提督の資格を取る為に東京に赴く事となった黒岩は、提督として艦娘を指揮する上で必要な教育を受けており、香取や鹿島などから教育を受けていた。
「はい、お疲れ様です」
「ふうぅ…」
香取に言われ、溜まっていた息を大きく吐いて机に突っ伏しそうになりながら彼女は図上演習を終えた。
「素晴らしい腕前です。何処かで教えをお受けになられたのですか?」
「まあ…はい…」
香取に少し戸惑いつつも頷くと、彼女は図上演習を終えた後に荷物をまとめて施設を歩く。
「昔…か」
彼女はそこでふと懐かしんでしまった。意外な時に言われてしまったので、初めてこの兵棋演習のようなものを学んだ時のことを思い出してしまった。
そして人気のない場所で休息の為にいちごミルクを片手に酒保で売られていたサンドウィッチを食べる。ここは軍の施設であるので食堂に行く方法もあるが、人が多い上に顔見知りとなるべく顔を合わせたくなかった彼女は三食はこのように一人で酒保で購入したものを食べる事が多かった。
大食いできる自信はあるのだが、多分食べると別の意味で大問題になるので宿毛湾泊地でたまにする以外にはなかった。
「…あっ、電話」
その時、彼女のポケットに入れていた電話が鳴り、相手を見ると大波であったので彼女はすぐに出た。
「もしもし?」
『お、やっと出てくれた』
電話の向こうで大波と繋がると、彼女は嬉しげに黒岩に話しかける。
『もう心配したんやで?電話したのに全然出えへんし、電源落としよるし』
「流石に講義中に電話はできないし、機密の関係で外部と連絡するのは制限されているからね…ごめんね」
『んあ〜、副司令が謝る事ないで』
大波はそう言い、泊地の寮で船舶護衛任務を終えた後の休息を取っていた。
『そっちは大丈夫そう?新しい子が配属されたから…』
「全然心配せんでええで!皆んな新入りとは仲良しや」
そこで新たに配属された戦艦や空母は両手を挙げて喜ばれ、山郷も久方ぶりに黒岩の居ない泊地であるので艤装について四苦八苦しながら編成を組んでいた。
「でもまあ、副司令がいないもんで提督がえらい苦労してるがな」
『そ、そうなんだね…』
その口ぶりを聞き、大波は先に制する。
「あっ!だからって帰ってきたらいかんで?提督が副司令に命令したんやからな」
『は、はい…分かってマス…』
正式な命令で黒岩は東京で教育を受けている為、逃げ出そうものなら正当な理由がなければならないが、彼女は咄嗟に使えそうな理由が思い浮かばなかった。家族の法事を使えるわけもないので、彼女は早々に諦めていた。
『ちゃんとご飯食べてる?』
「そりゃあ…」
大波に聞かれて彼女は手元のサンドウィッチを見る。
「…うん、食べてるから安心して」
『その間は何や、絶対食うてへんやん!』
すかさず大波のツッコミが入ると、電話越しで彼女は叱られた。
『ちゃんと泊地にいる時みたいに三食必ず食べるんやで。なんなら摩耶さんか提督に叱ってもらってもええんやで?』
「そ、それは…」
その時、彼女の脳裏には大波に腹を立てられ、泊地の食堂にぶち込まれ、拘束され、子供のように箸で熱々蟹クリームコロッケを突っ込まれた時のことを思い出す。何せ自他共に食事量が安定しないことを認めていたので、そのことで更に気を揉ませていた。
「分かったよ、ちゃんと食べるから…」
『おう、時たま見せる馬鹿喰い見せたれ』
「できるわけないでしょう…!!?」
足柄達ですら引いて山郷も唖然となって『赤城かテメェは』と言わせしめた爆食い。少なくともそのレベルの食事量を時折するので、腹が減ったと彼女が言った時は誰もが身構える瞬間であった。
『でも元気そうでなによりやで』
「うん、おかげさまでね…」
そこで遠くで海軍士官が横切り、一瞬だけ彼女は身構えて気配を殺す。
「そろそろ午後の講義だから、またね」
『また時間があったら電話してくれな!』
「うん」
黒岩は電話を切ると、電源を落としてからポケットに携帯をしまって残ったサンドウィッチをいちごミルクで押し流してからベンチを立って校舎に戻っていく。
黒岩のいなくなった宿毛湾泊地では、執務室で山郷が新たに配属された艦娘の情報を見ていた。
「戦艦が二人も来てくれたのはありがたい」
「ええ、おかげで作戦の幅は広がります」
大淀も少しばかり嬉しげに頷いていた。
宿毛湾に配属された新たな艦娘は今日も近海で演習という名の足柄や加賀による洗礼を受けているはずだ。先ほどから無線で演習弾でボコボコにされている声が聞こえてきていた。
『ほらほらほら!脇が甘いわよ!』
『くっ、対空砲火!』
訓練に関しては完全に彼女達に一任していたので、山郷は今まで黒岩が担当していた艤装の改装を考えていた。
「全く持って副司令が優秀すぎて涙が出そうだ」
「ええ、提督のお仕事がまた増えましたね」
「冗談じゃない」
本心からくる愚痴を溢すと、彼は資料を漁っていく。
「ここ、榛名と比叡の装備品を変えるのはどうだ?」
「どうだかな…もっと速度に重視してもいいかもしれん」
摩耶に指摘をされつつ、山郷は自分の運用思想と合う装備を考える。
現在、提督になれる資格取得のための教育課程を受けている黒岩の代わりに山郷は久方ぶりに頭の痛くなる業務を行っていた。
「一年近くしていないだけでこれとはな…」
「実際、腕前は一級ですからね大尉は」
