特級呪術師『垣根帝督』 作:ヘキサメチレンジアミン
「あーあ、やっぱ面倒くせえことになってるじゃねえか」
伏黒恵の呪力を追って杉沢第三高等学校、その校舎の屋上に垣根と五条は来ていた。両面宿儺の指を回収するだけの任務のはずが、かなり予定が狂ったようで、校舎の一部が破壊されている。
それは別によくあることなので、垣根も特に気にしていなかったのだが、問題は宿儺の指を飲み込んだ一般人がいるということだ。しかも、その毒に耐性をもっている。これは間違いなく厄介事だと垣根は断じた。
何が厄介かといえば、こんな偶然はまずありえないということだ。たまたま一般人が巻き込まれて、たまたまその一般人が毒に耐性を持っていて、たまたまそれが指を食べるような精神性をしている。これを偶然で片付けられるわけがない。
そして、垣根にはそれをしそうな人間に心当たりがあった。そう。垣根を実質10年先に飛ばした額に縫い目のある女性である。別に確証があるわけではない。ただ、何かを仕組んでいそうな人間として候補に挙げただけだ。
(あくまで憶測に過ぎねぇが、もしもこれが合ってるとするとあのアマには両面宿儺を復活させる算段がついてることになる。それを潰すには……)
「おいガキ、呪術規定に則ってお前を殺す」
「え?」
急に現れた人間に殺すと言われて唖然とする一般人、虎杖悠仁。垣根が殺した方がいいと思ったから殺すという程度のもので、呪術規定はただの大義名分だ。
「五条先生、あの人は誰ですか?」
呪術規定という単語が出たことと高専の制服を着ていることから、垣根が高専の生徒であることは分かるが、伏黒は垣根を見たことがない。ホスト風にカスタマイズされた制服を着た人間など、一度見たらそうそう忘れることはない。
「んー、僕の腐れ縁かな。かなり強いよ」
「!」
五条が誰かを強いと評することはあまりない。逆に彼が強いと言った人間は、ほんのひと握りの強者だと伏黒は理解している。それが虎杖を殺そうとしている。先ほど自分も同じことを言ったが、実際には殺したくないという気持ちが勝っている。一方で、垣根は迷いなく殺すと言った。
伏黒が五条にすがるような視線を向けると、五条は分かったと言わんばかりに首を縦に振った。
「まあ待ってよ。『今の』規定じゃ殺すのが正しいだろうけど、少しもったいなくない?」
果たして、五条の口からは垣根を止める言葉が出てきた。
「は?」
それに対し信じらないという表情をする垣根。
「今回ばかりは真剣になりやがれ。完全な両面宿儺はテメェにも殺せねえ可能性があるんだぞ」
ここで虎杖が死んで、この世から消える指はたったの1本。両面宿儺の力の5%が失われるだけだ。それでもたった一人殺すだけで、両面宿儺が完全に復活することがなくなる。しかも、虎杖に縫い目の女性と関係がある可能性があるとなれば垣根に止まる理由はない。
「でも今の感じだと、この子は自我を保ってるよね」
「だから生かしとけってか?」
「ちゃんと制御できるようだったらね」
「はぁ……」
垣根がため息をつくと、その背から六枚の白い翼が出現した。同時に周囲に突風が吹き荒れる。五条以外は吹き飛ばされまいと必死に堪えているが、それ以外に気を割く余裕はない。だから、殺気をむき出しにして近づいてくる垣根に対し、虎杖は何もできない。
「多分てめえが悪いわけじゃないんだろうが、これも人の世のためと思って死んでくれ」
翼の一枚が刃のようになって虎杖の胸に向けられる。心臓を一刺しして宣言通り殺すつもりだ。虎杖は直感でこれを避けるのは不可能であると感じていた。
「はい、ストップ」
『蒼』の引力を用いて五条は垣根を右手の方に引き寄せた。10歩分ほどの距離ができて、翼が届きそうにないことがわかってようやく、虎杖は自分が呼吸すら忘れていたことに気づいた。
「邪魔すんな、五条」
「あのな、昔からよく
「必要なことだ。離せ」
「だから確かめてからだって。んじゃそうだねぇ……10秒だ。宿儺に変わってもらってちゃんと10秒後に帰ってきたら、コントロールできてるって事にしよう」
「10秒か……それでいいぜ」
「君もそれでいい?」
「あの、その間に俺殺されたりしない?」
「うーん、そこは『呪いの王』に期待かな。でも、君が10秒で戻ってきたら、君のことは殺さない。『最強』の僕が保証するよ」
裏を返せば、この提案を断ったら殺すということでもある。なんで自分が殺さなければならないのか、未だに納得できていなかったが、今は提案に乗るしかない。生きて多くの人間を助けるために。
「……分かったっす」
「よし、決まり。好きなタイミングで変わっていいよ。ちゃんと僕が10秒測っておくから」
虎杖がすぅと音を立てて呼吸をすると、顔に紋様が浮かび上がる。宿儺が表に出てきたのだ。その瞬間、垣根は翼を振ってその両腕を切断、続いて間髪入れずに心臓を貫いた。
この10秒で、確実に宿儺の一本消して去るつもりだった。防がれないように腕を破壊してから、心臓を破壊した。こうなると、反転術式を回す余裕もなく、そのまま絶命するだろうと垣根は考えたのだ。
「虎杖……!」
あまりにあっけない決着に伏黒は動揺を隠せなかった。自分が助けるべき善人の死と、たった5%とはいえ宿儺が殺されたこと。この表裏一体の事実を前に、本当にこれで良かったのかと伏黒は自分に問うた。
しかし、『呪いの王』は生きていた。
「ケヒッ」
心臓を貫かれているのは関わらず、愉快そうに口をゆがめている。
「何笑ってんだ。死ねやコラ」
垣根は決して相手を侮っていない。元より人外の化け物と認識している以上、心臓がなくても生きていけるかもしれないとは思っていた。今度は首を切断するべく、胸に刺さっている翼はそのままに、別の翼を動かした。
「龍鱗 反発 番いの流星」
「解」
宿儺の詠唱に加え、呪力の起こりから術式を使おうとしていることを察知した垣根はとっさに攻撃を中断し、翼を自分と宿儺の間に壁として置いた。果たして次の瞬間、翼には何か鋭いものがぶつかった。
「見えねえ斬撃か」
未元物質で作られている翼は切断されず、まだまだ余裕もあるが、そこそこの威力だ。心臓と両腕を失っている上に、これがたった5%の力でしかないことを考えると、より一層殺しておかなければならないという気持ちが高まった。
宿儺は垣根が防御している間に、反転術式で傷を治し終わっていた。斬撃は隙を作るために放ったのだが、同時に今の最大出力でもある。それをやすやすと防いだ術式に宿儺は魅せられていた。
翼が巨大化し、発せられる光も一層増した。夜だというのに周囲 一帯が明るくなっていた。
と、ここで10秒が経過しようとしていた。宿儺が抑え込まれ、体の主導権は虎杖に戻る。
「チッ ……」
これは虎杖が宿儺を少なくともある程度は自由に抑え込むことができるという証明で、垣根にとっては面倒な現実だった。これ以上殺そうとする行動を取れば、五条が本気で邪魔しに来るだろう。
「0.1秒早かったけど……まぁいっか」
最後の五条のつぶやきについて、虎杖が日和って少し早めに戻ったということです。垣根は時間を数えていたわけではないので、もう10秒経ったと思い込んで、自分の見込みが甘かったと思っていますが、実際はあと0.1秒あれば殺せていました。