特級呪術師『垣根帝督』 作:ヘキサメチレンジアミン
「最近はまた一段と増えてんな」
ある夏、高専へと帰還する途中で垣根帝督は蛆のように沸いている呪霊を見て、そう呟いた。昨年の災害の影響もあるのだろう。人の負の感情が高まっている証拠だ。
「そのうちバカ強い呪霊が生まれそうだな」
呪霊のレベルがほんの少しずつだが、確実に上がっていることに彼は気づいていた。特級呪霊はおろか、一級呪霊さえそうそう現れるものではないが、いずれ一級が当たり前のように出現する時代が来る可能性がある。
「そうなりゃ夏油が喜びそうだな……いや、喜ばねえか」
呪霊を使役する級友にとってはいい世界かもしれないと思ったが、すぐに思い直した。五条悟は知らない。夏油が呪霊を支配下に置くときの儀式、その苦しみが。
「よくもまぁあんなくそ不味いものを口の中に入れられるもんだ」
前に任務で同行した時、興味本位で夏油が手のひらサイズの小さな玉にした呪霊を奪い取って取り込んだことがある。
呪霊操術が単に『呪霊を使役するだけ』なのか『呪霊を使役できる状態にする』のか検証するという意味合いもあった。結果的には前者が答えで、垣根はそのデメリットだけを享受することになった。すなわち、その味である。
垣根としてはかなり表現に困ったが、強いて言えば牛乳を拭いた雑巾を洗わずに2ヶ月ほど放置した時の匂いをさらに圧縮して濃厚にしたような味という結論に落ち着いた。夏油はまた違う表現をしていたため、人によって感じる味も違うのかもしれない。しかしどちらも共通して言えるのは、ひどい味だということだ。
正直二度と口に入れたくないというのが垣根の感想だ。夏油の手持ちの呪霊は1000を超えるため、最低でもそれだけ苦しんでいるということだ。
若さ特有の全能感とそれが狭めた視野によって、夏油は『非術師を守る』という方向に向かっているが、逆に言えばその信念が覆えば簡単に折れるということでもある。
「星漿体の護衛任務で相当ショックを受けたみてぇだからな」
夏油にとっての守るべき非術師の団体、しかしてその実体は年端もいかない少女の死をもたらし、それを笑った醜い連中だ。彼だって分かっている。そのような人間だっているし、全員が全員そうなわけではない。ただ、分かっているのと実際に見るのでは話が違う。
さっきの牛乳を吹いた雑巾を洗わずに2ヶ月ほど放置した時の匂いにしても、実際にそれを嗅いだことのある人間とイメージしているだけの人間では感じ方が違うだろう。それと同じだ。
「にしても多いな。何だこりゃ」
補助監督は死んだため、新幹線に乗るべく歩いて駅に向かっている。その道中で目についた呪霊を片っ端から未元物質で潰しているのだが、潰しても潰しても湧いてくる。既に蝿頭から準2級相当の呪霊を100体は祓ったことだろう。この夏の昼の日差しも相まってイライラしてくるほどだ。冥冥ではないが、追加報酬が欲しくなってくると垣根は思っていた。
そろそろあたりに人も増えてくる頃だが、状況は依然として変わらない。一般人には呪霊も呪術も見えないため、傍からすると垣根はただ歩いているだけに見える。垣根自身、周囲に不審に思われないためになるべく平然としているが、そこに気を使っているせいなのかもしれない。人の形の脅威に。
「ツクヨミノミコト」
「!」
直前まで呪力を感じなかった。たった今垣根とすれ違った
「しまっ」
呪力からして特級、その中でも高い位にいるそれは一瞬で垣根を飲み込んだ。暗くなる前の垣根の視界にはニヤケ面の女性が映っていた。
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「チッ、ようやく出られたな」
ややあって、垣根は呪霊の体内から脱出した。体内に特殊な領域を持っている呪霊だったようで、外側からはわからないほどの巨大な迷路となっていた。内側から穴を開けて外に出ようにもなぜかダメージが通っていないようだった。そこで仕方なく入口を探して、さまよっていたところ3時間ほど経ってようやく見つけて脱出。呪力が大幅に減少している呪霊の核を未元物質の翼で貫き、祓うことができた。
「あの女ぁ・・・見つけ次第、愉快な死体決定だコラ」
やはりと言うべきか 犯人と思わしき女性はいなかった。ただでさえ機嫌の悪かった垣根はもうムカつきが限界に達していた。次会ったら必ず殺してやると誓って、今はとりあえず帰ることにした。
「時間の流れが違うタイプだったか、空がもう暗いじゃねえか」
垣根の腕時計は午後4時を示しているが、空が暗い。実際には午後6時から7時と言ったところか。こういう呪霊はたまにいる。本来ならばもう到着している時間だというのに、今から新幹線に乗らなければいけないという事実がまたイラつきを加速させる。
駅の中に入ると土産屋があった。わざわざ同級生にお土産を買うほど、桓根は殊勝ではないが、小腹が空いたので目についた菊水庵という店に入ってみることにした。
そこには白髪で目隠しをしている長身の不審者がいた。