大淀はそう言いながら新しく補給された物資の確認を行う。すると執務室がノックされて扉が開いた。
「提督、新たな報告書です」
そして入ってきたのは榛名だった。彼女は執務室に入り、山郷の隣で助言をしていた摩耶の姿を一度見た後に先ほど書き終えた報告書を提出する。
「態々悪いな」
「いえ、提督のお手伝いも考えておりましたので」
「すまんな」
山郷は手伝いに来てくれたという榛名に感謝をすると、そのまま大淀の元に促した。
この泊地に配属となった当初に挨拶をしたのだが、摩耶のその姿に彼女達は驚愕をしつつも、摩耶の敵意の無さに困惑した上で事情を説明し、暗黙の了解とした上で口外無用を言明していた。
彼女の場合はフラフラと歩き回っていることが多いために、最初から開示していたのだ。
「新しく寮を建てる計画ですか?」
「これ以上人数が増える場合は考える必要がありますね」
そしてその計画書を読んで榛名が問いかけると大淀は頷いた。
現在、宿毛湾泊地に配属されることとなった艦娘は摩耶も入れると十七名。これで十分に艦隊を編成して行動できた。
「まだ寮の空き部屋はありますけれど?」
「それに今は黒岩大尉が使っている職員寮もありました。あそこに入れることもできますね」
今は来客以外では一人しか使っていないその施設に摩耶が苦笑する。
「元は提督用なんだがなあ…」
「俺はここだけで十分だよ」
山郷はそう言い、ほぼこの部屋だけで過ごしていることに榛名は少し怪訝に見ていた。
「そう言えばロシアの例の異性体…名前は何だったか?」
「『北極海要塞水鬼』だろう?」
摩耶が言うと、その忘れられない後ろ姿を思い出してわざとらしく聞いた山郷は頷く。
「ああ、その異性体が太平洋に逃げ込んだ後に動きが見られないことに防衛省は警戒している」
「その点、北極戦線は落ち着きを見せていると言う噂だが?」
「今、ロシアでは急速に軍備再編が行われている」
そこで彼は情報部が仕入れている現在の戦線を見つめる。
「アフリカ戦線で深海棲艦の陸上型が確認されて以降、陸地ももはや安全な地域とは言えなくなったからな」
その世界地図は青と赤の二色に塗り分けられており、現在の国際連合の安全保障理事会に提出されている戦況図である。
「できることなら、国連軍を創設してもらいたいものだが…」
「十一年も戦争をやっているのにできていない時点で絶望的だな…」
摩耶もその点では諦めた様子でため息を漏らす。
国連軍は国連安全保障理事会が決議することによって組織されるが、指揮を行う国連安保理の内中国が国家として消滅し、そして自国の兵力を抽出せざるを得ないことなどから常任理事国による拒否権は発動されることとなり、艦娘の運用に関しても国連ではなく各正規軍に委ねられていた。
「だけど鎮守府制度は神尾先生のものをそのまま流用しているんだろう?できねえのか?」
「じゃあ聞くが、ロシア軍がアメリカ人で固められた参謀本部の指揮下に入りたいと思うか?」
「…」
直後に摩耶は『無理に決まっている』と言葉が出かけた。少なくとも開戦以前は仮想敵国として睨み合っていた国同士がいきなり肩を組むなどできるわけがない。
「なるほど…」
「ロシアなどでも艦娘は確認されている。まあ、神尾先生の同志がこの世界にまだ大勢いるのが救いと言ったところかな…」
彼はそう話すと、その戦況図を確認してその中央にわずかに黄色い線が引かれ、その部分を拡大すると広大な海域図が現れる。
「黄色は競合海域…最前線か?」
「そんなところだ」
摩耶が後ろから見て問いかけると彼は頷いた上で北極海に沿うように、一部は陸地に出来上がっているその黄色い帯線を見る。
「温暖化で北極海航路が出来上がったと思ったらこれだ」
「おかげでカナダもバカにできない被害だとかいうが?」
「それも先の異性体の攻撃によるものだと言われている」
上陸したと推定される深海棲艦の攻撃で未確認領域となっているグリーンランドを見る。
「異性体が東京襲撃を敢行した頃から、沿岸部への都市砲撃の回数は減っている」
「航空爆撃は?」
「元々が極寒地帯で、滅多に飛んできていないという話だ」
深海棲艦とて寒さには弱いらしいと彼は言った。
「今のロシア筋の話では、春先の泥濘期を前に上陸地点の奪還をロシア地上軍は考えているらしい」
「おいおい、チェチェンの方で揉めているのにか?」
摩耶はそこで数ヶ月前の記憶を遡って内陸部での独立運動の鎮圧をしているはずだということを思い出しながら聞いてしまう。
「それができるんだよ、あの国じゃあな」
畑から兵士が取れる国は流石に違う、と言って山郷はロシアが行おうとしている反転攻勢に呆れるように舌を巻いていた。
今後の展開、読んだらどれかに投票してほしいです。
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ハッピーエンド
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微ハッピーエンド
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モヤモヤエンド(?)
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全部書け。