特級呪術師『垣根帝督』 作:ヘキサメチレンジアミン
※キャラ崩壊注意
最強の術師は誰か。そんないかにもミーハーがやりそうなアンケートがあったとしたら、誰だって間違いなく五条悟と答える。六眼持ちの無下限呪術使いという何百年かに一度しか現れない希少な存在が、逆に誰かに負けたらお笑いだ。
と、ここまでが高専に入るまでの噂でのみ五条悟のことを知っていた俺の考えだ。今は違う。ありゃ相当ピーキーだと気付いた。六眼ってのはただ『よく見える』だけだ。それが呪力効率を高めたり、扱いの難しい無下限を実用化まで持っていったりすることは、否定しようのない事実だが、六眼があれば誰でもそれができるわけじゃない。結局は五条の努力の結果だ。
例えば、顕微鏡で微生物を見ることができても、実際にそれをつかむことができるかといえば、できるわけがない。むしろ日常的にあんなものが視界に入っていたら、生活しにくいことこの上ないだろう。同じように見えすぎる五条は視覚をある程度遮断しているんだが……
「だからってそんな不審者みてぇになる必要はねえだろ」
「え?」
目の前にいる不審者、もとい五条悟は今しがた購入した喜久福を手に外に出ようとしていたが、俺はそれを奪い取ってこっちの存在に気づかせた。
六眼では未元物質を見ることはできない。つまり無下限ではそれを用いた攻撃は防げないということだが、俺が未元物質を使用している最中は俺そのものも五条からは見えにくくなるようだ。『そこにいるということがわかれば完全に見えないわけでもない』らしいが、とにかく気づかれにくいわけだ。
出会った当初は簡単に持ってた菓子を奪うことができたが、最近では勘が良くなったようでかなり思考を巡らせないと奪えなくなっていた。だというのに10年経って随分と鈍くなったらしい。
「よう。随分と平和ボケしてるじゃねえか、五条」
「垣根……?」
五条を見た時点で察した。これは数時間どころのずれではないと。あの呪霊の呪力が減っていた理由、それは体内における時間を本来よりもさらに遅くしていたからなんだろう。俺にとっては数時間でも、外の世界では10年以上が経過していた。俺はさながらマイルドな浦島太郎ってわけだ。
五条は軽薄クズから不審者に進化してやがるところを見ると、夏油は変な前髪から変な髪型もしくはハゲにレベルアップしてるかもしれない。ストレス溜まりそうな性格してるからな。
「なに人の顔見て感傷に浸ってんだコラ」
さっき店員と会話していた時とは違う顔だ。さっきのを『大人の顔』と表現するなら今のは『見慣れたガキの顔』だ。それがどうにも不快で、イラついた。どうやらこの10年で、こいつは大人としての顔を持たざるを得なくなってしまったらしい。
「いや、だって、急に消えたじゃん」
「変な呪霊に捕まってた。これ以上の説明がいるか?」
「相変わらず説明雑すぎない? いや、なんとなく分かったけど」
「しかしどんな心境な変化だよ。教師とかお前になって欲しくない職業べスト3に入るぞ」
垣根は五条の服装から、彼が教師になったことを察した。一応教員の制服ではあるが、別に強制ではないというのにわざわざそれを身につけて外出しているあたりも、垣根の知る五条のイメージと少しずれる。
「残り2つはなんだよ」
「医者と弁護士だよ。お前人が怪我してるところ見てゲラゲラ笑うタイプだし、口軽いから弁護している相手の秘密とか絶対守らないだろ」
「俺を何だと思ってんだよ」
「らしくないって言ってんだ。何があった?」
「……ちょっと場所変えようか」
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駅に向かう間もずっと考えていた。あの女の目的を。呪霊操術以外にも呪霊を使役する方法はいくつかある。あれほど簡単に使い捨てられるということは、この場合おそらく『契約』なんだろうが、特級を使ってまで『俺がいない時間』を作ったのは必ず理由がある。
物理的な脅威なら五条がだいたい解決できる。俺がいてもいなくても、結果は大して変わらない。一方で、五条には理解できないがゆえにどうしようもない問題もある。例えば、親友の心理状態とかな。
思ったとおり、夏油は折れたらしい。それはいいが、折れた方向がまずかった。あれは思春期特有のもので、山場さえ越えれば理想と自分の感情にある程度折り合いをつけられるだろうと考えていた。俺の考えは甘かったようだ。まさか『術師だけの世界を作る』なんて極端から極端に飛ぶなんざ思わなかった。
ただ、これは夏油の問題だ。あの女の目的とは関係がないところで起きたこと。ここまで先を読んで俺を10年も飛ばしたんだとしたら、あいつは神か何かだ。
俺は偉そうに説教できるほど高尚な人間じゃねぇが、折り合いの付け方くらいはわかるつもりだ。俺はそうやって今までクソったれな世の中を生きてきた。
「んで、お前も夏油の真似して大義をかかげて教師になったってか?」
「真似じゃねえよ。ちゃんと俺なりに考えて出した結論だ」
「夏油に影響受けすぎだクソボケ」
「あ?」
夏油は五条になれず、五条は夏油になれなかった。この歪な状況を端的にまとめるとそんなところだ。お互いがお互いに置いて行かれたと考えて、ありもしない偶像を追いかけて迷走してやがる。
五条は精神的に大人になれていないにもかかわらず、夏油のアドバイスから大人のフリをしている。俺がさっき感じた不快感は間違っていなかったわけだ。
「呪術界を変えたいんだったら、上層部を皆殺しにするしかねぇだろ。首が挿げ替わったら、そいつも殺す。挿げ替える首がなくなるまで何度でも繰り返す。腐った根を除去しきれない限り、どうやっても花が正常に育つことはねえんだよ」
「それじゃあ誰も着いてこねえだろ」
「逆に聞くぞ。テメェは誰かに着いてきてほしいのか?」
五条は何も言わなかった。自分でも気づいてんだろうな。こいつは他人に理解を求めてるわけでも、他人を理解したいわけでもない。ただし、人に対する思い入れはある。だから、自分と自分が気に入った人間が気持ちよく生きてられる環境が欲しいんだ。本質は10年前と何も変わってない。
聞きたいことは大体聞いたし、俺の方も話すべきことはだいたい話したが、1つだけ今確認するべきことがある。
「お前何しに仙台に来た?」
「任務だよ。特級呪物『両面宿儺の指』の回収」
五条はふてくされた様子でそう答えた。両面宿儺とはまた随分なビッグネームだ。
「それが終わった帰りだったのか」
「いや?」
「は? じゃあ何であんなところで菓子買ってたんだよ」
「大丈夫。それは恵、生徒の一人に任せた」
「なるほど大した先公だな」
五条が教師としてもろくでもないということがよく分かった。