な金利上げができず、ドル安を招いたことに対して米国市民は大統領に対して不信と不満を抱いていた。
「アメリカ人は単純だな、ドルが弱くなったという印象だけで支持率が下がるんだ」
「そろそろ中間選挙だろ、これでは…」
「ええ、今回の中間選挙で大敗を喫することとなれば米国は国内で二分される事となるでしょう」
戦時下ではあるが、アメリカは民主主義の国である事を体現するために選挙が行われている。十一年にもなる戦争を前に世界中で戦争に対する疲弊が見られていた。
「そうなったら地獄だな…」
「しかし戦争に負けることは亡国を意味します。アメリカ人とてそれは承知していることでしょう」
東屋はそう返すと、内閣府では考えからないほど崩れた口調で気軽に話していた。
「ハワイ奪還作戦もじきに実行される可能性がある。その際、我々に協力を求めてくる可能性もあるぞ」
「ハワイか…」
太平洋の要所であるハワイ。ここを奪還することは犯されたアメリカの大地を取り返す事となる。
現在、支持率の落ちているアメリカ大統領は自ら二期目に就くために何かしらの方法で打開しなければならない。そうなったら最も支持率を上げやすい方法としてハワイ奪還が考えられる。
「しかし支持率を考えなければならない。きっと単独でやろうとする」
「単独でか?」
「ああ、あの強力な異性体が有象無象と遊弋する太平洋にな」
裕翔がそういうほど危険な海であるのだと、聞いていた二人は改めてかつては平穏であったとさえ言わせた海が地獄と化しているのだと理解する。
「ニュージーランド方面でも奪還の兆候があると聞いていますが?」
「世界中何処だってそうさ、この前のベーリング海での作戦の成功から艦娘運用国を中心に動いている」
「全くもって嫌になってくる話だ…」
軽く頭を掻いて西洲は溢すと、資料を置いていく。
「じゃあ、俺はそろそろ失礼するぜ」
「ああ、今度また会おう」
「できれば飲み屋で頼みたいものだな」
そう言い彼は執務室を後にすると、残った東屋はそこで改めて資料を渡す。
「四宮少佐、川崎居住区に関する情報です」
「うん」
そこで渡された資料を読んでいく。
「川崎居住区…日本に不法滞在していた外国人とビザ切れ帰国困難者の一括収容所か…」
それは今の日本が改革された時に生まれた黒い部分。
「強制収容ではありません。帰国志願者は帰国させています」
「戦前は散々揉めていた外国人問題の末路がこれとはね…」
その施設は使用されていない埋立地を活用した収容施設である。内部に用意された工場で就労している収容者は日夜労働に従事し、その環境はお世辞にも本土と比べると良いとは言えなかった。
「しかし石油取引でドルではなく円を使いたいとはね…」
「ユーロも現在の欧州戦線の状況からして安定的とは言えず、東南アジア地域で安定した経済活動を行えている円に対する信用は上がっているという事です」
東屋とそう話していると漣がお茶を持ってきた。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとうございます」
艦娘から渡されたお茶を受け取り、東屋は初めて見る艦娘に何度も驚愕しながらお茶を飲んだ。
「これじゃあ深海棲艦の砲撃で潰されるか、アメリカの弾道ミサイルで滅ぼされるかわからんな…」
裕翔はそうした資料を見ながら後で大和に渡す資料として纏めた。
ベーリング海での作戦の成功により、山郷は昇進した。
「やれやれ、この歳で中将か…」
封筒に同封されていた階級章を見ながら呟く。真新しい階級章は中将を示すものだった。
「よかったな、これで提督も海軍中将だ」
「出世する事は悪くないんだがな…」
執務室で摩耶とそう話しながらブランデーを片手に飲む山郷。
「でもお陰で幸三と同じ階級だ」
「アイツは中央の副作戦参謀だ。泊地の提督と比べてもな…」
そう言い、出世している同期の顔が過ぎった。
「そこは提督がさらに戦果をあげればいいってことさ」
「正論突くなよ…」
「ははははっ」
そんな話をしていると執務室のドアがノックされて大淀が入ってきた。
「提督、副司令から昇進試験に合格されたそうです」
「おお、それは良かった」
「なんだ、不安だったのか?」
そこで黒岩の合格を聞いて安堵した様子の山郷に摩耶が問いかけると、彼は懸念を言う。
「何かと運が悪い奴だからな、試験会場を間違えたり、突然問題傾向が変わっていると言う運の悪さを発揮していないかと思ってな…」
