特級呪術師『垣根帝督』   作:ヘキサメチレンジアミン

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【第3話】

 

 

 

 

 

 

 高専にて、夜蛾は10年ぶりに垣根と対面していた。垣根からすると、つい先ほど会っていた人間が急に老けて奇妙な感覚であったが、逆もしかりだ。失踪したと思っていた人間が変わらない姿で再び現れたのだから。

 

 垣根の失踪はそこそこの事件だった。日本に当時4人しかいなかった特級術師の一人が、準一級案件で死ぬとは考えにくい。しかも、調査を行っても、血痕どころか服の欠片さえも見つからなかった。唯一の手掛かりであった残穢はある部分から途切れていたため、そこで呪霊に跡形もなく消されたというのが、上層部が下した最終的な結論だった。垣根は死亡扱いになっていたのだ。

 

 上層部の判断に五条は抗議した。垣根が死ぬはずがないと思っていたのだ。 それに不自然だった。垣根を殺せるほどの呪霊が存在するなら、そこにはもっと多くの被害があったはずだ。何かに急かされるように結論を出したように思えてならなかった。

 

 一方で、夏油は何もしなかった。何もできなかったと言った方がいいだろうか。ちょうどその頃に精神的に弱っていた時期だったこともそうだが、特級とは言え一般家庭出身の彼には上層部の相手をするの難しかったからだ。代わりに1つの決意を固めた。

 

 現在、垣根が生きていることが明らかになった訳だが、一度は死亡扱いとなって高専の学生ではなくなっていた。再び高専に入るには再入学という形になり、学長と面談をするというプロセスを踏まなければいけない。

 

「……悟から話は聞いていたが、こうしてみると本当にあの頃のままだな」

 

「あんたは随分と貫禄が出たな。学長になったからか? それとも問題児の相手をしすぎたか」

 

「教師になってからお前たち以上の問題児は見たことはない」

 

「確かに五条と夏油は相当の変人だからな。あんな奴らが他にいてたまるか」

 

「お前も含んでだ」

 

「オイオイ、俺が何の問題を起こしたよ。たまにサボるくらいだったじゃねえか」

 

 事実、垣根は同級生の中では比較的優等生と言える。比べる対象があまりにも悪いせいだが、二年生以降の垣根は出席率が悪いこと以外に問題を起こしていない。

 

「当初、術式を制御できていなかったお前がどれほどの被害を出したか忘れたか?」

 

「それは仕方ねぇだろ。同じ術式の奴なんていねぇし、俺の未元物質はこの世に存在しない物質だ。大人しく座っててもその核心を掴むことができねぇ。自分の能力を知るためには実験するしかないとは思わねえか?」

 

「だとしても明らかにやりすぎだった」

 

 特殊な術式を持つものは往々にしてその制御に苦労する。長い歴史の中で初めて出現するものもあるため、誰かがその扱いを教えるというのは難しい。未元物質は特に扱いの難しい術式だった。破壊力と出力が段違いで、しかも周囲の環境を塗り替えてしまうという特異性まであった。

 

 しかし、垣根は慎むことなく術式を行使した。帳を破壊したり山を消し飛ばしたりしたのだ。それは一刻も早く特性を知って自由に使えるようにするためのもので、わざとそうしたわけではなかったが、後処理をする側からすると、迷惑極まりないものだった。

 

「説教を聞きに来たんじゃねえぞ。この面談はどうせ形だけのものだ。早く終わらせてくれ」

 

「そうはいかない。私にはお前を見定める義務がある」

 

「見定めるだと?」

 

 五条の話とは違う展開に垣根は顔をしかめる。この面談はあくまで 形式上のもので、実際には少し会話をするだけで終わる。そう言っていたが、夜蛾の意見は違うようだった。

 

「今更俺の何を見定めるんだよ。高専に入った時から知ってんだろうが」

 

「あぁ。10年という時間が経ったが、未だにお前たちのことはよく覚えている。だが、これはあくまで当時の私の所感だ」

 

「昔と今じゃ考え方が違うってのか?」

 

()は夏油が離反するとは思っていなかった」

 

「そういうことか」

 

 その一言で垣根は理解した。夜蛾は夏油の一件を悔いている。それがどの程度なのかはともかくとして、それが考えに影響を及ぼしていることは間違いない。

 

「あいつの正義感の強さは分かっていた。おそらく、呪術師を続けることはあいつを苦しめることになるということも」

 

「自分の判断でしたことだろ」

 

「止めてやれなかったんだ。俺はあいつを教え導く立場だったというのに」

 

(つくづく思うが、こいつは呪術師らしくねえな)

 

 呪術師は別に異常者の集まりというわけではないが、大抵は歳をとれば取るほど、業界に深く関われば関わるほど、人間性を失っているものだと垣根は考えていた。

 

 要因は上層部の関与であったり、仲間の死であったり、あるいは裏切りであったりと様々だが、とにかく悲惨な現実が押し寄せてくることで、人は壊れていくのだ。

 

 その点、夜蛾は数々の現実に直面しても、まだほどほどに正常なように感じた。垣根の知ってる限り、教育者としての自覚を持っている高専の教員は夜蛾だけだ。前学長もただのクズだった。

 

「自分を責めてることはよく分かった。だが、俺をあいつと一緒にすんなよ、夜蛾セン。俺は努力だの希望だのを信じてるガキとは違うんだ」

 

 垣根はその生い立ちから、この世に希望を持っていない。善意や正義感がまったくないわけではないが、目的のためなら容易く切り捨てられる程度だ。夏油や五条との決定的な違いは冷酷さにこそある。高専に所属するのも、そのほうが垣根にとって都合がいいだけだ。

 

「いいや、何も変わらない」

 

「あ?」

 

「お前もこれから多くの後悔を積み重ねる子どもでしかない」

 

「あの時こうすりゃ良かった、こうしたかった、そう思ってもこのクソったれな世の中は何も変わらねえ。後悔してる暇なんざねえだろ」

 

「呪術師に悔いのない死はない。お前のそれは偽りの達観だ」

 

「悔いを残さずに死ぬ人間の方が少ねえだろ。術師と非術師に関係なくな」

 

「たとえそうだったとしても、大小の違いがある。術師は呪いを抱えて生きて死ぬ。自分の呪いに食い殺されないためには、ある程度のイカレ具合が必要だ」

 

 ここまでの問答は前座に過ぎない。ここからが試験の本番だ。

 

「改めて問おう。お前はここに何をしに来た?」

 

 

 

 

 

 

 

「木原どもを見つけ出して必ず殺す。そのために高専を利用するだけだ」

 

 

 

 

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