「「ああ…」」
その懸念に二人は思わず頷いてしまう。
「確かに…副司令は運悪いからなぁ…」
「特に人に関して、ですけどね」
摩耶と大淀は彼女が人付き合いに関する運勢が絶望的に悪いことは察していた。
「大丈夫なんでしょうか?」
「一応、大波に付き添いをさせたから問題ないはずだ…はずなんだが…」
いかんせん絶妙に不安が拭えなかった。
昇進試験を受けた黒岩はこれで訓練期間を終えたのちに提督としての教育を終えた軍人となる。
「三ヶ月ですか」
「元々提督は枠が少ないが、戦時下で予備を揃えておく必要がある。いつ損耗が出ても補充できるようにな」
「「…」」
彼の話を聞き、二人は思わず沈黙する。もはや損耗前提で動いている現状に戦況のじわりじわりとした悪化が垣間見えたのだ。
「今後、我が国は多大な投資国家となるだろうな…」
「韓国では早速投資ブームが沸き起こっているとか」
「ああ、軍閥の討伐し終えた旧北朝鮮領の改革だな」
そこで執務室のテレビで流れている国会答弁の様子を見ながら彼は呟く。
「台湾は併合を求めてきていると言うし、前途多難だな…」
混迷極まる世界情勢を前に、彼は戦時下に巻き起こったこの不況に対して強い懸念を示していた。
「税金が湯水のように流れている。暫くは問題ないだろうが、戦後になったら大惨事だな…」
急速に市場に流れたドルの処理に困り果てている世界。長期に渡る戦争は経済によって内側から崩壊するか、深海棲艦による直接的な破壊による崩壊かの瀬戸際に立たされているような気がしてならなかった。
その頃、洋上では艦隊を組んだ艦娘による船舶護衛が行われていた。
「艦載機収容」
加賀はそこで甲板に次々と艦載機を着艦させていくと、隣で発艦作業を行う艦娘に話しかける。
「発艦後は後続が引き継ぐまで上空警戒を」
「了解しました!」
そこで彼女、蒼龍は頷いて弓矢を引く。
彼女はこの宿毛湾泊地に新たに配属された艦娘の一人だ。新たに航空母艦が配属となったことで、一隻で運用していた加賀にも余裕が生まれていた。
「対空警戒を、試作砲弾も満載ですので気をつけて」
「「はい!」」
秋月が言うと、周囲で航行していた照月、冬月が頷く。
新たに秋月型駆逐艦が配属され、四隻の防空駆逐艦で艦隊行動をとっていた。
「榛名、比叡、もうすぐ護衛を交代するわ」
『了解です』『分かりました』
そこで加賀が指示を送ると、前方で並走していた二隻の戦艦は頷いた。
彼女達もまた新たに配属された艦娘であり、念願の戦艦が配属されたのだ。これによって足柄達も負担が減るとやってきた当初に大喜びして二人を出迎えたものだ。
「護衛対象から通信です」
そこで航行していた不知火が連絡を入れた。
「護衛に感謝する、です」
「安全な航海を祈ると返答を」
「了解」
加賀は言うと、返答を受けた貨物船では洋上を見える位置まで太平洋側を護衛していた艦娘の艦隊を船長は見ていた。
「護衛戦隊からの返信です」
「ああ、読んでくれて」
双眼鏡でその姿を確認した船長は乗組員から通信内容を聞き取ると、その後に静かにため息を漏らす。
「安全な航海を祈る、です」
「間も無く宮崎泊地の部隊と接触します」
航海長がそこで伝えてくると、船長は頷いた上で自分が率いている数隻の船団を見る。この後、船団は鹿児島沖合でさらに複数の船団と合流し、その後台湾の高雄軍港から本格的な護衛艦隊に囲まれて東南アジア諸国に向かう予定であった。
「どうか無事な航海となることを願うばかりだな…」
「船長の腕前であればも話題ないですよ」
「だと良いのだが…」
世界中で恐慌の嵐が吹き荒れる中、戦時下という特殊な環境が辛うじて国家の死を抑えていることに彼らの中で一抹の不安があった。
今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。
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ハッピーエンド
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微ハッピーエンド
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モヤモヤエンド(?)
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全部書け。